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第十二章 答え12-3


雨が降っている。


どこの街とも知れない街の片隅にアリシヤはいた。

あの教会からさほど逃げることはできなかった。

エーヌに捕まり、あの荒野まで歩いたのだ。

緊張と不安で足が思うように動いてくれなかった。

剣も持っていない。

むやみに移動するより、朝が来るまでじっとしている方がいいだろう。


アリシヤは路地裏のゴミ捨て場でうずくまる。

フードをかぶり、目を伏せ、まるで物のように小さくなる。


自分を形作っていたものがすべて崩れ去った。

リベルタの部下であり、タリスとセレーノの家族であり、ロセの友達である。

どれも嘘だ。

皆でアリシヤを騙していたのだ。


自分はただの人形だった。この物語を成り立たせるための。

誰も、アリシヤを必要としていなかった。

必要なのは赤い髪と赤い目、そして魔王の娘という肩書。


ふと、タリスのことが過った。

タリスは守ろうとしてくれた。アリシヤの心を。


だが、アリシヤは膝を抱えて首を横に振る。


それは甘言だ。

リベルタだって言ったのだ。仲間だから必ず守る、と。

そこに恐ろしい意味があったなんて知らなかった。

タリスだってどんな意味を込めていったのか分かったものじゃない。


誰も信用できない。誰も信じてはいけない。

アリシヤを育ててくれたルーチェだって本当は―。


足音にアリシヤは顔を上げる。


「やっと見つけた」


聞きなれた優しいその声にアリシヤははじかれたように立ち上がる。

そして、ゴミ捨て場に捨てられていた角材を手に取り、相手に向ける。


「近寄るな…!!」


向かい合ったタリスに、アリシヤは声を荒げる。


「来るな!」

「アリシヤちゃん、落ち着いて」

「信じない…!」


アリシヤの目に涙が浮かぶ。


「もう、誰も信じない…!もうこれ以上―」

「アリシヤちゃん」


言葉を遮り、タリスは踏み込んでくる。

アリシヤは角材を振り下ろした。

だが、その手は止まった。

タリスは目をつぶってそれを受け入れようとしていたからだ。


「…やめてください」


アリシヤは涙をこぼしながら呟いた。


「もう…これ以上傷つきたくないんです」


怖かった。タリスからも絶望を与えられるのが。

もう何も聞きたくない。何も知りたくない。


アリシヤの角材を振り上げた手がだらりと下がる。


「来ないで…私に近寄らないで…」

「やだね」


タリスが言った。

そして大きく踏み込んでくる。

アリシヤは息を呑む。

タリスに抱きしめられた。


「言ったろ?何が起きようとこの世界に君の味方はいるんだ」


いつか聞いた言葉。

同じようにタリスはアリシヤを抱きしめて言ってくれた。


「僕が…いや、俺がいる。俺は君の味方だ」


変わらない言葉。

違うのはタリスの体温が低いこと。

どれだけ雨に濡れたのだろう。ひどく冷たい。

探してくれたのだ。

こんな雨に打たれてまで。


「タリスさん…」

「どうした?アリシヤちゃん」

「信じて…信じていいんですよね」

「うん、信じて。俺は、アリシヤちゃんの味方だ」


力強くタリスは言った。


「う…ぅ、タリスさんっ!!」


アリシヤはタリスに力いっぱい抱き着いた。

何よりも欲しかったもの。

アリシヤをアリシヤと認めてくれる人。


いや、違う。


他の誰でもないタリスに側にいて欲しかった。

アリシヤは声を上げて泣きじゃくった。


***


「ラナ爺のところに身を隠そう」


タリスはそう提案した。

アリシヤ達がいたのは、王都からさほど離れていない都市だった。

休憩をはさみながら、一日ほど歩けば、王都・名無し街についた。


それまでの道のりに二人は話した。


ただ、それは情報交換のようなもので互いに口数は少なかった。

まだ、互いに先ほどのことが受け入れられていないと言うことだろう。

二人は黙って歩いた。

そうやって頭の整理をしようとした。


「ラナ爺。いるか?」


ラナ爺の棲み処としている建物にたどり着く。

ラナ爺は寝ていたようだったが、タリスの声に素早く起き上がってきた。


「タリス…。どうした?」


心配そうなその声。

タリスは一つ呼吸をした。


「ラナ爺。少し聞いてくれるか?」


ラナ爺は頷いた。


タリスはラナ爺にすべてを話した。

この国の真実の事。リベルタの事。

アリシヤは、ラナ爺に真実を告げるか悩んだが、タリスの心は初めから決まっていたらしい。


「ラナ爺は頼りになる。俺が保証するよ」


タリスは笑った。


がれきに二人並んで座り、目の前のラナ爺の言葉を待つ。

ラナ爺は頭を押さえ深く何かを考えているようだ。

タリスが頭を下げる。


「頼む、ラナ爺。なんとか俺とアリシヤちゃんをかくまってくれないか」

「いや、良いんだけどなぁ…タリス」


ラナ爺の白いもこもことした毛だまりから手が伸ばされる。

そして、タリスの額をはたいた。


「痛っ!?何すんだよ、ジジイ!!」

「お前甘すぎ」


ラナ爺は深くため息をついた。

アリシヤはぎくりとした。

ラナ爺はそれを察したのか苦笑する。


「アリシヤ君の方が聡いな。というかお前が馬鹿すぎるんだ」

「は?」

「何でワシのところまで勇者の手が届いてないと思ったんだ?」


やはりそうか。アリシヤは歯を食いしばる。

あれだけ、丁寧にアリシヤを英雄に仕立て上げた人物だ。

ここまで手を伸ばしているのも当然と言えるだろう。


「ま、待ってくれ…ラナ爺…!」


タリスの焦りにラナ爺はやれやれといった風に首を左右に振った。


「ワシの王家嫌いはお前も知ったところだろう」

「そうだけど」

「そんなワシが、どうしてお前を勇者の右腕に送り出した?」


答えを聞かずともわかった。

その頃からリベルタはラナ爺に手を回していたのだ。

タリスが戦慄したのがわかった。


アリシヤは肩を押さえた。

恐ろしさにぶるりと体が震えた。


タリスがぼそりと呟く。


「本当に俺の人生勇者様の筋書き通りだったんだ…」

「その通り」


ラナ爺は深くため息をついた。


「勇者。いや、あのリベルタという若造、時たまやってくるぞ?大量の金と、イヤな笑みを引っ提げてな」


勇者に関する悪い噂、それをタリスに伝えないようにリベルタは立ちまわっていた。

また、ラナ爺は噂を幅広く網羅している。

情報屋として使う輩もいる。

そういう人間たちに対しての口止めもあったという。


「ワシも命は惜しいからな。逆らわんようにしてたが」


うなだれるタリス。

それを見て、ラナ爺は吹きだした。


「あはは!ついに真実を知ったか、タリスー!」

「ジジイ。笑い事じゃねえよ…」

「笑え笑え」


笑っていたラナ爺がふっと、止まった。


「そして、逃げろ」


真剣な声だった。


「ファッジョ」


ラナ爺の言葉にファッジョは頷いて、部屋の奥から筒状に巻かれた紙を持ってきた。

ラナ爺はそれを机の上に広げる。

それをのぞき込み、その地図の上に並んだ文字にアリシヤは息を呑んだ。


「これ…コキノの一族の文字じゃ」

「おや、知ってるのか。アリシヤ君」

「読めはしませんが、形だけは」


タリスもそれをのぞき込む。

ラナ爺は地図の上の一つの島国を指さした。

レシの国。この国だ。

そして、その指は海を越え、別の島を指す。


「ミラの国だ」

「ミラの国」


アリシヤはラナ爺の言葉を繰り返した。

ラナ爺は頷く。


「この国を逃れてそこへ行け」


ラナ爺は続ける。


「そこにはコキノの一族が暮らしているはずだ。アリシヤ君が行けば喜んで出迎えてくれるだろうよ」

「ジジイ…何でそんなこと知ってんだ」


タリスがラナ爺を見つめる。

アリシヤだって同じ気持ちだった。

ラナ爺は視線を逸らした。


「タリス。セレーノちゃんとアリシヤ君を連れて逃げろ。この国は真実を知ったものは生きられない」

「ジジイ、何言って」

「タリス、悪かった。お前もセレーノちゃんも守ってやれなくて」


ラナ爺が頭を下げた。


「だからせめて逃げてくれ。この国の真実に飲まれる前に」


俯いたラナ爺の姿に、ルーチェの姿が重なった。


「あなたも真実を知っていたのですね」

「…ああ」


ラナ爺は小さく呻いた。


「誰も助けられなかったんだ。だから、せめてタリス、セレーノちゃん、アリシヤ君に生きて欲しい」


重い沈黙が訪れた。

逃げる。そう、ルーチェとともに逃げてきた。

一五歳になれば、ルーチェはアリシヤを国外に逃がそうとしていた。

逃げたい。そう思う。

リベルタの目が浮かぶ。

あの暗い蒼い目には二度と射貫かれたくない。


だけど—


アリシヤは手をぎゅっと握りしめた。


「時間はあまりない。考えてくれ」


そういってラナ爺は、踵を返した。

タリスとアリシヤはファッジョに部屋に案内された。

閲覧いただきありがとうございます。次回「変わらないもの」です。次回で十二章が終わります。よろしくお願いします。

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