表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
35/60

第八章 家族8-5


「ファッジョさん。ありがとうございました」

 

無事、オルキデアの前につけたアリシヤはファッジョに頭を下げる。


「ああ。まあタリスさんの彼女だからそんな手荒なこと出来ねぇし…」


体も大きく、タリスよりも幾分か体格のいいファッジョ。

そんなファッジョがタリスに怯えているのがどうも不思議な感じがする。

確かにタリスは強いが、ファッジョの怯え方は異常だ。


「そんなにタリスさんが怖いのですか?」

「怖い、怖い。だってあの人、昔、名無しの街の奴ら皆のしちまったんだぜ?」

「名無しの街?」


そんなことも知らないのかと、ファッジョは呆れる。

先ほど、アリシヤ達が行った場所、あの場所のことを名無し街というらしい。

地図には載っているが、通りや場所に名前がない。

だから名無しの街という。


「名無しの街っちゃあ荒くれ者の住む地区だ。そこに住む荒くれ者たちをたった十歳ほどのガキが全員ぶちのめしたんだぜ?」

「え」


ファッジョがぶるりと身を震わせる。


「しかもあの頃のタリスさんほんと見境なくて、自分が悪だと断定したものにはそりゃむごい仕打ちを―」

「へえ、面白そうな話をしてるじゃねぇか」


低い声に振り返ると、オルキデアの一階の窓が開いて、タリスが覗いている。


「ひっ!た、タリスさん!?そ、それじゃあ俺はこれで!!」


ファッジョが脱兎のごとくかけていった。

それを見送ると、タリスが窓から消える。

と、オルキデアの扉が開く。


「アリシヤちゃん。お入り」


タリスに促されるまま、アリシヤは扉をくぐり、家の中に入った。

タリスが扉の鍵を閉める。そのまま動かない。

不審に思いアリシヤはその顔をのぞき込む。


「タリスさん?―!」


唐突に手を引かれ、扉を背にタリスと向かい合う形になる。

近い。

アリシヤは息を呑む。


「タリスさん…?」

「アリシヤちゃん」


タリスの声が耳元で響く。

薄暗い部屋。

なぜか心拍数が上がっているのを感じる。


「今日、見たこと聞いたことは忘れてね。いい?」


普段は聞かないような甘い声。

握られた手が引かれ、体が触れ合う。

なんだか怖い。

アリシヤはきゅっと目をつぶり、震える声で答える。


「いや、です」


アリシヤは目を閉じたまま、思いきりタリスに向かって頭を打ち付けた。

頭突きである。


「痛っ!?」 


タリスの手が離れる。

アリシヤは、目を開き勢いよくタリスから離れる。


「嬉しかったから、や!です!」

「え」

「嬉しかったんです。タリスさんの言ってくれた言葉が。知らない一面を知れたことが」


アリシヤは、頭を押さえるタリスに向かって叫ぶ。


「忘れなんかしませんからね!」


タリスの呆然とした顔を一瞥すると、アリシヤは二階の自室に駆け込む。

なんだか分からないが腹が立った。

アリシヤは今更痛み出した頭を押さえる。


アリシヤはコートを脱ぎ、ベッドに倒れこむ。

まだ、心臓がバクバクと音を立てている。

アリシヤにはその理由が分からない。

明け方が近づいてきているようだ。

外はどことなく明るい。


「なんだかなぁ」


アリシヤは呟いて目を閉じた。

目に浮かぶのは夜中に見た悪夢ではない。

今夜の出来事だ。

それは名無し街の事だったり、ラナ爺やファッジョの事だったり、タリスの事だったり。


顔を赤くし、時折、じたばたと寝返りを打ちながらも、夜が明けるころにはアリシヤは眠りについていた。


***


アリシヤは布団から飛び起きた。

また同じ悪夢を見たのだ。

アリシヤはため息をつく。

セレーノの婚約話もタリスのことも気になる。

だが、チッタの街の事が簡単に記憶から消えてくれるわけではない。


アリシヤは身支度を整えてふらふらと、一階に降りる。

酒場オルキデアはまだ開店の時間ではないはずだ。


「おはようございます」

「あら、おはよう。アリシヤちゃん。お寝坊さんね」


セレーノに言われて気付く。時刻は正午を回っている。

昨日は夜中に出歩いたとはいえ、寝すぎてしまった。と、アリシヤの腹が鳴る。


「す、すいません…!」


アリシヤが顔を真っ赤にして謝ると、セレーノがくすくすと笑う。


「大丈夫よ。今、何か作ってあげるから待ってて」


台所で調理するセレーノを見つめる。

アリシヤのために食事を作ってくれるセレーノ。

それはとても嬉しいことであり、アリシヤはこの光景が大好きだ。

視線に気づいたのか、セレーノが振り返る。


「どうしたの、アリシヤちゃん?」

「…もし」


アリシヤは尋ねる。


「もし、セレーノさんがお嫁に行ってしまったらこのお店はどうなるんですか?」

「なくなるわ」


間髪入れずにセレーノは答える。

フライパンで、ベーコンと野菜を炒めながらセレーノは目を伏せる。


「このうちはタリスに譲る。アリシヤちゃんには悪いけど、違うお家を探してもらわなきゃならないね。さすがにタリスと二人暮らしってのもあれだし…」


セレーノがふと目を上げる。

緑の瞳と目が合う。


「アリシヤちゃん。そんな悲しい顔をしないで」

「…はい」


アリシヤは笑って見せる。だが、心は重い。

セレーノはこの店をたたみ、カルパの家に嫁ぐこととなるのだろう。

こうやってアリシヤに食事を作ってくれる機会など、もうなくなる。


「セレーノさん」

「なあに?アリシヤちゃん」


セレーノの笑顔は優しい。

この笑顔を見ることも、難しくなるのだろう。


「セレーノさんはカルパさんのことが好きなのですか?」

「ええ、そうよ」


セレーノは言った。


「だから、あの人のもとに嫁ぐことができて私は幸せよ」


アリシヤの前に、出来立ての炒め物とパンが置かれる。

暖かな香りがふわりと鼻孔をくすぐる。

目の奥がつんとした。


「いただきます」

「どうぞ」


食事をとるアリシヤを眺めるセレーノの顔がふっと陰る。

アリシヤはパンを持つ手を止める。

セレーノが軽く深呼吸をしたのがわかった。

セレーノが口を開く。


「アリシヤちゃん、顔色がよくないね」

「そうですか?」


セレーノに見詰められアリシヤは諦めとともに息をつく。

一緒に暮らしているのだ。

やはり隠しきれるものではない。


「…悪夢を見るんです」


アリシヤは呟いた。

恐ろしい夢だ。命を奪う感覚をまざまざと思い起こさせるあの夢。

そして、次はアリシヤ自身の番だと囁いてくる。


「怖いんです」


アリシヤが顔を上げると、セレーノがきょとんとした顔をしている。

アリシヤは首をかしげる。


「セレーノさん」

「い、いや、ごめん!ちょっと勘違いしてたみたいで!」


セレーノがわたわたと手を振る。

顔が真っ赤に染まっている。


「私の結婚を心配してるのかと思っちゃった…ごめん」


そういってセレーノが頭に手をやって舌を出した。

なるほど、そういうことか。

セレーノはアリシヤの調子が出ないのは自分のせいだと思って気をもんでいたのだ。

アリシヤは小さく笑う。


「確かに、セレーノさんの結婚は寂しいです。でも、セレーノさんがカルパさんを好きならとてもおめでたいことです。私は嬉しいです」

「あ、ありがとう」


セレーノが照れながらも笑う。

そして、首をひねる。


「じゃあ、アリシヤちゃんが悪夢を見るほど悩んでいるのは何?」


アリシヤは言葉に詰まる。

純粋な目のセレーノには言いたくはない。

だが、一方で聞いてほしいという思いもあるのだ。

アリシヤは重い口を開く。


「…私は人を殺したんです」

「え」

「チッタの街では私は人を殺しました」


アリシヤの懺悔にセレーノは目を見開く。

だが、セレーノはその後、何かに気づいたようにはっとした。

そしてアリシヤをまっすぐと見つめる。


「ねえ。アリシヤちゃんが殺したのは魔王軍のデイリアの事?」

「…そうです」


アリシヤは頷く。

セレーノが笑った。

泣きそうなその笑顔にアリシヤの口が小さく開く。


「セレーノさん?」

「アリシヤちゃんは優しすぎるよ」


セレーノがカウンターから出てくる。

そしてアリシヤの隣に腰を下ろす。


「アリシヤちゃんの目にはデイリアは人間として映っていたのね」


その言葉にアリシヤは息を呑んだ。

デイリアは何処からどう見ても人間だった。

気付けばアリシヤはそう弁解していた。

セレーノが悲し気に笑む。


「ごめんね。私の目には悪魔としか映らないの」


セレーノの言葉にアリシヤは言葉を失った。


「きっとこの国の人はそう思ってる。アリシヤちゃんは悪魔をやっつけた英雄。皆そう思ってる…ここのお客さんは皆そう言ってた」


アリシヤの手にセレーノが手を重ねる。


「でも、アリシヤちゃんはそう思えないのね」


自分の手が小さく震えているのがわかった。

ここで心のままに頷いてしまえばセレーノや皆と違うことを肯定してしまう。

アリシヤ自身、見た目以外は皆と同じだと思っていた。

だが、デイリアについての考え方は全く違うではないか。

普通ではないものがいかに迫害されるか、アリシヤは知っている。


アリシヤの喉が締まる。声が出ない。

セレーノの手がふっとアリシヤの頭に伸ばされる。

アリシヤは思わず目を閉じた。

と、優しく頭を撫でられる。セレーノが言う。


「いいの。アリシヤちゃん。それでいいの」

「でも」

「誰もが同じ考えである必要はないわ」


瞼を開いたアリシヤの目に映るのは、セレーノの真摯な緑の瞳。


「アリシヤちゃん、自分自身を殺しては駄目よ」


その言葉がアリシヤの心に深く響く。

己が思う「普通」に準じて事をやり過ごそうとしていた自分に刺さる。

セレーノがにこりと笑う。


「さ、お姉さんからのお話は終わり!」

「へ?」


先ほどまでとは違う、明るい笑顔にアリシヤはあっけに取られる。

セレーノが頭を掻く。


「なんだかえらそうに言っちゃってごめんね」

「いえ…とってもためになるお話でした」


アリシヤは心からの言葉を述べる。


「そういわれると照れちゃうな。でも…そうだな」

「セレーノさん?」

「アリシヤちゃん、もし悩みが深いのならば教会に行ってみたら?」

「教会…」


アリシヤは目を見張る。

数々の街を転々とし、人目を忍んできたアリシヤにはない発想だった。

だが、確かに悩み深きものは教会に行くものだ。


「きっと私より、人生経験の深い司祭様がいらっしゃるよ」

「な、なるほど」

「でも、悩みを相談しなくとも、行ってみるだけでも価値があると思うな」


セレーノは言う。城の中にある教会。

あの教会だけは一般市民も訪れることができることとなっている。

美しいステンドグラスがはめ込まれた立派な教会だそうだ。


アリシヤはセレーノに礼を言い、家を出る。

そういえばこの王都に来てから一度も教会には行ったことがない。

アリシヤは街を歩きながら困ったように眉を顰める。


城の教会。

つまり、アリシヤの直属の上司であるアウトリタの派閥と仲の悪い、教会派の本拠地だ。

教会派は伝説を強く信じる。

そのため、赤髪のアリシヤを嫌っているだろうとラーゴが言っていたし、実際陰口を叩かれているのも知っている。


だが、セレーノの勧めだ。

確かに一回は行っておいても損はないかもしれない。

アリシヤは、一抹の不安を抱えながらも教会に向かった。

閲覧いただきありがとうございました。次回「クレデンテとの出会い」です。よろしくお願いします。


ツイッター(@harima0049)にて更新情報などを呟いております。よろしければ、作者ページからどうぞ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ