第六章 勇者の盾6-1
アリシヤの誕生日パーティ。盛り上がってすっかり深夜になってしまった。
アリシヤは、二階から毛布を持ってきて、酔いつぶれてしまったタリス、ロセ、セレーノにそれを掛ける。
「ありがとう、アリシヤさん」
リベルタが優しく微笑む。
先ほどからかなり飲んでいるというのに、全く酔う気配のないリベルタ。
カウンター席で二人は隣り合って話す。
「お酒、強いんですね」
「アリシヤさんこそ。酒飲むのは初めてか?」
「はい」
「初めてでそんなに飲めたら上出来だ」
それからしばらく、たわいない話をしていた。
城の設備の話や、アウトリタの話、かつての剣聖の伝説。
だが、リベルタがふっと何かを思い出したようだ。
「そうだ。アリシヤさん。アリシヤさんに言っておかないといけないことがあるんだ」
「なんですか」
「酒の席でいうことでもないんだが」
アリシヤはリベルタの言葉に身構え、ごくりと息を呑む。
「実はな、最近、赤い髪の少女を探している人物がいるらしい」
「それって、私の事ですか?」
「ああ。向こうはアリシヤさんの名前も知っているようだ」
驚くアリシヤであったが、リベルタによると、エルバの村を救った英雄としてアリシヤの名はそれなりに噂になっているらしい。
「だから、今後、気を付けるように」
「わかりました」
アリシヤは深くうなずく。
噂になってしまってる以上、これまでよりもはるかにアリシヤを狙う輩は増えるのかもしれない。
そう思うとぞっとする。
「その人物って、どんな人なんですか?」
アリシヤは尋ねる。
すると、リベルタの表情がかげる。珍しいことだ。
リベルタは口を開く。
「それが、そいつ。スクードを名乗っているらしいんだ」
「スクードって…」
「そう。勇者の護衛で、俺の大切な相棒だ」
だが、スクードは―。アリシヤは首をかしげる。
「でも、スクード様は、魔王の城で」
「そうだ。死んでる。だけど、俺はその死期を見たわけじゃない」
おそらくは、その人物はスクードを名乗る誰かだろう。
リベルタはそう付け加える。
「だけど…だけどな」
「リベルタ様?」
リベルタがふっと顔を上げて照れ臭そうに笑う。
「なんだか、期待してしまって」
「え」
「もし、本当にスクードだったら、すごく会いたいんだ」
素直な気持ちなのだろう。表情からそれがわかる。
はにかんだような笑顔に嬉しそうな声。
アリシヤは微笑む。
「私を目指してきているんだったら、会えるかもしれませんね」
「ああ。そうだな」
リベルタはグラスを持ち、酒を煽る。
「もし、今の俺にあったら、アイツはなんていうかなぁ」
「褒めてくれるんじゃないですか?」
「それはないかな。きっと昔みたく口汚く罵ってくるだろうよ」
***
「クズ共が」
王都から離れたデセルトの町。
町はずれの森の中、複数人の山賊を薙ぎ払ったスクードはそう吐き捨てた。
かぶっていたフードを下ろす。
今日はここで野宿をしようと思っていたのだが、あたりに山賊どもの血が散布しており気分が悪い。
スクードは少し離れた場所に移動し、火を起こす。
あたりは静かだ。火の音。虫の声。川のせせらぎ。
この静けさ。故郷のことを思い出す。
スクードはゆっくりと息を吐き、目を閉じた。
***
スクードが生まれたのは、北の都市ノルドの街だった。
父親は代々続く街の城主でスクードの一家は裕福な方だった。
それでも、スクードは、街の子供たちと遊び、時にやんちゃをし、親に怒られる、ごく普通の子供だった。
スクードの生活が一変したのは九歳の時だった。
スクードには兄がいた。
国中を旅し知恵を蓄えた賢い兄だった。
彼の名はディニタといった。
スクードとは十歳年が離れていたがディニタはスクードを大切にしていたし、スクードもまたそんな兄が大好きだった。
ある日の事だった。ディニタは家族の前でこういった。
「僕は賢者に選ばれた」
来るべき魔王の復活に向けて、若いディニタは“賢者”として勇者を導く役割を与えられたのだ。
「そして、勇者の盾“スクード”に選ばれたのはお前だ」
そういってディニタは幼いスクードの手を取った。
それからはスクードにとって地獄のような日々だった。
仲の良かった友人との縁を全て切られ、毎日、勉学と剣術ばかりをさせられた。
泣いていやがっても、もう体が動かないと訴えても、ディニタは聞いてくれなかった。
優しい兄はいなくなってしまった。
スクードは泣いた。
毎日毎日、自分の部屋で泣いて眠った。
だが、その頃のスクードには一つ、心の支えがあった。
暗い部屋の中、スクードは目を真っ赤に腫らして泣いている。
「入るね」
優しい母の声。彼女は、ベッドサイドに座りスクードを優しく抱きしめた。
「また泣いているのね。かわいそうに」
スクードにとって母だけが心のよりどころだった。
もともと無口な父は何も言わなかったが、母だけはこうしてスクードを慰めてくれた。
彼女はスクードが“スクード”という役割を与えられたことがどれだけ苦痛か分かってくれていた。
だから悲劇が起こったのだ。
ある晩のことだった。
「逃げましょう」
彼女はスクードに言った。
二人は走った。北の街の冬は寒い。
凍てつくような風の中、二人は走って走って逃げた。
行く当てもないまま、運命から逃れるために。
森の中、走り疲れた二人は木陰で休憩を取る。
極度の緊張と疲労で、スクードの瞼は下がってきていた。
その様子を彼女は優しく見守っていた。
「大丈夫よ。私がいる。ゆっくりお休み」
彼女はそういった。スクードは母の腕に抱かれて暖かに眠った。
次に目が覚めたら、いつもの部屋のベッドの上だった。
そこからは何も変わらない日々が始まった。
朝から勉学剣術を仕込まれる毎日。
母と逃げたあの時間は夢だったのだろうか。
スクードはそう思った。
そして夢であったらどれほどよかったのだろうと思った。
変わらない日常の中、変わったことが一つ。
大好きな母がいなくなっていた。
スクードは兄であるディニタに聞いた。
「お母さんは?」
「殺した」
ディニタは短く答えた。
それ以来、スクードはディニタのことを兄と思ったことはない。
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次回から子ベルタ(子供のリベルタ)が出てきます。よろしくお願いします。
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