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第一章 はじまり 1-2


「アリシヤ」

 

気が付けばアリシヤはルーチェに抱きかかえられている。

不思議だ。ルーチェがいつもより大きく見える。

否、自分が小さいのだ。

ルーチェの腕の中でアリシヤは丸くなる。

何よりも安心できる場所だ。


物心ついたころからいつもそばにいた。

血のつながりはなくとも、ルーチェはアリシヤにとって、親であり、姉であり、家族であった。

突如、ルーチェはアリシヤを隠した。

ルーチェの陰から見えるのは国の兵だ。


「見つかってはいけない。物語に組み込まれてしまうから」


そういったルーチェの頭から血が流れている。

その血はみるみる溢れ出しルーチェは肉片へと変わっていく。

アリシヤは金縛りにあったかのように動けない。

声も出ない。

ルーチェだった赤いものが地面に散らばった。


「…大丈夫ですか」

硬質な女の声で、アリシヤは目を覚ました。

「っ」

アリシヤは頭の後ろに痛みを覚える。

そして、自分の状況を思い出す。

が、あたりを見ようにも視界は真っ暗であり、手足も自由に動かない。

目隠しをされ、手足に錠がかけられているようだ。

やみくもに手足を動かしてみるが、金属音が空しく鳴るだけだ。


「手荒な真似は致しません。どうか大人しくしてください」


女の声に、アリシヤは従うようにじっとする。

やみくもに動いてもどうにもならない。

現状把握だ。今できることは何か。

目は使えない。だが、それ以外でもわかることはある。


アリシヤは耳を澄ます。

ガタゴトと音がする。感じる揺れから、ここは馬車の中であろう。

舗装されていない道を行っているのかひどく揺れが激しい。


先ほど手足をばたつかせても何とも接触しなかった。

広い空間。

この馬車にはさほど多くの人数は乗っていないのか。


なら、馬車の外に飛び出せばチャンスはあるかもしれない。

無謀な策を思いついたアリシヤの体に衝撃が走る。


「な!?」


体が九〇度傾き、そのまま地面に叩きつけられる。


「何事だ!?」


エーヌの女が声を上げている。

彼女らにとっても思いがけないことだったのだろう。

肩を打った。痛みが走る。視界も暗いままだ。

アリシヤの体を誰かが起こす。


このまま捕まってなるものか。

アリシヤは全力で暴れる。


「落ち着いて、お嬢さん。僕は君を助けに来たんだ」


深みのある青年の声。

場にそぐわないその声にアリシヤは眉をしかめる。

と、ともに視界が晴れた。


「ああ、綺麗な赤だね。髪も瞳も美しい」


茶色の髪の甘いマスクの少年がにっこりと笑った。

アリシヤは動揺する。赤い髪も、瞳も不吉の象徴でしかない。

それを美しいというなんて。

この男、どうかしている。


「ちょっと、タリス!ナンパしてないで早く応戦してくれよ!」


また別の男の声だ。

声の方を振り向くと、白く褐色肌をした男が、赤い面と戦闘をかわしている。

タリスは男の方に視線を向けず、アリシヤの枷を外しながら返事する。


「さっきまでどこか行ってた放浪癖の人には手を貸しませんー」

「悪かったって!」


謝りながら白い髪の男は赤い面と戦っている。器用なものだ。

アリシヤ達が乗っていた馬車の後ろに他のエーヌ達はついてきていたようだ。

わらわらと群がってくる。


「あー、この枷外れないなぁ」


茶髪の青年は諦めたように立ち上がる。


「大丈夫。君のことは守るからね」


そういって、剣を引き抜くと群がってくる赤い面を薙ぎ払った。

アリシヤは目を見張る。

茶色い髪の青年も、白い髪の男も恐ろしく強い。

あっという間に赤い面達が地面に伏していく。


「撤退だ!」


赤い面の誰かがそういった。

ぞろぞろと引いていく赤い面達。

彼らはエーヌの民を追うつもりはないらしい。

茶色の髪の青年がアリシヤを振り返る。


「大丈夫かい。お嬢さん」


お嬢さんなどそんな扱いを受けたことのないアリシヤは唖然としながら頷く。


「ありがとう、ございます」

「いいんだ。僕の名前はタリス。君の名前は?」


アリシヤは一瞬答えに詰まる。

普段、人にたやすく名前を教えてはいけないとルーチェに言われている。

だが、命の恩人だ。


「アリシヤです」

「アリシヤちゃん。とってもチャーミングな響きだね」


そういってタリスはウインクをした。そんな動作も似合ってしまうくらいイケメンである。


「悪いな、そいつそういうやつなんだ。適当に流していいぞ」


苦笑しながら二人のもとに歩み寄ってくるのは白髪褐色、そして蒼い瞳を持った男。

手に持った剣の柄には瞳と同じ色のサファイヤがはめ込まれている。

アリシヤは息を呑む。そのいでたちはまるで-


「アリシヤちゃん、紹介するね。彼は俺の上司。名はリベルタ。って、ここまで言ったらわかるかな?」


アリシヤはぎこちなく頷く。リベルタは剣を収め快活に笑う。


「そう、お察しのとおり。自分でいうのも恥ずかしいが“勇者”だ」


***


「セストの町の方面であってるんだよな」

「はい」


リベルタの問いにアリシヤは答える。アリシヤ、それからタリス、リベルタはその場を離れ、ルーチェのいた場所を目指していた。


どうか無事で。


アリシヤは祈りながら足を速める。

ずいぶん遠くまで運ばれていたようだ。

アリシヤ達が住む家が見えてくるまでに一時間はかかった。


森の方、アリシヤがルーチェと別れた場所。

そこには血だまりができていた。

ルーチェの姿はない。


「ルーチェ!ルーチェ!」


アリシヤは必死に呼びかけるが返事はない。

アリシヤが森へ足を踏み入れようとした時、先を行くリベルタがそれを制した。


「待て」

「え」

「アリシヤさん、戻れ」

「どうして」

「見ない方がいい」

 

リベルタの言葉の意味が分かった。

アリシヤがかまわず前に出ようとしたところを、リベルタが止めた。

アリシヤは、森の外へ連れ出される。


「そんな…ウソだ…」


アリシヤの目に涙が浮かぶ。

地面に膝をつく。

まだ、何も教えてもらっていない。

まだ、自分が何者かも知らない。

なにより、まだ一緒にいたかった。

傍にいて欲しかった。


「ルーチェ、なんで…っ!」


嗚咽をこぼすアリシヤにふわりと布がかぶさる。

タリスがかけてくれたようだ。

アリシヤは泣いた。涙を流したのはいつ以来だろう。

空が白み始めるまで、アリシヤの涙が止まることはなかった。


***


「ここです、ありがとうございました」


アリシヤは頭を下げる。

リベルタとタリス、二人はアリシヤを家まで送ってくれた。

扉を開ける。

だが、そこには誰もいない。

がらんとした空間が広がっているだけだ。


「アリシヤさん。誰かご家族の方は?」


リベルタの言葉に、アリシヤは首を横に振る。


「私の家族はルーチェだけでした」


そういってまた目頭が熱くなるのをこらえる。

リベルタが口元に手をやる。何か考えているようだ。

つかの間の後、リベルタが顔を上げる。


「アリシヤさん。王都に来るか?」

「王都に…?」

「ああ、そうだ」


ルーチェを失った今、頼りにできるものは何もない。

勇者であるリベルタの言葉はありがたいものだった。

だが、自分の生活、それよりもアリシヤを引き付けたものがある。


「王都に行けば、エーヌのこともわかりますか」


自身から放たれた暗い声。心の奥を表しているようだ。

ルーチェが殺された今、アリシヤを駆り立てるものは憎しみ。

エーヌの民に対する復讐心。


「…ああ、分かるだろうな」


リベルタは答えた。


「なら、お願いします」


アリシヤは頭を下げた。


「王都に連れて行ってください」


***


次の日にアリシヤ達は、セストの町を出た。


「行ってきます、ルーチェ」


アリシヤは小さく言葉にし、歩き出した。


セストの町から徒歩三時間。

海沿いのマーレの町に着く。そこからは海路だ。

船など乗ったことがない。

船に乗り込む道でアリシヤは、ごくりとつばを呑む。


「船、苦手?」

「いえ、乗ったことがなくて」


 そういうとタリスが手を差し伸べてくる。


「どうぞ、お嬢さん」


いちいちキザである。

アリシヤはその手を断り、船に乗り込んだ。


タリスの手を取ろうとした時、ふっと頭によぎったのはルーチェの事。

よく不安になった時に手を握ってくれた。その使い込まれた硬い手が懐かしい。

もう、その手はアリシヤの手を握ることはないのだ。


タリスとリベルタが、二人で話している。

アリシヤは甲板で海を見ながら頭を整理しようと試みる。

だけど、できない。最後のルーチェの姿が、赤い血が、頭にこびりついて離れないのだ。

ルーチェは何を言っていたっけ。


『物語に組み込まれるな』

『十五になったら好きに生きろ。何をしてもいいんだ』

『今を大切にしろよ』

 

ルーチェが繰り返していた言葉しか浮かばない。

焦燥感がアリシヤを襲う。

このまま、何もかも思い出せずに忘れてしまうのではないか。


「アリシヤちゃん」


軽い声に顔を上げると、タリスが横に立ち、大きく息を吸った。


「ほら、アリシヤちゃんも」

「は、はい」


つられてアリシヤも深呼吸する。大きく息を吸い、大きく息を吐き。

三度ほど繰り返したところで、タリスは優しく微笑む。


「よくできました」

「え」

「いいんだよ。アリシヤちゃん。君は今、息をして命を繋ぐだけでいいんだ。それ以外はいらない」

 

そんなわけにはいかない。

ルーチェのことを知りたい。

忘れたくない。

エーヌに復讐したい。


感情に任せて反論しそうになったアリシヤは止まる。

タリスの顔が、あまりにも切なげだったからだ。


「中、入ろう」

「…はい」


アリシヤは大人しく頷いた。


閲覧ありがとうございました。

次回「王都、到着」です。よろしくお願いします。

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