第三章 山賊の村3-6
教会前の広場には二十人を超える村人が集められていた。
ピノとともにアリシヤを襲った子供たちもいる。
アリシヤはナーヴェの家を出て、身を隠しながら教会裏までたどり着くことに成功した。
アリシヤは恐る恐る様子を窺う。
なにせ、マットは先ほど、赤毛が解放されたら子供を皆殺しにすると言っていたのだ。
だが、ここで臆するわけにもいかない。
教会の正門の前に人質と山賊たちがいる。
人質たちは座らされており、子供たちは酷く怯えているが大人たちは諦めたような顔をしていた。
しかしながら。
アリシヤは目を見張る。
数があまりにも少ない。人質を見張っているのは男三人。それに加えてマットのみだ。
村長であるナーヴェは言った。彼らは十数人ほどの男の集まりだと。
なのに、この少なさだ。アリシヤは改めてあたりを見渡す。
伏兵がいるのかもしれない。
もしかすると、これから集まってくるのかもしれない。
今、人質を助けに行くか、様子を見るか。
そこに、ペルラが連れたナーヴェがやってくる。
マットが何かを言っているがこの距離ではあまり聞こえない。
だが、ナーヴェの声ははっきり聞こえた。
「もうやめよう」
ナーヴェの言葉に皆が息を呑んだ。今ならいける。
アリシヤは前に踏み出した。
教会の裏でから、側壁を静かに伝い、アリシヤから向かって左の男に奇襲をかける。
「うわ!?」
背中を蹴り倒し、盆の首の一撃。男が石畳に倒れる。
驚愕の顔を見せている中央の男の右手に剣の鞘をぶつける。
「い!?」
痛みに手を開いた男の右手から素早く武器を抜き取る。
地面を一蹴り。三人目の男の方へ向かう。
男の足はがくがくと震えており、まるで戦える様子ではない。
ナイフを両手で持ち、アリシヤをけん制する。
が、アリシヤはそのナイフを剣ではたき落とし男のみぞおちに一撃を食らわせた。
あと一人。
「ペルラ!?」
叫び声が聞こえる。間に合わなかった。
直観的にアリシヤは悟る。
真ん中にいたマットがペルラを人質に取ったのだ。
そう、思った。
だが、おかしい。
叫んだのはナーヴェではなくマットの声だった。
「ごめんなさい」
ペルラはそう言って、ナイフを自身に向けていた。
マットの手からナイフがなくなっている。
ペルラがマットから、ナイフを奪ったのだ。
マットが顔を青ざめさせている。
そこで気づく。マットのグレーの瞳に。
「ペルラ、やめなさい…!」
「やめません!どうして、どうして!?」
マットの制止に、ナイフを持ったままペルラは叫ぶ。
「今までうまくやってきたじゃない!なのに、どうしてやめるなんていうの!?」
ペルラはそのグレーの瞳でナーヴェを睨む。
「私たちは自分たちの身を守るために彼らを魔王に売った。だから返ってきた彼らを…どんな形でもいいから守るって言ったのに!」
村人は誰も答えない。
「私も勇者様が来た時、一瞬助けを叫ぼうかと思ったわ。暴力も搾取も嫌だもの!でも、でも!お父様はピノを心配してくれた!自分の身が危険にさらされると知ってピノを村に出した!」
腑に落ちる。だから、マットはピノを外に出すことを認めたのだ。
アリシヤの下手な嘘を嘘だと言い切ればよかったのに。
孫娘を心配してそれができなかった。
「やっぱりお父様はお父様だわ!もう二度と…!もう二度と誰にも奪わせはしない!」
「だからと言って、子たちにその罪を負わせるわけにはいかない」
告げたのはナーヴェだった。
「お爺様…?」
引きつった顔でペルラがナーヴェを見やる。
ナーヴェがナイフを持ったペルラに向き合う。
そして、村人たちを見渡す。
「皆、聞いてくれ。この、赤の彼女。アリシヤさんに救いを求めたのは私だ」
「裏切者!」
ペルラの声にナーヴェが切なく笑う。
「ああ、そうだ。私は君たちを、そして彼らを再び裏切った。恨むなら私を恨んでほしい」
「何をいまさら」
村人の中から声が上がる。
「何をいまさら!」
「ヒトの旦那を魔王に売っておいて!」
「また赤い悪魔に魂を売ったのか!」
教会前に罵声が響く。
「ああ!そうさ!今更さ!」
ナーヴェが声を張り上げる。
「だが、まだ間に合う!次の世代にこの罪をこの罰を引き継がせるくらいなら!私は恨まれよう!なんだってしよう!」
その言葉に、村人は黙った。
それでもペルラはナイフを離そうとしない。
マットがペルラに優しく声をかける。
「ペルラ」
「どうして!?どうして、お父様…どうして諦めてるの?いつもみたいに暴力で何とかすればいいじゃない!?」
マットは小さく俯くと、他の山賊たち、いや、彼らを見渡した。
「俺たちは、抵抗しない者には暴力は振るえるが、強いものには振るえない臆病者だ」
マットと目が合う。
「そこの赤いのには勝てないだろう」
「そんな、じゃあ、私を使って脅せば」
「できないんだ…」
その声は震えている。
「できないんだ…!あんたたちを恨んでる!そうさ、恨んでるさ!」
グレーの瞳から涙がこぼれ落ちる。
「だが、村を燃やすなんてできなかった!気づいたんだよ!俺たちはこの村の破滅を望んでいない!」
膝から崩れ落ちるマットにナーヴェ寄り添う。
「恨み切れなかったんだ…そんなことに今更気づいたんだ…」
マットの嗚咽が広場に響く。
だが、それは彼だけのものではなかった。
大人たちが泣いていた。
その中で、アリシヤは深呼吸する。
そして、一歩踏み出す。
「来ないで…!」
ペルラの声にアリシヤは足を止める。
「どうか、ナイフを下ろしてください。ペルラさん」
「しないわ!私は誰が何を言おうと—」
「なら、仕方ありません」
アリシヤは剣を抜いた。広場がざわつく。
「待て!」
マットの声をアリシヤは左手を広げ制す。
「私はピノさんの願いを聞いてしまいました」
「ピノの…願い?」
「そう、この村を助けてほしいと。だから、貴方を止めます」
ペルラが顔を歪める。
「あの子は何も、何も知らないから—」
「だとしても」
アリシヤは思いかえす。
あの地下室で彼女は言った。自分の命を差し出してでも—
「その覚悟は本物でした。だから私は応えたい!」
一歩踏み出す。剣を地面に置いて。
驚いたペルラの懐に飛び込み、その右手をひねり上げる。
「っ―」
左頬にナイフが掠る。だが、かまわない。
ナイフを奪い、地面に投げつける。
からからと音を立ててナイフは石畳の上を滑っていった。
アリシヤは懐に飛び込んだ勢いで、ペルラを押し倒す。
アリシヤはペルラの涙の浮かんだグレーの瞳を見つめる。
「余計なお世話だと思います。だけど、伝えます」
「…何を?」
「ピノさんがこの村を救いたい理由。それは、貴方です。彼女は貴女を救いたかった。だから…死のうとしないでください」
アリシヤは立ち上がり、地面に横になったペルラに手を伸ばす。
「大切な人に死なれるのはとても辛いですから」
***
それから村人と山賊とアリシヤの奇妙な時があった。
彼ら四人は村人と最後の会話を交わしている。
リベルタたちが来たら彼らは法に裁かれるために王都へ運ばれるはずだ。
警戒しつつもその光景を見守っていたアリシヤに声がかかる。
ペルラがアリシヤを見上げる。
「…あなたは誰か大切な人を失ったの?」
「ええ。親のような姉のような…大切な家族を」
「そう」
ペルラは俯く。そして小さな声で言った。
「ごめんなさい」
アリシヤは首を横に振った。
ふと顔を上げると、マットと目が合った。
軽く会釈しマットの横に腰を下ろす。
「あの、お尋ねしてもよいですか?」
「なんだ?」
「貴方たちは十数人の規模だと聞きました。どうして四人で来たのですか?後の人たちは?」
「ああ、あとの連中は勇者にやられたんだ」
「へ!?」
アリシヤの驚きにマットは苦笑する。
「勇者とあの連れとピノが急に乗り込んできた。だから俺たちは村に逃げた」
なるほど。ピノの話から山賊たちのアジトを突き止めたのか。
それを二人で乗り込んで優勢に持っていくくらいにあの人たちはできる。
「それで、村人を人質に取って勇者様を説得しようと?」
「ああ。でもあんたにやられたけどな」
マットはそう言って笑った。
吹っ切れたような笑いだった。
「アリシヤさん」
「はーい」
ナーヴェに呼ばれてアリシヤはマットに軽く会釈しそちらに向かう。
「あいつと出会わなければ、そこから逃げ延びるつもりだったんだがな」
マットがぼそりと呟いた言葉はアリシヤの耳には届かなかった。
閲覧いただきありがとうございます。
次回、第三章ラスト「マットの警告、そして帰還」です。よろしくお願いします。
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