第七章 一族の男7-2
チッタの街にたどり着いたアリシヤは目を見張る。
これが魔王に全滅させられた悲劇の街とは思えない。活気にあふれた華やかな街だ。
「なんだか、王都に似てますね」
「そうだよ」
タリスが答える。
「チッタは更地になった土地に、王都をまねて街を再建したんだ。小さな王都みたいなものだよ」
「へえ」
正面の門を入ると、市場が広がっている。
アリシヤが街に一歩踏み入れた。
その時、あたりの空気が凍った。
人々の視線がアリシヤに集まる。
ぞっとするような感覚にアリシヤは慌ててフードをかぶった。
射るような冷たい視線。
まだ、アリシヤの方を何十の目が見ている。
「アリシヤさん。堂々と歩け」
隣にいたリベルタがアリシヤにそっと囁いた。
それのおかげで、背筋が伸びた。
ロセやタリス、それからリベルタと並んで歩く。
それでも、罪人になったような気分だった。
この街は今まで来た街の中で最も恐ろしい。
恐ろしいくらい“赤”を嫌悪する街なのだと、肌身を持って思い知らされた。
市場を行くと、王都では城がある場所に立派な教会が現れた。
白を基調とした高くそびえ立つ教会だ。
細かな装飾が施され、美しいのは美しい。
だが、アリシヤには威圧的に見える。先ほどの出来事のせいだろう。
教会の扉をくぐると、栗色の髪をなびかせた青い目のシスターがこちらを見て微笑む。
「お待ちしていました。ロセ。それから―」
彼女の目がアリシヤを捉える。その顔から血の色が引いていく。
「え…いや、なんで」
「ジリオ、落ち着いて」
ロセが今にも倒れそうな彼女を支える。
「彼女はアリシヤ。勇者様の部下。ジリオ。あなたにも手紙で伝えたでしょう?彼女がエルバの村を救ったこと」
「でも…こんなに赤いのに?」
ジリオと呼ばれた少女の体は大きく震える。
こんなに赤いのに。
ジリオの言葉がアリシヤの中に響く。
ただ、赤いだけなのに。
口にはできなかった。
それを言ったところでジリオの心が変わるとは思えなかった。
ロセが、ジリオをなだめている間に、奥から恰幅の良い中年の男が現れる。
「おや、ジリオ。勇者様たちが来たらお知らせしなさいと」
そこで彼の言葉も止まる。アリシヤは一礼する。
「勇者様の従者のアリシヤです。よろしくお願いいたします」
「ああ、なるほど。奴隷ですか」
アリシヤは目を見開く。
奴隷。そんな制度はとっくの昔に撤廃されている。それが常識だ。
「こんな赤い悪魔を手なずけるとはさすが勇者様です」
なるほど。この男にとっては、赤い髪と瞳を持つものは人間とは認識できないのだ。
まだ顔の青いジリオもそうなのだろう。
怒りや悔しさは湧いてこなかった。慣れ切ったことだった。だが—
「おい、お前ッ…!」
地面を蹴り、タリスが男の襟ぐりを掴んだ。
男の体が宙に浮く。
男がヒッ、と声を上げる。タリスはかまわず、もう一方の拳を構える。
「言っていい事と悪いことがある。お前は―」
「はーい、そこまでー」
緩い声をあげて、リベルタがタリスの拳を抑える。
タリスは渋々ながら男を地面に下した。
男はせき込みながら地面にしりもちをついている。
そこに慌てて寄り添うジリオ。
「俺の部下が失礼をいたしました。俺はリベルタと言います。あなたはチッタの街の司祭インノ様でお間違いないですよね」
自己紹介をこなしながらリベルタは倒れたインノに手を伸ばす。
インノはその手を取りふてぶてしく起き上がる。
「そうです。私はインノです。それより」
「紹介しますね。こっちがタリス。そしてこっちの少女はアリシヤと言います。どちらも俺の大事な部下です」
「部下?まさか勇者である貴方様がこのような赤い悪魔を―」
それ以上のインノの言葉をリベルタは鋭い目つきで制す。
「悪魔じゃない。俺の部下だ。誰にも口出しはさせない」
「も、申し訳ありませんでした…!」
リベルタの低い声に、インノが慌てて頭を下げる。
ジリオにも頭を下げさせる。インノは顔を上げると、リベルタたちを応接間に招いた。
広く豪華な応接間だ。
「それで、今回のことを説明してくれる?」
ロセの言葉にインノは頷いた。
記録師は原則神の部屋と呼ばれる場所にいる。
その部屋で衣食住を完結させるのだ。
だが、一週間前の朝、シスターが部屋を開けると、そこに記録師の姿はなかった。
「部屋、見せてもらえるか?」
リベルタが尋ねるが、インノは首を横に振る。
「あそこは神の部屋。たとえ勇者様と言えどもお見せすることはできません」
「そっか。じゃあ、心当たりは?」
「あります」
はっきりとした答え。インノが話し出したのは、ロセから聞いた赤い髪の男の話だった。
「その悪魔が記録師様をさらったに違いありません」
インノは断言する。だが、話の内容からして何の根拠もなさそうに思えた。
ロセが尋ねる。
「その記録師のことを教えてくれる?」
「はい。記録師様はまだ幼き身。人間でいうと一五歳ほどの少年です」
アリシヤは驚く。自分と同じくらいの少年ではないか。
そんな少年が一つの部屋で神の声を聴き、この国のことを綴っている。
それは苦痛ではないのだろうか。
記録師は小柄な少年らしい。
白に近い金、クリーム色の髪にこの国の象徴の青の瞳を持っている。
情報はそれだけだった。
***
アリシヤ達は教会を出る。
「ほぼ、情報はないに等しいな」
リベルタがさらりとそういう。
ロセが悔しそうにつぶやく。
「あれほど自信ありげに手紙をよこしてきてたから何かあると思ってたのに」
「まあまあ、ロセさん。地道に行こう」
ジリオからもらったこの町の地図をリベルタが広げる。
タリスがそれをのぞき込み、カバンの中からペンを取り出す。
「噂の赤い男。その男は崖の上の森に棲んでいる、要はここですね」
タリスが赤いペンで丸をした。地図には道も載っていない場所だ。
「この場所の行き方わかりますので、僕はその赤い男について調べてみます」
「わかった。じゃあ、俺は町の人に話聞いてみるわ」
リベルタの指示のもと、アリシヤ・タリス、リベルタ・ロセの二組で行動することに決まった。
教会の前でリベルタとロセと別れる。
「じゃあ、行こうか。アリシヤちゃん」
タリスはいつもの王子様フェイスで笑う。
見慣れたその顔のおかげで、アリシヤもふっと息をつく。
「タリスさん、さっきは怒ってくれてありがとうございました」
「ああ、あれは僕が許せなかっただけ。アリシヤちゃんにお礼を言われるほどの事じゃないよ」
それでも、とアリシヤは首を横に振る。
「それでも嬉しかったんです。あんな言葉、言われ慣れてます。でも…」
なかなか声に出せない言葉の続きをタリスは優しい笑顔で待ってくれる。
アリシヤは、少し緊張しながら声に出した。
「全く平気なほど私はまだ強くないので」
ルーチェ以外の人にこうして自分から弱音を吐きだすのは初めてかもしれない。
人に弱さをさらすのは苦手だ。
自分の至らなさをさらけ出すのだ。当然かもしれない。
だけど、タリスは優しく笑う。
「いいんだよ」
タリスの言葉にアリシヤははっと顔を上げる。
「アリシヤちゃんは十分強い。心配になるくらいだ。だから、それでいいんだ」
「それで…?」
「うん。無理に強くなろうとしないでいいんだ。あんな言葉、慣れちゃいけないよ」
優しい言葉に、アリシヤの心臓が大きな鼓動を打った。
強くなろうと思った。ルーチェが死んでなおさら。
でも平気じゃないものは平気じゃない。
タリスの言葉が深く染みる。
平気じゃない自分を認めてくれた。
「ありがとう、ございます」
たどたどしくアリシヤが言う。タリスがふっと背中を見せる。
「行こうか」
そういったタリスの耳が真っ赤に染まっていることにアリシヤは気づく。
「は、はい」
返事をしながらアリシヤは心臓を抑える。
なぜだろう。なんだか鼓動が速い。顔も熱い。
不可思議な現象にアリシヤは首をかしげながら、タリスの後に続いた。
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