第二章 慰霊祭2-2
ついにその日がやってきた。アリシヤは早めに目を覚ます。大きく伸びをした後、外出着に着替える。
楽しもう。
昨日誓ったことを胸に、アリシヤは居間ともなった一階の店内に降りる。
「おはよう、アリシヤちゃん」
早くも厨房にセレーノがいた。アリシヤを見るとセレーノは顔を覆った。
「え?セレーノさん?」
「うわぁぁぁん!私もお祭り行きたかったぁぁぁ!!」
ああ、とアリシヤは苦笑する。常連の客の一人に頼まれたのだ。お弁当を作ってほしい、と。
「何で今日!?いや、注文してくださるのはありがたいし売り上げも上がるしいいんだけど!?100個って!すごい!」
「あの、本当に手伝わなくていいんですか?」
昨日も尋ねたのであるがアリシヤは訊かずにはいられない。
百個のお弁当。それもお祭りで出し物をする食べ盛りの男達のお弁当だ。
だが、セレーノは首を横に振り、人差し指をぴんと前に出す。
「店長命令!アリシヤちゃんはお祭りに行く…!そして、思う存分遊びなさい!」
「わ、わかりました!」
勢いに負け、アリシヤは答える。
セレーノの休憩もかねて、二人で朝食をとっていると、タリスが、階段を下りてくる。
身なりはもはや出かける準備万端といったところか。
「やあ、姉さん悪いね」
起き掛けの言葉が、それだったものだからセレーノの鉄拳がタリスに入ったのも致し方ない。
朝食を取り終え、片づけをすますと、タリスは立ち上がり、アリシヤに手を伸ばす。
「さあ、行こうか。お嬢さん」
芝居がかっているのだが、顔がいいから似合うのだ。
アリシヤはそのまぶしさに目を細めながら、おずおずと手を取る。
「じゃあ、行ってらっしゃい」
笑顔のセレーノに見送られ二人は町に飛び出した。
***
「わぁ」
王都の城の前にある中央広場。
そこまで手を引かれたアリシヤは感嘆の声を上げた。
色とりどりの花で飾られた広場内。人々があふれかえっていた。
多くの露店が並び、各店の上には、この国の国旗である白地に剣の描かれた旗が掲げられている。
国旗を見上げ、アリシヤはハッとする。描かれている剣は、確か-
アリシヤの視線を追ったのか、タリスが「ああ」と声を上げる。
「気づいたかい?あの国旗に描かれている剣は」
「クレアシオン。勇者様の剣ですね」
「ご名答、物知りだね。アリシヤちゃん」
大剣クレアシオン。使う人間を選ぶという剣。
歴代勇者だけが持つ伝説の剣だ。
剣の柄にはサファイヤが埋め込まれている。
「ところで…このお祭り、レジーナ姫の慰霊祭、ですよね」
思わずそうこぼしてしまうくらいの華やかな祭りだ。タリスは頷く。
「僕も初めて見た時はそう思ったよ。でもね、アリシヤちゃんレジーナ姫の最後の話、知ってる?」
「姿を消した…というところしか」
アリシヤの読んだ本の中では、子供用だったためか負の部分は多く省かれていた。
タリスはうん、と首を縦に振る。
「そう、姿を消したんだ。ちょっときつい話だけどごめんね」
「え?」
「レジーナ姫は、魔王に穢されてしまった。だから、世を儚んで救出された後に姿を消してしまったんだ」
アリシヤは息を呑み、俯く。
愛読書には、レジーナ姫は明るく太陽のような姫だったと書かれていた。
子供向きの本には記されなかった悲しい事柄にアリシヤの心は痛む。
「なんとも悲しい話です」
「そう、だからこうして明るくするんだって」
「というと?」
アリシヤは首をかしげる。先ほど話していた悲劇にこの明るい祭りは見合わない。
タリスは微笑む。
「喪に服されてるより、こうやって楽しくしてる方がレジーナ姫も帰って来やすいだろ?」
「なるほど」
納得だ。このお祭りは亡きレジーナ姫をしのぶための祭りではない。
生きているかもしれないレジーナ姫を迎えるための祭りなのだ。
「まあ、皆慣習で慰霊祭って呼んでるけど、そういったフィア女王の計らいらしい」
「へえ…仲のいい姉妹だったんですね」
「そうだね。さあ、そろそろ始まるよ」
タリスに促され、城前に作られた簡易の舞台の方を見る。
人だかりから何とか見えるのはたくさんの警備兵に守られたフィア女王の姿だ。
輝く金色の髪が靡く。
蒼く理知的な瞳が集まる人々を見据える。
「皆さん、こんにちは。今日はお集まりいただきありがとうございます」
澄み切った声。アリシヤは聞きほれていた。
どこか懐かしいようなその響き。いや、そんなはずはないのだ。
フィアはこの国の女王陛下。
出会ったことなどないはずだ。
フィアが短い挨拶をしている間、アリシヤは記憶をたどる。
だが、思い出せない。
顔を上げたころにはフィアは壇上から姿を消していた。
「アリシヤちゃん?」
「いえ、何でもないです」
アリシヤは首を横に振った。
***
「アリシヤちゃん、砂糖菓子とかどう?」
「タリスさん、もう持ちきれませんから!」
アリシヤの両手はもはや露店で売っている食べ物で埋まっている。
タリスと祭りを回り始めて早1時間、タリスはアリシヤにいろいろなものを買い与えてくれる。
「あはは、じゃあちょっとそこのベンチで食べよっか」
「はい」
二人ベンチに並んで買った食べ物を食べる。
アリシヤはフルーツをふんだんに使ったジュースを飲み、タリスはパンに肉を挟んだサンドイッチを食べている。
「そう、初めてのお祭りは?」
「楽しいです」
アリシヤは迷いなく答える。それに、とアリシヤは首の後ろに触れながら言う。
「フードなしでこんな人ごみの中を行くのは初めてなので、とても新鮮です」
「そっか。それは良かった」
人々はアリシヤを見ると振り返ったり、怪訝な顔をしたりした。
それでも、タリスがいちいち「気にしない」と声をかけてくれた。頼もしかった。
だが、アリシヤの心に一つ引っかかっていることがある。
「タリスさん、素朴な質問なんですけど」
「なんだい?」
「お祭りって国のモノじゃないですか。国の騎士であるタリスさんがどうしてお休みなんですか?」
城内のことに関して知識の乏しいアリシヤであったが、騎士といえば重要な人物の護衛、もしくは祭りの見回りなどをしていそうなものだが。
「ああ、俺はね、国というより勇者様付の騎士なんだ」
「勇者様の?」
「そう。俺は国に雇われてるわけじゃない。勇者様に雇われてるから」
タリスの話によると、騎士には女王フィアに仕えるもの、それから大臣などの個人に仕えるものと二種類の雇用形態があるという。
「要するに前者は国の役人、後者は要人の使用人ってところかな」
「ふむふむ」
「俺は後者の方。勇者様の側近として働かしてもらってる。で、なんで休みかっていうと、勇者様は教会で祈りをささげてるからだ」
「祈りを?」
タリスは頷く。
消えてしまったレジーナは、リベルタが救い出した。その後二人は結ばれるはずだった。
要するに許嫁のようなものだったのだ。だが、彼女は消えた。
彼女のことを悼むため、リベルタは一日教会で祈りをささげている。
「と、されている」
タリスは苦笑してそう締めくくる。
「されている、というと?」
「アリシヤちゃん。前見て」
前を見る。楽しそうな人々。特段変わったところはない。首をかしげる。タリスが指をさす。
「右手、露店のおじさんと楽しそうに話してるフードの男」
「あ」
発見してしまった。フードからちらりと覗く白い髪。
周りの人が彼のことをちらちらと振り返っている。リベルタだ。
「え、どうして?」
「それは直接聞きに行こうか」
二人は立ち上がり、リベルタの方へ向かう。
それに気づいたのかたまたまなのか、リベルタがはっと顔を上げ、こちらを確認すると、左右を見渡す。どちらも人が多くにぎわっている。
逃げ道がないと悟ったのか、おとなしくジッとしている。
「勇者様」
「はぁい…」
タリスの詰問のような呼びかけにリベルタはしょぼくれる。
この人本当に三十歳を過ぎているのか。
それにしてもリベルタは目立つ。
フードをかぶっていてもその白い髪と褐色の肌は見えるし、何より背が高い。
人ごみを避けるように三人は祭りから少し外れた路地へ向かう。
「また公務サボってきたんですか?」
タリスの静かな怒気に、リベルタは必死に首を横に振る。
「違うって、ちゃんと許可もらってきてるんだ」
「今日は一日教会なんじゃないんですか?」
「まあ、アウトリタにはそう言ってある…」
アウトリタ。確かフィア王女の側近であり、今この国で政治を動かしている人物だ。
そして、何より勇者・リベルタの育ての親でもある。リベルタは顔を上げる。
「でもな、クレデンテ神父は許してくれた!だからすべて良し!」
「いいのか!?」
思わず敬語が崩れるタリス。
国のトップの言を無視するなんて勇者であるリベルタくらいにしかできないだろう。
それに、アウトリタという人物。ずいぶん恐ろしいという噂を聞く。
「それに、俺は、レジーナ姫は生きてると思ってる。祈りなんて見当違いだろ?」
「まあ…それはそうかもしれませんね」
タリスもそこは賛同する。
「あの人だったら、たくましく生きてるだろうよ。だから、俺はもう一人の方に祈りをささげたい」
「もう一人の方?」
タリスも知らないようだ。黙っていたアリシヤも首をかしげる。
「そうだな、たまにはにぎやかなのもいいか。…日が暮れたら行くからついてきてくれるか?」
リベルタの言葉に、二人は顔を見合わせきょとんとした後、首を縦に振った。
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次回「武闘会~猛威を振るうアリシヤ」です。よろしくお願いします。
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