第十章 神託10-2
城門を通る。
「よう!赤いの!」
「こんにちは、ラーゴさん」
軽く挨拶を済まし、アリシヤは中庭に急ぐ。
いつもなら訓練しているはずだ。
正義の象徴のような、彼の姿を探す。
だが、見当たらない。
アリシヤは肩を落とした。
そして深く息を吸って吐いた。
落ち着こう。
タリスの言葉が頭の中にループする。
アリシヤは力なく中庭のベンチに腰を掛けた。
昨日も寝不足だったせいで瞼が重い。
アリシヤは静かに目を閉じた。
「アリシヤさん」
声をかけられ、アリシヤははっと目を覚ます。
寝てしまっていたようだ。
「こんなところで寝てると風邪ひくぞ」
はにかみ笑いのリベルタがそこにいた。
アリシヤは慌てて背筋を伸ばす。
「すいません、お見苦しいところを」
「そんなかしこまらないでくれ」
リベルタは快活に笑った。
アリシヤは少しためらった後、リベルタの蒼い目を見つめる。
「勇者様。私は、英雄に成り得るのでしょうか?」
「なれるさ」
間髪入れずにリベルタは答える。
そして、アリシヤの隣に腰掛けた。
「アリシヤさん、あんたはもう英雄だ」
「でも、私はまだ迷っています」
「迷い…か。何を迷ってるんだ?」
優しく尋ねられ、アリシヤは心中をさらけ出す。
悪夢にうなされること。
タリスに言われたこと。
違和感の事。
「英雄じゃなくアリシヤとして…か。タリスがね」
「はい」
「…俺も似たようなこと言われたことがあるよ」
リベルタが遠いところを見つめる。
「逃げようって言われた。勇者なんか捨てて、リベルタとして生きようって」
「え」
「俺は断った」
わずかな間の後リベルタは続ける。
「大切な人だった。だけど、俺はその手を取らなかった」
そして、アリシヤに微笑みかける。
「だから、今の俺がいる」
それは力強い笑みだった。
「アリシヤさん。信じて進むんだ」
「え」
「俺は、アリシヤさんが進んでいく道が見たい。だから、今は進め。ただ真直ぐ」
リベルタの言葉がアリシヤの胸を打つ。
それは、何よりも心の支えとなる言葉だった。
アリシヤは、リベルタに頭を下げた。
「ありがとうございます、勇者様」
「ああ…だが」
リベルタが申し訳なさそうに言った。
「まだ、スクードとは会わせてやれない。ごめんな」
「はい」
アリシヤは頷いた。
あれから何度もルーチェとの面会を求めたアリシヤだったが、そのたびに断られている。
まだ、身の潔白が証明されていないらしい。
「ルーチェは元気ですか?」
「ああ。アリシヤさんに会いたがってる。大丈夫、そんな心配そうな顔するな。俺が何とかする」
リベルタが笑った。
***
中庭でリベルタに別れを告げ、アリシヤは帰路につこうと城門へ向かう。
そういえばタリスに剣を奪われたままだった。
城門への大きな道を歩く。
ふと視線を感じ、振り返る。
顔見知りの役人たちがあからさまに目を逸らした。
アリシヤは不思議に思いながらまた歩き出す。
だが、妙な視線は振り切れない。
それどころか、増えているような気がする。
アリシヤはぞっとした。
この感覚はチッタの街に行ったときの感覚に近い。
久しく離れていた、アリシヤを恐れ迫害する視線。
アリシヤは小さくあたりを見渡した。
人々は声を潜め何かを話している。
アリシヤと目が合うと気まずそうに視線を彼方へ向けた。
なにが起こっているのだろうか。
アリシヤの頭にふと、今朝のカルパの姿がよみがえる。
何かが起こっているんだ。
アリシヤは駆け出す。
城門でラーゴがアリシヤから視線を外した。
恐ろしさに身体を震わせ、アリシヤは一直線にオルキデアへ向かった。
***
『赤い髪の少女が、この国に終焉をもたらす』
それが、国の中央の記録師が神から授かった神託だった。
その神託を発表したのはヴィータだった。
この国のトップであるフィア女王はその神託については何も述べなかった。
神の言葉の威光は、アリシヤがこれまで築いてきた名声を瞬く間に崩した。
だが、アリシヤの功績は大きい。
一方では救国の英雄として扱われ、一方では滅国の悪魔として扱われるようになった。
つまり、アウトリタ率いる派閥では英雄として持ち上げられた。
ヴィータの率いる派閥では悪魔として迫害された。
城での仕事を終え、アリシヤはタリスと二人帰路につく。
最近は言葉をかわすことも減っていた。
街の人々はアリシヤを見ると目を逸らした。
人々は信心深い。
アリシヤを悪魔として見ているのだろう。
オルキデアの前に戻る。アリシヤは身を固めた。
店の看板が破壊されている。壁がペンキのようなもので汚されている。
ばらまかれた紙が落ちている。
『悪魔をかくまう魔の家に滅びを』
そう記されていた。
タリスは店へ駆け込む。
「姉さん!!」
アリシヤもハッとして店内に入った。
まずはセレーノの安否だ。
店に入った。
そして息を呑んだ。
店の中のものが破壊されている。
机は壊され、椅子は飛び散り、散乱している。
荒れ果てた部屋の真ん中に座り込んでいるセレーノ。
無事ではあるようだ。
だが、呆然と涙を流す姿にアリシヤは胸を詰まらせる。
セレーノはタリスとアリシヤに気づくと、毅然と立ちあがった。
「おかえり!タリス、アリシヤちゃん!片付け、手伝ってくれる?」
涙を流しながら笑顔を見せたセレーノ。
アリシヤは悟った。
もう、ここにはいられない。
その日の深夜。
アリシヤはまとめた荷物を抱え、オルキデアの玄関に立った。
自分の痕跡を何も残さないため、一言も告げず、全ての荷物を持って。
暗い店内を見渡しアリシヤは息をつく。
ここで過ごした日々はとても幸せだった。
アリシヤに再び家族の暖かさを教えてくれた。帰る場所をくれた。
それがどれほど嬉しいことだったか。
感謝を伝えたい。
だけど、それはできない。
だって、きっと見つかってしまえば、タリスとセレーノはアリシヤを引き留めるから。
ありがとうございました。
アリシヤは口に出さずにつぶやき、一礼した。
顔を上げ、店内に背を向けドアノブに手をかける。
「アリシヤちゃん」
後ろから掛けられた声にアリシヤの手は止まった。
そして、振り向かないまま告げる。
「タリスさん。私は行きます」
「そんな必要な―」
「タリスさん!」
アリシヤはタリスの言葉を遮る。
「あなたの人生の目標はセレーノさんを幸せにすることでしょう?」
静かに、感情を表に出さないように言葉をつむぐ。
そして、ドアを押し開け外に出た。
それを止めようとするタリス。
アリシヤは振り返り、タリスの胸を強く押した。
タリスは店の中で体勢を崩す。
「さよなら」
アリシヤは笑顔で告げた。
走り出す。もう振り返らない。
目指すのは城だ。
リベルタを頼るつもりだ。
彼ならなんとかしてくれるだろう。
この先、タリスに会うこともあるだろう。
でも、もうこの思いは捨てる。
優しくて紳士的で、本当はそうじゃなくて。
正直で意外に短気。
向けてくれる笑顔に、その言葉に、どれほど救われたか。
アリシヤの頬に涙が伝う。今更ながらに気づく。
大好きだったんだ。
アリシヤは唇を噛んで流れる涙を押さえようと努力する。
だが、止められない。
暗い路地にアリシヤの小さな嗚咽が消えていった。
後ろから迫る影に、アリシヤは気づくことはできなかった。
閲覧いただきありがとうございました。
そして、長い長い前置きにお付き合いいただきありがとうございました。
次回から第十一章「真実」が始まります。ここからが終焉の紡ぎ手の本番となります。
後しばらくお付き合い願います。




