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第十一章 真実11-2


「この国は物語で出来ている」


レジーナの話はそう始まった。


「国がシナリオを決め、それ通りに物事は進んでいく。役を与えられた人間はその通りに動く。まるで演劇ね」


何かのたとえだろうか。

アリシヤは首をかしげる。

レジーナは小さく笑う。


「ねえ、アリシヤ。百年に一度魔王が現れ、勇者が現れるなんて都合がよすぎると思わない?」

「え」

「どうしたらそんなことができるか。答えは簡単、自作自演をしているから!」


レジーナは机に置いた手を大きく広げた。

まるで舞台で役を演じる役者のように。


「魔王も勇者もスクードも、そして攫われる姫もみーんな役者。国に決められた役割を全うするためだけのお人形」

「…は?」

「消える街も栄える村も生きる人間も死ぬ人間も全てシナリオ通り!」


歌うようにレジーナが言う。


「ほら見て」


机の上に置いてあった一冊の本を、レジーナが開く。

そこには文字がびっしりと書き込まれている。

箇条書きで物事が記されているようだ。

アリシヤはその中の一文に目を奪われる。


『チッタの街、魔王によって殲滅される。生き残りはない。』


そして、その文の上に赤い斜線が引いてある。

『生き残り二』と記し直されている。

思わず年号を見る。そして確信する。

息を呑んだ。


「気づいた?これはアリシヤと仲良しのタリスくんの事よ」


レジーナはいたずらっぽく笑った。

アリシヤは震える声で尋ねる。


「これは…?」

「イリオス君の持っていたシナリオよ」

「シナリオ?」

「そう。この国を進めるための神託という名の脚本」


レジーナは分厚い本のページを捲る。


「エルバの村がデイリア率いる魔王軍に攻め入られたのもシナリオ通り、勇者と魔王が戦うのもそうね。全てここに載っているわ。読んでみる?」


差し出された本の一文が目に入った。


『魔王、現れこの国に滅亡をもたらさんとする』


アリシヤは呟く。


「国を滅ぼそうとする魔王ですらこの国が作った…?」

「そうよ」

「そんなのおかしい!どうしてこの国が、自身の土地を荒らし、国民を殺すのですか!?」


レジーナは口角を上げる。

美しい顔に歪んだ表情が浮かんだ。

アリシヤは悪寒を覚える。


「人口統制よ」

「は…?」


レジーナは机の上に指を這わせる。

赤い机の上をなぞる。

指の動きを目で追う。

レジーナはこの国の形を描いていた。


「アリシヤ、考えてみなさい。ここは島国よ。外国との交易がない閉鎖された国」


なにを言われているのか分からない。

アリシヤは黙り込む。


「人間は際限なく増え続ける。でも、増えない。食料も土地も。そうなると食糧難が起きるわ。その不満は何処へ行く?」


国だろう。

アリシヤの表情から読み取ったのかレジーナは続ける。


「だから、政府は百年に一度人口統制をおこなう。人口を減らすために。魔王の出現という手段でね」

「そんな…」

「あと、不安因子の排除ね。政府に逆らうものは魔王という言い訳によって殺される。チッタの街なんかそうよ」


レジーナが手元の本を開け、チッタという文字をなぞった。


「チッタの街は政府に逆らって自治権を主張していた。それが目障りだったんでしょう。だから、全員殺された。ああ、二人生き残ったけど」


アリシヤは言葉を失った。


「この国、建国してから一度も政権が変わっていないの。小さな派閥争いはあるけど、ずっと同じ王家。不安因子や反対勢力は全て魔王に滅ぼされるからね。全て魔王のおかげ」


レジーナはアリシヤを見上げて、眉を下げた。

立ち上がり、机越しにアリシヤの頬を撫でる。


「ああ、アリシヤ。可哀そうに。顔が青いわ。よほどショックだったのね」

「っ」


アリシヤは立ち上がり、レジーナの手を払う。そして叫ぶ。


「信じない…!そんな作り話は信じない!」

「…信じたくないのはわかるわ。でも、アリシヤ。本当に気づいていなかったの?」

「は?」

「だっておかしいでしょう?どうして百年に一度魔王が現れるの?そして都合よく勇者が現れて、どうして毎回勇者が勝つの?なにもかも都合がよすぎだと思わない?」

 

アリシヤは反論できない。

神託だから。

そう言われて信じていた。

だが、話を聞いてしまった今、言い返すことはできない。

ソーリドの言葉がよみがえった。


『どうしてあなたは英雄に成り得た?』


アリシヤの背に冷たい汗が流れる。

レジーナは優しく微笑む。


「アリシヤ、座りなさい」


大人しく座ったアリシヤにレジーナは落ち着いた声で話しかける。


「次は、私とエレフセリア様の話を聞いてほしいの。いい?」


アリシヤは、頷きはしなかった。

レジーナが話し始めた。


「私はあのことはまだ、この国のことを信じていた」


懐かしそうにレジーナは語る。


魔王に攫われる姫の役割を背負わされたなど知らずに、自分を悲劇のヒロインだと思っていた。

だが、それはすぐに間違いだと気づく。


長くうねった赤い髪を一つに絞った男。

彼はエレフセリアと名乗った。


「真っ赤な瞳に私は恐ろしさを感じた。だけど、あの人は魔王と呼ぶにはあまりにも優しい顔をしていた」


城の一室に閉じ込められて過ごす日々。

魔王軍という名の国の見張りを付けられ、監視される。

睡眠の時間だけ見張りは去っていった。


そして、その時間になると壁越しから声が聞こえてきた。


体調は悪くないか?暇ではないか?自分にできることはないか?


その声がエレフセリアのものだと気づくのに時間がかかった。


「だって、あの人。見張りの前ではすっごく声を低くして威厳を出そうとしてたから」


レジーナはくすくすと笑った。


その声がエレフセリアのものだと気づくころには、レジーナは彼に恋をしていた。

優しく機知に富んだ彼。二人は見張りの目を忍んで二人で密会をするようになった。

エレフセリアもまた、レジーナに惹かれていた。

二人は互いを深く愛した。


そこで、レジーナは違和感を覚える。


「こんな素敵な方が国を亡ぼすなんて愚かな真似をするはずがない、と」


レジーナはエレフセリアに問い詰めた。

あなたが魔王なんておかしい。あなたはこの国を亡ぼすとは思えない。

エレフセリアは深く悩んだようだったが、やがて、レジーナに真実を告げる。


魔王はこの国が作り出した役割の一部に過ぎないことを。

自分はその役割を受け止め、魔王を演じているのだと。


レジーナは、今のアリシヤのように絶句した。信じられなかった。

だが、エレフセリアを疑うことはなかった。

二人で逃げようといったが、エレフセリアは断った。


エレフセリアは言った。


自分が魔王になることで、この物語は終わりを告げる。

あとは友人が何とかしてくれる。


「友人…」


アリシヤの頭にフィアの姿が浮かぶ。

彼女は言っていた。かつて、友人だったと。

エレフセリア、ディニタ、アウトリタと。

魔王と賢者、女王の側近、そして女王。


「エレフセリア様の言うことは受け入れがたかった。でも、私は彼を愛していた。だから彼を信じた。そんなころ、あなたを授かったの」


国に見つかれば、お腹の子は殺されてしまう。

エレフセリアとレジーナの仲を知っていたカリーナの援助により、レジーナは無事にアリシヤを産むことができた。


「たった数か月の事だった。隠れての生活だった。でも、あなたとエレフセリア様と…三人の生活は本当に楽しかったわ」


レジーナは優しく目を細める。


だけど、それは一瞬の事だった。

神託通り、勇者が城へやってきてしまった。

エレフセリアはレジーナに言った。


『アリシヤは自分がどんな手を使ってでも生かす。だから君は君が生きることだけを考えろ』


エレフセリアの赤い目がいまだに忘れられない。


『全てを忘れ、幸せになってくれ』


それは残酷な言葉だった。

だが、レジーナは分かっていた。


自身がこの赤い髪、赤い目の子を抱いたまま逃れられないことを。

そして、この国で魔王とともに過ごした時間を幸福だと口に出してはいけないことを。


エレフセリアは、アリシヤを抱いて、レジーナのもとを去った。


「そしてあなたは行方不明。エレフセリア様は死んだ」


しん、と部屋が静まり返った。

わずかな沈黙。

そして、レジーナが低く呟く。


「許せなかった」


その憎しみを含んだ暗い声にアリシヤの背に冷たいものが走った。


「許せなかったの。城に戻った私は皆に歓迎されたわ。だけど、皆エレフセリア様を悪しき魔王だと言う。政府に国民。皆皆」


机の上で組まれた、レジーナの手に力がこもる。


「エレフセリア様の友人のアウトリタ、それからフィアが物語を暴き立てると信じていた。だけど…!」


レジーナの白く華奢な手に、爪が食い込む。


「彼らは物語を利用した!!エレフセリア様を魔王として扱うこの世界は変わらなかった!」


爪が食い込んだ肌が割け、血が流れだす。


「おかしい、この国はおかしい…!私はあの時やっと気づいたの。エレフセリア様が死ぬ必要は何処にもなかった!!」


声を荒げたレジーナがふっと息をつく。

そして静かな声を放った。


「だから壊すことにした」

「は?」

「私は恨んでいる。こんなくだらない物語を続ける国を、その物語を馬鹿のように受け入れる国民を…!!」


赤い机に、流れた血。


「ねぇ、アリシヤ」


血の付いた手で、レジーナはアリシヤに手を重ねる。

恐怖を覚え、とっさに払おうとしたその手は強く掴まれ離れない。


「あなたもこの国の役割に囚われた」

「え」

「赤の英雄。あなたはこの国の物語にそういう配役として割り振られた」


アリシヤは手を強く払った。

立ち上がり、身を引き、レジーナを睨む。


「違う…!私は…、自分で望んで英雄に―」


ふと、脳裏をよぎった。

ルーチェのよく言っていた言葉があった。

何だったっけ。そう―


『物語に組み込まれてはいけない』


身体中の血が引いていくのを感じた。


「アリシヤ。あなたは、利用されている。そして、物語に組み込まれたものはもうまともには生きられない。国の人形になるしかない」


レジーナがアリシヤの横に立ち、アリシヤを抱き込む。


「アリシヤ。物語を、役割を外れて私たちと共にこの国に復讐しましょう?」

「違う…私は…私は…」

「…そうね。まだ、受け入れられないわね。カリーナ」


部屋の片隅で、事の成り行きを見守っていたカリーナにレジーナは声をかけた。


「アリシヤを奥の間に連れて行ってあげて」

「かしこまりました」


アリシヤはとっさに身をひるがえし、椅子を振り上げた。

体勢を一歩引き、レジーナとカリーナから距離を取る。


「やめなさい。アリシヤ」

「信じない…私は、そんな話、信じない!」

「…そうね。なら、それでもいいわ。来なさい」


レジーナの声で、部屋の扉から赤い仮面の軍勢が押し寄せる。

アリシヤに勝機はない。

抵抗もわずかの時間に終わる。

アリシヤはあえなく後ろから羽交い絞めにされる。


レジーナはアリシヤの前に立ち、視線を合わした。


「慰霊祭の日に全て終わらせる」

「は…?」

「ふふ、私の魂を慰めるお祭りの日に私はこの国を破壊するの」


レジーナは楽しそうに笑った。

アリシヤの目にエルバの村での惨劇がよみがえった。

あれが王都でも起こる…?

街の人々の姿が浮かんだ。


「やめろ…っ!!」

「やめないわ。その日のためにどれだけ準備したと思うの?」


ふわりと身をひるがえしたレジーナ。

まるで幼い少女のように笑う。


「アリシヤ。全てが終わったら、私と一緒に暮らしましょう?それまでは少し窮屈な部屋で我慢してね」


連れて行きなさい。

レジーナのその言葉でアリシヤは部屋から連れ出される。

アリシヤは必死に抵抗を試みるが、赤い仮面たちはびくともしない。


やがて、小さな部屋に放り込まれた。手足に枷を付けられて。


備え付けられたベッドに横たえられたアリシヤ。

あるのはベッドだけだ。窓すらない。

アリシヤは重厚な扉に向かって体当たりを繰り返す。


「出せ…!ここから出せっ!!」


アリシヤの叫びが聞き入られることはなかった。


閲覧いただきありがとうございました。次回のタイトルはあえて書きません。よろしくお願いします。

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