第七章 一族の男7-4
「それで、タリスを見張りに置いてアリシヤさんが下山してきたわけだな」
リベルタの問いにアリシヤは頷く。
街で情報収集してきたリベルタとロセと合流し、事の次第を伝える。
「おそらく、クレオさんとともにいる、イリオス少年。彼が記録師であるとは思います」
「そうか。街では一切情報はなかった。その男のところに行きたいな」
リベルタに促され、アリシヤは元来た道を行く。
時刻は夕暮れになっており、森は薄暗い。
道に迷わず行けるだろうか。
少し不安になったアリシヤだったが、目的の小屋までなんとかたどり着く。
小屋の外で、タリスが座っている。
リベルタが見えると、タリスは立ち上がり軽く礼をして、何かを告げている。
アリシヤは目的の地に辿りつけてふっと息をついた。
そして、先ほどから気になっていた、ロセの方を振り返る。
「ロセさん、先ほどから顔色が悪いですが、大丈夫ですか?」
「…ええ、大丈夫よ」
あまり大丈夫ではなさそうだ。その声は暗い。
「マフラー貸しましょうか」
「いいえ。そういうことではないの」
ロセは力なく笑った。
そして視線をタリスとリベルタの方に移す。
ロセは黙って二人の様子を見ていた。
アリシヤもつられてそちらを見る。
視線に気づいたのか、リベルタがこちらを見て、にこりと笑う。
「深刻そうな顔するなって。さて、俺らに気づいて扉の前で待っている、そのクレオさんとやらに会おうじゃないか」
リベルタがそういうと、扉ががたりと音を立て、開く。
「やはり分かっていたか。死神よ」
クレオは右手に剣を携えている。リベルタも剣を抜く。
「死神なんて久しぶりに呼ばれた。なぁ魔王軍のデイリアさんよ」
「え」
アリシヤは声を上げる。
デイリアと言えばあのエルバの村に拠点を持っていた魔王軍の幹部の一人。
リベルタに負けた後、敗走し行方知れずとなっていた人物だ。
「やはり分かっていたか。そちらの犬もわかっていたのだろう?」
剣を抜いたタリスにクレオ、いやデイリアは言う。
「ええ。チッタの街近くにデイリアが住んでいる、というのは有名な噂でして」
全く知らなかった。アリシヤを置き去りにして話は進む。
タリスは相手がデイリアと分かっていて話していたようだ。
あの敵意むき出しの会話はそういうことだったらしい。
リベルタが剣を構える。
「さて、デイリア。何か言い残したことはあるか」
「ああ、ある。多くあるのだ。死神よ」
反対にデイリアは剣をしまった。リベルタが目を見開く。
「なんだ。逃げも隠れもしないってのは本当か?」
「ああ」
デイリアは剣を地面に置く。
「死神よ。交渉をしよう」
「魔王軍の幹部と?」
「ああそうだ。頼みたいことがあるのだ」
デイリアは言った。
***
デイリアは、アリシヤ、リベルタ、タリス、ロセを小屋に招いた。
「椅子はない。勘弁されよ」
一つの椅子には、イリオスが座っている。
イリオスの顔は浮かない。
目を赤く腫らしている。涙を流したのかもしれない。
「さて、死神よ。部下から聞いているだろうが、彼がこの街の記録師だ」
リベルタが、イリオスの前にひざまずく。
イリオスはぷいっとそっぽを向く。
「こんにちは。記録師様。お伺いしたいことがございます」
「…なに?」
「タリスの出身地をご存じだったそうですね」
「うん、そうだよ。それが?」
「タリスの生存。何色の文字でしたか?」
アリシヤは首をかしげる。
リベルタの質問の意味が分からない。
だが、イリオスは当たり前だという風に答えた。
「赤色」
「そうですか」
リベルタは満足げに頷いた。
リベルタは立ち上がり、デイリアに向かい合う。
「嘘は言っていないようだな」
「嘘を言って得をすることは何もない」
「じゃあ、本当のことを話してもらおう。どうして記録師様を誘拐した?」
その問いにデイリアは首を横に振る。
「誘拐したのではない。森に転がっていたのだ」
「信じられないが―」
「じゃあ、ボクが話すよ」
椅子に座ったまま、イリオスが口を開く。
「時は、一月と一週間前。時刻は深夜。行動を起こしたのはボク。その日は神の間が開いていた。原因はジリオというシスターの鍵の閉め忘れ。結果ボクは逃げ出した」
妙な語り口だ。
簡潔でまるで他人事のようだ。
だが、そうか。アリシヤは気づく。
彼は記録師なのだ。
この国の記録を綴っている。
それに沿う形になっているのだろう。
「インノがデイリアを恐れていることは知っていた。だから、この森に逃げてきた。まともに食事もとっていなかったから、ボクは倒れてしまった。そこで助けてくれたのが、デイリア」
イリオスがリベルタを睨む。
「これでいい?」
「いえ。記録師様、お尋ねします」
リベルタが再びイリオスの前にひざまずく。
「どうして、教会から逃げ出す必要があったのですか?」
イリオスはぐっと唇をかんだ。
そして、何かを決意したかのように着ていたセーターを脱いだ。
「え」
アリシヤは息を呑んだ。現れたイリオスの白い肌。
そこにはいくつもの痣や傷が刻まれていた。
イリオスが肩に付いた切り傷を指さす。
「これは五年と三か月と四日前にインノからつけられた傷」
次に腹の治りかけの痣を指さす。
「これは二か月と九日前にシスターたちから蹴られてできた傷」
イリオスはセーターを着る。
「どの傷も全部説明できるよ」
昼間見た無邪気な彼とは違い、その目には暗い光を宿していた。
アリシヤはぞっとする。
イリオスにではない。教会の人間にだ。
「どうして…」
アリシヤが思わず漏らした言葉にイリオスが俯く。
「ボクだって分からない。わかるのは、奴らはボクを痛めつけて当然の存在だと思ってるってことだけ」
あんまりではないか。アリシヤは絶句する。
ロセが強く歯を食いしばったのがわかった。
「インノ…っ。腐っているとは思っていたけどそこまでとは」
ロセが怒りに震えている。
当然だ。
神の使いとしての記録師。記録師を痛めつける司祭など司祭として失格だろう。
「なるほど。そりゃ、教会も神の間を見せてくれないわけだ」
リベルタの言葉にアリシヤはハッとする。
インノは神の間は見せられないといった。
きっとイリオスを虐待した跡が残っているのだろう。
「そこで交渉だ。死神よ」
デイリアが静かに切り出した。
「イリオスを、二度と記録師に戻さないで欲しい」
「…どういった目的で?」
リベルタの問いにデイリアが、小さく笑う。
「そのままの意味だ。私は彼に自由になってほしいのだ」
「それに払う代償は?」
デイリアは右手を胸に宛てた。
「この私の身柄だ」
リベルタは目を見開く。
「悪魔と呼ばれたあんたが、人のために自らを犠牲に?」
「イリオスのためではない。私のためだ。私の自己満足、それだけだ」
デイリアの穏やかな笑みが、アリシヤの中の記憶を呼び覚ます。
いつかルーチェとかわした会話がよみがえる。
「ねぇ、ルーチェ。どうしてルーチェは私を育ててくれるの?」
幼いアリシヤは問いかけた。
確か、赤い髪を狙ったゴロツキに襲われた後だった気がする。
ルーチェは静かに微笑んだ。
「約束があったんだ」
「約束?」
「でも、今は違う。今は私がお前に生きててほしい」
「どうして?」
「どうしてかな。理由は分からない。ただの自己満足さ」
ルーチェの姿と、デイリアの姿が被る。
ルーチェはアリシヤの自由を願っていた。
その点も重なるのかもしれない。
胸が締め付けられる。
デイリアはきっと身柄を拘束され、そして殺される。
ふと、イリオスが目に入る。
木の椅子に乗せた手を握り締めて、唇をきつく結んで、必死に何かに耐えている。
リベルタが頷いた。
「受け入れよう」
「かたじけない」
デイリアがリベルタに頭を下げた。
「あと、もう一つ。最期の夜くらい静かに眠りたい。悪いがこの森から出て行ってほしい」
デイリアはそういった。
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