第九章 再会9-2
それから数時間後。
アリシヤはエルバの村へ降り立った。
絶句した。これが、あののどかな村なのかと。
家々は焼け落ち、死体が転がっている。
一歩足を踏み入れると焦げ臭いにおいと血の匂いが充満している。
「これは酷い…」
兵を引き連れて、アリシヤとともに先頭を行くソーリドが呟いた。
ソーリドの言う通りだ。
エーヌの民は町を破壊し燃やし尽くす。
話には聞いていた。
だが、実際目にするのとは違う。
村の中に足を進める。
転がっている死体と目があった。
以前、この村を訪れた時に見たことがある男性だった。
アリシヤは思わず目を背けた。
が、もう一度、その顔を見る。
苦悶の表情。
アリシヤは誓う。
忘れない。貴方のことを私は忘れない。
教会前の広場までやってきた。
そこに、生きた人間はいない。
ソーリドが声を上げた。
「さあ、エーヌの皆さん。ここにあなた達がお目当ての赤の英雄様がいらっしゃいますよ」
その声を合図に、あたりの建物の陰から、赤い面をした人影がぞろりと現れた。
アリシヤの息が詰まった。
赤い面のエーヌ達は、一人に一人、人質を取っている。
アリシヤの正面に現れた赤い面は、ピノの首元に刃を突き付けていた。
その隣の赤い面の一人が言った。
手元のナイフは、恐怖に顔をひきつらせた少年の首にあてがわれている。
「その少女を渡せ」
「それはしかねますね」
ソーリドが答えた。赤いものが飛び散った。
幼い少年の首がごとりと、地面に落ちた。
「渡せ」
赤い面は何の感情も伴わない声で言った。
アリシヤの体は震えた。
電流が走ったようだった。
恐ろしさ。怖さ。そして、それを上回る怒り。
「私が行けばいいんでしょう!?」
アリシヤは叫んで、前へ乗り出す。
だが、それをソーリドが止める。
「気持ちはわかります。ですが、押さえてください、英雄様」
そのソーリドの言葉で、また隣の人間の首が落ちた。
ソーリドは、ほう、と小さく呟いた。
そして、低い声で告げる。
「前衛部隊。人質を開放しろ。残りは英雄様を守れ」
ソーリドの合図で、兵の一部が飛び出す。
エーヌの民は人質の首にナイフを突きつけた。
間に合ったものも、間に合わなかったものもいた。
戦闘が始まる。
斬って斬られて。
アリシヤの周りを兵が固める。
「私も…!私も戦います!!」
アリシヤは兵の中から飛び出そうとするが、彼らはそれを許してくれない。
背の低いアリシヤは兵に囲まれ事の次第がよく見えない。
だが、聞こえる。感じる。命が散っていくのを。
断末魔が聞こえるのだ。
血の匂いが濃くなっていくのだ。
「おかあさん!!」
幼い子供の悲鳴が聞こえた。ピノの声だった。
アリシヤは、兵の背を蹴飛ばし、前へ出た。
アリシヤは立ちすくんだ。
ピノが、母であるペルラにしがみついている。
真っ赤に染まったペルラ。
「おかあさん…おかあさん…」
ピノのその声に、ペルラが答えることはもうないだろう。
ピノの背に、赤い面の影が迫る。
「あああああああ!!!」
アリシヤは叫んだ。
全身から湧き出る怒りに身を任せ、アリシヤは赤い面を切り伏せた。
「英雄様、お戻りください」
ソーリドが剣を振るいながらアリシヤに言う。
だが、アリシヤの腕は震えていた。
「できない。黙って誰かを見殺しにするなんてできない…っ」
赤い面が一斉にアリシヤに向いた。
兵の壁から出てきたことを好機と思ったのだろう。
群がる赤い面共をアリシヤは切り倒す。
あれほど、人の命を奪うことを恐れていた。
だが、今は剣をためらいなく振るう。
一人、また一人と、その体に剣を突き立てる。
怒りが、アリシヤを支配する。
「許さない!これ以上、奪わせない!!」
最愛のルーチェを奪われた。
その憎しみが、怒りが、今になって体の底から湧いてくる。
アリシヤにまとわりついた赤い面達は全て切り捨てた。
自身の身体にもいくつかの傷ができた。
だが、その痛みも気にならない。
荒い息を上げながら、顔を上げる。
一人の赤い面が目に入った。アリシヤが剣を振るおうとした、その時。
赤い面は走り込み、アリシヤの足元にいた子供を抱き込んだ。
アリシヤの剣が止まる。
「お姉ちゃん…!」
泣きそうなその声。ピノだ。
アリシヤを勇者と呼んでくれた。
大切な子。
赤い面はピノを抱え込んだまま走り出した。
「待て!!」
アリシヤはその面を追う。
どこかで罠だと分かっている。
それでも、追わずにはいられなかった。
後ろでソーリドの制止の声が聞こえる。
だが、アリシヤは走り続けた。
行きついた先は森だった。
そう。かつて魔王軍が根城にしていたという森。
デイリアが使っていたはずの森。
ピノを抱えた赤い面が止まった。
そこには、大勢の赤い面の軍勢。
そして、その真ん中には小さな影が一人。イリオスがいた。
「やあ、アリシヤ」
イリオスは笑顔で言った。
それですらアリシヤを苛立たせる。
「何が目的だ…」
アリシヤは低く問う。
イリオスが目を見開く。
「アリシヤもそんな顔をするんだね」
「何が目的なんだ…!?」
アリシヤの叫びにイリオスが表情を歪める。
「復讐だよ」
「復讐?」
「そうだ。デイリアを迫害したこの国を。この国の住人を。アリシヤを。皆皆、同じ目に合わせてやる」
イリオスの青い目が暗く淀む。
だが、アリシヤはひるまない。
いや、それどころか腹から沸き上がる黒いものを感じていた。
「同じ目に…?」
「そう、そうだよ!デイリアはボクに名前をくれた!光を教えてくれた!それなのに、皆皆悪い奴って言うんだ!ボクにとっては教会の奴や、勇者それからアリシヤなんかが悪い奴なのに!酷いよね!だったらみんなひどい目に会えばいいんだ!それが僕の望んだことなんだ!」
アリシヤの中で何かが切れた。
足を踏み出す。
まずはピノの救出。
アリシヤはためらいなく、ピノを人質に取った赤い面を突き刺した。
ピノを救い出す。
「お姉ちゃん…?」
ピノの戸惑った声。
今はそれすら聞こえない。
「英雄様!勝手な行動は―」
ソーリドが何人か兵を連れてやってきた。
よかった。
アリシヤはピノを抱え、兵の一人に彼女を渡す。
「彼女を安全な所へ」
アリシヤが強く睨むと、兵は頷いてピノを連れて走り出した。
赤い面の軍勢が動き出した。
斬って斬られを繰り返す。
ソーリドはやはり強い。
彼の周りの赤い面達は切り伏せられていく。
イリオスはそれを眺めている。
よく見れば足が震えている。
それもそのはずだ。
イリオスは教会の中でしか育っていない。
本当の戦闘なんて見るのは初めてなのだろう。
アリシヤは、そう気づいた。
次の瞬間、アリシヤはイリオスのもとへ走り出した。
イリオスのあたりの赤い面は不思議と彼を守らない。
不審に思いながらも剣を高く掲げた。
「あ、アリシヤ…いやだ!死にたくないっ!!」
イリオスの叫び声を聞きながら、アリシヤは剣を止め、そして、イリオスの右手首を握った。
「え」
イリオスの戸惑う声を無視し、そのまま駆け出す。
途中何度もこけそうになったイリオス。
だが、そんなことは気にしない。
「アリシヤ!?何!?なんなの!?」
アリシヤは何も答えない。
そして、そのまま村へ戻る。
村では、兵と赤い面が戦っていた。
「イリオス…」
アリシヤは低く声を放つ。
目の前に広がるのは、黒く焼けた家。転がる死体。絶望に打ちひしがれる人。
「これが、あなたの望んだこと?」
イリオスは声を出さない。
アリシヤは続ける。
「これが、あなたの望んだことなのか!?答えろ!イリオス!!」
二人の間に沈黙が訪れる。
兵の叫び声が聞こえる。住民は肩を寄せ合って涙を流し震えている。
血の匂いが、焦げ臭い街が燃える匂いがあたりを満たす。
「…知らない」
イリオスがぽつりと呟いた。
「この臭いは何?この色は何?この声は何!?ボクは…僕は知らない!こんなの知らない!!」
悲鳴のように響くイリオスの叫び。
イリオスは耳を塞ぎ、目を閉じる。
だが、アリシヤはその耳を塞いだ手を無理やり引きはがす。
「イリオス!見て!聞いて!これが、あなたが望んだことなのか!?」
アリシヤは再び強く問う。
イリオスの大きな瞳から涙がこぼれる。
「…違う。ボク。こんなの…望んでない。こんな怖いこと知らない!ヤダ!イヤだぁぁぁ!!」
イリオスの声が鈍色の空に高く響いた。
***
「敵兵、殲滅しました」
兵の乾いた声で戦いは終わりを告げた。
その頃には、アリシヤは身体中を返り血で染めていた。
ソーリドが兵たちに指示を出していく。
兵の半分はこの村に残り、村人を保護する部隊が来るまで彼らを守るようだ。
アリシヤは震える住民をぼんやりと見やる。
村民の半分以上の命は奪われてしまった。
住民の中から一人の初老の男性が、アリシヤの前に立つ。
「私のことを覚えていらっしゃいますか?」
彼の問いに、アリシヤは頷く。
以前この村での一件で関わった。
この村の村長であり、ペルラの祖父・ナーヴェだ。
「再びこの村を助けていただきありがとうございます」
ナーヴェはそう言ってアリシヤに頭を下げた。
アリシヤの喉が締まる。
助けた?本当に?
アリシヤの目が左右に動く。
見えるのは重なった死体と血だまり。
「ごめんなさい…」
アリシヤの口から絞り出すような声が出た。
救えなかった。あまりにも救えなかった命が多すぎる。
辺りを見渡したアリシヤはある一点で固まる。
ピノがペルラの死体に縋りついている。
涙を流し、ペルラを揺さぶる。
もう、答えることがないその死体に。
「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい…」
気づけばそう繰り返していた。
ナーヴェが首を横に振った。
「君のせいじゃない」
「ごめんなさい…ごめんなさい」
アリシヤは壊れたように何度も言った。
「どうして…この世界からはこんなむごいことを繰り返すのだろうな」
ナ―ヴェは疲れたように呟いた。
閲覧いただきありがとうございました。次回「まさか、お前は…!まだ生きていたのか!?」です。こんなふざけてはいませんが間違ったことは言っていないです。次回で第九章が終了します。よろしくお願いします。




