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第一章 はじまり 1-3


それから数時間後-


「お待たせ、ここが王都だ」


リベルタが船を降りて、先を行く。

タリスに促されアリシヤは船を降り、そして目の前にそびえたった大きな城門をくぐる。


「これが、王都…」


アリシヤは思わず零した。

街を囲うように築かれた壁。その堅牢なイメージから一転。

中に入ると華やかににぎわっていた。

街道の左右には露店が並び、食べ物や、小物を売っている。

店を構えているものも多いらしい。

露店が途切れると、酒場の看板や、飲食店の看板、武具や、服飾の店まである。


混雑とまではいかないが、人も多くいる。

セストの町よりはるかに多い。

そこで、アリシヤは気づき、素早くフードを被る。

街に出る時は必ずこうしているのだ。

だが、そのフードがさっと外される。

振り向くとタリスが首を横に振る。


「そんなに可愛い顔をしてるのにフードで隠すなんてもったいない」

「赤い髪に赤い目ですよ?」

「それがどうした。君は何も悪いことをしていないのに」


アリシヤは目を見張った。

隠さなければならないものは悪だ。

どこかでそう思っていた。

もちろんルーチェは、赤い髪と瞳を綺麗だと言ってくれていた。

だが、多数の人間の敵意や侮蔑にさらされて自信も持てなくなっていた。


アリシヤは、おずおずと顔を上げる。

周りの人の視線が痛い。いつもの目だ。

タリスはそう言ってくれてもやはり、普通の人から見れば異状で恐ろしいものなのだろう。


「やっぱり、フードかぶります」

「大丈夫」


次に、そういったのはリベルタだ。


「今から俺の本気を出す」

「へ?」


リベルタは、軽い足取りで前に出ると一つ咳払いをして大きな声でいう。


「みんなー、この子、新しくできた仲間のアリシヤだー!よろしくなー」


リベルタが言うと、周囲の人間の表情が変わった。侮蔑や恐怖とは違う好奇心の目。


「ちょっとあんた」


声に振り返ると、露店の果実売りの女性がアリシヤに話しかけているようだった。


「勇者様の仲間なんだろ。これ持っていきな」

「あ、ありがとうございます」

「ありがとうな、おばちゃん!」


リベルタがアリシヤの後ろから顔を出し、礼を言う。

女性はグッと親指を立てる。

もともと親交があるみたいだ。


それからも、ちょくちょくと露天商からいろんなものをもらった。

市場を抜けるころにはアリシヤの両手はいろいろな貰い物で埋まってしまっていた。


「す、すごい」

「どうだ、見たか。勇者の力!」


そういってリベルタは快活に笑う。タリスは苦い顔をしている。


「この人、よく仕事さぼって町ぶらぶらするから、町の人と仲がいいんだよ」

「町の人と仲良くなるのも勇者の仕事だと思ってる」

「そういってさぼろうとしていますね」


タリスは、長いため息をついた。さて、と彼は顔を前に向ける。


「お疲れ様アリシヤちゃん。ここが目的の場所だ」


そこには『酒場“オルキデア”』と書かれた品の良い看板が下がっていた。

レンガ造りの建物で二階建て。

この形だと、下は店、上は従業員の住まいであろう。


「ただいま」


タリスが扉を開ける。

扉の向こうはカウンターといくつかの客席がある、小さくとも洒落た内装の酒場であった。

今はまだ昼だからだろうか。客はいない。


「おかえり、タリス」


カウンターの奥にある階段を下りてきたのはタリスと同じ茶色の髪をハーフアップで結んだ綺麗な女性だ。


「紹介するよ、アリシヤちゃん。こちら、俺の姉でこの酒場の主人。セレーノ姉さん。年は—」

「いらないことを言わない。とりあえず、座ってね」


セレーノは、タリスを声で制すと入り口で立っているアリシヤにカウンターの席を勧める。

アリシヤはちょこんと席に収まる。リベルタもその横に座る。


「姉さん、上の部屋一個空いてたよな」

「うん、物置にはなってるけどすぐ片づけられるよ」


それを確認すると、タリスはうんと頷き、アリシヤを見据える。


「アリシヤちゃん。もしよかったらここで住まないかい?」

「え」

「いいよな、姉さん」


タリスがセレーノを振り返ると、セレーノは頷く。


「こんな可愛い子なら大歓迎だよ」

「うん、だよな。どうかな?アリシヤちゃん?」


聞かれてアリシヤは答えに困る。

どうかなも何も、こんなありがたい話はない。

今の自分は住む場所も働き口もないのだ。そこでハッとする。


「でも私、家賃払えません」

「いいの、いいの。そんなこと気にしないで。タリス、ちょっと上片づけてきて」

「はーい」


タリスは返事をして階段の奥へ消えていった。

アリシヤはぽかんとする。


「よーし、じゃあ今日はアリシヤちゃん?で合ってる?」

「は、はい」

「アリシヤちゃんの歓迎と言うことで、お店閉めて豪華な夕食作っちゃおう!」


カウンターの中に入り、セレーノが食材の準備を始める。

アリシヤは思わず声を上げる。


「ま、待ってください!」

「なあに?」

「私、何もできないのにそんな良くしてもらうことはできません…!」


そもそも、セレーノは判断が早すぎるのだ。

普通居候など受け入れたくない物だろう。

加えてこの赤い髪に赤い目だ。

それをこんなに即決してしまって大丈夫なのだろうか。


「いいの。今は」

「え?」

「アリシヤちゃん、今、ひどい顔してる」


アリシヤは思わず自分の顔を触る。そんな変な顔をしているだろうか。


「ああ、そうじゃなくって。疲れ切った顔をしてる。何か訳ありなんでしょう?」


 アリシヤは言葉に詰まる。


「なんかさ、昔の私たち見てるみたいでさ」

「昔の?」

「ええ。私たちの故郷は魔王に滅ぼされたんだ」


アリシヤは返答に困る。こんな明るい女性にそんな暗い過去があるとは思えない。

が、嘘をついていないことはわかる。

タリスと同じ緑の瞳がまっすぐにアリシヤを見つめる。


「今のアリシヤちゃんの顔が、過去の自分と重なっちゃって。だから、助けさせて欲しいの。だから、タリスもここにあなたを連れてきたんじゃないかな」


とりあえず、といってセレーノが水を差し出してくれる。

アリシヤは礼を言ってその水を一口飲む。

そして、セレーノに向かい合う。


「…私は、赤の髪に赤の瞳です。恐ろしくはないですか?」

「ないよ。だってアリシヤちゃんは悪い子には見えないもの」


ああ。この姉弟は普通の人たちとは違う。

ちょっと変わっている人たちなのだ。それが、こんなにも嬉しい。

アリシヤは頭を下げる。


「ありがとうございます。これからご迷惑をおかけしますが、よろしくお願いいたします」

「こちらこそ、よろしく」


セレーノがはにかみ手を伸ばしてくる。

アリシヤはその手を握った。暖かくて優しい手だった。

と、横で鈍い音が鳴る。

さっと顔を上げたリベルタであったがアリシヤは見てしまった。おそらくセレーノも。

リベルタは少し視線を外す。


「見た?」

「み、見ました」


机に腕をついてうとうとしていたリベルタが、態勢を崩し机に頭を打ち付けたのを。

アリシヤが答えると、リベルタは頭に手をやり照れ笑う。


「見なかったことにして」

「わかりました」

「アリシヤちゃん。そんな神妙な顔しなくていいよ。よくあることだから」

「酷いなー、セレーノさん」


そう言ってリベルタは頭を掻く。

あの『勇者伝説』の本で読んだ勇者のような完璧な人だと思っていたが、どうやらそうではない一面もあるらしい。

なんだか意外だ。アリシヤは目を丸くする。


「とりあえず、簡単に動かせるものは動かした。あとは掃除かな」


そういってタリスが階段を下ってくる。


「ちょうどよかった。夕飯作るの手伝って」

「はいはい」

「私も手伝います」


アリシヤは立ち上がり腕をまくる。


「アリシヤちゃんはお客さんだから座っておく」

 

タリスに言われ、不服な顔をしながらも大人しく席に着くアリシヤ。

手伝おうと立ち上がるリベルタをあたふたと止めるセレーノ。


露店でもらった材料も加え、豪華な夕飯が出来上がる。

暖かな食卓を囲みながらも、アリシヤの心は重く沈む。

ここにルーチェがいたらどれほどよかっただろう。

だが、アリシヤは首を横に振る。

こんなにいい人たちに会えたのだ。


ルーチェは言った。


『今を大切にするんだぞ』


アリシヤはその言葉を思い出し、暖かく美味しいご飯をほおばった。

アリシヤが王都にやってきて一日目の夜の事であった。

閲覧ありがとうございました。

次回から「第二章慰霊祭」に入ります。

よろしくお願いします。

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