第六章 勇者の盾6-2
それから五年がたった。
スクードは何度もディニタから逃れようとした。
殺そうともした。
いずれも失敗に終わった。
厳しい折檻を受けるうちにスクードの心は凍っていった。
何をやっても無駄なのだ。
自分はスクード。ただの勇者を守る盾。
そして勇者を守り抜き、魔王を倒した後、ある使命を果たす。
そのための道具だ。
彼と出会ったのはそんな時だった。
ついに魔王が復活した。
その知らせを受けて、ディニタとスクードは、王都へ向かう。
城の中の玉座の間。
ここで、スクードが守るべき勇者と出会う。
勇者に選ばれたのは、スクードより一つ年下の少年だという。
亡くなった両親の代わりに育ててくれていた祖父と離れ、この王都で修業をしていたらしい。
だが、スクードはそんなことに興味はなかった。
その人間を守ること、それだけがスクードの興味であり、存在価値であった。
「はじめまして。俺はリベルタっていうんだ。これからよろしくな。スクード!」
白髪に褐色肌の勇者の少年は屈託なく笑った。
碧い瞳がどこまでも澄み切っていた。
***
戦場で、町で、宿で、スクードは常にリベルタと行動を共にした。
だが、スクードはリベルタに興味はなかった。
反対にリベルタはスクードに興味津々の様だった。
「なあ、スクードって本当の名前じゃないんだろ?名前なんて言うんだ?」
「なあなあ、スクード。お前好きな食べ物あるか?俺料理得意だから何でも作れるぞ!」
なあなあなあなあ、とリベルタは煩い。
スクードは質問に答えずいつも無視していた。
そのうち諦めるようになるだろうと思っていた。
だが、リベルタは中々にしつこい。
ある晩のことだった。久々の野宿ではない屋根のある施設での休み。
ディニタは用事にと、外出していた。
だから、スクードも気が緩んでいたのだろう。
「なあ、スクード。スクードはこの役目が終わったら何するんだ?」
リベルタに問われ、スクードの頭の中にふっと過ったものがあった。
「…母の墓を作る」
自分とともに逃げようと言ってくれた母。
彼女の墓は作られることはなかった。
感傷に飲まれまいと顔を上げたスクードの目に、キラキラと瞳を輝かせたリベルタが映る。
何だろう。
怪訝に思ったのもつかの間、リベルタが興奮気味に言う。
「やっと答えてくれた!」
「え」
スクードははっとする。先ほどの願い、口から洩れていたことを今更ながらに自覚したのだ。
思わず口元を抑える。
「ずっと返事くれないから、俺、嫌われてるのかと思ってた!」
しかたないのでスクードは答える。
「嫌いではない。だけど、興味がない」
「え、それ余計酷い」
リベルタがしょんぼりと肩を落とす。
まるで犬のようだ。スクードは思う。
尻尾を振ったかと思えばしゅんとする。
面白い生き物だ。
リベルタが目を見開く。何をそんなに驚いているのか。
「スクード…お前、笑うんだな」
リベルタの言葉に今度はスクードが驚く。
母が死んだあの日から笑顔は忘れたはずだった。
なのに―
「スクード。お前笑った方がいいぞ」
真面目な顔でリベルタが言う。
「普段目つき悪いし怖いけど、笑ったら綺麗な顔だ。女の子にモテそう…!」
「そうか」
「そうだよ!?剣も強くて頭もよくて顔もいいのか!?羨ましいぞ、スクード!」
リベルタの拗ねたような表情がおかしくて、今度は自分で気づくぐらいに笑ってしまった。
そこからはスクードが口に出してしまった願いの話になった。
「母さんの墓を作りたい、かぁ…。スクードも母さん亡くなってるんだっけ」
「お前もだったな」
「うん。けど、俺が生まれた時に亡くなったから。俺、母さんの事、全然知らないんだ」
リベルタは困ったように笑う。
「なあ、スクード。スクードの母さんはどんな人だった?」
問われてスクードは言葉に詰まる。
今まで忘れようとしてきた母の記憶が沸き上がってくる。
暖かな手。やわらかい声。スクードを慈しむ瞳。
「優しい人、だった」
「スクード…?」
「悪い、俺はもう寝る」
あまりにもおかしな話の切り方だったと思う。
だけど、こうするほかなかった。
スクードは逃げるようにベッドに転がりシーツにくるまる。
「大丈夫か?体調でも悪いのか?」
そういってリベルタはベッドまでのぞき込んできた。
だが、そこで気が付いたのだろう。
おやすみ、と言ってそのままそっとしておいてくれた。
シーツの中でスクードは泣いていた。
とっくの昔に枯れ果てたはずの涙が溢れてきた。
リベルタとの話の中で蘇ってしまったのだ。
忘れたい。それでいて忘れたくない母との思い出が。
その日、スクードは夢を見た。
「逃げましょう」
そういって手を伸ばしてくれる母の夢だった。
***
その日を境に、スクードの喜怒哀楽は徐々に息を吹き返し始めた。
「どうだ?うまいだろう」
リベルタが両手を腰に当てて胸を張る。
リベルタが作ったオムライスを完食し、真顔でスクードは言う。
「そうだな。お前の剣の腕はノミ並みだが、飯を作りの腕は人間レベルだ」
「え、人並み?結構自信あったんだけどなぁ」
尻尾の垂れた犬のようなリベルタにスクードは笑いかける。
「なんてな。うまいよ。今まで食べたものの中で五本の指には入る」
「やったぁ!」
「褒められたら即尻尾を振るなんて…やっぱりお前は駄犬そのものだな」
「ひでぇ言い草だ」
リベルタは頬を膨らませる。
スクードは己が微笑んでいることに気づいている。
リベルタと話しているのは楽しい。
今はそう自覚していた。
ある日の魔王軍との戦いでのことだった。
チッタの街。
鉱山で発展した豊かなその街は戦場と化していた。
死体があたりに転がっている。
燃え盛る火の中で、二人は剣を手に敵を薙ぎ払う。
魔王軍はどこか戦闘慣れしていないようだった。
幼い頃から訓練の日々を送っていたスクードにとって切り倒すのは造作もないことだった。
また、リベルタも相当な剣の腕をしていた。ディニタが指揮を執り二人は戦場で舞う。
と、スクードは目の端に二人の子供の姿を捉えた。
小さな弟を、身を挺してかばう姉。
魔王軍の者が剣を振りかざす。
とっさに足が動いた。
自分でもおかしいと思った。
自分はこうするべきではないと。
だが、弟をかばい震える姉。
それを見過ごすことがスクードにはできなくなっていた。スクードは心を取り戻していた。
子供たちの前に身を差し出す。
死んだな。
そう思い目を閉じた。
あの使命を果たすなら、ここで死ぬのも悪くないと思った。
「スクード!!」
叫び声に目を開けると、子供をかばうスクードをさらにかばうようにリベルタが前に出ていた。
魔王軍の剣がリベルタの左肩を切り裂く。
「っ―!」
リベルタは苦痛に顔をしかめたが、次の瞬間には敵の腹を切り裂いた。
スクードは立ち上がり、怪我を負ったリベルタに群がる敵どもを一蹴する。
「クズ共が…!リベルタに近寄るな!」
敵軍が去っていく。ディニタはそれを用心深く確認している。
子供は守り切った。
だが、彼らはこの街の唯一の生き残りの様だった。
魔王軍は女子供関係なく、村ごと破壊する。
リベルタは子供たちと何か言葉を交わしている。
それを無視し、スクードはリベルタに近寄り、その背を思いっきり蹴った。
「痛ぇ!?何すんだよ、スクード!?」
「馬鹿野郎が!」
スクードは思い切り叫んだ。リベルタはあっけに取られている。
どうして怒鳴られているのか分からないのだろう。
それが余計に頭にくる。
「俺は勇者の盾で、お前は勇者だ!なのに、勇者のお前が盾である俺をかばってどうする!?」
「でも―」
「でもじゃない!お前は唯一無二の勇者だ!生きろ!生き延びろ、馬鹿が!!」
スクードは叫んで気付いた。これが自分の本心だと。
そして、胸が締め付けられた。
自分は使命を果たさなければならないのに。
唖然としていたリベルタがふわりと頬を緩めた。
怒鳴られたのに何を考えているんだこいつは。
苛立ちながら睨むスクードにリベルタは返す。
「分かった、生きる。生き延びてやるさ!でもさ、スクード。俺はお前に隣にいて欲しいなぁ」
「は?何言って…俺はただの盾だ。ただの道具だ」
「違うだろ?お前は俺の唯一無二の友達だ。生きて、生き延びてくれよ、スクード」
先ほどの自分の言葉を反復させたようなリベルタの言葉。
スクードはうまく返事を返せなかった。
気付いてしまった。
もうただの道具ではいられないことに。
リベルタを大切に思い、そして、彼に大切に思われている自分に。
そしてそれが嬉しいと思う心に。
「分かったよ…」
「ありがとう、スクード」
リベルタは屈託のない笑みを見せた。
その様子をディニタがじっと見ていたことをスクードは見て見ぬふりをした。
***
その晩のことだ。
スクードはディニタに呼び出された。
宿屋の裏の狭い路地。
乾いた夜の空気が肌を刺す。
ディニタの平手がスクードの頬に飛ぶ。
スクードはいつものように死んだ目でそれを受ける。
ディニタの顔が苦し気に歪む。
「勇者に感情移入をするなとあれほど言っただろう」
スクードは何も答えない。
口答えするとまた暴力が待っているだけだ。
「忘れるな。お前の使命は勇者を守ること。そして…。言ってみろ、スクード」
ディニタに言われスクードは口を開く。
「魔王を倒した勇者を殺すこと」
何度も言わされた自身の使命。
だが、その言葉がどれほど恐ろしい意味を持っているのか今までは考えもしなかった。
「そう、それでいい」
ディニタはそう言い、用事があると宿屋から離れていった。
部屋に戻ると、リベルタがぎょっとする。ディニタの平手の跡がついているのだろう。
「…大丈夫か?」
スクードは頬に手を当てる。
「ああ、これくらい大丈夫だ」
「違う」
リベルタの蒼い目がスクードをのぞき込む。
「お前、泣いてるぞ」
「え」
言われて始めて気づく。
頬に涙が伝っていた。
乱暴に目元をふき取るが、涙は溢れてくる。
慌てふためくリベルタは何ともおかしい。
面白くって、それでいて、暖かい。
殺したくない、殺したくない、殺したくない!
スクードの心は叫んでいた。
自分は使命を果たさなければならない。
リベルタが魔王を殺せば次は自分が勇者であるリベルタを殺さなければならない。
涙が止まるまで、リベルタは傍にいてくれた。
はじめは涙が泣き止むようにと面白い話をしようとしたりなどしていたが、そのうち諦めたようだ。
黙って側にいてくれた。
それがどれだけ嬉しかったか。
先に寝こけてしまったリベルタの寝顔を見て呟く。
「生き延びてくれ」
スクードはリベルタの頭をそっと撫で、自身も目を閉じる。
使命を果たしたくない。
ならばどうすればいいか。分かっている。
自分が死ぬのが一番手っ取り早い。
だが、リベルタの言葉が耳の奥で響く。
『お前は俺の唯一無二の友達だ。生きて、生き延びてくれよ、スクード』
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