高い所はだめ、高い所はだめ、高い所はいだめ
マーシャに連れられてきたのは城の屋上でした。
空から見てみるか、と言っていたのでどうやって空から、ヘリでもあるのかと屋上をキョロキョロと見ていると、マーシャが口に指を当ててピョウッと口笛を鳴らします。
おお、あの口笛の鳴らし方格好いいですよね。
私は少し同じように口に指を入れて鳴るかとやってみますが、ヒュコーと息が漏れるだけでした。
そんな事をしていると目の前にバッサーと純白の白い馬…それも羽の生えている馬が上から現われました。
私は息をのんで目を見開き、
「ぺ、ペガサス…!?」
と驚いていると、ペガサスはキュルンとした純粋な黒い瞳でブルルと鼻を鳴らしながらマーシャに顔をこすりつけています。
「俺専用の馬だ。千頭に一匹生まれるか生まれないかの希少な馬でな」
マーシャもどこか嬉しそうによしよし、と鼻の頭を撫でていて首にギュッと抱きつきました。
「…」
ペガサスもですが、動物に抱きつくマーシャもちょっと可愛いと思えました…。
やっぱり…ここは地球とは違う所で、魔法とかも普通にある所なんですね…。生きたペガサスを前にしてようやく現実の今を受け入れられた気がします。
確かユニコーンは刺してきますが、ペガサスは刺してこないはず…このペガサスには額に角もないですし…。
「さ、触ってもいいですか…?」
「噛むぞ」
「えっ」
触ろうとした手を引っ込めるとマーシャは笑い、
「嘘だ。こいつは頭がいいから相手に悪意が無い限り攻撃はしない」
と鼻の頭を撫でています。
私もいそいそと手を伸ばして鼻の頭をかくように撫でると、キュルンとした黒い瞳が私を見つめ、それも嬉しそうに首を上下に動かしてすり寄ってくるので思わずキュンとして、
「あああ…可愛い…!可愛い…!」
とギュッとマーシャがしたように首に抱きつきました。
馬なんて初めて触りますが…いえペガサスという地球には居ない幻獣ですが…どちらにせよ馬型の動物にこんな風に触ったり懐かれたりしたことがないのですごく可愛いです…!
「…お前もそうやってはしゃぐんだな」
「そんな一日二日で人の性格を推し量らないでください」
マーシャの言葉にふっと冷静になってそう返すと、マーシャは特に答えることもなくさっさとペガサスの上に乗り、
「お前も乗れ」
と言ってきます。
乗れと言われても随分と背も高いですし…鐙(足を乗せる所)はマーシャが使ってますし…どう登れと?
私はペガサスの目をジッと見ると、キュルンとした黒い純粋な瞳が私を見てきます。
「…」
あああ可愛い…。
するとペガサスはスッと前足と後ろ足を折って背中にどうぞ、とばかりに見上げてくるので、なんて良い子なの…!?とジーンとしながらマーシャの後ろに乗りました。
「この子、とっても可愛いです。名前はなんですか?」
「ポチ」
「…」
国王御用達しのペガサスなのに、そんな日本の昭和代表の犬みたいな名前…と思いましたが、こちらでは結構いい名前なのかもしれないと思い直し、
「…ポチです、ねっ」
話していると急にポチが立ち上がって空にフワッと浮いたので、思わずマーシャにガッとしがみつきました。
それでも流石に女嫌いのマーシャにこれはダメではと思い離れようとしましたが、下をみるとあっという間に屋上を離れ地上から遠い位置を飛んでいるのに気づき、
「すっ、すみませっ手綱が持てないのでマーシャ様にしがみついてます!」
と慌てながら言い訳をすると前の方から笑い声がし、
「お前もそんな慌てた声出すんだな」
と一切なにも気にしていない声が聞こえてきました。
だから一日程度で人の性格を推し量らないでください。
…まあ、気になさらないというのなら別に構いません、私だって落ちたくないので…。
チラと下を見て、ぐんぐんと上に昇っているのをみてゾワッとしました。一瞬屋上から飛び降り、頭をぶつけそうになった時の記憶が巡ったんです。
「…」
私はもう少し前ににじり寄り、ギリリとマーシャにしがみつく手に力を込め、足にも力をこめてポチを挟みます。
大昔のローマ人は裸馬にまたがって走らせていたと聞きましたが…こんな足が宙ぶらりんだと足の置き所がなくてすごく怖いです、何よりここは地上ではなく空中なので二重に怖いです。
「おい、爪立ってんぞお前、痛い」
マーシャが痛みで不機嫌そうに言って私の手をはがそうとグイグイと引っ張ります。
その行為に驚き私は、
「やーーーー!」
と絶叫しました。マーシャはわずかにビクッと震え、ポチもビクッとこちらを振り返りました。
「離さないでください離さないでください!落とす気ですか殺す気ですかふざけないでくださいやめてください怖いです怖いです高い所怖いですお願いですから手を離さないでくださいお願いですからこのままでお願いします!」
「イデデデ!爪!爪が腹に食い込んでる!イデデデ!」
マーシャは手綱を引っ張ると急降下していきます。
フワッとお尻が軽く浮き、かすかにお腹の辺りがオエッとなりました。
「やーーー!落ちる落ちる落ちる落ちる落ちる!」
「落ち着けおまえーー!人の腹かっさばくつもりかーー!」
そうして誰もいないような野原に着地し、マーシャは私の手をギリギリとねじり上げながら手を離し、地面に降りました。私も地面に崩れ落ちるように降ります。
私はガタガタと震えながら野原に倒れ込むように横になりました。
地面の温かみと草の匂い…ああ、地面っていいです…いいですね…地面…私は地上が好きです…。
地面と仲良くしている私の前にズン、とマーシャのブーツが見えたので視線を上げると、
「お前ふざけるなよ!俺の腹から内臓でもえぐり取るつもりだったのかよ!」
と怒ってきます。
私はまだ恐怖で手と歯をガタガタと震わせながら起き上がり、
「前は…高い所平気だったんですけど…なんだか…やっぱり…高い所から落ちて死にそうになったから、体が…無理みたいです…」
と言うと、マーシャは少し口をつぐんでから、ハァとため息をついて隣にどっかりと座りました。
「それなら上から国内の様子見るのは無理だな」
「あ、いえ…ちゃんと落ちないようにガッチリ固定さえしていれば多分…もう少し安心できると思います…多分」
「…無理だろ」
私のあまりのパニック状態でしがみつかれたマーシャはお腹を押さえながら一言返してきます。
いいや、もう少ししたら慣れるはず…と私は言い返そうとしましたが、ポチはマーシャ専用の馬ですし、乗せてもらう分際で慣れるまであんなにギリギリと締め付けるのは…。
やっぱり無理です、と同意して頷きました。
「あの怖がりようから考えて…お前は本当に死のうとして屋上から飛び降りたんだな」
やはりマーシャも未だに私の話は半信半疑だったらしくそう言ってきました。
「そうですよ」
今まで何度も言っているので私も否定せず肯定します。
「死ぬ前に生きて自分に向けられてる非難をどうにかしようとは思わなかったのか?お前がそのような目に遭ったのも別の者に陥れられたからで、お前が悪いわけでもないんだろう?」
「…」
確かに。クラスの子たちは分かってくれていましたし人の噂も七十五日、それくらい時が経てば学校もマスコミもSNSも親も沈静化していたかもしれません。
それでも…。
「結局、私の言葉で死んでしまった人がいるんです。いくら相手が…。言い方が悪いですが性格に問題があったからって、私がきつい言葉を投げかけた次の日に死んだとあっては冷静でいられません」
私は体育座りをして、膝の上に頭を乗せました。
「そんな中でお前が悪いとか、よく学校に来れるなとか、あいつが人殺しだと学校内や道行く先々で散々言われ続けて…それが全国に広まって自分の家や顔と名前も晒されて、親にも散々説明したのになじられて…嫌になったんです。だから自分の命を持って身の潔白を証明しようとしました」
それでもやっぱり今では簡単に命を投げ出そうとした事に後悔しかありませんがね。
マーシャは何も言いませんでしたが、軽く肩をポンポンと叩きました。ああ、元気つけられていると私は顔を上げ、こんな話題は変えてしまおうと辺りをキョロキョロと動かします。
「城から近い所ですけど、ここは何もない野原なんですね」
「普段は兵士や騎士などが訓練する場所だ。魔法を使う場所はもう少しあっちの方だな」
なるほど…と思いつつ、見回してものどかな野原という印象です。ピクニックシートでもしいてお弁当を食べても差し支えないくらい…。
「しかしなぁ」
マーシャはふふ、と笑いながら、
「あんなに取り乱すとはなぁ。ポチと触れ合ってはしゃいでる時も表情一つ変えなかったお前が」
そう言われて私はふとマーシャに目を向け、
「そういえばお腹大丈夫ですか?」
と聞きました。
ずいぶんと力任せにしがみついていましたし、マーシャも痛いとずっと言っていたので今更ながらに心配になりました。
マーシャは自分の上着の裾をめくってお腹を見ると、明らかに爪が食い込んだあとがくっきりと残って赤くなっています。
私は顔をそらしてから顔を覆い、
「申し訳ございませんでした…!」
と膝を抱えてうなだれました。
何となく年齢も近そうに見えるため親しみやすい人ですが、それでも彼は国王です。国王の腹に爪を食い込ませてしまうとは…。
「まあ…お前が高い所から落ちたってのを忘れた俺も俺だった。すまんな」
またポンポンと肩を叩かれ、あ、この人は良い人だという思いが高まりました。そりゃ最初から悪い人ではないと思っていましたが、王様だというのにこんな新参者の私にも素直に謝れるんですもん。
…他のメイドへの対応は最低レベルでしたけどね。それでもほんの少しでも反省して対応を改めるように努力する、と言っていたので、これから少しは対応も良くなると信じましょう。
しばらくお互いに無言になりました。
風に吹かれながら、ポチが緑色の草を食んでいる光景を見ています。
風は暖かいし日の光も暖かいし、地面や草も暖かいし目の前ではペガサスが草を食んでいる…。これ以上の平和な光景ってあります?
「…戦争なんて起きなきゃいいのに」
私が呟くとマーシャは、
「それでも向こうにその気がない」
と返してきます。
私は大きくため息をつくと、またマーシャは無言になりました。
「…不思議だ…」
「何がですか?」
「まるでサランとダンケと話してる気分になる、女なのに」
マーシャはそう言いながら私をジロジロと見てきて、
「本当は男じゃないのか?」
と失礼極まりない事を言ってきます。
「生まれたころから私の性別は女ですよ」
「…まあ、だよな…」
マーシャはそう言いながら視線をポチに向けてまた少し黙りました。
タイトルはハリーポッターの「スリザリンはだめ…!スリザリンはだめ…!」より。
ついでにユニコーンが刺すのは生粋の処女以外全員。