第三章 山賊の村3-4
村の中心地、少し広い赤茶色の屋根の家。村長の家だ。
その家の客間の椅子にアリシヤは括り付けられていた。
困ったことに武器やかばんは取り上げられている。
目の前にはしかめっ面をした村長、それからアリシヤに襲い掛かってきた男、それから涙目のピノがいる。
扉のベルがカランとなり、勢いよく入ってくる人物が三人。
「アリシヤちゃん!?捕まったって聞いたけど大丈夫、じゃないね!」
タリスが叫びながら入ってくる。
その後ろでリベルタはへらへらと「ほんとにつかまってるなぁ」などと言っている。
そしてもう一人はペルラだ。村長が口を開く。
「勇者殿、君の連れである赤の人。彼女はこの少女を攫い、それを取り返そうとした村民に危害を加えた」
「アリシヤさんが?」
不思議そうなリベルタの問いにアリシヤが答える。
「ピノさんをさらったというのは違います。ですが、その男が襲い掛かってきたので反撃はしました」
「なるほど。そりゃ正当防衛だ」
村長は首を横に振る。
「それは罪人の言葉。信用なりません」
「違うの!村長さん!そのおねえさんをつかまえたのは私なの!その人は何も悪くないの!」
ピノは必死に村長に訴えかける。彼が口を開く。
「何も悪くないことはない。村民である彼に殴りかかったのだから。子供は黙ってなさい」
「オトナなんか大っ嫌い!!」
ピノが泣きじゃくる。村長はため息をつくとリベルタに向き直る。
「そこで、勇者殿。取引をいたしましょう」
「取引なぁ」
「もう、この土地とは一切関わらない。そうすれば赤の人を返しましょう」
なるほど、村長が下手な嘘をついたのはこのためか。
アリシヤは眉間にしわを寄せる。
もし、ここでリベルタが返事を返してしまえば、この村は永久にこのままだ。
ピノの話を聞いた今それはさせたくはない。
アリシヤはとっさに思いつく。
「待ってください」
アリシヤの声に皆が振り返る。
下手な嘘をつかれたのだ。うむ。仕方ない。
「ピノさんが来た今、はっきりさせたいことがあります。ピノさん、少しこちらへ」
ピノがおずおずとアリシヤの前に来る。
「やはり…」
アリシヤは意味深に呟く。男の眉間にしわが寄る。
「なんだ?」
「この子は病気にかかっています」
「は?」
その場にいた人間が素っ頓狂な声を上げる。
「すぐに王都で見てもらった方がいい。勇者様、タリスさん、ピノさんを早く王都へ」
アリシヤは至極真面目な顔で告げる。村長が眉間にしわを寄せる。
「馬鹿らしい嘘はよしなさい」
「いや、アリシヤさんは医学の心得がある」
リベルタが声を上げる。タリスが目を見開きアリシヤを見つめる。
リベルタはどうやら意図をくみ取ってくれたようだ。
アリシヤは深く頷いて見せる。
「地下室。あそこは子供の遊び場になっていたようですが、かなり古いもの。体に害のあるカビが蔓延していた可能性が高い」
「じゃあ、ピノは」
「ええ、このままでは余命もあとわずか。王都で適切な処置を受けたほうがいいです。幸い勇者様には高名なお医者様の知り合いがいます。ピノさん、ペルラさん、安心してください。きっとまだ間に合います」
一息にアリシヤがそういうと、リベルタがさっとピノを担ぐ。
「わかった。この子を急いで王都に連れて行こう」
「待ちなさい」
村長の言葉にリベルタが振り返る。
「何か」
「医者をこちらに連れてきてもらおう」
「それでは間に合いません」
アリシヤは思い切って言い放つ。
村長の苦い顔にもひるまない。
が、意外なところから声が飛ぶ。
「それは本当か?」
黙って事の成り行きを見ていた男が口を開く。
「その子供が病気なのは本当か?」
「はい」
アリシヤは神妙にうなずいた。
男は舌打ちすると「行け」といった。
ペルラと村長がその様子を唖然として見ている。
「ありがとう、じゃあ行くよ」
「勇者様!?でも、アリシヤちゃんは!?」
タリスの声にリベルタが答える。
「まずこの子を王都に連れて行ってから。それからで構わないな、アリシヤさん?」
「はい、お願いします」
アリシヤは縛られた状態で頭を下げる。
リベルタが男の方に顔を向ける。
いつになく鋭い表情だ。
あの表情が自分に向けられたらさぞかし恐ろしいだろう。
リベルタが告げる。
「俺は必ず戻ってくる。俺の部下だ。俺が責任を持つ。手出しするようならこちらも考えがある」
「…わかったよ」
男はしぶしぶといった様子で了承する。
リベルタはアリシヤに顔を向ける。
先ほどとは打って変わった柔らかな笑顔だ。
「じゃあ、行ってくる。ちょっと待っててな、アリシヤさん」
「はい、お願いします」
不安げなタリスが何度も振り返るのを見送る。
扉が閉まる。
部屋に一瞬の沈黙が訪れる。
「くそっ!」
あからさまに苛立ちを見せる男。その矛先がペルラに向かう。
男の右足がペルラのわき腹を蹴り上げる。
「ペルラさん!」
ペルラは逃げるそぶりも見せず、それを受け止め苦しげに呻いている。
男の足が、うずくまるペルラに向かう。
「やめろ、マット」
村長が低い声で告げる。
マットと呼ばれた男は舌打ちをし、その足を村長に向け、彼を蹴り倒す。
「うっ!」
村長が壁際に、倒れるとペルラを踏みながら男が悪態を吐く。
「チクショウ、なんで、どうして…っ!クソが!!」
「申し訳ございません…」
「申し訳ないじゃ済まねえんだよ!」
村長がわずかばかり顔を上げる。
「そこの赤毛見張っとけよ。逃がすようなことでもしてみろ。この村のガキ、全員皆殺しにしてやるからな!!」
そう吐き捨てて男は出ていった。
男が消えると、地面に伏し苦しむペルラに村長が歩み寄る。
「ペルラ…大丈夫か」
「大丈夫です、お爺様。お爺様、私はやっぱり」
「ああ…ああ。分かっている。だから今は家にお帰り。ピノを待つんだ」
「わかりました」
村長はペルラを送ると、縛られたアリシヤの前に椅子を置く。
そして、アリシヤをじっと見つめた。
「赤の人。ピノは…本当に病気なのだろうか」
村長の問いにアリシヤは頷く。
「ええ、でも—」
「彼らはもういない。だから真実を語ってほしい」
村長の真摯な目に、アリシヤは息を詰まらせる。
一瞬ためらったが、口を開く。
「嘘です。あの子はとっても元気な子です」
「ならよかった…」
村長はため息をつく。先ほどまでとは別人のようだ。
村長のまとう排他的な空気は消えている。
「なぁ…赤の人。君はどこまで知っている?」
「この村がエーヌを語る者たちに搾取されている、と言うことでしょうか」
アリシヤが言うと村長は首を横に振り、わずかに微笑んだ。
それは悲しい笑顔だった。
「赤の人。君の両親は?」
「知らないのです」
「そうか。赤の人。私は昔、君と同じ赤い色の男に会ったことがある」
アリシヤは息を呑む。今までに自身と同じ赤を持つ人間と出会ったことはない。
「それは、どなたですか?」
「…そうだな。君は知るべきかもしれない。いや、知っておいてくれ」
「何を…ですか?」
「我々の為した罪。今から話す、魔王にかかわる恐ろしい罪を」
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