あまりに酷い仕打ち、私、感服し兼ねし候ことにて(混乱中)
しばらく風に吹かれていて、ふとマーシャが、
「お前は十人のメイドで女を計るなと言っていたが」
と話し始めたので私も頷きながらマーシャを見ると、マーシャは私を見て、
「お前がまず俺が思う女の定義から外れているんだな。俺の見かけに何も反応しないし、いくら肌を見せようが見ようともしない」
は?とマーシャを見るとかすかにマーシャは笑い、
「朝に着替えでいきなり脱いだ時と今腹をめくった時だ。今まで俺のメイドになった奴らは全員そういう時妙な目で見て来ていたから、それと同じ目で見てくるなら参謀はともかくメイド業は即クビにしようと思っていた」
私は驚いてマーシャを見て、
「朝も今も…試したというんですか」
と言いました。
マーシャは、まあな、と言いながら、
「俺だってわざわざ気持ち悪い女を傍に置きたくない。お前がろくに俺の見た目に反応しない奴で良かった」
私はマーシャを見て、
「何を仰いますか、私も少しはマーシャ様の見た目には反応してますよ」
と言います。
その言葉にマーシャはわずかに警戒の目になって身を引き、
「…どんな風に」
と言って来るので、
「マーシャ様の後ろ頭を見ていると、無性にミカンが食べたくなるんです。あまりにも美味しそうな色合いで」
と両手でミカンの丸みを現わすように動かしました。
「…」
マーシャは一瞬無言になり、軽く手で私を押しながら、
「お前、サキ。国王の俺をよくもそこまで馬鹿にできるものだな」
マーシャの力に横に倒れそうになるのを手で倒れないように地面につきながら、
「馬鹿にしていません。食べごろの甘いミカンの皮みたいに後ろ頭がツヤツヤだと褒めてるんです」
「馬鹿にしてるだろ、この野郎」
マーシャが私の頭を腕でガッと掴んでもう片方の手でウリウリと頭に拳を当ててきます。
まさかこっちにもヘッドロックなるものがあるとは。
逃げようとしますがこれって案外と逃げられないんですね。
よく男子がやっているようにギブギブ、と腕をペシペシ叩くとようやく頭を放してくれたので私もひどい目に遭ったと顔を上げます。
マーシャはふざけたことをした後の男子学生のような満面の笑みで肩を揺らしながら笑い、私の乱れた髪の毛を軽く直してくれています。
「…」
私はまんべんなく人と話すことはできますが、一人で行動することが多く、特に親しい友人という存在は居ませんでした。
でも何となく今、親しい友人として対応されているようで…今までこのようなことされたことも特になかったので、どこか嬉しいです。
思えばこうやって特定の人と休み時間の十分以上一緒に居るという事はしたことが無いので…。
…あれ、もしかして私が特に親しい友人が出来なかったのって、一人で行動することが多すぎたせいでしょうか…。
「サランも俺の女嫌いを直そうとしてお前をつけたんだろうが、サキでは用が足らんな、どう頑張っても普通の女ではないから、女でも女として見れそうにない」
その言葉に私がマーシャに目を向けると、マーシャはまだおかしそうに笑いながら私を見てきます。
「まあ…そうですね。サラン様もマーシャ様はいずれ国王としてお嫁さんを貰わないといけないんだから、少しでも女性への嫌悪感を減らしたいと仰っていましたけど…」
しかし今ヘッドロックを受けたので分かりました。私はマーシャにふざけ合える同年代の男子レベルに思われていると。
私もサランに言われたことをそっくりそのまま言いながら視線をマーシャに移すと、
「…嫁か…」
と楽しそうな表情が崩れて沈んだ顔になり、
「ハードルが高いな…」
とため息をつきます。
「低い、低いですよ。マーシャ様が本気になれば誰だって落とせます」
「そういう問題じゃない」
とマーシャは先ほどの私みたいに膝を抱えてうなだれてしまいました。
そう言えば気に入った女の子によく怒って怒鳴って泣かれた挙句嫌われてしまったんでしたっけ…。
何があってそんなに怒ってたのか分かりませんが、きっと好きな女の子に手痛く嫌われたこともかなりトラウマになっているのかも…。
と、向こうから鐘の音が聞こえてきました。
「正午か」
マーシャはそう言うと立ち上がり、
「戻るぞ」
とポチの傍に近寄っていきます。
ウッと私は固まりました。またあのフワッとする感覚のする上空に行ってしまうんですか。
マーシャはこちらに顔を向けて、
「前に乗れ」
と言ってきますが…。
「前に乗ったらしがみつくものがないじゃないですか…」
「俺の腹かきむしる気満々か」
マーシャは軽く突っ込んでから、
「しょうがないから手綱と鐙を貸して後ろから押さえててやる。帰りもあの調子でしがみつかれたらたまったものじゃない」
そう言いながらもマーシャは続け、
「ペガサスは頭がいいから落とされるなんて事は無いんだぞ、前も後ろも関係なく安全だし戦争のない時なら手綱も鐙もなくていいくらいだ」
「危なくない可能性がゼロとは限りません…!」
「睨むな睨むな」
ポチはまたしゃがんでくれたので私は上に乗り、マーシャは後ろに乗ります。
「地面は走れないんですか…?」
「馬鹿言え、城は近くに見えるがここからだと入口まで結構遠いんだ。時間までに食卓に着いていなければ午後の予定が総崩れになる」
そう言いながらフワッと空中をポチが駆けていくので、私はうう、と手綱を強く握って目も強くつぶりました。
後ろからはそんな私を馬鹿にするマーシャの笑い声が聞こえてきます。
「脅えてる人を見て笑うだなんて最低ですよ…!」
「すましてるお前が脅えてると楽しいな」
「鬼畜め…!」
「お前、俺が国王だって事忘れてるな?」
軽く上下への変動が激しくなって、私は呻きます。
「うう…!この下降するときのフワッと感が…!たまらなく嫌です…!」
「ふーん」
少し上昇してまた下降したのでフワッとする感覚が私を襲います。
「うう…!って、わざとやってます!?」
私は目を開けて後ろを振り向くとイタズラが成功したとでも言いたげなマーシャの顔が見えました。
と、また上昇してフワッと…。
「うう…!」
「何だその顔」
ゲラゲラとマーシャが笑いながら指さしてくるので、イラッとしてきて、
「やめてくださ…」
と体を大きく後ろにねじると少し体勢が崩れて左に少しズル、と滑りました。
「…!」
左に少しずつ傾いて行って落ちそうになったのに私の心臓は止まったかというほど跳ね上がり、頭も真っ白になりました。
「おっと」
マーシャは私の体を掴んで元の位置にすぐ戻し、
「気を付けろよお前」
と笑っていますが…。
「…クゥ」
私の声から嗚咽が漏れて目から涙が溢れました。マーシャがギョッとして、
「え、おい、なんだ、どうした」
と私の体をガクガクと揺らしてきます。
「怖いんですよお!」
私は叫び、
「怖いんです、お願いですからこれ以上ここでイタズラなんてしないでください、揺らさないでください!怖いんです!」
と前を向いて手綱どころかポチの首にしがみつきました。
ポチはかすかにこちらを大丈夫かと何度か振り向きますが、私が脅えているのを察したのか出来るだけゆっくりと、真っすぐに進み続けてお城の屋上へ進んで静かに着地します。
「マーシャ!」
屋上にはサランとダンケが待ち構えていて、
「どうだった、上空の…」
とサランがニヤニヤと声をかけてきますが、ぼろ泣きしている私の顔を見て、え!?と驚いた顔をしてマーシャへと目を移しています。
私はポチから降りるとその場に崩れ落ち、ポチは心配そうに私の顔に顔を近づけています。
「え…何、何があったの…?」
ダンケもオロオロとしながら私とマーシャの顔を見比べ、マーシャはポチから降りてムッツリと黙り込んでいます。
「おいマーシャ…」
サランが少し強い口調でマーシャに声をかけたので、私は手を上にあげてその場の注目を集め、
「た、単に私が上空がダメだっただけです…!」
と告げました。
「…唇紫になってるじゃん」
ダンケがそう言いながら近づいてきて、立てる?と言いながら酔った人を介抱するように抱え上げながらお城の中に連れて行きます。
屋上の扉を通り抜ける時、ふとマーシャの顔が見えましたが、どこか絶望だ…という顔をしていたのを私は見ました。
引きずられるように私は部屋に戻り、椅子に座らせられます。
「大丈夫?まだ顔色悪いよ」
涙は引っ込みましたが、一瞬左にズルリと滑った時の恐怖が何度も蘇ってきて、その度に心臓がすくみあがって頭から血の気が引いて行きます。
「大丈夫です、上空が怖かっただけです」
「…本当はマーシャに何かされたんじゃない?ポチはマーシャの考えた事を忠実にやるから…激しく旋回したとか宙返りしたとか…俺もサランも犠牲になった事あるよ」
私は首を横にふり、
「そんな事は…ちょっとフワッとする程度です」
「それを何かされたっていうんだよ」
「…」
私は大きくため息をついて、顔を覆って少し黙りました。
「大丈夫か」
サランも部屋に入ってきたので顔を上げ、
「マーシャ様は今お昼ご飯ですね?午後は私はどうするのですか?確かマーシャ様は雇う傭兵への顔合わせが終わったあと、戦についての勉強だと聞きましたが」
ダンケは軽く驚いた顔をしましたがすぐに呆れた顔になり、
「マーシャにそんな状態にされたのによく次のことが考えられるもんだよ」
「それはそれ、これはこれです」
サランも少し呆れた顔をしながらも、
「まあ、三時になったらお茶とお菓子でも持って部屋に持って行ってくれ。それまではサキにもこの国のことを少し勉強してもらいたい」
「…承知しました」
それでももう少し休ませて、と私は頼み込み二人はそれを了承してくれました。
* * *
三時少し前になったので、私は調理場に赴きお洒落な台車に美味しそうなお菓子とお茶を乗せて転がしながらマーシャの部屋にたどり着きました。
そしてコンコン、とノックすると入れ、と返事が返ってくるので、
「失礼します」
と中に入りました。
中にはマーシャが一人で机に座って本を読んでいて、私の姿を確認すると気まずそうに目を逸らします。
「勉強だというので先生がいると思いましたが」
「三時だからしばらく休憩に入った」
「そうですか」
私は台車をコロコロと転がして近くに寄り、部屋の真ん中にある丸いテーブルにお菓子とお茶のカップなどを乗せ、
「マーシャ様も休憩をどうぞ。お茶とお菓子を持ってきましたよ」
マーシャはムッツリしたまましばらく動きませんでしたが、ノロノロと動いてこちらの椅子に座ったので、調理場の人にしつこいくらい言われて暗記した順序に則ってお茶を入れていきます。
どうやらマーシャはお茶…紅茶ですね。紅茶を飲むのが好きなようなので、紅茶を飲むのに美味しくなる手順は完璧にやれと念を押されています。
そして準備が整ったら後ろに引っ込んで、後はマーシャが満足して片付けろと言われるまで待機…。
「…」
マーシャは飲み物を飲んで、お菓子に手を伸ばして食べています。
…焼きたてのクッキー美味しそう…。
後ろに待機しながら私はこれからの流れを頭の中でおさらいします。
休憩後もマーシャは勉強、後は夕食だとここに呼びに来て、その間に他のメイドから着替えを受け取ってこの部屋のベッドの上に新しい寝間着を置く。
着替え終わったら脱いだ服を回収して洗濯をするメイドに渡して、寝る時間になったら寝る時間だと伝えて去る…。
カチャンとカップを置いた音がするので私も我に返りました。
マーシャは飲みかけのカップを置いたままの姿勢で黙って動かないので、私は妙に心配になってきました。
「美味しくなかったですか、お茶」
私は適当にお茶っ葉を急須に入れてポットからドバドバとお湯を注ぐということしかやってこなかったので、まずはカップを温めて、温めた牛乳を先に…という細やかな順序などさっぱりなんです。
それでも教わった通りに出来たと思ったんですが…。
それでもマーシャは動かず黙っていましたが、少しうつむいたあと、
「…もう来ないと思った…」
と言いました。
「…はい?」
「お前がこの城に来る前…ちょっとしたことで貴族の子女を泣かせて顔も見たくないと言われたことがあって…」
貴族の子女とぼかしていますが、マーシャが好きだった子だと知っていますしその話の詳細はサランとダンケから聞きましたが、多分それを言ったら二人が怒られそうなので初めて聞くとばかりに大きく頷きました。
とはいってもマーシャは向こうを見ているので全然見ていませんが。
「それと同じことをしたと思った…もう俺の顔なんて見たくないと思われたと…」
「…」
そんなに女扱いされていませんが、それでも性別的に私は女なので、女に泣かれるというのがマーシャの中でトラウマになっているのかもしれません。
「仕事ですから。仕事にプライベートは持ち込まない主義です」
マーシャはまたうつむいて行き、
「仕事…か」
と呟くので、
「仕事です」
と返しました。
マーシャはまた無言になって重々しい溜息をついて頭を抱えるように肘をつきます。
「仕事じゃなかったら来なかったか?」
「でしょうね、そもそも国王の部屋に入れる職業なんてろくにないんですから」
「そういう意味じゃなく」
イライラとした口調で言うので私も軽く口をつぐみ、
「あの時は私も感情的になって一方的に泣いて喚いただけです。それだけのことで顔も見たくないとはなりませんよ。それよりポチの上ではお見苦しい醜態を見せまして…マーシャ様に対しては不愉快な気分にさせてしまい、申し訳ござませんでした」
「なんでお前が謝る」
マーシャが立ち上がって私の方を見ました。
「謝らないといけないのは、俺だろ…?散々高い所がダメだと聞いて俺だって納得してたのに、俺がふざけてただけで…」
「申し訳ないと思ってる気持ちは十分に伝わってますから」
何言ってんだこいつ、という顔をマーシャはして、一歩詰め寄ってきます。
「謝ってないんだぞ俺は」
「屋上にたどり着いてダンケ様に連れていかれている時、ふと後ろを見たら絶望的な表情だったので、酷く反省して落ち込んでると思ってました」
それと同時にかなり素直に感情が顔に出る人だな、とも思いましたが、今それを言ったら怒りそうなので黙っておきます。
「…」
マーシャはそれを聞くとムッツリした顔で黙り込んで、
「…すまなかった、ふざけすぎて怖い思いをさせた、高い所が苦手だと何度も聞いて知っておきながら自分の楽しい気持ちを優先させた」
ポツポツと途切れ途切れにマーシャは謝ってきました。
「知っています、大丈夫ですよ」
私はチラとお茶に目を移し、
「ところでお茶の味はいかがでしたか?このようなやり方初めてだったので正直な感想を頂けると次はもっと美味しく淹れられると思います」
マーシャは何で急に関係のない話題に変える、とイラとした顔になりましたが、
「美味かった。手順も味も完璧だ」
と腕を組んで私の顔を見下ろしてきます。
その言葉にお茶がまずかったわけじゃなかったとホッとして、
「…良かった、初めてだったので美味しくできたか不安だったんです」
と安堵から顔の緊張がゆるみ、マーシャを見上げます。
マーシャはわずかに私の顔を見下ろしてから少しぎこちなく目を逸らし、
「手順さえ間違わなければ、美味しくできるに決まってる…」
と言ってきます。
まあ確かにその通りだと思いながらも、これは紅茶が好きだというマーシャのためだと私に短時間で手順をスパルタで覚えさせた料理人のプロ根性と、マーシャに美味しい紅茶を飲んでもらいたいという…。
「愛情も…こもってますよ」
「…は?」
「愛情」
料理人の。
そう考えると宮廷料理人は料理を通してマーシャに忠義を示すようなものです。
それなら今、料理人のマーシャに対する愛情…もとい忠義は今、私経由でマーシャに通じたということかと思うと何とも言えない嬉しさが湧き上がってきて、ふふ、と笑いながらマーシャを見上げました。
「美味しいなら良かったんです」
マーシャはしばらく腕を組んだままの姿勢で黙っていましたが、顔がジワジワと赤くなっていき、軽く目線を逸らすとぎこちない動きで椅子に座り直し、また肘をついて頭を乗せ、深々とため息をつきました。
その態度を見て、本当はお茶が不味いけど悪い事をしたと思ってるから言うに言えない状況で、調子に乗った私の言葉に怒ったのでは、とかすかに心配になりました。