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第八章 家族8-4


入り組んだ路地に深く入り込む。


傷つけられた壁に、転がるゴミ。悪臭が漂う。

小さな壁の隙間から、人々がこちらをうかがっているのがわかる。

だが、タリスが視線を向けると目線は消えた。


ルーチェとの旅の途中、こういった場所にも何度も訪れ、身を隠した経験もあるアリシヤであるが、未だに慣れない。

ぎゅっと、コートを掴む。

横を歩くタリスがそれに気が付いたのかこちらを見て笑う。


「大丈夫だよ、アリシヤちゃん。俺がいるからね」

「…ありがとうございます」


と、前を行く雑魚と呼ばれた男が歩きながら振り返る。


「タリスさん。彼女連れてくるなんて初めてですね。もしかして結婚されたんですか」

「そうだよ」


さらりと答えるタリス。

アリシヤは慌てて弁解する。


「違いますよ!?結婚はおろか、彼女ですらありませんから!」

「アリシヤちゃんは厳しいなぁ」


けらけらと笑うタリスにアリシヤは頬を膨らませる。


「…タリスさん、嘘つけないんじゃないんでしたっけ?」

「アリシヤちゃんがオッケーしてくれたら、嘘じゃなくなるんだけどなぁ」

「そんな台詞誰にでも言ってるんでしょう」


ぷいとタリスから顔を逸らすと、前を行く男と目が合う。

男が苦笑する。


「痴話喧嘩はよそでやってくださいよ」

「違います。…えーっと」


そういえば名前を聞いていない。

前の男が頭を掻く。


「オレは、ファッジョって言います」

「ファッジョさん。失礼いたしました。アリシヤです」

「ああ、噂はかねがね…お、着きましたね」


ファッジョの声に前を見ると、廃墟同然の石造りの家が現れる。

中から明かりが漏れている。誰かいるようだ。


「おーい、おやじー。タリスが帰ってきたぞー」


ファッジョが声をかけても返事はない。

タリスが前に出て、ずかずかと廃墟の中に入っていく。

ファッジョはそれを見て、何とも言えない笑みをこぼしながら、アリシヤを中に導く。

首をかしげながら建物の入り口をくぐると、石に腰を掛けた白い毛の塊なるものが現れる。

アリシヤは目を見張る。

その塊はかすかに動いている。

タリスはそれの前に立つと口の端を上げて笑った。


「よう、ジジイ。見ねえ間に老いぼれどころか毛玉になってるじゃねぇか」


毛玉がぶるりと震えた。

アリシヤは目を見開いた。

毛玉の隙間からちらりと瞳が見えた。

あれは巨大な毛玉ではない人間だ。

毛玉が口を開く。


「その口の悪さは、タリス坊か。おや勇者様を斬って首にもなったか?」

耄碌もうろくしたかよ、ジジイ。首でもはねられたいか?」


物騒なやりとり。

そしてなぜか二人して声を上げて笑い出す。

アリシヤは状況についていけず面食らう。

タリスが腹を抱える。


「あははっ!変わってねぇな、ラナ爺!老いぼれて丸くなったって聞いたんだがな!」

「お前こそ、お貴族様の下で働いて行儀良くなってるのかと思ったらそうでもないな!それどころか殺気があがったな!よいよい」


良いのか。

あっけに取られるアリシヤをタリスが手招く。

アリシヤは開いた口が塞がらないまま毛玉の塊、もとい、ラナ爺の正面に立つ。


ラナ爺の白髪の中に隠された茶色い目は鋭い。

アリシヤを頭のてっぺんから足の先まで見つめると、にこりと笑った。


「ごーかく」

「へ?」


アリシヤが声を上げる。

もさもさと伸びた長い白髪ふわふわと揺れる。

おそらく笑っている。


「君が赤の英雄だな。うむ、いい。純朴さ、悩める瞳、そしてどこか漂う高貴さ。これは噂の題材としては高得点だ」

「噂の題材?」

「そうだ。アリシヤ君。私は、ラナ爺。人呼んで噂の支配人さ」


***


「噂の支配人って自称してるけど、ただの噂好きのジジイだから」


ラナ爺の部屋に転がるがれきに腰を下ろしタリスがため息をつく。

だが、アリシヤは驚いていた。

ラナ爺が披露したアリシヤについての噂。

それは膨大な量のものであった。

虚実入り乱れた噂話。その恐ろしさにアリシヤは小さく震えた。

ラナ爺がけらけらと笑う。


「よいよい。それだけ怯えてくれれば噂の集めがいもある」


タリスのきつい目線がラナ爺に飛ぶ。


「けっ、クソジジイが。若い女の子、来たからってはしゃぎやがって」

「だからと言って嘘は言ってないさ。最近流れる噂の多くはアリシヤ君のものだ」


アリシヤはがれきに座りながら膝を抱えた。

チッタでの出来事が頭にちらつき、思わず首を左右に振る。ラナ爺がふっとアリシヤを向く。


「皆、赤が気になって仕方ない。可哀そうだが、君はそういう運命なのだろう」

「運命、ですか」

「そうだ。抗っても仕方ない。この国はそういう国だ」


ラナ爺の言葉にアリシヤは眉間にしわを寄せる。


「抗いますよ」

「ん?」

「気に入らなければ、私は抗います」


白髪の間から見える目が一瞬見開かれる。

そして、ラナ爺は腹を抱えて笑い出す。


「あはは、若いな!よいよい、抗え、抗え、若いの!」


笑いすぎたのか目に涙を浮かべながらタリスに向かって親指を立てるラナ爺。


「タリス、よくやった!嫁はこれくらい気丈な方がいいぞ」

「もっと褒めていいぜ、ジジイ」


アリシヤの「嫁じゃありません」という言葉を無視し、タリスは親指を立てる。

ラナ爺とタリスは相当仲がいいのが見て取れる。


ひとしきり笑った後で、ラナ爺がタリスを見やる。


「ところで、こんな夜中に何をしに来た?エーヌの噂か?」


アリシヤの姿勢がしゃんと伸びる。

普段、アリシヤ達はエーヌについての噂をひとつづつ、調べていく仕事をしている。

噂の元はタリスが持ってきたものとリベルタの持ってきたものがある。

タリスの情報源はここだったのか。

タリスが苦笑する。


「ほんとは言わなくたって分かってんだろ、このクソジジイが」


タリスの言葉にラナ爺は、はは、と笑った。


「セレーノちゃんの事だな」

「その通り」


タリスが力なく笑う。

納得がいった。

セレーノに秘密にしたかったのはこのためなのだ。

タリスがラナ爺に向かい合う。


「姉さんと婚約したカルパってやつのことを教えて欲しい。金は弾むよ」


タリスが懐から、袋を取り出す。

この大きさなら結構な額が入っているのだろう。

ラナ爺がその袋を受け取る。


「確かに受け取った。じゃあ、話そう」


ラナ爺が口を開いた。


カルパはジオーヴェ家の長男。ヴィータの息子である。

容姿端麗、品行方正。絵にかいたような優等生だという。

彼には十歳、年の離れた妹がいる。名はロセ。

過去勇者候補の一人だった。


「もし、ロセが勇者となっていれば、カルパが賢者だったろうな」


それほどカルパは優秀で頭がよかった。

ロセを勇者に推すものは多かった。

だが、出た神託が示した勇者はどこぞの田舎の少年。

要するにリベルタだ。


賢者になりそびれたカルパは、城の中の教会で働き始める。


「つまり、クレデンテのもとでだ」


クレデンテは今の教会のトップである。

カルパはクレデンテを師と仰いでいる。

父であるヴィータより信頼していると言われている。

カルパの働きぶりは文句の付け所がない。

大変優秀な男だ。


「で、セレーノちゃんとの出会いだ」


カルパがオルキデアに通い始めてもう三か月ほどが経つ。

いつもカウンター席に座り、セレーノと楽しそうに会話しているのを常連客が指をくわえてみていたらしい。

そして、一週間ほど前。


「タリス、お前チッタに行ったらしいな」


ラナ爺の問いにタリスが不機嫌そうにうなずく。

ラナ爺は続ける。

その時のセレーノは常連客がわかるほど、タリスのことを心配していたらしい。

カルパはセレーノを励ましながらも、話があるといった。

そして、次の日にはカルパとセレーノは手を握り合う仲となった。


「要するに付き合ったってこったな」

「ありえねぇー」


ラナ爺の話の締めくくりに、タリスが不平不満を漏らす。


「姉さんが誰かと付き合うなんてありえねえ」

「そろそろ現実を見ろ、タリス坊よ。セレーノちゃんもいい年だ。結婚ぐらいしてもいいだろ」


ラナ爺の言葉にタリスは不機嫌そうに舌打ちを打つ。


「カルパに、後ろ暗い噂ねぇの?」

「それがないんだよ。残念ながら」


タリスが眉を顰める。


「どうせジオーヴェの権力で消して回ってるんだろうよ。噂のない人間なんて信用できるか」

「タリス、落ち着け」


ラナ爺の静かな声にタリスがきつい目線を向ける。

ラナ爺がため息をついた。


「タリス。お前の人生目標はなんだ?セレーノちゃんを幸せにすることだろう?」

「…ああ」

「カルパとセレーノちゃんは好きあってるらしい。だったら申し分ない相手じゃないか」


アリシヤは黙って事の成り行きを見守る。

確かにラナ爺の言う通りだ。

セレーノが納得しているのならそれはいい事だ。

だが、一方でタリスの言うこともわかる。

噂が全くない人間というのも怖い。

タリスが立ち上がる。


「もういい」

「タリス、余計なことはするな」

「説教くせぇんだよ、クソジジイが!!」


吐き捨てたと思うと、タリスが駆けだした。


「ちょ!?タリスさん!」


追いかけようとしたアリシヤの袖をラナ爺が引く。

振り返ったアリシヤに向かって首を横に振る。


「今はほっといてやってくれ。おそらく泣いてるから」

「え?泣き—」


先ほどまで黙って壁際に立っていたファッジョがため息をついた。


「そうそう。タリスさんって、悔しくって泣くとき、さっきみたいに捨て台詞吐くんですよ」

「ガキのままだな」


ラナ爺がやれやれと手を広げて見せる。

ファッジョの同情めいた視線に気づき、アリシヤは首をかしげる。


「どうしました?」

「あんたの一番の敵はセレーノちゃんだぜ」

「敵?セレーノさんが?」


アリシヤがいぶかし気に聞くと、ファッジョとラナ爺が顔を見合わせて苦笑いした。


「タリスは苦労しそうだな」

「そうだな、親父よ」


二人の真意が読み取れずにアリシヤは眉間にしわを寄せる。

それを見て、ラナ爺が笑う。


「ファッジョ、アリシヤ君をお家まで送り届けてやれ」

「りょーかい」


アリシヤはラナ爺に礼を言い、ファッジョに付いてその家を後にする。

最後にラナ爺が言った。


「またおいで。金さえはずめば、どんな噂でも聞かせてあげよう」

閲覧いただきありがとうございました。次回「悪夢と懺悔」です。よろしくお願いいたします。


Twitter(@harima0049)にて更新情報などを呟いております。よろしければ作者ページからどうぞ。

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