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第七章 一族の男7-1

「タリス、アリシヤさん。至急、旅の準備をしてくれ」


城で訓練に励んでいたタリスとアリシヤの元へ駆けてきたリベルタが言った。


「緊急要請が来た。チッタの教会の神父・インノ様からだ」

「チッタ…」


タリスが小さく呟いた。その顔には緊張が走っている。リベルタがタリスを見据える。


「タリス。行けるな?」

「ええ。大丈夫です」


タリスは硬い声で答えた。


二人は家に戻り、大きなカバンに衣服や食料などを詰め込んだ。

チッタの街は遠い。王都から歩いて五日はかかるだろう。

準備を終えたアリシヤは二階の自室から、一階へ降りる。

階下で、開店の準備をしているセレーノが複雑そうな表情でアリシヤを迎えた。


「アリシヤちゃん。タリスに聞いた。チッタの街に行くのね」


アリシヤは頷く。


「あのね、アリシヤちゃん」


そこで、セレーノは一度言葉を区切る。

口元をきゅっと閉め、そして、次には顔を上げる。


「…タリスをお願いね」


理由は分からない。

だが、セレーノの表情が、その願いの切実さを物語っていた。

アリシヤは、先ほどのタリスとリベルタの会話を思い出す。

タリスの緊張した面持ち、硬い声。

アリシヤは、セレーノを見据えて深く頷いた。


***


チッタの街への旅が始まった。

リベルタ、タリス、アリシヤ、それから意外な人物がもう一人。


「なんでお前がいるんだよ」


タリスが表情をしかめる。


「私がいたら悪い?」


ロセが凛とした声で言い放った。


旅の道中、ロセが説明をしてくれた。

これから行くチッタの街は、鉱山の街。

かつて、魔王に襲われ住人が皆殺しにあった悲劇の土地である。

だが、今では復興を遂げ、教会を中心とした街として生まれ変わったという。

今ではこの国の大切な拠点となる土地だ。


「その教会にいた、記録師様が誘拐された」

「記録師…」


話には聞いたことがある。この国の史記を記す重要な役割だと。

だが、詳しくは知らない。

そんなアリシヤに「仕方ない」などといいながらもロセは丁寧に捕捉を加えてくれる。


記録師はアリシヤの知った通り、この国の史記を記す重要な役割。

彼らはこの国に使えるとともに神に仕える身だという。


「神託を受けるのも彼らの役割なの」


ロセは言った。神託とは、この国の行く末を左右する神の言葉である。

例えば、魔王が現れることを示唆したり、勇者の居場所を明らかにしたりする。

 

記録師は、神に身をささげしもの。

生まれた時から教会で育ち、俗世に出ることはない。

その記録師が、今回誘拐されたというのだ。


事の次第の大きさにアリシヤは息を呑む。

リベルタに緊急で集められたのも頷ける。


「軍隊を動かして大ごとにはしたくない。そういったインノ。教会の司祭ね。彼の計らいからあなた達が選ばれたわけ」

「なるほど」


アリシヤは頷く。その横でタリスが眉間にしわを寄せる。


「じゃあ、なんでお前もついてくんだよ」

「教会の事をあなた達に任せっぱなしにできるはずないじゃない」

「つまり見張りかよ」


タリスが、けっ、と言い放ったのをリベルタがなだめる。


「いやでも、正直ロセさんがついてきてくれて助かるよ。教会に知り合いがいるんだってな」

「ええ。そうです」

「動きやすくて助かる。ありがとう」

「どういたしまして」


ロセの言動がそっけない。

前から思っていたが、ロセはリベルタに対してなんだか冷たい気がしなくもない。

愛読書は『勇者伝説』だと言っていた。

てっきり、アリシヤと同じくリベルタに憧れを抱いているのだと思っていたのだが。


そこで、アリシヤは思い出す。

ロセの父親は、この国の二大勢力のうちの一つ、ジオーヴェ家の家長だ。

そして、リベルタはもう一つの勢力サトゥルノ家の家長であるアウトリタ直属の部下だ。

そういえばリベルタはジオーヴェ家の者から嫌われていると言っていた。


何とも難しいものだ。


もしかすると、タリスとロセとが仲が悪いのもそういった派閥問題なのだろうか。

普段、子供の喧嘩を見守るような気持ちでいたが、根底は根深いのかもしれない。

思ったより深刻な問題なのか。

そんなことを考えるうちに一日目の日が暮れた。


「今日はこの町で宿を取ろう」


リベルタの言に従い、宿場町であるプリモの町で休むことになった。

そして、思っていた問題はさほど深刻ではないことを知る。


***


「アリシヤちゃんをこのまま行かせるわけにはいかない」

 

タリスが、深刻な顔でアリシヤの右腕をつかむ。


「こんな猿放っておいて早く部屋に行きましょう。アリシヤ」

 

ロセが、嬉しそうにアリシヤの左腕をつかむ。

宿屋のロビーで謎の修羅場が始まってしまった。

本当に訳が分からない。

 

宿屋に付くと、リベルタは慣れた様子で部屋を二つ取ってくれた。

リベルタ・タリスの男部屋と、ロセ・アリシヤ二人の女部屋だ。

まあ、納得のいく分け方だろう。

だが、それに異を唱えたのはタリスであった。


それから今の状況である。


タリスは紳士である。この分け方を真っ先に推しそうなのは彼なのだが―

アリシヤは謎の状況に思わずリベルタに目線を送る。

これはなんでしょう、と。

それに気づいたのか、リベルタが苦笑する。


「あのな、アリシヤさん。タリスは過去何度かロセさんに彼女を取られてるんだ」

「彼女を…取られる?」


アリシヤの顔が疑問に染まる。彼女を取られる。ロセは女性だ。

うむ、なるほど。そういうことか。

納得しかかったアリシヤ。そこでロセが反論を唱える。


「人聞きの悪いこと言わないでください。私は、この浅はかな男から美少女を保護しているんです。そんな略奪なんてしていません」

「嘘つけ。俺の彼女口説いてたくせに」


タリスが恨みがましそうな目でロセを睨む。


「美しいものを褒めたたえて何が悪いの?」


ロセはしたり顔である。アリシヤはふっと気づく。


「まさか…お二人が仲が悪いのって」


アリシヤの言葉に反応したタリス、ロセが言い放つ。


「こいつが俺の彼女を奪ったから!」

「この男が美少女を誑かしたから!」


完全に声はかぶっていたが、お互いの言いたいことは分かった。

アリシヤは脱力する。

お家問題などといった大きな問題ではなく、ただの私情だった。


「アリシヤ?何かしらその顔は」


ロセに問われてアリシヤは力なく笑う。


「はい…なんか、良かったなって」

「全然よくないよ、アリシヤちゃん。こいつと同じ部屋なんて危なすぎる」


タリスの言葉に、ロセが鼻を鳴らす。


「あなたみたいな野蛮な人と同じにしないで。ちょっと頬っぺたぷにぷにするだけ」

「ほら危険だ!」


あれこれともの言いたげなタリスを何とかなだめ、リベルタがタリスを引っ張っていく。

それを見送りアリシヤはロセと部屋に向かう。

部屋に入る前、前を行くロセがふっと振り返る。


「私そんな危ない人間じゃないから」

「あ、はい。危ないと思ったら何とかします」

「そのたくましいとこ嫌いじゃないわ」


***


風呂から上がり、寝室に戻ると先に上がったロセが寝支度をしていた。

いつも二つにくくられている金の髪が下ろされ、大人っぽい。


「ロセさん、髪を下ろすと雰囲気変わりますね。大人っぽいです」

「あら、ありがとう」


部屋には二つのベッドと、簡素な書き物机が一つ、置かれている。

椅子もないものだから、ベッドに腰を掛ける。

すると、ロセがアリシヤの隣に並んで座ってくる。


「ロセさん?」


ロセはアリシヤをじっと見据える。

猫のような青い瞳にアリシヤが映っている。

と、ロセがアリシヤの頬に手を伸ばす。

ふにゃりと頬をつかまれそのままぷにぷにと揉まれる。


「ひょ。りょせさん?」


ロセは何も答えない。真顔である。

しばらくすると満足したのか、ロセが手を離す。

だが、その顔は晴れない。何だったのだろう。


「アリシヤ」

「はい、なんでしょう」


ロセはなかなか話を切り出さない。

が、意を決したように顔を上げるとアリシヤを見つめる。


「今回、記録師を誘拐した犯人。勇者様やあの男には言わなかったけど、だいたい見当がついてるの」


アリシヤは身構える。仕事の話だ。

神妙に頷く。


「チッタの街のすぐそばに大きな森がある。そこには悪魔が住んでいると言われている」

「悪魔…ですか」

「そう。その悪魔は赤い髪と赤い目を持つ男」


目を見張る。

自分、そして魔王以外に赤い目と髪を持つ人間がいるのだ。


「街の人間はその男を恐れている。司祭のインノですら恐ろしくて、手が出せずにいた。それで今回の記録師様の誘拐」

「だから、魔王を打ち倒した勇者様が呼ばれたのですね」

「そう。それで―」


ロセが一呼吸置く。


「チッタの街では、赤色に対して、ひどい偏見がある。この国ではみんなそう。だけど、あの街は異常なほど赤を恐れている」

「…はい」

「だから、あなたは辛い思いをするかもしれない」


アリシヤは頷く。


「帰ってもいいの。あなたにはそれを選ぶ権利がある」

「ありがとうございます。ロセさん」


だけど。アリシヤは決めたのだ。

“真実”を教えてくれるルーチェはもういない。

だったら、自分でそれを探そうと。

そのためには赤い髪の男に会わなければならない。

会って確かめたいことがたくさんある。


「それに、お仕事ですから」


あけっらかんとアリシヤが言うと、ロセが苦笑する。


「それもそうね」

「はい。勇者様が今回、私をこの任務に連れてきてくれたということは何かお役に立てることがあるんじゃないかと信じています」

「…アリシヤ」


ロセの笑顔が寂しそうに見える。


「もし、信じられなくなったら私のところに来なさい」

「信じられなくなったら…?」


なにを言われたのか、よくわからなかった。

役に立てることがあると信じられなくなったら。それとも―。

ベッドサイドにかけた手をきゅっと握る。


「…今日は、もう寝ましょうか」

「はい」


アリシヤは布団に潜り込む。

目を閉じて、今までのことを思い返す。


チッタの街にいる赤い髪に赤い目の男。

魔王と、そしてその残党のエーヌの民と関わっているのか。

図書室の本の中で見かけた赤の民・コキノの一族と関係があるのか。

そしてフィアとの話に出てきた彼女の友人エレフセリアとのつながりは。


聞いてみたいことがたくさんある。

そうすればルーチェの言った、そしてフィアの言う“真実”に近づける気がする。


だが、冷静になれ。今回の仕事は誘拐された記録師の救出だ。

その赤の悪魔と言われている人物が関りない可能性も十分ある。


仕事を果たす。

胸に誓い、アリシヤは眠りに落ちた。

閲覧いただきありがとうございました。

次回「赤への偏見」です。よろしくお願いします。


ツイッター(@harima0049)で更新情報を呟いております。よろしければどうぞ。

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