第一章 はじまり 1-1
長編作品となっています。二日に一回の更新を目指します。
これから、よろしくお願いします。
第一章 はじまり
南西の海。その海に浮かぶ島がある。そこには一つの国が成り立っていた。
国の名は“レシ”。この国は神秘の国として周りの国から畏れ敬遠されていた。
レシの国には魔王伝説がある。百年に一度、魔王が現れるのだ。
魔王は人民を操り、戦を起こさせる。
だが、救いがないわけではない。
百年に一度、魔王が現れる時。神託が下る。
『この国を救いし勇者、あらわる』
***
『魔王場にたどり着いた勇者とスクード。押し寄せる魔王軍。スクードは言った。『先に行け、お前は未来を見つめろ』。勇者は頷き突き進む。この国を救うのだ』
ノックの音がする。赤い髪の少女は本から顔を上げる。扉を睨む、深紅の瞳は隙が無い。だが、まだあどけなさを残した少女である。名をアリシヤという。
アリシヤは木製の椅子から立ち上がり、扉に耳を傾ける。
「ルーチェだ。ただいま、アリシヤ」
アリシヤはその声で、扉の内側から鍵を開く。そして、扉を開けて微笑んだ。
「おかえり、ルーチェ」
アリシヤが出迎えたのは、黒い長い髪の女性。黄金の瞳は鋭い。
端正な顔立ちで、どこか中性的だ。豊かな胸が彼女は女性であることを理解させる。
ルーチェは片手に持った紙袋を机の上に広げる。
熟れた果実や、パンが転がり出る。
「おいしそう。どうしたの?」
「売れ残ったものをもらったんだ。ありがたくいただこう」
アリシヤは頷くと、小さな台所からナイフや皿を持ってくる。器用にパンを切り分け、果物の皮をむいていく。アリシヤはオレンジの皮をむきながら、ルーチェに問う。
「お仕事、どう?」
「まあまあだな。この町は待遇がいい方だ」
「それは良かった。…私も働けたらいいんだけど」
ルーチェは静かに首を横に振る。
「うん、わかってるよ」
アリシヤは頷いた。アリシヤは外出しない。
赤い髪、赤い瞳。
この国にあって大変珍しい色なのだ。
一般的な人々は黒、茶、金の髪を持つ。瞳は青、黒、黄金に翠。
赤き髪に赤い瞳を持つものはいないといっても過言ではない。
百年に一度現れる魔王。彼以外は。
「また、これを読んでいたのか」
ルーチェは、机に置いてあった本を手に取る。何度も読み返し背表紙の取れてしまった本。
タイトルは『勇者伝説』。十五年前、魔王を亡ぼした勇者の伝奇である。
「好きだな、勇者」
「そりゃ、もちろん。ルーチェもでしょ?」
「…そうだな」
ルーチェは曖昧にうなずき、立ち上がる。
「よし、何かすることあるか?」
「スープをいれてきてもらってもいい?」
「わかった」
暖かいスープにパン。みずみずしい果実がこの今の暑い季節には嬉しい。
今日はいつもより豪華な食事だ。
二人は神に祈りを捧げ食事をとる。
熱いスープを冷ましながら飲むアリシヤを、はやくも食べ終わったルーチェが見つめる。
「なに?」
「大きくなったな」
ルーチェは続ける。
「もうすぐ十五だ」
「そうだね…」
「十五になればお前は自由だ。レシの国を出て、好きに暮すのがいい」
アリシヤの心は浮かない。
ルーチェはアリシヤの親ではない。兄弟でもない。赤の他人だ。
だが、生まれてから十四歳になる今までアリシヤを育ててくれたのはルーチェである。
その理由をアリシヤは知らない。知らないことはいくつもある。
親は誰なのか。どうして一つの町にとどまらず逃げるように暮らすのか。
そして、どうして十五歳になったらルーチェと別れなければならないのか。
「ルーチェ。ルーチェは私と一緒に行ってくれないの?」
「ごめん、私には会いに行かないといけない人がいるんだ」
いつも通りの答えでごめん。
ルーチェはそう付け足した。アリシヤは首を横に振る。
「アリシヤ、十五歳になった時、すべてを話すよ」
「うん」
「だから、それまで決して物語に組み込まれてはいけない」
『物語に組み込まれてはならない』
いつもルーチェはそういう。だがその意味は分からない。
きっと十五歳になったら教えてくれるのだろう。
「さあ、片づけをして今日はもう寝ようか」
「うん、そうだね」
これが、二人で囲む最期の食卓だと言うことをアリシヤは知らなかった。
***
「アリシヤ」
ルーチェの短い呼びかけにアリシヤは目を覚ます。
その声は硬く、いつになく緊張している。
素早くベッドから降り、ベッドサイドに置いてある自らの剣を携える。
「どうしたの?」
「外に誰かいる。それも複数だ」
ルーチェは声を落とし言った。
ルーチェの手元の剣はすでに抜き身となっている。
足音が近づいてくる。アリシヤの身が強張る。二、三人なんてものではない。
十数人はいるのではないだろうか。
赤い髪と赤い瞳。その希少さから、売買目的のゴロツキに絡まれたことはいくらでもあった。
だが、せいぜい3人、多くて5人ほどであった。だが、今回は違う。
アリシヤの肌が粟立つ。
ルーチェとアリシヤの住むこのあばら家。そこで足音は止まった。
「ひっ…」
窓に現れたものを見て、アリシヤは思わず声を上げた。
松明を持った赤い顔が窓を埋め尽くしている。
それは、赤い面をかぶった人間たちだというのがわかるのだが、異様で気味が悪い。
ルーチェの眉間に深いしわが寄る。
「エーヌの民か」
「エーヌの民って魔王残党の」
「ああ、赤い無表情な面。間違いないだろう」
エーヌの民。それは魔王亡き後、魔王残党を名乗り各地を荒らしまわす集団であった。
彼らは、破壊を目標にしており、魔王のように領土の占有はしない。
だが、女、子供関係なく殺しつくすところはかつての魔王軍と同じである。
「どうしてエーヌが」
アリシヤはそこまで言って口を閉じる。
魔王と同じ赤い髪赤い瞳を持つ自分。
おそらく無関係とはいえないだろう。
扉をノックする音が聞こえる。
「赤い少女がわれらの要求。それ以外は必要ない。渡せ」
冷たい女の声が聞こえてくる。ルーチェが声を潜めてアリシヤに言う。
「行くぞ」
アリシヤは頷いた。
刹那、ルーチェは扉をけ破り、走り出した。アリシヤもそれに続く。
突如開いた扉を素早く避け、エーヌの女は声を張る。
「逃がすな!」
鋭い声に、赤い仮面たちは二人を囲む。
だが、ルーチェの剣捌きは素早い。
剣を持った赤い仮面たちを草でも刈るようになぎ倒していく。
二人の進む道が開く。
囲まれている状態からは脱した。あとは逃げるのみだ。
ここは町のはずれ。森を抜け、町に出るのが妥当だろう。
ルーチェは森の方へ向かう。
だが、おそらく町へは行かないだろう。国の兵がいるからだ。
アリシヤは、懸命にルーチェの後を追う。
ルーチェがアリシヤの安否を確認するためか、後ろを振り返った。
アリシヤを確認すると、微笑んだ。
だが、その表情が凍る。
「逃げろ!!アリシヤ!!」
ルーチェが叫んだ時にはもう遅かった。
アリシヤは後ろに気配を感じ、振り返った。
木陰から出てきた人影。
アリシヤの腹を目掛けて剣を振りかざす。
恐怖に目を閉じてしまった。
痛みが来ない。恐る恐る目を開けるとアリシヤの前にルーチェが立ちふさがっていた。
その腹からは血が噴き出ている。
「ルーチェ…!!」
ルーチェは、歯を食いしばりルーチェは懸命に体勢を立て直す。
「アリ、シヤ…逃げ、ろ」
「できない…!そんなのっ!」
黒い人影が、ルーチェの腹から剣を抜いた。
「ぐっ…」
苦し気に呻くルーチェの前にアリシヤは出る。
アリシヤは震える手で剣を構える。
何度か実践もしたことはある。ゴロツキから身を守ったこともある。
だが、ルーチェが守ってくれていたから落ち着いてできたのだ。
こんな風にルーチェを守るなんて初めてだ。
アリシヤは目の前の人影を睨む。背は高い。フードをかぶっている。おそらく男だろう。
だが、おかしい。赤い面をかぶっていない。エーヌではないのか。
男は剣を弄ぶようにくるりと回した。そして、一歩踏み込む。
来る。
そう思ったときには、アリシヤの構えた剣に衝撃が走っていた。
斬撃の重さにアリシヤの体は後ろへ吹き飛ぶ。
「アリシ、ヤ…!」
ルーチェの苦し気に呻く声が聞こえる。
「く…っ」
アリシヤは素早く立ち上がる。だが、相手に向かっていける勇気が持てない。
アリシヤは恐怖を覚えていた。
あの男は格段に強い。もしかするとルーチェより。
アリシヤは身震いする。
だが—
何よりも大切なルーチェを守りたい。
ルーチェの元に駆ける。
男がルーチェにさらなる斬撃を加えようとしていたのを何とか止める。
「ぐぅぅ…っ」
「アリシヤ!…いい、お前だけ、にげ、ろ…!」
アリシヤの体が再び吹き飛ばされる。起き上がりながらアリシヤは叫ぶ。
「できない!ルーチェと一緒に—!?」
よろめきながら立ち上がったアリシヤの頭に強い衝撃が走る。
「追いついた」
エーヌの民に追いつかれたのだ。
アリシヤの視界が暗くなっていく。ルーチェの叫び声が聞こえる。
アリシヤに手を伸ばすルーチェ。その手をフードの男は踏みにじった。
大量の赤い仮面を見ながら、アリシヤは意識を失った。
閲覧いただきありがとうございます。
次回「出会いと別れ」となっています。よろしくお願いします。