第八章 家族8-6
城の門をくぐり、アリシヤは城の西を行く。
いつも使う職員用の入り口ではない一般市民用の教会の扉。
アリシヤは小さく深呼吸し扉を開く。
「お邪魔します」
教会派しんとしていた。
寒い外とは違い、中は温まっている。
入口から向かって正面に大きなステンドグラスがある。
美しい。
アリシヤは息を呑んだ。
それはこの国の神を描いたものだった。
このレシの国の神には決まった姿はない。そして名前もない。
光が、神そのものなのだ。
それは太陽の光だったり、月の光だったり様々な姿になって表れる。
その光の化身が勇者なのだ。
ステンドグラスにはまばゆい光とそのもとで剣を掲げる白い髪の勇者が描かれている。
光である神。
その色は白に例えられる。そのため髪の白い人間が神の使いと考えられるのだ。
白で彩られたガラスのサイドには青いガラスがはめ込まれている。
これはこの国の象徴の色である。
青は月の光を表す。暗闇の中を照らす青。
国は国民にとってそういう存在でなくてはならない。
そういった意味が込められていると聞く。
「これは珍しいお客様ですね」
教会の様相に見とれていたアリシヤは、ふと我に返える。
初老の司祭がそこに立っていた。
「初めまして、アリシヤさん。お会いできて嬉しいです」
彼は丁寧に頭を下げた。
アリシヤも頭を下げる。
「あなたは…」
「自己紹介が遅れました。私はクレデンテ。この教会の司祭です」
アリシヤは息を呑む。
この教会派の重役であり、この教会を取り仕切っている御仁だ。
やはり来るべきではなかったのかもしれない。
アリシヤは今日、アリシヤ個人としてここに来たが、アリシヤはリベルタの部下なのだ。
上司と対抗する反対勢力の地に乗り込んでしまったことになる。
アリシヤが踵を返す前にクレデンテは言った。
「よろしければこちらにお座りください。貴方とは一度お話ししたかったのです」
クレデンテの紳士的な笑みにアリシヤは断れず、教会の最前列の椅子に座った。
席に座ったものの、アリシヤは気まずさを抱えていた。
何か話したほうがいいのか。
いや、話したら話したで、何かリベルタに被害が及ぶことがあってはいけない。
思い悩むアリシヤにクレデンテは柔らかな笑みを浮かべる。
「アリシヤさん、今日はお仕事でいらっしゃったのですか?」
「いえ、違います」
アリシヤは答える。
「そうですか。何か悩みでも?」
アリシヤは言葉に詰まる。
デイリアの事を話すのはさすがに気が引けた。
それにリベルタの部下であるアリシヤが、デイリアを殺したことを悔いることは、リベルタが魔王を倒したことにすら疑問を持つことと同義である。
クレデンテはアリシヤの前に立ったまま、小さく首を横に振った。
「いいのです。話す必要はありません」
「え」
「その代り、少しばかり話をさせていただいてよろしいでしょうか」
思わぬ申し出にアリシヤは頷く。
クレデンテは優しい表情を浮かべた。
「ロセの事です」
「ロセさん?」
「ええ」
クレデンテが首を縦に振った。
「あの子は幼い頃から勇者になるものとして育てられてきました」
アリシヤは頷く。
その話は確かリベルタから聞いた。
「私は彼女の教師として勉学を教えてきましたが、友人の作り方は教えられなかったのです」
クレデンテは申し訳なさそうに眉を下げた。
「勇者とならなかった彼女は実力を持ちながらも、その自制的な性格から一人でいることが多かった。そこにあなたが現れた」
「私、ですか?」
「そう。ロセは貴女のことを大切に思っています」
アリシヤは唇をきゅっと結ぶ。
その言葉はロセから直接聞くものではなかったが、それでも嬉しかった。クレデンテが続ける。
「あの子はあの子なりに、貴女の幸せを願っている。だから、受け入れてあげてください」
「受け入れる?」
クレデンテはアリシヤの質問に答えず、柔らかに微笑んだ。
「好きなだけここで休んでいってください。神もそれをお望みでしょう」
そういってクレデンテは奥の間に戻っていった。
アリシヤはステンドグラスを見ながら息をつく。
デイリアを殺した。
人々はアリシヤを英雄と呼んだ。
リベルタはアリシヤに期待すると言った。
それは自らを人殺しとしか思えないアリシヤにとって恐ろしいことでもあった。
だけど—。
タリスは、アリシヤを受け入れてくれた。
セレーノはそのままでいいと言ってくれた。
ロセは、アリシヤを大切に思ってくれているという。
だったら自分ができることはなんだ。
アリシヤはステンドグラスの中の神を見つめる。
神は光。全てを照らすまばゆい光。そして、勇者はその化身。
自分はそんなものではない。ただの人だ。だからこそ。暗がりに足を取られながらも、前に進もう。
アリシヤは深呼吸をした。
自身を支えてくれている人のために歩き続けよう。
そして、真実を掴むのだ。
アリシヤは心に決めて立ち上がる。
真実を知るのだ。
アリシヤの瞼の裏にルーチェの姿が浮かんだ。
奥の間を覗く。
「クレデンテ様」
「どうしましたか?」
アリシヤは、クレデンテに頭を下げる。
「ここに来ることで、心の整理ができました。ありがとうございました」
「それは良かったです。またいつでもいらしてください」
クレデンテは微笑んだ。
そしてアリシヤに言う。
「貴女は過酷な運命をお持ちだ。だからと言って自身を諦めないでください」
「私、自身?」
「そうです。貴女を救う道は必ずあります。覚えておいてください」
アリシヤは頷き、その場を後にした。
外に出ると、木枯らしが吹きすさぶ。
だた、空は青く澄み渡っていた。
光にはなれない。
だからこそ、自分は自分のままで歩いていこう。
アリシヤは息を吸って、前に踏み出した。
***
「あれ?」
オルキデアに戻ったアリシヤは首をかしげる。
扉の前には『臨時休業』の看板が立っている。
そんなことは、セレーノは言っていなかったが。
不審に思いながらも鍵を開け、アリシヤは中に入る。
「ただいま帰りました」
そういっても誰も出てこない。
中はがらんとしている。
いささかの寂しさを覚えながら二階の自室に上がろと、カウンターの横を通るとそこに置き書きを見つける。
置き書きは二つ。
『城で訓練してくる。 タリス』
『夕ご飯までには帰ってくる。 セレーノ』
アリシヤは納得して二階に上がった。
タリスはそのもやもやを晴らすためにでも城に行っているのだろう。
アリシヤは自室に入り、ベッドに腰を下ろした。
休みの間に何かすることはないか。
アリシヤはあたりを見渡す。
アリシヤの視線は自然と引き出しの方に向かった。
デイリアが遺したノート。そしてアリシヤへの手紙。
「あ」
アリシヤは声を漏らす。
ラナ爺。彼だったら、デイリアの事、そして彼が知っていたエレフセリアについての噂を知っているのではないか。
アリシヤはベッドから勢いよく腰を上げる。
幸い、王都に来てから稼いだお金はほとんど使っていない。
セレーノへの家賃の支払いとロセと出かける時に少し使っただけだ。
アリシヤはお金を、カバンの奥底にいれる。
そして剣を携える。
あの名無しの街に行くのだ。
昼とはいえある程度の警戒は必要だろう。
アリシヤは家を飛び出し、先を急いだ。
閲覧いただきありがとうございました。次回「ラナ爺の客」です。よろしくお願いします。
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