第九章 再会9-1
「じゃあ、行ってくるよ」
「お気をつけて」
アリシヤは、城門からリベルタ、タリスを見送る。
アリシヤは城中での訓練に戻った。
***
セレーノの婚約話が落ち着いて、数日もたたないうちの事であった。
フィア女王のもとに知らせが入った。
チッタの街がエーヌの民に襲われた。そして、記録師が攫われたと。
アウトリタから知らせを聞いたリベルタが、アリシヤとタリスにそのことを伝えた。
「チッタの街は、ほぼ壊滅状態。記録師様の行方は分かっていない」
深刻な顔で告げるリベルタ。
事の重大さにアリシヤは息を呑む。
街の権力者であったインノが退いた後、まだ、今の権力者がついて間もない不安定な時期。
それを狙われたのだろうと、リベルタは言う。
「俺とタリスは、チッタの街に調査と慰問に向かう。アリシヤさんは、城に残ってくれ」
「え」
声を上げたのはアリシヤではなくタリスだ。
「どうしてですか?アリシヤちゃんは―」
「嫌な噂が流れてるんだ」
リベルタが苦々しく呟いた。
「赤の魔物がエーヌを連れてきたと」
アリシヤは、赤の悪魔であるデイリアを打ち破った。
だが、それは見せかけに過ぎなかったのだ。
本来の魔物はアリシヤであり、街を壊滅に導く魔物だったのだ、と。
「身勝手すぎるだろ…っ!?」
タリスが声を荒げた。
アリシヤは、そんなタリスにどこか諦めをもって微笑みかける。
赤の物はそういう扱いを受けるのだ。そういうものだ。
「タリスさん、大丈夫です」
「―」
言葉を詰まらせたタリス。
そのまま俯くとぽつりと言った。
「そんなこと笑いながら言うなよ」
返す言葉が浮かばなかった。
わずかな沈黙の後、リベルタが口を開く。
「…そんなわけだ。タリス、今からでも出発するぞ」
「分かりました」
リベルタの言葉にタリスは答えた。
***
「勝者、アリシヤ!」
審判の声にアリシヤはふっと息を吐いた。
場内で行われる訓練にアリシヤは参加していた。
トーナメント形式の一対一の勝負。
甲冑をつけた戦いにも慣れてきた。
アリシヤは上位まで上り詰めていた。
今は準決勝。相手はラーゴだった。
倒れたラーゴにアリシヤは手を伸ばす。
「ラーゴさん、ありがとうございました」
「こっちこそ、ありがとな。アリシヤ!それにしてもお前、強いなぁ!」
「いえ、私なんかまだまだです」
謙遜ではなく正直な感想だ。
リベルタやタリス、それにルーチェを見てきたアリシヤ。
己はまだまだ弱い。もっと強くなりたい。
次は決勝だ。この城内戦。
いつもはタリス、リベルタが決勝を行っている。
アリシヤはその前で、タリスやリベルタに負ける。
だが今日は違う。
アリシヤは客席をちらりと見る。
柔らかな黒のくせ毛。
優し気であり、どことなく胡散臭さが漂う笑み。
軍人の中でも上位の地位にいるソーリドだ。
アリシヤは、彼が苦手だった。
アリシヤを英雄だと持ち上げてくるからだ。
ソーリドが客席で立ち上がる。
「おや、英雄様と決勝戦ですか。これはありがたい」
そういいながらも、黒い瞳は笑っていない。
気がする。
苦手意識がそう見せているのかもしれない。
試合場に出てきたソーリドにアリシヤは礼をする。
「よろしくお願いします」
「こちらこそお手柔らかに。英雄様?」
差し出された手をアリシヤは握った。
ソーリドから放たれる斬撃をアリシヤは跳ね返す。
が、また次の一手がアリシヤを襲う。
速い。
ソーリドの剣に、リベルタのような重さはない。
タリスのように流れるような動きもない。
だが、ひたすらに速い。
「おやおや、英雄様。息が上がってきていますね」
余裕たっぷりにソーリドは言う。
一方アリシヤはそれにこたえることができない。
剣の動きを見定め跳ね返すのが手いっぱいだ。
ソーリドは口元に笑みを浮かべ続ける。
「英雄様。知っていますか?」
ソーリドが唐突に話を始める。
「どうしてあなたが英雄に成り得たかを」
含みのあるその言葉にぞっとした。
どうして?それは、アリシヤがデイリアを殺したから。そのはずだ。
だが、ソーリドの今の言葉だと、まるでアリシヤがその理由を知らないかのようだ。
他に何かあるのだろうか。
アリシヤの剣がわずかに鈍った。
首元に木刀の切っ先が突きつけられる。
「勝者、ソーリド様!」
審判の声に、歓声が上がる。
「ありがとうございました。英雄様」
ソーリドはにこりと笑った。
アリシヤは尋ねる。
「さっきの質問は…」
「ああ、あれはあなたの気をそらすための妄言です」
「へ?」
悪びれもせずソーリドは言う。
「こんな簡単な作戦に引っかかってはいけませんよ、英雄様」
アリシヤはぽかんとした。
いつもタリスやリベルタ、ルーチェを見ているため、敵を力で圧倒する戦いしか見てこなかった。
なるほど。ソーリドのような戦い方もあるのか。
「勉強になりました」
アリシヤが頭を下げるとソーリドが声を上げて笑う。
「ソーリド様?」
「あはは。英雄様、あなたは素直でいい子ですねぇ」
あまり褒められていない気がする。
アリシヤの眉間に自然としわが寄った。
「機嫌を損ねたなら失礼。素直というのは美徳ですよ」
「はぁ」
「ぜひ、あなたと共に戦に出たいものです」
ソーリドはそう言って、休憩所に戻っていった。
なんだか調子が狂う。
アリシヤはソーリドの背を見送りながら、自らも休憩に入った。
***
春も近づいてきたとはいえ、まだ寒い。
アリシヤは昼食を中庭でなく、いつもの図書室横の休憩室で取っていた。
いつもなら来るはずの彼女はまた来ない。
アリシヤはため息をつく。
前回、オルキデアの前でロセと別れて以来、まともに口を聞けていないのだ。
ロセを見かけて話しかけようとすると避けられる。
最近、事務作業より訓練が多いのも一因であろう。
リベルタはアリシヤを一戦力として認めてくれたのだ。
それは嬉しいことでもあったが、ロセと話せないのは寂しいものだ。
ロセは何からアリシヤを守ろうとしてくれたのだろう。
ふと思う。
今のところヴィータから攻撃を仕掛けられることなどない。
タリスも陰口は叩かれながらもリベルタの右腕として今日も立派に勤めをこなしている。
アリシヤは窓の外を眺める。
ルーチェを殺したエーヌのことについて知るために王都に来た。
だが、ここに来てから分からないことがさらに増えた。
フィアの事、デイリアの事、ロセの事。そして、エレフセリアという人物の事。
そのほかいろいろ。
アリシヤは感慨にふける。
ルーチェが教えてくれようとしていた真実とはいったい何だったのだろう。
「アリシヤ」
顔を上げる。ラーゴだ。
急いで走ってきたのだろう。息が切れている。
ラーゴの表情は硬い。
「アウトリタ様がお呼びだ」
「え」
「緊急だ。すぐ来てくれ」
***
政務室の正面の大きな机の向こうにアウトリタが座っている。
その机の隣にソーリドが控えている。
更にとなりに見慣れぬ人物がいた。
商人風のいでたちで、衣服はボロボロ。怪我をしている。
「アリシヤ、ただいま参りました」
アリシヤは一礼して、政務室に足を踏み入れる。
アウトリタはそれを確認すると告げた。
「エルバの村がエーヌの民に襲われたという情報が入った」
アリシヤは息を呑んだ。
エルバの村。
自分が初めて仕事に行った村。
そして、大切な人たちのいる村。
真っ先にピノの明るい笑顔が浮かんだ。
アウトリタは続ける。
「そのエーヌの民を先導しているのが、チッタの記録師だという」
「え」
アリシヤは思わず声を上げた。
チッタの記録師。それはイリオスのことだ。
どうしてイリオスがエーヌに加担しているのだ?
アウトリタは動揺するアリシヤを一瞥して言葉を重ねる。
「この商人がそれを伝えるようにここに使わされた。相手の目的はアリシヤ。お前だ」
「―」
アリシヤは言葉を失った。気づいたのだ。
イリオスは、デイリアを殺したアリシヤを憎んでいる。
だからだ。だから、エーヌに加勢したのだ。
「アリシヤ。今からエルバの村へ向かえ」
「かしこまりました」
アウトリタの言葉に深く頷いた。
デイリアの言葉を思い出す。『イリオスを頼む』と。
イリオスを止めるのは自分だ。
アリシヤは強くこぶしを握り締めた。
「ただし余計なことはするな」
アウトリタの声にアリシヤははっと顔を上げる。
「余計なこと…とは?」
「アリシヤ。お前はあくまで敵の囮。自らを危険にさらすな。エーヌの排除、それは軍部の仕事だ」
「…」
答えかねるアリシヤをアウトリタは睨む。
「お前はリベルタの部下だ。我が国の兵ではない。だが、リベルタは私の部下だ。上司の言には従え」
アウトリタの言っていることはもっともだ。
アリシヤは言いたい言葉をぐっとこらえて、答える。
「かしこまりました」
「じゃあ、行きましょうか。英雄様」
ソーリドがにこりと微笑んだ。
閲覧いただきありがとうございました。次回「惨状」です。次回、一部グロテスクな表現が出てきます。心にとめておいていただけると幸いです。よろしくお願いします。




