第四章 はじめての友達4-3
美味しい。
アリシヤは、セレーノが包んでくれたサンドイッチをほおばり、幸せなひと時を過ごしていた。
ここは中庭のはずれ。
多種多様な植物が美しく植えられた癒しの空間だ。
「ごちそうさまでした」
アリシヤは手を合わせて、食事を終える。
ベンチに座りながらふぅ、と息を吐いた。
カバンの中の黒いノート。これのせいで朝から妙に緊張してしまった。
アリシヤはノートを取り出し、じっと見つめる。
どうしたものか。
「あれ?アリシヤさん?」
声に振り返ると、白髪褐色肌の男が首から掛けたタオルで汗をぬぐっている。
「勇者様」
「今日、休みだろ?どうした?」
「少し、調べ物をしていて」
「へぇ!隣、座っていいか?」
アリシヤが頷くと、リベルタはアリシヤの横に腰を下ろす。
アリシヤは少し迷ったが、やはり上司であるリベルタに相談すべきだろうと思いいたる。
「勇者様。相談がありまして」
「お、なんだ?」
「実は―」
アリシヤは朝、このノートを発見したことから、自分の調べたことからの見解までを述べた。
リベルタはノートを捲りながら眉間にしわを寄せる。
「全く読めない」
「やはり、魔王軍…コキノの一族の文字なのでしょうか?」
「どうだろうなぁ…」
ノートを上に持ち上げたりしながら、リベルタはその文字を睨んでいる。
が、すとん、と手を下ろす。
「うん!考えてもわからんな!」
「へ?」
「魔王軍の文字ってさ、確認されてなくって解読不可なんだわ」
「そうなんですか!?」
「うん」
リベルタは首を縦に振る。
「だからさ、このノート。正直言って謎の文字が記されているだけのただのノートだ。はい、返す」
アリシヤはリベルタからノートを受け取り呆然とする。
なにか不味いものを発見してしまったと思ったが意味が分からなければただの紙束だ。
そんなアリシヤを見て、リベルタが笑う。
「だから、思いつめることなんてないんだぜ。アリシヤさん」
「ふぇ?」
「眉間に深ーい皺、寄ってたからさ。それはただのノートだ。まあ、今後何かあるかもしれないから取っといた方がいいかもしれないけどな」
全くこの人には敵わない。
アリシヤはふっと気が楽になるのを感じる。
リベルタと話しているとこういったことが多い。
やはりこれも勇者としての素質なのだろうか。
いや、彼の人柄によるものだろう。
「ありがとうございます。勇者様」
「ああ」
にこりと笑ったリベルタが、急に後ろを振り返る。
「勇者様?」
「あ、ロセか」
アリシヤも振り返ると、ロセが視線を外してどこかに向かおうとしているのが見える。
「おーい、ロセ。一緒に休まないかー」
リベルタが声をかけると、ロセは立ち止まる。
「結構です」
そういうと早足に東棟の方へ行ってしまった。リベルタが苦笑する。
「最近、視線を感じると思って振り返ったら、だいたいロセなんだよなぁ」
「そうなんですか?」
「ああ、というか俺じゃなくてアリシヤさんを見てるんだと思うが…」
「私、何かしちゃいましたかね」
アリシヤは寸の間考えるが、関わり合いを持とうとしてないため、何かをやらかしたということはないはずだ。
だったら何なのだろう。リベルタが口を開く。
「ロセは不器用なところがあるからなぁ」
親しみを感じるその言葉。アリシヤは尋ねる。
「勇者様はロセさんと仲が良いのですか?」
「いや。嫌われてるな」
神妙な顔でリベルタは答える。
確かに、図書室でのいつもの言動を見ていると好かれているとは思わない。
「あのな、ロセと俺は親戚なんだ」
「へ?」
「従妹だから仲良くしたいんだけどなぁ」
レシの国は今、二つの勢力が実権を握っている。
一つは王族派。
こちらはアウトリタ・サトゥルノを家長とするサトゥルノ家の派閥だ。
そして、もう一つが、教会派。
ヴィータ・ジオーヴェを家長とするジオーヴェ家の派閥。
教会派と呼ばれる所以はジオーヴェ家が代々教会に使える者たちだからだ。
「で、ロセは今のジオーヴェ家の家長・ヴィータの娘なんだ」
リベルタはヴィータの兄であるオネスタの息子である。
オネスタとその妻はリベルタが生まれたすぐ後に亡くなり、リベルタは王都から離れた村で祖父と暮らしていた。
「だから、従妹がいたなんて全く知らなかった」
リベルタは祖父と暮らしていたところを、神託を受け取ったアウトリタに迎えられ勇者としての修行を行うことになる。
「ここで一つ問題が。俺の生まれはジオーヴェの系列だが」
「育てたのは、王族派、つまりサトゥルノの系列だったんですね」
「その通り!」
ジオーヴェとサトゥルノ。
手を取り合って国を動かしているが、互いに敵対している。
「まあ、特例はあるが」
「特例?」
「ああ、昔、剣聖と呼ばれる二人組がいてな。それぞれ王族派と教会派だったが、仲良く戦ってたらしいぞ」
「へえ」
「ああ、話が逸れたな。俺の話に戻るが、俺はサトゥルノ家の者に育てられた」
そのため、リベルタはジオーヴェ家の者からは嫌われているのだ。
「それに、ロセは勇者候補でもあったしな」
「え」
「そう。もし俺がいなければ、幼いロセが勇者という役割を背負っていただろうな」
そのこともあってか、ロセは昔からリベルタに対して当たりがきつい。
子供の時から英才教育を受け、寝る間も惜しんで修行をしていたとリベルタは聞いている。
「まあ、だからと言ったらなんだが…」
リベルタが言葉を濁す。
「うん。ロセ、な。めちゃくちゃ人づきあいが苦手なんだ」
「へ?」
「ストイックすぎてなぁ。見たところ友達もいなさそうだし、心配なんだよなぁ」
そういってリベルタは頭を掻く。
従妹の兄として心配なところがあるのか、この人は誰の事でも心配するのか。
後者な気がしてならないが。
そこからしばらく世間話をし、リベルタがまた訓練に戻ろうと席を立つ。
「今度は私も訓練に誘ってくださいね」
「もちろん。タリスは嫌がるかもしれないけどな」
「どうしてですか?」
「『あんなむさいところに可愛い女の子であるアリシヤさんを連れていけない』って言ってたぞ」
アリシヤはくすりと笑う。
女の子扱いしてくれることが何だかくすぐったい。
「ありがとうございます。でも行きます、ってタリスさんにお伝えください」
「分かった。じゃあ、今日は休日楽しめよー」
リベルタは手を振って去っていった。
***
アリシヤもベンチから立ち上がる。
今日のところは帰ってセレーノの手伝いでもしよう。
そう思い、中庭から廊下に移ると、廊下の真ん中に一枚の紙が落ちている。
拾ってみると何かのメモのようだ。
「『人と仲良くなる方法』…?」
メモには様々なことが書かれていた。
食べ物、贈り物などなど。
その中で会話、という欄に何重にも線が引かれている。
先ほどからここを通ったのはおそらくロセだけだ。
勇者様と仲良くなりたいのか…!
アリシヤは一人納得する。
わかる。その気持ちはよくわかる。
ロセは不器用な性格だとリベルタは言っていた。
従兄であり伝説の英雄であるリベルタ。
仲良くなりたいのはやまやまだろう。
そう思うとロセに親近感が持てる。
だが、このメモ。
もし、アリシヤがロセの立場で『人と仲良くする方法』というメモを他人に見られたと思ったら。
正直言ってかなり恥ずかしい。アリシヤは考える。
図書室に行ってこっそりおいてこよう。
アリシヤは足を速めて、東棟に向かう。廊下の曲がり角。
メモに書かれた綺麗な文字を見ていたアリシヤに衝撃が走る。
「ふぎゃ」
目の前には白い城の制服を着た男がいる。どうやら彼にぶつかったようだ。
「申し訳ありません」
アリシヤは頭を下げる。男は何も返さない。
顔を上げると、男は侮蔑の目でアリシヤを見下し、アリシヤのぶつかったあたりをしきりに払っている。
「いやだいやだ、悪魔に触れられてしまった」
男はそう言って、深々とため息をつく。
「君、エルバの村を救ったようじゃないか」
「いえ、私は何も―」
「謙虚なことで。だが、そうだ。お前のような悪魔は何もできない。人を不幸にすることしかできない。お前は悪魔だからな」
男はそう吐き捨てた。
あからさまな悪意にアリシヤは言葉を返さない。
悪意のある人間は何を言っても悪意で返してくる。
それは今までで十分知っていた。
だから、何も言わない。
アリシヤは黙ってやり過ごそうとした。
だが、それに反論するように声が聞こえた。
凛々しく張りのある声。
「何も出来ないのは貴方の方じゃないの?」
アリシヤは思わず振り返る。そこにはロセがいる。
「人の悪口を言うしか能のないあなたが人の功績に口を出す権利はないわ」
「なっ…あ、ロセ様。ですがこいつは」
「そう、赤色ね。だけどエルバの村の人々を救ったのは嘘じゃないわ。私は口先の人よりも実績を持つ人を信用するわ」
ロセがそう言い放つと、男はぐっと奥歯を噛みしめて去っていった。
アリシヤは呆然とする。
ロセがかばってくれた。
「あ、ありがとうございます」
アリシヤは面食らいながらも、ロセに礼を言う。
「大したことではないわ。私は事実を述べただけ。勘違いしな―」
そこで、ロセの顔に緊張が走る。
固まったロセの目線を追うとアリシヤの手元へ。
正確に言うとアリシヤの手元にあるメモへ。
やはりロセのものだったか。
アリシヤはそのメモをロセに差し出す。
「あ、あの、私は何も見てませんから!でも、勇者様はきっと誰にでも優しいからすぐにお友達に―」
「違うわ」
「え」
ロセの小さな言葉にアリシヤが顔を上げると、ロセがそっぽを向いている。
だが、見えるその横顔は真っ赤に染まっている。
「違うの…」
「ロセさん?」
「一週間前。あなた、私の悪口を言っていた男たちを追い払ってくれたでしょう?」
アリシヤは首をかしげる。
そんなことがあったようななかったような。
「そうでしたっけ?」
「そうなの!」
急にロセが、アリシヤの手を握り、向かい合って目を見つめる。
「あなたが覚えていなくとも、私とっても嬉しかったの!だ、だから…あ、あなたと…」
そこまでいてロセが俯く。そして小さな声で言う。
「あ、あなたと…友達になりたいな、と思って…」
アリシヤはぽかんと口を開く。
ロセは、リベルタではなくアリシヤと友達になりたいと思っていたのだ。
嫌われているとばかり思っていたし、実際嫌われていたのだろう。
だが、今こうしてこういってくれている。
アリシヤの心臓が跳ねる。
「あの、ロセさん」
アリシヤが口を開くと、ロセがバッと手を離し、慌てふためく。
「ご、ごめんなさい。急に手をつかんだりして。私としたことがはしたなかったわ…!そ、それだけ言いたかっただけなの…!じゃあ!」
去ろうとするロセの手を今度はアリシヤが掴む。
ロセは焦りと照れからかもはや涙目である。
「その、ロセさん。とっても嬉しいです」
「え」
アリシヤは思ったままの言葉を伝える。
「私…今まで友達いたことがないんです」
赤い髪に赤い目。逃げるように町を転々として暮らしてきた。
ルーチェという良き理解者はいたが、同じような年ごろの友達なんかいたことがない。
「だから、本当に嬉しいです。ぜひ、お友達になってください」
アリシヤはロセの手を離し、ぺこりと頭を下げた。
「顔を上げて」
ロセに促されアリシヤは顔を上げる。ロセは腕を組み、横目でアリシヤを見ながら告げる。
「そ、その私はロセ。ロセ・ジオーヴェ。気軽にロセって呼んでちょうだい」
「わかりました。私はアリシヤです。好きなように読んでいただけると嬉しいです。ロセさん」
「もう、ロセでいいのに」
「え、あ!?しまった…!で、でも落ち着かないのでロセさんでいいですか?」
「全く、仕方ないわね」
ロセがふっと笑った。
華やぐような素敵な笑顔だった。
それから、ロセとアリシヤは中庭のベンチで話をした。
ロセも実は今日は休日らしい。
だが、図書室にいるのが落ち着くから図書室にいたらしいのだ。
「え、ロセさんも『勇者伝説』好きなんですか」
「ええ。何度も読んだわ」
「私もです」
愛読書の話で一通り盛り上がり、夕暮れまでベンチで話した。
「また、休みの日を教えなさい。今度は王都の中の私の好きなお店を紹介するわ」
「いいんですか?ぜひお願いします」
アリシヤは自然とほほ笑んだ。それに応えるようにしてロセも微笑んだ。
アリシヤにとって充実したある休日の事であった。
***
ロセはアリシヤと別れ、城の中の教会へ向かう。
それにしても。ロセの顔が緩む。
アリシヤは可愛い。まず、見た目が美少女だ。可愛い恰好をさせたい。
そして、あまり可愛い恰好をしたことがなさそうだから初々しい反応が見れるだろう。
そう思うと楽しみだ。
そんなことを考えながら教会にたどり着くと、教会の神父・クレデンテが迎えてくれた。
白髪の混じったグレーの髪。
優しそうな初老の神父だ。
「ロセ。こんばんは」
「こんばんは。クレデンテ様」
ロセは、今の家長であり、父のヴェータよりクレデンテを信頼していた。
ヴェータは短絡的なところがあり、あまり好きではない。
クレデンテが優しくロセに微笑みかける。
「今日、中庭であなたと赤の方が仲良く話しているのを見かけました。お友達になれたのですね」
「ええ。何とか」
「あなたは、お友達を作るのが苦手だと思っていましたが…よかったですね」
クレデンテの言葉にロセは顔を真っ赤に染める。
クレデンテが言葉を続ける。
「ロセ。あの子と友達になったのは、お家のためですか?」
「いえ、違います」
ロセは首を横に振る。
「クレデンテ様。貴方のお役に立ちたいからです」
「そうですか」
クレデンテは目を伏せる。
「ロセ。ありがたい話です。ですが、あなたがいつかひどく傷ついてしまうのではないかと、私は心配です」
「それでも。それでも私はこの国を守りたい。そのために、私は私の為すべきことをします」
「そうですか。なら止めません」
あなたに神のご加護がありますように。
クレデンテの言葉を聞きながらロセは神に祈りをささげた。
「ロセはツンデレ」閲覧いただきありがとうございました。
次回から「第五章一五歳の誕生日」に入ります。アリシヤの出生の謎に触れる回となります。引き続きよろしくお願いいたします。
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