その塩対応、改めてください
「しかし…まさかマーシャ様が女性の背中に手を回すとは…」
「いつも女性には厳しい目しか向けないというのに…」
「それも普通に会話もして、笑顔すら向けられていた…」
「いや良い兆候かもしれん…これで少しでも女性嫌いが直ってくれたら…」
話し合いは解散となり、国の中枢の人々はボソボソと話しあいながら私をチラチラと見てから出て行きました。
「マーシャ様は…よほど女性と話もしなければ触れもしないのですね」
その皆様方の様子を見送りながらマーシャに声をかけると一気に顔を憎悪の形に崩し、
「女なんて嫌いだ」
と吐き捨てました。
…私も女なんですけど…。それはつまり、私は女であっても女と見ていないと。そういう事ですか、ほほう…。
「おい」
「マーシャ」
その場に残ったサランとダンケがマーシャをつつくと、マーシャはふと顔つきを改めて私を見て、
「ああ、お前も一応女だったか」
と今更気づいたかの如く言ってきます。
横に居る二人が、「おい!」「マーシャ!」と言ってきますが、今の言い方がとても楽しかったので私はプッと鼻で笑い、
「構いません。あまり女だ女だと気にされるよりならそちらの方が私も動きやすいです」
と返しました。
「そら見ろ、気にしないと言っている」
とマーシャが私を指さし言って来るのを後ろの二人はどこか呆れた目をしていますが、私的には好感が持てますね。どこか対等に接しているという感じで。
「ならまずは地図の直しからだな」
「そうですね、まず丁寧に調べている時間もないでしょうから人数を使って人海戦術でやった方がいいかと思われます」
と言いながら私は悩みました。
参謀とはつまり軍師ということ。軍師とは地形を見て、天気を見て、どこでどのように攻め込むか、守るかなどを考える役割ですが、私はこのアバンダ国の地形も天気のあれこれも何もよく分っていません。
…ああ、天気を見るのも軍師の大切な仕事のうちの一つだったんです。やはり晴れる・雨が降るは戦に大いに影響を及ぼしますからね。侍好きの私は、気象予報士はある意味現代に生きる軍師だと思っています。
それに私も日本ではある程度の雲などの空模様や風に漂う雨の匂いや湿気、飛行機雲の消える早さや夕日の眩しさ、月にかかる薄い雲などを見て少しは天気を読むことはできていましたが、日本の天気読みがこの西洋らしきところで通じるかと言えば…無理でしょうね。
まず天気などはその土地に暮らしていた経験がものをいうので無理だとして、地形を見るぐらいは私にもできるはずです。
私は顔を上げ、
「百聞は一見にしかずと言います。私もあちこちを見て回りたいのですが」
と言いました。
「ひゃくぶん…?」
サランがそう言って来るので、
「同じことを百回聞くよりも、一度見た方が確実だという意味合いです。大昔、隣国のある将軍がそう言って実際にあちこちを視察し、敵国に勝利したという事例が慣用句として残っているのです」
サランは、ほう、と初めて聞いたがためになるな、という顔で頷きました。
「それなら実際にあちこち見た方が…とは思うが、サキはマーシャ付きのメイドだぞ。そう簡単にうんとは言えん」
「俺が馬に乗せて国を回ろうか」
ダンケがそう言ってくれますがサランは、
「だからマーシャ付きのメイドだからあまり遠くに離れたらダメだって言ってんだろ、互いが城の中にいるんならともかく」
と軽く突っ込みながら返しています。
「それなら俺が連れて空から国の様子を見てみるか」
マーシャの言葉にサランは、えっ、と言いながらマーシャを見て、信じられないとばかりの顔で、
「お前が…?」
と言っています。
「何か問題あるか」
「いや…お前が…女性をそうやって連れて行くって…言うなんて…」
チラとマーシャは私を見て、
「サキは…なんだか女っていう感じがしない。内面があまりにもお堅い騎士みたいで」
マーシャの言葉にダンケが、
「俺の方が…騎士なんだけどな…騎士なんだけどな…!」
ねえ!ねえ!と腕に取り付くダンケをマーシャは鬱陶しいと腕を回して振り払い、
「昼まで時間もあるからその辺をひとっ走りしてくる、ついてこいサキ」
と歩き出したので私もはい、と返事をして後ろを追いかけます。
やはり広いお城で、どこをどう歩いているのやら…。
たまに通りすがりの兵士たちがマーシャに道を譲り挨拶をしてくるのでマーシャは、
「ご苦労」
と言いながら通り過ぎますが、メイドたちに挨拶をされるとどこか睨みつけ、フイと視線を逸らしてズンズンと乱暴な足取りになってさっさと通り過ぎていきます。
私はなんて酷い対応、とショックを受けました。
そりゃマーシャは変質者的なメイドに次々と当たってしまったのもあるでしょうが、メイドだって兵士と同じくマーシャに誠心誠意仕えている人も多いでしょうに…。
それにこのメイドたちは私にとっては先輩だと立ち止まり、
「本日より国王様付きのメイドになりました、サキと申します。新参者として色々と覚えることも多いと思いますので、至らない点がありましたらそのつどお教え下さるとありがたいです」
と頭を下げて挨拶をしていきます。
「さっさと来い!サキ!」
マーシャがイライラと言ってきますが、私はムッと口を引き結んでマーシャを睨みつけました。
「この方々はメイドとして私の先輩にあたる方々なのですよ、新参者がこれからよろしくと挨拶するぐらいいいじゃないですか、挨拶は基本です」
マーシャにそう言うと目の前に居るメイドたちは、
「ちょ」
「マーシャ様になんて事言うの!」
と私を叱りつけてきます。
いきなりお叱りを受け私は、しまった第一印象は最悪だ、と思いつつ、少し離れた所から面白く無さそうな冷たい目でこちらを見てくるマーシャを見たら余計腹が立ってきました。
「言っておきますが、マーシャ様に当たったメイドが全ての女性代表だと思わないでください。ちゃんと真面目に、マーシャ様に忠義を尽くしているメイドだっておられるんですよ」
メイドたちは、「もう終わりだ」「この子はもう終わりだ」という絶望の目で、ただただ脇に寄って黙って目を伏せ頭を下げています。
「…俺だってメイドとは真面目に身の回りの世話をするものと思っていた。その期待をことごとく裏切ってきたのはメイドの方だ」
どこかメイドたちは自分が責められているというように身を強ばらせ、黙ってうつむいてしまいます。
「…ちなみに、マーシャ様付きのメイドになったのは何名ほどですか?」
「十人、サキで十一人目だ」
十人連続で変質者ぞろいのメイドに当たったんですね…。
本当に運の無い人…と同情しながらも私はズカズカと近寄り、
「たった十人ですか」
と言い放ちました。
「たった、とはなんだ、たったとは!」
マーシャも、自分が受けた事を全部知らないくせにと言いそうな言葉を言ってきます。
「このお城にいるメイドは全員で何人ですか?私を除きます」
「…四十…三」
少しあやふやながらもマーシャは答え、後ろにいるメイド二人に目を向けると、軽く横目で見ていて、合ってる、と頷かれました。
「たった十人の失態で、四十三名全員が変質者だとでも思っているのですか?四十三という人数でこんなに広い城の中を毎日掃除して、たくさんある部屋の中も整えて…。
それ以外にも季節の花をマーシャ様の部屋に飾って、マーシャ様の着替えやシーツも洗って、新しい服も綺麗に折りたたんで用意して…そんなに一生懸命やってるのに仕えている主人からは変質者という目で見られて…」
私はそこで言葉を区切ってマーシャを苦々しい顔で見上げ、
「マーシャ様が女嫌いになっているのはしょうの無い事とは思いますが、同じメイドの立場になった私から言わせていただくとやり切れませんね。
何も悪いことはやっておらず誠心誠意尽くしているのに、ねぎらいの言葉も一つもなくただ冷たい目で睨まれ無視されるだけなんて。それとも今いるメイドの誰かがマーシャ様に変質的な何かでもしているのですか?していないのならそこまで毛嫌いする必要もないでしょう」
マーシャはただただ眉間にしわを寄せて睨んできますが、私も黙ってマーシャを見上げています。
同じ女として、同じメイドとして、あまりの塩対応は改めて貰いたいものです。
マーシャはチッと舌打ちして目を逸らしました。
チッ、って何ですか、チッって。
その舌打ちに私はイラッとしましたがほんの少しマーシャの顔にバツが悪そうな感情が出ていたので黙っておきました。
私の意見はごもっとも。だけど冷たい対応をしたメイドたちの前でその通りだというのは国王として体裁が悪いという感じにも受け取れますが…。まあ思わず舌打ちするぐらい腹は立ったのでしょうね。
「…どうか女性全員がマーシャ様のメイドになった十人と同じ人ばかりだと思わないでください。…それに世の中に女は何人いると思ってるんですか?」
「…?」
マーシャが怪訝な顔で私を見てくるので、
「三十五億」
と某女性芸人のネタを一言いってみました。
…それでも元ネタが分かってないので少しキョトンとした顔をして、
「本当か?そんなにいるか?」
と普通に聞き返されました。
…見事なボケ潰しです。
「まあそれは物の例えとして、それくらい多くの女性がいる中、たった十人の変質者のために自分から視界を狭めるのは勿体ないという事ですよ。世の中は広いですよ」
この言葉はある程度素直に聞き入れてもらえたらしく、ムッとした表情はゆるゆると消えていきました。
「それが…三十五億の意味か?」
マーシャは普通にボケてきますね。
それでも元ネタを知らない以上、訂正も言い直しも出来ないので、
「そうです」
と堂々と嘘をつきました。
マーシャはなるほど…と納得した顔をして、
「そんなすぐには…考えは改められないが…まあ、お前の言い分も分からないでもない。…少しは直すように努力しよう」
と歩き出しましたがふと足を止め、メイドたちの傍に少し近寄り、
「…ご苦労」
と一声かけてからすぐ背を向けて私について来い、と手を動かします。
メイド二人は顔をあげお互いに目を合わせかすかに驚いたような顔になっていましたが、みるみるうちにどこか嬉しそうに顔をほころばせ、「キャー!」とでもいうように手を繋いで少しはしゃいでるような顔になっています。
私は二人に改めて頭を下げてから、マーシャの後ろをついて行きました。
サキ「はいはい、マーシャ様仕事仕事!…え、変質的だったメイドが忘れられなくて仕事に集中できない?アハッ、ダメ国王!いいですか?変質的だったメイドが忘れられない?じゃあ質問です。マーシャ様は、味のしなくなったガムを、噛み続けますか?」
マーシャ「…がむってなんだ…?」
サキ「…(ダメ国王の部分は突っ込まないんですね)」