第三章 山賊の村3-7
「アリシヤさん、お疲れ!」
一時間後ほどして、リベルタがエルバの村に姿を現した。
もちろんピノも一緒だ。
山賊たちは手に縄をかけられアジトからぞろぞろと連れてこられたらしい。
村に逃げ延びたマット達四人もその列に加えられる。
教会の前の広場で彼らを見張りながら増援を待つ。
一応のため、村人たちには各家に帰ってもらった。
「タリスさんは?」
「ああ、アイツは増援を呼びに王都に帰した。それにしても…」
リベルタが村を見渡す。
「村に被害を出さず、けが人もいない。よく守り切ったな」
「いえ、私は何も」
「いや、すごいぞ。そういう時は褒められとけ」
そういってリベルタはアリシヤの頭をわしゃわしゃと撫でる。
ちょっと、いや、かなり嬉しい。
だが、アリシヤは俯く。
「ですが、私がピノさんを村から出したのは悪手でした。あんな嘘、誰だって見破れます」
「タリスは見破れてなかったぞ」
「え…?」
「タリスは見破れてなかった」
真顔で告げられる真実にアリシヤは困惑する。
「タリスさんよっぽど騙されやすいんじゃ!?」
「そうだよ。あいつはダメだ。気をつけてやってくれ」
「えええ」
まさかこんなところでタリスの弱点を知ってしまうとは。
確かに嘘はつけない性格だと言っていた。
なるほど、嘘にも弱いのか。心配になる。
「あいつはな、信じた人間の嘘に弱い」
「へ?」
「アリシヤさん。タリスに信用されてるんだよ」
返答に困る。なんだか嬉しいような困ったような。
「タリスさんは、お人よしですね」
「そう、その通り」
リベルタと顔を合わせ笑う。そして、息を吸いアリシヤは切り出す。
罪人としてとらえられた彼らには聞こえないように小さな声で。
「あの、彼らの処遇なのですが—」
「ん?ああ」
「彼らは村の人から食べ物を取っていただけです。深いけがを負わせたりはしていません、だから」
「何を心配してるんだ?」
リベルタが首をかしげる。アリシヤは「へ?」と間の抜けた声を出す。
「彼らは軽い罪を犯した。確かにそれは裁かれる。だが、魔王軍に関わった重要な参考人だ。魔王のことを知るために手厚くもてなされるだろうよ」
「だったら」
「心配してるほど、重い罪状にはならないんじゃないかな」
アリシヤは胸をなでおろす。リベルタが人差し指を口の前にする。
「けど、これは秘密な。俺たちが決めることじゃないから」
「はい!」
アリシヤは元気よく返事をした。
***
それから数時間後。増援部隊が到着し、彼らを馬車の荷台に乗せた。
村人と彼らは最後の別れを済ませた。マットが荷台に足をかける。
マットと目があった。その口が小さく動いた。
「気をつけろ」
声には出ていなかった。だが確かにそういった。
何に?
アリシヤの疑問をよそに彼は荷台に乗り込んだ。
馬車が去った後の町は静かだった。
村人は、リベルタ、タリス、アリシヤの勇者一行に頭を下げた。
だが、皆の顔に浮かんでいるのは喜びではなかった。
アリシヤ達は別れを告げ、村を去ろうとする。
「待って!」
幼い声に振り返ると、ピノが息を切らしている。
手には大きな木箱を持っている。
「これ!勇者様に!」
そういってピノがかけてきたのはリベルタの方ではない。
アリシヤのところだ。
「えっと…ピノさん。勇者様はあちらですが」
「違うの!私の勇者はおねえちゃんなの!」
「え」
アリシヤは耳を疑う。
「アクマって言ってごめんなさい、お話聞いてくれてありがとう、村を救ってくれてありがとう!お母さんを助けてくれてありがとう!」
ピノが箱を差し出しふたを開ける。
「これじゃあ足りないけど、お礼したいの!受け取って!」
村を救ったかどうかは分からない。これでよかったのか分からない。
だが、言えることが一つ。
アリシヤはピノの目線までかがむ。
「ピノさん。勇者はあなたですよ」
そういうと、ピノはきょとんとした。
アリシヤを奮わせたのも、村長の意志を変えたのもすべてピノの言葉だ。
将来ピノは真実を知ることになるのだろうか。
その時ピノは自らの言動を悔やむだろうか。
それはしてほしくない。
「誰が何を言おうと、貴方は立派な勇者でした。私はそう思います」
***
そうか、徒歩か…。
すっかり夕暮れに差し掛かった空を見上げながらアリシヤは足を引きずる。
結局受け取った木箱はタリスが背負ってくれている。
だが、戦闘と緊張で体は疲れ切っていた。
何とか自身を鼓舞し歩みを続ける。
「結局手紙の送り主、わかりませんでしたね…」
息も切れ切れアリシヤが言うと横を歩くリベルタが今思い出した、というような顔をする。
「勇者様?」
「あ、うーんっとまあ、万事解決したしよかったんじゃないかな」
また、適当なことを言う。だが、アリシヤは引っかかる。
万事解決というような終わりではなかった。様々な考えが頭をよぎる。
「アリシヤさん」
リベルタに声をかけられハッと顔を上げる。
「誰も死ななかった」
「え」
「それでいいんだよ」
リベルタの言葉に泣きそうになった。
本当にそれでいいとは思えない。
なにか方法はあったかもしれない。だけど—
「ありがとうございます」
アリシヤは、リベルタの蒼い瞳を見つめ返し笑った。
と、前方から刺すような視線が飛んでくる。タリスだ。
「置いていきますよ」
その口調はやけにつっけんどんだ。
リベルタがけらけら笑う。
「あはは、タリス。お前いつまで拗ねてんだよ」
「拗ねてません!断じて拗ねてませんからね」
振り返ってそういったかと思うと、またぷいっと前を向いてしまう。
その背に慌てて追いつきながらアリシヤは言う。
「あの…タリスさん。嘘をついたのは申し訳ないと思いますが—」
「そうじゃない!」
「ふぎゃ」
タリスがいきなり歩みを止めたものだからアリシヤはその背に無様にぶつかる。
鼻が痛い。
タリスがふくれっ面をしながらアリシヤと向き合う。
「俺は、嘘つかれたことに怒ってるんじゃない…!」
あ、一人称俺になってる。
などとツッコミも入れることのできない剣幕である。
「一人で残る、それがどんなに危険なことか」
「へ?」
「アリシヤちゃんが、自分の身を大切にしなかったことに怒ってる」
全く予想もしてない方向の怒りにアリシヤはぽかんとする。
「そこ?」
「そこ?じゃない!」
タリスがアリシヤの頬に手を添える。いきなりの動作にアリシヤは驚く。
「俺の怒りの原因はこれでもある!」
「へ!?」
「可愛い顔に傷を作って…俺がいたら絶対こんなことさせないのに」
アリシヤの頬から手を離しタリスが腕を組む。
「そもそも女の子が一人で敵地に残すのがおかしいんですよ。今回は何もなかったからいいものの…」
タリスがぴっとアリシヤの額に指を突き出す。
「単独行動禁止!」
「わ、わかりました」
アリシヤは頷く。その横で戸惑っている人間がもう一人。
「え、単独行動禁止?」
リベルタの声にタリスが答える。
「任務以外の単独行動はやめてください。勝手に放浪するやつ。あれ、探すの大変なんですから」
「でも、町の情報とか掴んでこれるし…」
「あーもう、あなたって人は!」
タリスの怒りの矛先がリベルタに向かう。
アリシヤが胸をなでおろしたのを見たのか、タリスの目が光る。
「アリシヤちゃん、ほっとしない!」
「ひぇ」
「あーもう!王都に着くまで二人とも説教です!」
夕焼けの空にタリスの声が響いた。
閲覧いただきありがとうございました。
これにて第三章山賊の村は終了です。ありがとうございました。
次回から第四章「はじめての友達」が始まります。ほのぼのパートです。よろしくお願いします。
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