第七章 一族の男7-3
タリスは、地図も見ずに目的の地にたどり着く。
「ここが森の入り口だ」
入口、とタリスは言うが、道はあってないようなものだ。
木々が無秩序に生えている。
今は冬だ。木々は枯れ果て荒涼とした印象を受ける。
「何があるか分からない。はぐれないように気を付けよう」
アリシヤは頷く。けもの道をタリスは迷いなく踏みしめていく。
あまりにも堂々たる歩きぶりにアリシヤは疑問を抱く。
「タリスさんはここに来たことがあるのですか?」
「うん。何度かね。ここは子供にとっては肝試しの定番だったから」
「子供の―」
アリシヤはそこで気づく。出かけ際のセレーノの言葉。
『タリスをよろしくね』
タリスの子供時代を過ごした地。タリスの故郷は、魔王に滅ぼされたと聞いた。
「ここは…チッタはタリスさんの故郷なんですね」
「そうだよ。俺の大好きな、いや、大好きだったチッタの街だ」
チッタの街は女子供残らず、皆殺しにされたと聞いた。
タリスとセレーノが唯一の生き残りなのだろう。
タリスの家族も親友も皆、この土地で殺されたのだ。
胸が締め付けられる。
前を行くタリスがふっとアリシヤを振り返る。
「そんな悲しそうな顔をしないで。僕はアリシヤちゃんが笑ってくれてる方が元気出るな」
「また、そうやって誤魔化そうとするんですから」
「そんなことないよ」
自分の弱さを認めてくれたタリス。
アリシヤもタリスにとってそういう存在になりたいと思う。
だが、タリスはいつものように甘い言葉ではぐらかしてしまう。
不服に思いながら、タリスの後を歩いて三十分がたった。
「小さな森に見えましたが、中々広いんですね」
「うん。この森は似たような風景が続くから方向感覚も狂いがちになる」
タリスが地図を広げる。
「今いるのは、森の西側。次は東側に回ってみよう。赤の悪魔と言われる男だってどこか拠点とする場所があるはずだ」
アリシヤは、はっと振り返る。
「アリシヤちゃん?」
「しっ…」
アリシヤは人差し指を顔の前に立て、タリスを制す。
何かの足音が聞こえた気がする。
あたりを注意深く見渡す。
視界に何か捉えた。小さな人影だ。
向こうもアリシヤに気づいたようだ。
脱兎のごとく走り出す。
「待ってください!」
アリシヤは慌ててその背を追う。
「アリシヤちゃん!ストップ!その先は崖に―」
タリスが叫んだのと同時だった。
「うわああああ!!」
少年の叫び声があたりに木霊する。
どうやら崖から落ちたようだ。
崖と言っても、高さはさほどない。
建物でいうと二階ぐらいの高さだ。
だが、打ちどころが悪ければ死に至る。
「大丈夫ですか!?」
アリシヤとタリスは、慌てて崖を滑り降り、落ちていった少年に寄り添う。
地面にへばっている少年。
足を押さえている。
「足、くじいた?」
タリスが聞くと少年は涙目で頷いた。
クリーム色の髪に青い瞳の少年。
よく見る風貌と言えばそうだ。
だが、探している記録師もそうだとなれば話は違う。
痛みに唸っている彼にアリシヤは尋ねる。
「あなたは記録師様ですか?」
「…。ううん」
少年はまだ声変わりをしていない高い声で答える。
「ぼくはイリオス。それよりお姉さんは!」
「私はアリシヤです」
「アリシヤ!やっぱり同じ言葉だ!」
少年は人懐っこくアリシヤに抱き着く。
「アリシヤはクレオとお友達だよね!」
「え?」
「赤の人は同族ってクレオが言ってた!きっとアリシヤが来てくれたらクレオ、喜ぶよ」
イリオスの言葉にアリシヤは息を呑む。
この少年はどうやらこの森に住む赤い男を知っているようだ。
タリスと顔を合わせて頷く。
「イリオスさん。そのクレオさんという方のところまで案内してもらえますか?」
「うん!いいよ!でも…」
イリオスが小さく俯く。
「足痛いから誰かに運んでほしいなぁ」
「はいはい、分かったよ」
タリスが、イリオスを担ぐ。
「やったーありがとうお兄さん。お兄さん名前は!」
「タリス」
「タリス。チッタの街の生き残りの?」
明るく尋ねたイリオス。だが、タリスの表情が固まる。
「どうして、そんなこと知って」
「秘密!」
イリオスははつらつと答えた。
***
「クレオ、ただいまー」
イリオスについて案内されたのは木でできた小さな小屋だった。
イリオスがそう声をかけると扉が開く。
「イリオス。おかえり―」
出てきた男を見た瞬間、アリシヤは息を呑む。
短く切りそろえた髪。鋭い目。それらすべてが赤だ。
男の動きも止まった。
イリオスを抱えるタリス。そしてアリシヤに目を移す。
「エレフ、セリア…?」
アリシヤは耳を疑う。フィアから聞いた友人の名前。
「その方をご存じなのですか?」
「ご存じも何も…」
男は軽く息を吐くと、扉を開く。
「歓迎しよう。同胞の少女。そして国の犬よ」
***
男は暖炉に火をくべる。
家具はほとんどなく、あるのは机と椅子。
それから固そうなベッド。椅子は二脚しかない。
木を切っただけの簡素な椅子にタリスはイリオスを下ろす。
「名乗っていなかったな。私はクレオ。この森で暮らしているものだ。そちらは?」
「僕は、あなたのおっしゃった通り。国の犬、いや、国の騎士のタリスです。こちらの彼女はアリシヤ。僕と同じく国の者です」
「コキノの一族でありながら国に使えるとは…またややこしいことをしているのだな」
クレオはため息をついた。
「それで?お前たちはなぜこんな森に?私を成敗しに来たのか?」
「それならば、はじめから斬っていますよ」
タリスが物騒な答えを返す。
それに表情一つ変えず、クレオは続ける。
「だろうな。理由を聞こう」
アリシヤは口を開く。
自分たちはチッタの街の教会から頼まれ記録師の少年を探している。
逃げる場所と言えばこの森が最適だ。
アリシヤはそういうことにして話す。
さすがに、貴方を疑っていますとはいえない。
だが、クレオは言う。
「なるほど。それで、赤の悪魔である私を疑いがかけられているわけか」
「それは」
「嘘は言わなくてもよい。アリシヤよ。この街で赤がどれほど忌み嫌われているか貴殿も身を持って知ったのではないか?」
確かにクレオの言うとおりである。
この街の住人の赤嫌いは相当なものだ。
ふと、アリシヤは視線が気になり振り向く。
すると、イリオスが不安げな表情で事の成り行きを見守っている。
「ねえ、アリシヤはクレオのお友達…だよね?」
お友達ではないような気がする。
今知り合ったばかりであるし、疑いもかけている。
アリシヤが答えあぐねていると、イリオスがアリシヤをうかがうように話し出す。
「クレオはね、赤のお友達がいなくなったって毎日悲しんでるんだ…だから、ぼく、アリシヤを良かれと思って連れてきたんだけど…間違ってたかな」
顔を伏せるイリオスをクレオが優しく撫でる。
「いいや、間違いなどではない。この少女アリシヤは我らが同胞だ」
「同胞、なのですか」
先ほどから気になっていた言葉だ。
「ああ。貴殿のその髪と瞳はまごうことなき我らが同胞の色。コキノの色だ」
「コキノの色?それは、魔王の一族であるコキノの一族と関係あるのですか?」
「そうか。貴殿は何も知らぬのか」
イリオスは寂しそうにそう言った。
「我々、コキノの一族は確かにこの国では魔王と呼ばれるものの種族に入る。だが、コキノの一族とて、赤い血の流れる普通の人間だ」
アリシヤは頷く。それは赤い髪を持ち、赤い目を持つアリシヤが一番よく知っている。
「我らの若き族長エレフセリアはこの国ものと契約したのだ」
「契約?」
「そう。己が身を魔王に堕とすことにより同胞を国外に逃がした」
話が読めない。
エレフセリアはやはり魔王であるのか。
だが、この言い方だと、エレフセリアは自ら望んで魔王になったわけではなさそうだ。
同胞を逃がすために魔王になった…?そして契約相手はこの国の者。
と、いうことは―
「アリシヤちゃんに変な嘘を吹き込むのはやめてくれませんか」
タリスがどすの利いた声でクレオを威嚇する。
「あなたが何者か分からないのにそんな話、信用するとでも?」
「まあ、そうだろな。さて、今は記録師の話だったな」
クレオは話を切り上げてしまう。
もっと続きを聞きたい。
そう思った自分をアリシヤは制す。
今は記録師の保護だ。
そして、タリスの言う通り鵜呑みにしていい話かどうかも分からない。
「これを拾った時点で仕方ないとは思っていたがな」
そういって、クレオはイリオスを見、微笑んだ。
慈しむような笑み。どこかルーチェを思い出した。
「彼は確かに貴殿らの言う記録師だろう」
「クレオ!」
イリオスが制すように叫ぶ。
だが、クレオは首を横に振る。
「イリオス。隠しきることは不可能。隠ぺいは事態を悪化させるだけだ」
「…分かったよ」
イリオスが引き下がった。
クレオは再びアリシヤとタリスを見据える。
「本当のことを話そう。それからどうするかは貴殿ら次第だ」
クレオはアリシヤとタリスに向き直り、厳かに告げた。
ただ、とクレオは付け加える。
「私の処遇は、明日まで待って欲しい。逃げも隠れもしない。死に支度をするだけだ」
クレオは告げた。
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