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第七章 一族の男7-5


深夜の森の中。鳥の声が響く。


明日、自分は死ぬことになるだろう。

デイリアは椅子に座り、息を吐いた。

イリオス、それからアリシヤに向けてしたためた手紙に封をする。

イリオスに教えたコキノの一族の文字で書いた手紙だ。


「これでよかったのだ」


デイリアは口に出してみる。

エレフセリアに一生ついていくと誓った。

国を逃れた仲間と別れ、この地に残った。

エレフセリアとともに、傀儡となった。勇者に負けた。そこで死ぬはずだった。


『お前は臆病だからなぁ』


今は亡きエレフセリアの声がよみがえる。


『だけど、お前のそういうとこ信用してるんだ。だって大胆なヤツより慎重なヤツの方が生き残るだろう?』


まさにその通りだった。

エレフセリアが死に自分が生き残ってしまった。

そう、エレフセリアと命運を共にすると誓ったのに、死ぬのが怖くて逃げてしまったのだ。


いつ来るかもしれない勇者という死神に怯える日々。

そんな時に現れたのが、イリオスだった。

自分と同じく傀儡になった少年。

記録師という役割を与えられ、閉じ込められた少年。

名前も持たなかった。

哀れに思い、名を与え、食事を与え、棲み処を与えた。


『ありがとう、デイリア!』


屈託もなくその少年は笑った。

己の名を呼んでくれるものがいるというのがこれほどまでに嬉しい。

そんな当たり前のことに、久方ぶりに気付いた。

イリオスは記録師だった。

だからデイリアという名前を知っていた。そして己の罪も。

それでも彼は言った。


『デイリアはボクにたくさんのものをくれた!ボクはデイリアが大好きだよ!』


きっと、イリオスを追って国の者が来るだろう。

彼を連れて逃げようかとも思った。

だが、彼は逃亡生活ができるほど強くはない。

教会につながれていたせいでひどく貧弱だ。


なら、もう諦めよう。


そう思った瞬間、デイリアの心は静まった。

怯えは消え、死を受け入れようと思った。

その代り一つの願いが生まれた。


デイリアの心に明かりを灯してくれたイリオス。

彼が幸せに生きられますように。そう願った。


そして―


デイリアは机の上に置かれた手紙を見やる。

思いがけず出会った、最後の同胞。

どう運命が転がったのかは知らない。

だがおそらく彼女はエレフセリアの子。

彼女がどうか生き延びて幸せを享受できますように。


「これでよかったのだ」

 

穏やかな気持ちで、デイリアはもう一度呟いた。


就寝準備を進めるデイリアは、ふと、耳に音を拾う。

何者かがこの家に近づいてきている。

デイリアは剣を携え、窓の端から辺りをうかがう。

デイリアは舌打ちをした。


窓の外に見えるのは、一面の赤。

赤い面をかぶった人間たちがデイリアの小屋を囲んでいた。


ドアがノックされる。


「何用だ。エーヌの民よ」


デイリアの声に、澄み切った声が返す。


「ごきげんよう。デイリアさん、扉を開けても?」

「言わずとも開けるのであろう」

「ええ、そうね」

 

声の主が扉を開いた。

金の長い髪に赤い面をかぶった女。エーヌの民の長。

何度もデイリアを訪れてくる。

仲間になれ、と。

デイリアはいつも断る。

もう人を殺すつもりはない。

今晩は静かにさせてほしいのだが。


「あいにく、いつものような勧誘ならお断りだが」

「ふふ、今日は違うの」

「なに?」


彼女が合図をすると、外から赤い面達がなだれ込んでくる。

抵抗するデイリアを数で圧倒し、締め上げる。


「どういうことだ。エーヌの長よ」

「デイリアさん。貴方には、囮になっていただきたいの」

「囮?」

「そう。貴方を追ってやってきた私の可愛い可愛い娘を捕まえるための」


女が面を外す。

碧い目が暗い色に燃えている。

だが、それ以外はひどく似ている。

昼間に会った赤い髪の少女、アリシヤに。


「…やはり、あの少女はエレフセリアと、貴方の子か。レジーナ姫」

「ええ、そうよ」


レジーナはからからと笑う。


「私はあの子が欲しい。あの子もきっとこの国を恨んでいるはず。だから私とあの人の大切な子、あの子とともにこの国を壊すの」

「国の姫でありながら国を壊すなど、世迷い事を」

「私はもうこの国の物ではないわ」


レジーナの鋭い視線が、デイリアを射貫く。


「私は、魔王エレフセリア様の伴侶。そして彼を奪ったこの国を憎悪するエーヌの民の長」


彼女の薄い唇が恍惚に歪む。


「壊すの…私はすべてを。そのために協力してね、デイリアさん」

 

デイリアは唇をかんだ。


***


夜が明けた。

宿のロビーで、アリシヤ達は合流する。


「教会には話をつけてある。今からデイリアを迎えに行くぞ」


リベルタの言葉に、アリシヤ達は頷いた。


深い森の中を、タリスを先頭に歩く。

イリオスは大人しく、アリシヤの袖に手をかけ、ついてきていた。

デイリアの小屋に到着する。


「明かりがついてない…?」


不審げに声を漏らしたリベルタ。タリスが舌打ちする。


「あの野郎。やっぱり逃げたか…っ」


荒々しい言葉を吐きながら、タリスが、扉に手をかけ開け放つ。

そして、息を呑んだ。

アリシヤも後に続いて部屋を覗く。

部屋の中は荒れ果て踏みにじられていた。


「何かあったな」


リベルタが冷静に呟き、小屋の中を用心深く見渡した。


「誰もいないっと。中入って大丈夫だぞ」


リベルタの言葉にうなずき、アリシヤはイリオスとともに部屋に入る。

壊れたベッド、倒れた棚。

イリオスが目を見開いている。


「デイリアに何があったの?」

「分かりません」


テーブルの上に置かれているものが目に入る。

封を閉じた入れられた手紙が二通と、走り書きのメモ。

メモには美しい字でこう書いてあった。


『リベルタくんへ

 デイリアの身柄は預かっています。取引をしましょう?内容は貴女もわかっていると思うわ。場所は、この森の南西部にある荒野。時間は正午。じゃあ、また、あとでね

エーヌの民』


「エーヌの民…!」


アリシヤは思わず声を上げる。


「エーヌ?」


寄ってきたリベルタにメモを見せる。リベルタの眉間にしわが寄った。


「デイリアがエーヌの手に落ちたか。困ったな」

「…なぜ、エーヌの民がデイリアさんを人質に?」


よくわからない。デイリアは魔王軍だ。国と敵対している。

身元を引き換えに何かを要求するなんてことは出来なさそうだ。


「デイリアって優れた兵だからなぁ。デイリアがエーヌに取り込まれるのが怖い」

「なるほど」

「あと…嫌な可能性が一つ思い浮かぶ」


そういって、リベルタはアリシヤの手からメモを抜き取った。

そしてそれをまじまじと見つめる。


「この筆跡は…あーあ。やだな」


リベルタが苦笑した。その意味はアリシヤにはわからなかった。

リベルタが背筋を正し、アリシヤ、タリスを見渡す。


「デイリアがエーヌの民に攫われた。我々は今から彼の奪還に向かう。アリシヤ、タリス。行けるな」

「はい」


アリシヤ、タリスは声をそろえて返事をする。


「ロセさんは、街に残って記録師様をお守りしてほしい」

「分かりました」


ロセは恭しく礼をした。


「一度街に戻って、立て直そう。ロセさん、教会に報告を」

「はい」


デイリアの小屋から去る。

今からエーヌの民との対面だ。

アリシヤの心臓は強く鼓動を打つ。


ルーチェを殺したエーヌの民。

冷静になれ。

アリシヤは自身に言い聞かせる。

小屋から出て、ふと振り返ると、イリオスがまだ中に残っている。


「イリオスさん?」

「今行くよ」


イリオスがこちらにかけてくる。

その手には、先ほど机の上に置かれていた手紙が握られていた。

そのうちの一つをイリオスはアリシヤに渡す。


「これ、アリシヤ宛だよ」

「え」


アリシヤは手渡された手紙を見て、息を呑む。

エルバの街でもらった宝箱から出てきた黒いノート。

それと同じ文字だ。


「この文字って…」

「コキノの文字だよ?アリシヤ読めないの?」


イリオスに言われてアリシヤは頷く。


「仕方ないから後でボクが読んであげるよ。ボク、デイリアに教えてもらってコキノの文字読めるからね」

「ぜひ、お願いします」


アリシヤはイリオスに頭を下げ、手紙を懐にしまった。

閲覧いただきありがとうございます。次回「殺意の合唱」です。デイリア編、クライマックスとなります。よろしくお願いします。


ツイッター(@harima0049)にて更新情報を呟いております。よろしければどうぞ。

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