第十二章 答え12-1
タリスは呆然とその場に立ち尽くした。
アリシヤがオルキデアを出ていったあの日。タリスはアリシヤの背を追いかけようとした。
どうしたらいいか。そんなことは分からない。
だが、このまま放っておくことなどできなかった。
そして、店を出て、足を止めた。
すさまじい数のエーヌの民がオルキデアを囲っていたのだ。
タリスはとっさに店内に戻り、剣を手に取った。
エーヌはその動きを許した。
多勢に無勢だ。勝てるはずもない。
そして、何よりセレーノを身の危険にさらしてはいけない。
タリスは店から出ることができなかった。
しばらくすると、エーヌの民は去っていった。
タリスは駆け出した。
アリシヤに何かあったに違いない。
アリシヤはきっと、城に向かったはずだ。
無事ならば城まで逃げ込めているはずだ。
城に駆け込み、門兵にアリシヤのことを訊いたが、望んだ答えは帰ってこなかった。
アリシヤは城に来てない。タリスの顔から血の気が引いた。
タリスはそのまま、リベルタを訪れる。
リベルタに事の次第を伝えると、彼は即座に立ち上がった。
「行こう」
「でも、どこへ行ったか―」
「大丈夫だ。俺にあてがある」
いつもの頼もしい笑顔でリベルタは答えた。
***
タリスは、リベルタに王都から少し離れた小さな村に待機を命じられた。
村には、見張り台を兼ねた大きな門が設置されていた。
「ここで、待機しておいてくれ。明後日の夜明けには戻ってくる。もしそれまでに戻ってこなかったら、アウトリタに知らせてくれ」
「分かりました」
タリスは二人が帰ってくるのを今か今かと待った。
見渡しのいい門の上に立ち、リベルタが地図に示した場所を見やる。
そこから出てくるらしい。
あたりを見渡した。ちらほらと廃屋が見える。
この隣の村は魔王に滅ぼされた。
こちらの村は滅ぼされなかった。
その違いはなんなのだったのだろう。
こんな近隣にある村なのに何が命運を分けたのだろう。
いや、ただの魔王の気まぐれか。
タリスは思考をやめ、見張りに戻った。
月が上がってしばらく経った。
リベルタとアリシヤはまだ戻ってこない。
次の夜明けにはまだある。
だが、焦りがタリスを駆り立てていた。
当てがあると言ったリベルタはそれが何か教えてはくれなかった。
タリスは、落ち着きなく門の上を行ったり来たりする。しばらくそうしていただろう。
「あ!」
タリスは思わず声を上げた。
暗がりの中、小さな光が見えた。
リベルタの持っていたランタンだ。
確証はない。だが、おそらくそうだ。
タリスは門を下る。
夜間の行動は危険だ。
ここらへんは山賊もいる。
軽率な行動は控えるように言われている。
だが、今はそんなことより、二人の安否が心配だった。
二人を迎えに行こう。
タリスは足早に光の下へ向かった。
おそらく、このへんだろう。
タリスは目星をつけ、あたりを見渡す。
雨が降りそうだ。
きっとどこか屋内に入るに違いない。
タリスは荒野を歩く。
廃屋が点々としている。そのうち、教会を見つけた。
他のものと比べるとまだ綺麗だと言えるだろう。
近づくと声が聞こえてくる。
リベルタとアリシヤのものだ。
壁が崩れている。そこから声が漏れているのだ。
タリスは教会に入ろうとした。
だが、崩れた壁からアリシヤの姿を確認すると足を止めた。
別れ際にアリシヤは言った。「さよなら」と。
自分は終わりするつもりはない。伝えるのだ。
タリスは顔を上げた。
そして、気が付いた。アリシヤの表情に。
ひどく怯えている。
なぜだ?
タリスは疑問に思う。彼女を怯えさせるものなど何もないのに。
リベルタが立ち上がった。
アリシヤの体が小さく震えた。タリスは気づいた。
アリシヤはリベルタに怯えている。
リベルタがアリシヤの方向を振り返る。
タリスはとっさに身をかがめ、壁に隠れた。
そこからのリベルタの言葉は悪夢の様だった。
この国の真実。
アリシヤを英雄に仕立て上げるためにリベルタがしたこと。
リベルタの胸の内。
恐怖に身を震わせるアリシヤをタリスは助けに行くことができなかった。
タリス自身も恐ろしさに囚われていたからだ。
リベルタがスクードであるルーチェを斬ったと言った。
あの日、エーヌの民の目撃情報を聞き、あの町を訪れた。
その後リベルタはどうした?
消えた。
いつもの放浪癖だと思っていた。
ルーチェを斬りに行っていたのだ。
タリスの頭でエルバの村のことが思い返される。
ピノを連れて、エルバの村を去ったリベルタとタリス。
その後、山賊のアジトへ行った。
その時、リベルタはどこへ行っていたんだ?
そう、リベルタお得意の放浪癖。そして単独行動。
「-っ」
タリスはこぼれそうになった声を押さえた。
今まで何度も、リベルタは仕事中にタリスの前から姿を消していた。
帰ってきたときに血なまぐさいこともあった。
タリスはあえて何も聞かなかった。
リベルタを信じたかったから。
雨が降り始めた。
アリシヤが教会から飛び出ていったのが見えた。
タリスは動けなかった。
いつかのリベルタの言葉がよみがえる。
『俺は正義の味方じゃない』
壁に寄りかかり雨に打たれるタリス。
中から足音が近づいてくるのがわかる。
動けない。足がすくんで動けない。
「なんだ、タリスか」
上から声が降ってくる。
いつものリベルタの声だ。
だが、顔を見ることができない。
「村に残ってろって言ったのに」
普段通りの声。
タリスは震える体に鞭を打ち、なんとか立ち上がる。
奥歯を噛みしめ、恐怖に打ち勝とうと、相手を見据える。
崩れた壁越しにリベルタが見える。
「聞いたか?」
「聞きました」
リベルタの問いに、タリスは答える。
リベルタは困ったような顔でため息をついた。
「あーあ、お前にまで聞かれたのは誤算だったなぁ。同時に二人もいい部下を失うことになる」
その言葉にタリスはぞっとし、剣を抜いた。
今この場で殺される、そう思った。
だが、予想に反してリベルタは笑う。
「ああ、悪い悪い。言い方が悪かったな。殺りあうつもりはないよ」
「は?」
「ほら、そこだと濡れるだろ?入って来いよ」
タリスは黙って従う。
崩れた壁を乗り越え、教会の中に入る。
ずぶ濡れのまま、タリスはリベルタに向かい合う。
リベルタは眉を下げた。
「ごめんな、タリス」
突然の謝罪に、タリスは戸惑う。
リベルタに対する恐怖がふっと和らいだ。
だが、それも束の間の事だった。
「お前を英雄にしてやれなかった」
「は?」
申し訳なさそうにリベルタは言葉を重ねる。
「お前を英雄にすることもできたんだ。お前はチッタで俺とスクードに助けられた。そして、俺を追って王都に来た。顔もいい、仕事もできる。加えて姉思いと来た。英雄として申し分ない素材だよ」
何でもないようにリベルタは言う。
だが、素材という言葉にタリスはぞっとした。
アリシヤの顔が浮かんだ。
「赤い髪、赤い目。そして、育て親はスクード様。アリシヤちゃんは最高の素材だったってわけですか」
「その通り。しかも魔王の娘だ。魔王の娘が魔王伝説を終わらせる。素晴らしい設定じゃないか」
いつもの調子で言葉を重ねるリベルタをタリスは強く睨んだ。
「設定じゃない!僕たちの人生は設定なんかじゃ―」
タリスの言葉は途切れた。
あまりにも冷たく侮蔑を含んだ目に見下されたからだ。
「俺の側近をやってるお前が言うセリフじゃないだろ」
くつくつとリベルタが笑い出す。目は笑っていない。
「さっきの話、聞いてたんだろ?勇者も魔王も全て役者。設定を決められその通りに動かされる操り人形」
「そんなことはない」
「お前さぁ、最後まで言わないと分からないか?いや、分かってんだろ?」
確かにわかっているのかもしれない。
だが、分かりたくもない。
「いいえ!わかりませんね!!」
タリスはリベルタの言葉に噛みつく。
リベルタは、それを嘲笑うように言った。
「お前の人生も、この国の筋書き通りってわけだよ」
タリスは歯を食いしばる。
リベルタは、タリスに反論の余地を与えないかのように間を置かず続ける。
「俺の右腕になった時点でお前の人生は筋書き通り。仕事はもちろん、そうだなぁ。セレーノさんのことについても」
タリスの頭にがっと血が上った。
目の前のリベルタの胸倉につかみかかる。
「姉さんに何をした!?」
「何もしてないさ。ただ、オルキデアという店を与え、監視下に置いた。それだけだ」
セレーノにあの店を上げた時の事を思い出す。
王都の土地なんてなかなか空かない。
たまたま、あの土地だけが、ぽんと空いていたのだ。
タリスのお金がたまるタイミングで。
もちろんタリスは姉へのプレゼントのことをリベルタに話していた。
タリスはリベルタから力なく手を離した。
ずいぶん前の話だ。
その頃から、リベルタは己の味方ではなかった。
その頃から自分はリベルタの掌の上で踊っていた。
恐ろしい事実がタリスを閉口させる。
胸元を整え、リベルタは言う。
「お前がもし真実を知って、俺を裏切るようなことがあれば、と考えていたが。まあ、お前はそうはならなかったなぁ」
リベルタがけたけたと笑う。
「お前を右腕にしてよかったよ。多少しくじっても気付かないから」
タリスは顔を上げる。蒼い瞳と目が合う。リベルタがにやりと笑う。
「タリス、ありがとう」
何度も言われた言葉だ。
嬉しかった。命の恩人、そして尊敬できる人だった。
だが、今は違うのだ。
リベルタは張り付いた笑顔で言った。
「俺をここまで信じてくれて。いや、お前が信じていたのは俺じゃなく『勇者』という役割か」
こんなに皮肉な感謝があっていいものだろうか。
悔しさに涙が浮かんでくる。
リベルタが困ったように笑う。
「泣くなよ、タリス」
いつものように心配してくるリベルタ。
それに恐ろしさを感じた。
タリスは一歩下がり、そして、壁を飛び越え、雨の中走り出した。
「じゃあな、タリス。また。お前もどうせ逃げられない」
リベルタの声が聞こえた。
そうだ。リベルタの言う通りだ。どうしようもできないのだ。
セレーノを人質に取られている。
自分は何もできない。無力だ。
それでも、まだできることはあるはずだ。
同じように絶望に濡れた、彼女のもとへ。
タリスは走り出した。
閲覧いただきありがとうございました。次回「牢の中」です。次回一部、不快な表現が出てくるかと思います。心にとめておいていただけると幸いです。この作品がR15になったのはだいたいリベルタのせい。次回もよろしくお願いします。




