第十一章 真実11-3
冷たい部屋の床にアリシヤは座り込む。
レジーナの話は嘘だ。嘘に決まっている。
アリシヤは何度もそう唱える。
だが、ルーチェの言葉がそれを邪魔する。
『物語に組み込まれてはいけない』
レジーナが語った真実が本当ならばすべて説明がいくのだ。
ルーチェがアリシヤと逃げていた理由。
国から逃れるため。
アリシヤは見つかれば魔王の子として殺される。
そして、スクードという役割を振られ、そこから逃げ出したルーチェもまた―。
だが、疑問は残る。
エレフセリアはなぜスクードであるルーチェにアリシヤを託したのか。
敵にそんなことを頼むなんておかしい。
「そうだ…おかしい。こんなの嘘だ。…そうだよね。ルーチェ」
狭い部屋の中、アリシヤの声が響く。
頭の中から探し出す。
レジーナの言葉を否定するための材料を。
そうだ。アリシヤは見つけた。
自分が英雄になったのはデイリアを殺したからだ。
多くのエーヌを屠ったからだ。
そういった事柄が重なったからだ。
誰かに仕組まれたわけじゃない。
そもそも、アリシヤが王都に来て仕事をするようになったのは偶然だ。
リベルタやタリスが助けてくれなかったらあのままエーヌに連れていかれていただろう。
ただの偶然の産物だ。
仕組めるものではない。
リベルタの言葉を思い出す。
『信じて進むんだ。今はまっすぐ』
アリシヤは顔を上げた。
信じるんだ。
今まで自分が行った行為。出会った全ての人々。
功績もそれに感じる後悔も含めて。
手枷足枷は重い。
どうにかして外れないものだろうか。
アリシヤは扉睨む。
外に人の気配はない。先ほどから足音もしない。
この重厚な扉が開くことはないと思っているのだろう。
なら、チャンスはあるかもしれない。
アリシヤは辺りを見渡す。
使えそうなものは見当たらない。
それでも何かできないか。
アリシヤは思考をめぐらす。
何時間かそうした。
カチャン。
扉が開く音がした。アリシヤは構える。
見張りだろうか。
うまく体当たりを食らわせれば逃げることができるかもしれない。
が、入ってきた人物の姿にアリシヤは目を見開いた。
「迎えに来たぞ」
小声でそう告げ、リベルタはにこりと笑った。
***
枷を外してもらったアリシヤは、暗い通路をリベルタに続いてひたすらに歩く。
わかれた道を右に左に曲がり、進む。
どこから来たかもう思い出せなさそうだ。
何時間そうしていたか分からない。
リベルタが立ち止まり、上を指さす。出口のようだ。
地下から這い上がると、そこは荒野だった。
あたりには廃屋がちらほらと見えるが、基本的には何もない。
目に入った空には月明かりが広がっていた。まだ晩なのか。
それとも、丸一日が経っていたのか。
「もう、声出していいぞ」
リベルタに言われて、アリシヤはまず大きな息を吐いた。
そしてリベルタに頭を下げる。
「助けていただき、ありがとうございます」
「いいよ、仲間だろ?」
その言葉が今のアリシヤにとっては嬉しいものだった。
リベルタは歩き出す。
「夜間の移動は危険だから、そこら辺の廃屋で夜を明かす。いいな?」
「はい…。ここは?」
「んー?王都からちょっと離れた、かつて魔王に滅ぼされた村」
月当たりの中を二人は歩く。
リベルタの背にアリシヤは続く。
その広い背中を見ているだけで、涙が溢れてくる。
助けに来てくれた。
終焉をもたらす悪魔と、言われたこの自分でも。
「タリスが連絡くれたんだ。アリシヤさんが攫われたって」
「タリスさんが…」
「血相変えて心配してたぞ?帰ったら会ってやってくれよな」
アリシヤは答えられず俯いた。
涙がこぼれる。
タリスもまた、己を大切に思ってくれていたのだ。
リベルタが足を止める。
目の前に古びた教会が現れた。
「ここで、風をしのごう。今夜は雨も降りそうだしな」
リベルタが天を仰いで見せた。
月明かりはとぎれとぎれに雲に隠される。
教会は少し壁が崩れてはいるが、廃屋というほどではなかった。
アリシヤとリベルタは置かれている椅子の最前列に座った。
アリシヤは、目の前に飾られた絵を見上げた。
そこには勇者と魔王が戦う姿が描かれていた。
真っ白な髪の勇者に赤い髪の魔王。
アリシヤの頭にレジーナの話が過る。
この国は物語でできている。
魔王も勇者もスクードも、そして赤の英雄も全て国が決めた役割。
役割を振られた者は、役を演じる人形でしかない。
アリシヤは首を横に振る。
リベルタが心配そうにアリシヤをのぞき込む。
「大丈夫か、アリシヤさん。顔色が悪い」
「…勇者様。くだらない戯言だと思って聞いてください」
リベルタは首をかしげた。
「ああ…?」
「この国の出来事は…魔王は、勇者は…全て国が作った自作自演の物語だと…勇者も魔王も…そして私、赤の英雄も全て国によって仕組まれた役割だとレジーナ姫に、いや、エーヌの民の長に言われました」
アリシヤの声は震える。
縋るようにリベルタを振り返る。
「嘘ですよね?そんな話、全くの―」
言葉が止まった。
リベルタが立ち上がったからだ。リベルタの表情は見えない。
「あーあ…レジーナ様。言っちゃったかぁ。もう少し後がよかったんだがな」
「え…」
くるりと振り返ったリベルタ。
そこには笑顔が浮かんでいる。いつもの快活な笑みだ。
だが、今はなぜかそれが怖い。
「その通り。この国は物語でできている。魔王も勇者も全て作り物だ」
アリシヤは言葉を失った。
リベルタの表情は崩れない。
見慣れた笑顔だ。
なのに仮面のように張り付いた笑顔に見える。
リベルタは明るい声で続ける。
「恐らく全てレジーナ様の言った通り。魔王は善人。勇者はただのガキ。滅ぶ村も、栄える街も全てシナリオ通り」
「ま、待ってください!!」
混乱した頭に浮かんだのは自分の功績。
あれは嘘ではないはずだ。
アリシヤは叫ぶ。
「では!私は!?赤の英雄の私も作り物だというんですか!?」
「そうだよ」
リベルタは間髪入れずに答える。
「言ったろ?アリシヤさんは英雄になれるって」
言っていた。
その言葉にアリシヤは怯えた。そして励まされた。
リベルタは右手をひらりと上げた。
「なぜか。俺があんたを英雄に仕立て上げるからだ」
「は…?」
いつものリベルタだ。話し方も、表情も。
教会に月明かりが差した。
窓から差し込んだ光を受けてリベルタの白い髪が輝く。
勇者だ。
目の前にいる彼は勇者のはずだ。
唖然と話しを聞くしかないアリシヤをリベルタは優しい目で見下す。
「アリシヤさん。一つずつ思い出してみようか。あんたはエルバの村で多くのエーヌを屠ったよな」
そうだ。エーヌの民を殺した。そこに嘘はない。ただの事実だ。
操作されたり、変えられたりするものではない。
だが、リベルタはアリシヤに問う。
「その時、俺はなぜいなかった?」
簡単に答えられる。
「エーヌに襲われたチッタの街に慰問に行くために―」
「残念。アリシヤさんに手柄を上げさせるためだ」
アリシヤは固まった。
「エーヌが元からエルバを襲うという情報は入っていた。国も馬鹿じゃないからな。エーヌに内通者がいるんだ」
「内通者…?」
「俺だってエルバの村が襲われることは知ってたよ?けど、赤の英雄様に活躍してほしかったから俺は手を出さなかった」
リベルタの言葉で、アリシヤは恐ろしいことに気づいた。
「まさか…エルバの村での犠牲を国は承知していた?」
「ああ、そうだよ。被害が出てから現れたほうが、英雄っぽさがあるだろ?」
アリシヤの目に、村の陰惨な景色が浮かぶ。
あれを止められる可能性があったのに、国はそれを無視した。
赤の英雄を作り出すために。
悪寒が走った。
リベルタが人差し指を立てた。
「まずはこれが一つ目」
「一つ目…?」
思わず顔を上げた。
アリシヤの問いに、リベルタはにこりと笑顔を返した。
体が震える。
これから何を暴かれるのだ?
「二つ目、デイリアを殺したろ?」
耳を塞ぎたかった。
だが、無情にもリベルタは話を続ける。
「インノの、あの演出までは予想外だったが…まあ、うまく事が運んだよ。もともと、あんたにデイリアを殺させるつもりだったからさ」
軽い口調でリベルタが話す。
全てはシナリオ通り。
アリシヤがデイリアを殺すことも全て全て。
リベルタが三本目の指を上げた。
「三つ目、初めての仕事の日。あの時、子供の字で『エーヌが出た』そんな手紙が来たから俺らはエルバの村に向かった」
そう。
だが、あの手紙の差出人は結局分からずじまいだった。
「あの村の山賊、いや、魔王軍の生き残りはあんたの初めの手柄にはいいと思ったんだ。真実に気付きそうなやつもいたし、早々に処分しときたかったんだよなぁ。ってことで、手紙は作らせてもらった。子供の様な字、うまかっただろ?」
リベルタがはにかみ笑う。
もう聞きたくなかった。手が震えた。
なのに、リベルタの言葉が引っかかる。
処分。
「重い罪ならないと言っていましたよね…?」
「ん?」
「山賊の彼ら…いや、かつて村から魔王に売られた彼らは―」
「皆殺しさ」
当然のようにリベルタが言う。
「そりゃそうだろう?この国の真実に近づいた奴は危険因子だ。殺してしかるべきだろう?」
アリシヤは絶句した。
ペルラの父、マットの最期の言葉がよみがえる。
彼は言っていた。
『気を付けろ』と。
あの時はわからなかった。
だが今ならわかる。
何に気を付けろって?目の前のこの化物にだ。
リベルタはからからと笑う。
「いやぁ、村が好きな山賊どもでよかったよ。村を燃やすと言ったら、簡単にアリシヤさんの手柄になってくれた。この事件のおかげで、アリシヤさんに英雄としての華々しいエピソードを送ることができた」
寒くはない。なのに体が言うことをきかないくらい震える。
否定したい。こんなことは否定したい。
だけど、もう引き返せないところまで来ていることくらいわかっていた。
「四つ目。アリシヤさん。俺は一年前エーヌに攫われたあんたを救った。あんたはなぜエーヌに攫われたか。スクードがいたらそんなヘマはやらかさなかったはずだ」
リベルタの言う通りだ。
ルーチェはいつだってアリシヤを守ってくれた。
ルーチェがいれば攫われることもなかっただろう。
なぜルーチェがいなかったか。
ルーチェはアリシヤの前で斬られたからだ。
アリシヤは目の前の男を見上げる。
リベルタは笑顔を浮かべながら、マントのフードに手をかけた。
「アリシヤさん。あんたの愛しのスクード、いやルーチェを切り倒したのは、背の高い、フードをかぶった―」
フードを深くかぶったリベルタ。
アリシヤは言葉を失った。
「俺みたいな男じゃなかったか?」
アリシヤの目にその日の情景が浮かぶ。
ルーチェより強い男だった。背が高かった。フードをかぶっていた。
そして、エーヌではなかった。
アリシヤの口から震えた言葉が漏れる。
「そんな…」
「最後。アリシヤさん、なんでスクードが死んだと思ってた?」
アリシヤは思わず口元を押さえた。
死体を見ようとしたアリシヤは言われたんだ。
『見るな』と。
誰に?
リベルタに。
アリシヤは直接死体を見ていない。
リベルタの言葉に、ルーチェは死んだと信じ込んだ。
「な、んで…」
「ん?」
リベルタはいつものようにとぼけた顔を見せる。
恐ろしい。その張り付いた表情が恐ろしい。
「なん、で…そんなことを」
アリシヤの問いにリベルタは一瞬悩むようなそぶりを見せた後、笑顔で応える。
「アリシヤさんを英雄に仕立て上げるため」
「なんで…?そんなことをされる義理はない…」
アリシヤの言葉に一瞬キョトンとしたリベルタ。
そして声を上げて笑い出す。
「あはは!善意でそんなことをしたとでも!?」
腹を抱えながらリベルタは笑う。
そして、ひとしきり笑った後、ふっと動きが止まる。
「俺は、スクードをもう一度この物語に組み込みたいんだ」
「は?」
「物語から逃げて、スクードという名前も捨て、過去を捨て、未来を見つめたあいつを」
顔を上げたリベルタの表情にアリシヤは閉口する。
酷く歪んだ笑み、濁った瞳。
笑顔で明るい勇者の仮面が外れた。
暗く地を這うような声でリベルタは語る。
「国に秘密でスクードに会いに行ったんだ」
ルーチェの居場所をエーヌの内通者から秘密裏に聞きだし、隠れて会いに行った。
「ただ、話したかっただけなんだ。だけど、窓から見たあいつはあんたに笑いかけていた」
リベルタが口の端を持ち上げた。
「その笑顔がこれ以上とないほど幸せそうで、俺はたまらなくそれを壊したくなった」
「は?」
「過去を捨てて、笑顔で生きるあいつが憎くて愛しくて…説明がつかないほどの汚い感情が溢れてきたんだ」
リベルタは笑い出す。狂った笑い声が教会に響く。
「そこで思いついたよ。スクードの一番大切なものを物語に組み込んでやろうと。奪ってやろうと、過去に引きずり戻してやろうと…!」
「は?」
「ただ殺すのはつまらない…!だから壊したいんだ!スクードのその笑顔を幸福を!その時あいつはどんな絶望に染まった顔を見せてくれるかなぁ…」
アリシヤは思わず零した。
「狂ってる…」
「とっくに知ってるさ」
リベルタはこともなげに言った。
「はじめはスクードだけのつもりだったんだ。あんたはただの駒。時期が過ぎたらあいつの前で殺してやろうと思ってた」
ただの駒。
その言葉がアリシヤを貫く。
今までのリベルタの言葉、笑顔がアリシヤの中で音を立てて崩れた。
目の前にいるのは勇者でも自分の味方でもない。ただの狂った男。
リベルタが暗い目をアリシヤに向ける。
「だけどな、あんたはまるで正義の味方みたいに立ち上がる。悩んで立ち上がって、まっすぐ前に進む」
リベルタがアリシヤの瞳を覗く。
「そんな、あんたが狂っていく様が見たいなぁ」
暗い蒼い瞳に射貫かれアリシヤは恐怖のあまり、立ち上がって身を引く。
リベルタがくつくつと笑う。
「いつか言ったよな?俺はあんたの行く先が見たいって」
アリシヤにも覚えがあった。信じていた。
勇者であるリベルタに言われて嬉しかった。
だけどその言葉の意味を今から思うと。
「信じてまっすぐ進んだ結果、裏切られた気分はどうだ?辛いか?苦しいか?それともいっそ気持ちがいい?」
リベルタが一歩一歩近寄ってくる。
アリシヤも一歩一歩後ろへ下がる。
こみあげる恐怖に息が浅くなってくる。
「俺は見たいんだ。この物語に組み込まれ真実を知った人間の末路を」
アリシヤの背に壁が当たる。
「アウトリタは国を正しに、フィア女王は守りに、レジーナは壊しに、ヴィータは利用しに、クレデンテは継続を望み…そして、スクードは逃げた。まあ、もう一度引き戻すんだがなぁ!」
リベルタの掌が、アリシヤの横の壁に打ち付けられる。
古びた壁の破片がぱらぱらと落ちる。
向かい合ったリベルタ。
目があった。
覗いてはいけない闇を見ている。
わかっているのに目を逸らすことができない。
「アリシヤさん。あんたは告げられたよな。終焉を紡ぐものだと」
体が震える。カチカチと歯が鳴る。
答えられない。
壁に身を寄せる。
「赤い髪の少女が、終焉をもたらす。これだとアリシヤさんが悪者みたいだ。それは良くない」
リベルタは優しく微笑む。
「だから付け足すんだ。赤い髪の少女が、『この国の伝説に』終焉をもたらす」
「この、国の…伝説…?」
アリシヤは震える声で尋ねる。リベルタは頷いた。
「そう。せっかく英雄に仕立て上げたのに、ヴィータのくだらない策略に台無しにされるのは癪だ。だから、こうしようじゃないか。あんたは悪魔じゃない。この国の伝説、つまり魔王の伝説を終わらせる、魔王を完全封印する大英雄様になってもらおう」
ちなみに。
そう言ってリベルタはにっこりと笑う。
「フィア女王もこの作戦に賛成してくださった」
アリシヤは言葉を失う。
この国のトップをもが、自分を英雄に仕立て上げようとしている。
自分は組み込まれてしまったのだ。
ルーチェの言う通りだった。
この物語に組み込まれてはならなかったのだ。
「なあ、アリシヤさん。あんたはどうする?国を亡ぼす悪魔になるか?それともこの国を救う大英雄になるか?」
リベルタの笑みが再び歪む。
「なあ見せてくれよ…あんたはこれでも正義のように振舞うか!?また立ち上がるか!?…それとも狂って潰れるか!」
アリシヤはとっさに身をかがめ、リベルタの手から逃れた。
教会の中をつまずきながら震える足で必死に走る。
「逃げてもいいぞ。だが、簡単に逃がすと思うな。俺はあんたを見捨てない。俺とあんたは仲間だ」
低く暗い声。
逃げても無駄だと分かっている。
それでも、今すぐにでもあの化物から離れたかった。
後ろでリベルタの声がする。
「どこへいってもあんたは逃れられない。だって、あんたはこの国の英雄様なんだからなぁ!!」
体の震えが止まない。
今まで自分が信じてきたものがすべて崩れた。
皆、皆嘘だったんだ。
教会を飛び出した。
雨が降り出す。
冷たい雨の中、アリシヤは当てもなく走り続けた。
頭にはリベルタの嗤い声が響いていた。
閲覧いただきありがとうございました。少し長めになって申し訳ありません。次回から第一二章「答え」です。よろしくお願いします。




