第四章 はじめての友達4-1
ここは王都の中央、フィア女王が住まう城。
その城の東棟の図書室の一角。
日当たりの悪い机でアリシヤは紙とにらめっこする。
報告書と書かれた紙。エルバの村で起こったことを上へ報告しなければならないのだ。
リベルタとタリスは会議に出ており、今はアリシヤ一人だ。
報告書など初めて書くものだから言葉回しや書き方何から何まで慣れない。
大方はタリスから教わったためあとは書くだけなのだ。
だが、それが難しい。
アリシヤが眉間にしわを寄せていると、人の足音がする。
珍しい。
図書室のこのあたりは古ぼけた本が多く、利用者も少ない。
足音が止まり、二人の男の話し声が聞こえてくる。
「今日もお高く留まってやがる」
「何も出来ないただのお飾りのくせにな」
男たちの声は大きい。静寂が好まれる図書室であるのだが、ところはばからずといったところか。
「聞いたか?この前、あのアウトリタ様に口答えしたんだと」
「これだから世間知らずのお嬢様は…自分の地位は親のモノだとも知らずに」
棚の隙間からちらりと見えた男二人。
この城の制服を着ている。
制服の色は白。と言うことは、事務方の役人だ。
「どうしてそんな小娘が事務長候補なんだろうなあ」
男はあたりに聞かせるようにそう言った。
そこでアリシヤは気づく。確か現在の事務長はロセの父親。
ということは、記録師候補、それにあたるのはロセ、それから、ロセの兄・カルパだ。
ロセはこの図書室の受付に座って仕事をしている。
この声の大きさならロセにも聞こえるだろう。
この男たちは、ロセの前で堂々とロセの悪口を言っているのだ。
肝の据わった男達だ。
アリシヤはある意味感心する。
その後も、男たちはロセの悪口を並べていく。
別にロセのことをかばうつもりはない。
むしろ関わりあいたくない。
ロセはアリシヤのことを初対面で悪魔と言った。
その後も、図書室に入るときは挨拶をしているがロセから言葉が返ってきたことはない。
そういう人間とは無理をして付き合う必要はない。
アリシヤはそう思っている。
だが、このまま人の悪口を聞いているのはいささか性に合わない。
アリシヤは椅子から立ち上がり二人の男達がいる本棚の方へ向かった。
男たちの前に立つと彼らはぎょっとした。
赤い見た目だからだろう。
「すいません、そこの本取りたいのですが」
アリシヤがそういうと、男たちはそそくさとどこかへ行ってしまった。
これでよし。
アリシヤが席に戻ろうとした時、カウンターから視線を感じ、目を上げる。
ロセと目があった。
いつも通りの無表情であったが、妙にアリシヤの方を凝視している。
気のせいだと思うことにし、アリシヤは席に戻った。
***
それから数日後。
「やっとお休みだぁー」
アリシヤは自室のベッドの上で大きく伸びをした。
初出勤の日のエルバの村での騒動から丸二週間がたった。
膨大な量の報告書を書き起こし、調べ物をし、上から質問を受け、目の回るような忙しさであった。
特に、上からの質問、つまりアウトリタからの問いただしが何より怖かった。
その時の事を思い出し、アリシヤはぶるりと身震いをする。
質問はアリシヤが一人で村に残ることになった件についてだ。
「これはお前の判断か?」
静かな政務室で、アリシヤとアウトリタが向き合う。
王族直属の者が着る濃紺の制服を身にまとったがっちりとした中年の男。
きっちりと固められた髪、鋭い眼光がアリシヤを射貫く。
アウトリタに睨まれ、アリシヤは身を固くしながらも答える。
「そうです」
「愚策だな」
アウトリタは短く切り捨てた。
ここまではっきり言われると精神的にきつい。
が、自分でもわかっていたことだ。アリシヤはその言葉を受け入れる。
ところが、話は意外な方向に向かった。
「リベルタもそれをわかっていたはずだが、止めなかったのだな?」
「はい」
止めるどころか乗ってくれた。アウトリタは深々と息を吐く。
「分かった。下がれ。ついでにリベルタを呼んできてくれ」
「かしこまりました」
その後、リベルタを呼びに行くと、「また怒られる」と言いながら嫌そうに政務室に向かっていった。
タリスによると、リベルタは常々アウトリタからの小言を喰らっているらしい。
確か。
アリシヤは『勇者伝説』の中から記憶を呼び起こす。
アウトリタは、神託を受け、勇者であるリベルタを探し出し、育て上げた御仁のはずだが。
リベルタの嫌そうな顔を思い出す。
小言を言う父にうんざりする息子、といった関係なのだろうか。
そう考えるとちょっと面白い。
そんなことを思いながら、アリシヤはベッドの上で転がる。
久々の休みだ。何をしよう。
そこで、部屋の片隅に置きっぱなしになっていた木箱のことを思い出す。
エルバの町の騒動の後、ピノからお礼としてもらった木箱だ。
アリシヤはベッドから立ち上がる。
木箱の横に小さな椅子を運び、腰を下ろす。
木箱の中を見ると、綺麗な石、木の棒、木で作ったよくわからない置物、などが無造作に入れられている。
それらを一つ一つ床に並べていくと、木箱の底面に一枚の紙があった。
そこにはつたない文字で『ありがとう』と書かれていた。
ピノが書いたものだろう。
アリシヤは零れそうな涙を我慢し、その手紙をぎゅっと胸に抱え込んだ。
「アリシヤちゃーん、朝ごはん食べるー?」
階下からセレーノの声が聞こえる。
セレーノの朝ご飯。アリシヤの心は踊る。
「食べます!」
大きな声で返事をし、勢いよく立ち上がる。
と、箱に足をぶつけた。箱がガタンと大きな音を立て床に倒れる。
「っ―」
痛みに顔をしかめながら、箱を立て直そうとした時、ふと違和感を覚える。
木箱の重さではない。もっと重量がある。
見ると、底面に少しの隅間がある。
これは何かあるな。
「アリシヤちゃーん?」
セレーノの声でアリシヤは我に返る。
休日は長い。とりあえず、階下に降り朝食をいただくとしよう。
アリシヤは、早足で自室を出て、一階に降りた。
***
さて。
朝食のハニートーストを食べ終わったアリシヤは、自室で室箱に向かい合う。
セレーノに事情を説明し使えそうなものをいくつか貸してもらってきた。
木の棒。鉄の棒。細い針金。
アリシヤは箱をひっくり返す。
箱自体を無理やり壊してもいいのだが、いかんせん中身が何か分からないから怖い。
割れ物だったら困る。
アリシヤは箱をひっくり返す。
寄木で作られた箱。特に装飾はない。
だが。
「あれ…?」
十本ほど並んだ寄木の中に一本だけ妙に黒い木がある。
アリシヤはその表面を撫でる。
ざらりとしていて、他のつるりとしたものと違う。
アリシヤはそれを触る。押したり引いたり。
数分そうしていただろう。
「あ」
すとん、とその木が外れた。
箱の裏に開いた数センチの穴。
その穴にアリシヤは木の棒を入れる。
すると小気味よい音を立て、箱の中の底面が抜ける。
アリシヤは箱を地面に置き、中に手を伸ばし、底に貼ってあった板を取り出す。
「本?」
中から現れたのは一冊の本だった。
黒い表紙のタイトルが何も書かれていない本。
手に取ってみるとそれは1センチほどの厚さしかなく、本というよりノートと言った方が正しいのかもしれない。
ピノたちが隠したノートだろうか?それにしては仕掛けが込みすぎている。
アリシヤは黒いノートを捲ってみる。
姿を見せたのは見たことのない文字列。
この国の文字ではない。
だが、ノートに几帳面に記されたそれは確かに文字だと思われる。
このレシの国は島国。
あまり他の国との国交を持っていない。
そのはずなのだが。
アリシヤは一度ノートを閉じる。何か不味いものを見てしまったのかもしれない。
だが、好奇心が止められない。
アリシヤは立ち上がり、ノートをカバンに入れた。
この国で物を知るために一番適しているのは何処か。それはいつも自分たちが使っている城の図書室だ。
窓を見る。いい天気だ。
アリシヤは自室を飛び出した。
閲覧いただきありがとうございました。
次回、「赤い髪・赤い目・コキノの一族」です。よろしくお願いいたします。
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