第五章 一五歳の誕生日5-3
アリシヤはふらふらと、王族の庭園を後にする。
眠気はとうに飛んでしまった。
残ったのは、寒気と恐怖。
フィア女王の友人。
赤い髪を持ったエレフセリアという人物。彼らが担った役割。いずれ告げられるという真実。
何かが揺らいだ。
自分は髪が赤いだけのただの人間のはずだ。
なのに、どうしてフィア女王と関りがある?
フィア女王の言う真実とルーチェが持つ真実が一緒だったのなら、ルーチェは何者だったのだ?
そして―“私”とは何だ?
何も知らない。私は私のことを全く知らない。
中庭を後にし、東棟に入る。いつもの石の階段がぐにゃりと歪んで見えた。
恐ろしい。
“私”は本当に人間なのだろうか。
何か恐ろしい化物なのだろうか。
「アリシヤさん…!」
重心が、急に上に上がるのを感じる。
「ふぅ、セーフ…。大丈夫か?」
その声にハッとする。意識がはっきりとする。
どうやらリベルタに抱えられている。
「…勇者様?」
「階段から落ちたら大怪我するぞ」
リベルタに降してもらい、話を聞くとアリシヤはふらつき階段から真っ逆さまに落ちそうになっていたという。
「た、助かりました…!ありがとうございます」
アリシヤは慌てて頭を下げる。
リベルタがいなければ大惨事になっていただろう。
「ああ。それより顔色が悪いな。大丈夫か?」
「大丈夫です」
アリシヤは笑って答えた。
そして気づく。ああ、確かに嘘をついているとき笑っているなと。
***
リベルタとともに休憩室に戻ると、タリスとロセが駆け寄ってくる。
「アリシヤちゃんどこ行ってたの!?」
「え、ちょっと中庭に空気を吸いに」
「急に消えたからびっくりしたじゃない!」
「言いましたよ」
頬を膨らませるロセに、心配げにこちらをのぞき込んでくるタリス。
タリスの緑の瞳と目が合う。
「顔色、更に悪くなってるね」
「いえ、そんなことは―」
「ほら。笑ってる」
「そうかもしれません」
笑顔でそういった。途端、目の前が霞む。
「あれ?」
気づけば涙があふれていた。
ぼろぼろと大粒の涙が目からこぼれ落ちる。止めたいのに止められない。
「ごめんなさい」
「いいの。でも何があったか教えなさい」
ロセがアリシヤの肩をそっと抱く。
タリスの方に向けてしたり顔をしているのが見えて、アリシヤは泣きながらも思わず笑ってしまう。
緊張がほぐれていく。
うまく話せるかどうかわかりませんが…」
アリシヤは話した。ルーチェの事。一五歳になったら真実を教えてくれると誓ったこと。
今日は一五歳の誕生日の事。
さすがにフィアのことは言えなかった。
口に出すのが恐ろしいことのような気がして。
「私はちゃんと人間なのかな、なんて思ってしまって。でも、もう大丈夫です」
「アリシヤちゃん、また笑いながら嘘ついてる」
タリスの苦笑にアリシヤは思わず口元を押える。
どうやら本当にそういう癖のようだ。
アリシヤは観念して口を開く。
「…ごめんなさい。本当はすごく不安です。“私”は何者なのか。どういった生き物なのか。本当は魔王のような化物なのではないか。」
「アリシヤさんは人間だよ」
答えを返してきたのはリベルタだった。
見上げるとリベルタがにこりと笑う。
「そして、俺の仲間だ。大丈夫。アリシヤさんが何であろうとも、俺は見捨てたりしない」
リベルタの力強い言葉に、アリシヤの目からまた涙が落ちる。
タリスがずいっとリベルタの前に出る。
どこか拗ねたような表情だ。
「それでいて、僕と姉さんの家族だから…!」
勇者様だけじゃないから…、と頬を膨らませる。
「また勇者様にいいとこ取られた」
「え?悪い…?」
「無自覚なんですよね!?知ってた」
タリスとリベルタの掛け合いの中、ロセがアリシヤから顔を逸らす。
「貴方は…私の…その、友達…でもあるわ」
「え?お前、アリシヤちゃんと友達なの?」
「そうよ、何度も言ってるでしょ?」
また、タリスとロセが喧嘩を始めた。
ああ。
アリシヤは思う。
自分が何であれ、この人たちのおかげで“私”は“今の私”として成り立っている。
今まではルーチェという拠り所だけが自分を証明していた。
それを失って揺らいでいた自分がいたことに今更気づいた。
「あの」
アリシヤの涙声に三人が顔を上げる。
「ありがとうございます」
心からの笑顔でそう言えた。
***
その後、アリシヤがタリスとロセに怒られたことが一つ。
「何で誕生日って教えてくれなかったの!?」
「どうして誕生日と言わなかったの!?」
と、言うことで、皆の休みが重なった今日。
アリシヤの誕生日パーティが行われる。
場所は、今のアリシヤの帰る場所。酒場“オルキデア”である。
今日は貸し切りだ。店主でありタリスの姉・セレーノはご機嫌に料理を用意している。
「アリシヤちゃんの誕生日なんて張り切らずにはいられないわ」
「セレーノさん。やっぱり手伝います」
「今日の主役が何を言ってるの。アリシヤちゃんは座って楽しみにしておくのが仕事なの」
そういわれて、アリシヤは大人しくカウンター席に座る。
パーティは午後六時から。
今は午後五時だ。あと一時間。
パーティなんて初めてだ。
いや、あれもパーティだった。
アリシヤの誕生日の日だけ、ルーチェはアリシヤに何でも好きなものを買ってくれた。
アリシヤは遠慮していつも一つだけ、好きなものを買ってもらっていた。
幼い頃はおもちゃだったり、本だったり。
だが、あることに気づいてから食べ物を選んだ。
去年の誕生日の事を思い出す。
「毎年言っているが…他の物でもいいんだぞ。髪飾りやペンダントなんかでも」
「いいの。だって食べ物だったらルーチェと一緒に食べられるから」
「そうか?」
「そう。それに」
アリシヤは俯く。
「こうやってルーチェと食卓を囲めるのもあと一年でしょう?」
「…まだ、一年あるさ」
そういってルーチェは優しく微笑んだ。
ある年から気づいてしまったのだ。
アリシヤの誕生日とはルーチェと別れるまでのカウントダウンだと。
だから、少しでも楽しい時間を分かち合いたくて、二人で楽しめる食べ物にしていた。
ささやかだが楽しいパーティ。
アリシヤは天井を見上げた。
そうしないと涙がこぼれそうだった。
午後五時半。
オルキデアに駆け込む者がいる。
フリルとリボンのたくさんついたモノクロの服を着る少女。
手には大きな紙袋を抱えている。
一瞬誰か分からなかった。だが—
「ロセさん!?」
普段の大人しい城の制服とは一転。
いわゆるゴスロリファッションというやつだ。
驚きの隠せないアリシヤに対して、セレーノは目をキラキラさせている。
「あらあら、この子が噂のアリシヤちゃんのお友達?」
嬉しそうなセレーノに、ロセはぺこりとお辞儀をする。
「はじめまして。ロセと言います」
「ロセちゃん。よろしくね。私はセレーノ」
「よろしくお願いします」
「アリシヤちゃんからいつも話は聞いているわ。とっても美人のお友達ができたって。お会いできて嬉しいわ」
セレーノから放たれるキラキラオーラ。
タリスと似たところがあるが、大丈夫だろうか。
一瞬不安に思ったアリシヤだったが、杞憂に終わる。
「わ、私もお会いできて嬉しいです」
かすかに頬を赤らめ、ロセが俯きながら答える。
よかった。これなら喧嘩にはならなさそうだ。
照れていたロセが、ふっと顔を上げる。妙にきりっとした顔。
「ところでセレーノさん。着替えのできる部屋はありますか?」
「んー?アリシヤちゃん、お部屋貸してあげてもいい?」
「大丈夫ですよ。でもその服着替えちゃうんですか?」
せっかくかわいいのに、とこぼしたアリシヤにロセがにっこりと笑う。
普段見ない顔だ。
それでいて妙に威圧的。
「着替えるのは私ではないわ」
「え?」
「誕生日なのだから特別な服を着てもらわないと」
それから数十分。
「ろ、ロセさん。これはちょっと恥ずかしいです」
「あら、私の服は可愛いとほめてくれたのに?」
「ロセさんは似合ってるからいいんです…!」
「貴女もよく似合っているわ。胸を張りなさい。可愛いお洋服が台無しになるから」
そういわれて、アリシヤは「うぅ」とうなりながらも背筋をしゃんと伸ばす。
階下からセレーノの声がする。
「勇者様とタリス、着いたよー」
この格好で行くのは恥ずかしすぎる。
「ロセさんやっぱり」
「さあ行くわよ」
「え!?」
楽しそうなロセに手を引かれ、アリシヤは否応なしに階段を下る。
そこにはたくさんの料理とセレーノ、リベルタ、そしてタリスがいる。
「ど、どうも…」
アリシヤの今の格好。胸元にフリルのたくさん付いた、シャツ。
ハイウエストなレースのフレアスカート。
靴は今まではいたことのないようなリボンを纏ったパンプス。
と、セレーノがアリシヤに抱き着く。
「セレーノさん!?」
「何その服!?すっごい可愛い!」
セレーノはアリシアをぎゅっとした後、ロセの方を見る。
「ロセちゃんありがとう…!私も常々アリシヤちゃんに可愛い恰好をしてほしいと思っていたの!」
「私も思ってました」
「気が合うね。後で、話しましょう」
謎のタッグができてしまった。
薄ら恐ろしいものを感じながらも、ふと、目線をタリスにやる。
こんな格好をすれば、きっと似合う似合わないに限らず褒めてくれると思っていた。
うぬぼれだったようだ。ノーリアクション。真顔だ。
急に恥ずかしくなって、アリシヤはロセの手の裾をきゅっと掴む。
「や、やっぱり着替えます」
「似合ってるのに?」
リベルタがなんでもない風に首をかしげる。
この人はさらりとそういうことが言える人だ。
そして天然だ。
セレーノがアリシヤのもとを離れる。
かと思えば、タリスの背中を急にはたいた。
「あんた、女の子がかわいい格好してるんだから、反応ぐらいしたらどう?」
「い、いえ。セレーノさん、そんな無理には」
アリシヤがなだめる。似合っていないならコメントは不要だ。
タリスはふっと我に返ったようで慌てふためく。
「ち、違うよ!?すごく似合ってる!その…ごめん」
タリスが顔を逸らす。
「…あまりにも可愛いから、俺、うまく反応できなかった。ゴメン」
「へ?」
タリスの声に素っ頓狂な声を上げるアリシヤ。
タリスはいつか言っていた。自分は嘘が付けない質だと。
そして、タリスの本音が出る時の「俺」という一人称。
アリシヤは、ぼんっと音を立てて顔を真っ赤にする。
ロセが、小さく舌打ちをしたのが聞こえた。
リベルタは「若いなぁ」などと漏らしている。
「もう仕方ないなぁ。皆早く席について。パーティを始めましょう」
「はーい」
セレーノの声に皆で返事をする。パーティが始まる。
にぎやかな祝い。
アリシヤはその中で決意を固める。
もう、どれだけ待ってもルーチェは真実を告げてくれない。
フィアもいずれの時にしか真実をくれない。なら、もう待たずに自分で進もう。
お酒が入って、盛り上がる皆の顔を見渡す。
ロセ、リベルタ、セレーノ、タリス。
それからこの王都に来てアリシヤを形作ってくれた全ての人に感謝を込めて。
アリシヤは手元にあったグラスに口をつけ、くっと飲み干した。
そして盛大にむせる。
「これ、お酒ですよね!?」
「あら、ごめん。グラス間違えちゃった?」
セレーノが首をかしげた横で、ロセがふっと目を逸らした。
「ロセさん?」
「だって、アリシヤにも飲んでほしいじゃない!寂しいよぉ!」
声が大きい。酔っている。
それでもってアリシヤに抱き着いてくる。
「おいこら、ロセ。お前そこ、代われ」
そんなこと言うタリスもおそらく酔っている。
リベルタはいつも通りけらけら笑っている。
ロセとタリスにめんどくさく絡まれる。
だが、悪くない。いや、楽しい。
にぎやかな誕生日パーティは夜中まで続いた。
閲覧いただきありがとうございました。
これにて第五章一五歳の誕生日は完結です。次回から第六章勇者の盾が始まります。
物語の鍵を握る人物が登場します。よろしくお願いします。
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