そんな色々と聞かれても
全員の視線が一気に私に集中したので私も瞬間的に居心地が悪くなり、
「申し訳ありません、なんでもありません」
と謝りました。
「腹痛の薬?なぜ」
マーシャは少し気になったのかスルーせず聞いてくるので、私はその場にいる国の中枢の方々全員の視線を受けながら少し口ごもり、
「いえ…ここと私の国は違うと思うので参考にはなりません、話し合いの邪魔をして申し訳ございませんでした」
と頭を下げます。
「良い、言ってみろ」
言ってみろと言われてもなぁ、と思いながらも私が何か言わなければ話が次に進めなさそうな雰囲気を感じたので、私も口を開きました。
「日本でも昔…とおっしゃいましても四百年ほど昔の話なんですが、そこで戦争が近くなると多く売れる物があったらしいのです」
「それが腹痛の薬だと?」
マーシャの言葉に私は頷きました。
「戦争になると衛生状態の悪い川の水などを飲み、腐った食べ物を食べて腹を下す足軽…ではなく兵士が多かったそうです。ですから情報を集める忍…スパイは腹痛の薬が多く売れ始めると戦争が近くに始まると見ていたとか」
私はそこまで話し、
「聞いた限り腹痛の薬が無かったのでつい口を挟んでしまいました。申し訳ございません」
本当に国の中枢の話合いなのに余計な事を言ってしまった、と思いながら私は壁と一体化するかのように壁に背中を張り付けました。
「そう言われれば…俺の爺さんも戦場で腹を下して大変だったと言っていたな」
「俺の爺さんの友達なんて、腹下し過ぎて血の便を出して死んだと聞いたぞ」
そのような話をダンケと似たような鎧を着た高年の男性たちが話しています。
「血便だとすればそれは食中毒ではないですか?それか赤痢…」
O-157は悪化すると血便が出ると学校で習いましたし、赤痢も血便が出ると何かで見ました。詳しい症状はよく分かりませんが集団で衛生状態の悪い中だと猛威を奮うもので、日本外国を問わず、戦争中によく広まっていたものと私は聞いています。
全員の目がまたこちらに向いているので、私はハッとして口をつぐみ、バツが悪いのでそろそろと頭を下げます。
「サキ」
ひどく真面目な顔のマーシャに名前を呼ばれ、私は軽く口を引き結んでから申し訳なくなって頭をそろそろと下げました。
きっと話し合いの邪魔になる、うるさい、出ていけ、という言葉が言われるに違いないと思っていると、
「お前もテーブルについて話に混ざれ」
周りから、えっ、という声があがり、私も驚いて顔をあげました。
すると私をずっと疑わしそうな目で睨みつけていた…周囲の人と比べると若めですが確実に私より年上の茶色っぽい黒髪の男の人が、
「マーシャ様、ろくに素性も知らない者を…」
と声をかけました。
しかしマーシャは、
「敵だとしたら、わざわざ腹痛の薬をと助けるようなことを言うと思うか?」
と返します。
何をのん気な…と私が思っていると、その黒髪の男の人は私をかすかに睨みつけ、
「…そうやって油断させるつもりでは…?」
おっと、まともに人を疑うことができる人もいるじゃないですか。そうですよ、組織にはこういうなんでも疑ってかかる面倒な人も必要なんですよ。
まあ厄介になってる所の国王に何かあったら生活できなくなるので私も何もするつもりはありませんがね。
一方的にその黒髪の人への好感度が私の中でだだあがりしていると、マーシャが指でクイクイと呼ぶので近くに寄りました。
そしてペラリと紙を広げるので私もそれに目を向けます。
そこにはペン一本で書かれている絵と文字…まるで昔のヨーロッパで書かれたような本の挿絵のようです。
「アバンダ国」「ローカル国」などと書かれ、城下町に山、川や森の絵…。
…いえ、もしかしてこれは挿絵ではなく…。
「地図…?」
「そうだ。ここがうちの領地、ここからが隣の領地」
マーシャは指を動かして簡単に説明をし、
「サキ、お前だったらどう攻める?」
と私の顔を見て聞いてきました。
えー…と思いながらも地図に目を通しますが…。チラとマーシャの顔を見ると、こいつは何を言うかと人を試すような目で見ています。
マーシャの奥にダンケの姿が見え、目が合うと、
「大丈夫、ただ聞いてるだけだから思ったこと言っちゃいな?」
と言ってきました。
…なるほど聞いてるだけですか、それなら気楽に色々思ったことを言えそうです…。
私は地図をじろじろとひとしきりみて、少し頭を傾げ、あちこちを見てから顔を上げました。
「地図の絵が大雑把すぎて地形が把握出来ません。ここに山があると分かりますがどれくらいの高さですか?こっちのこれは山ですか、それとも小高い丘ですか?この森っぽい所は軍隊が歩ける幅の道はあるんですか?隣国に行くまでの道は整備されていますか?この川の広さはいかほどですか?
色々と言いたいことはありますが地形が完全に把握できない以上、どう攻めるか考えるのは無駄ですね。まずは自国隣国を問わず地形を調べ直し、地図を作り直すのが最善策だと私は思いました」
そして私はマーシャに目を向け、
「そして調べ上げたうえで完全に作り直された地図は厳重に保管し、国家機密としてこんなぽっと出のメイドに安易に見せない事をおすすめします。私がスパイだとしたら餌を与えるようなものだとお分かりになっておられますか?」
伊能忠孝の作った精密な地図は幕府が厳重に保管し、外国人医師がその精密さに感動し日本から持ち出そうとしたら罰せられました。
あまりに正確過ぎたため、外国の手に渡って攻め込まれでもしたら大変だと思われたのです。
現代以前の地図というのは国にとって、漏洩したら簡単に攻め込まれる可能性を秘めた重要なものだったんです。
そんな重要なものを昨日今日やってきた私に見せるとはなんてうかつな…。
ふっと気づくと、全員の顔の眉間にシワがより、私に向けられています。
…つい熱く語りすぎてしまいましたか、それともスパイとの言葉に完全に怪しいと思われましたか…。
「…。この川にそって周辺に町が集中しているので、この森っぽいところからこちら側は完全死守したい所ですね」
と当たり障りのない事をつけたして黙り混みました。
それでもあまりの場の空間の無言の長さに少し耐えきれなくなり、一歩、二歩と後ろに引っ込んでいくと、ガッとマーシャに腕を掴まれ前に戻され、
「お前は千の魔法騎士、千の飛行魔法使い、千の歩兵魔法使いに、千の兵士を持って動かせるとする。まずこの現状の地図ではどう動かす?」
「…うん?」
私はマーシャの向こうのダンケに目を動かすとダンケは、言っちゃえ言っちゃえ、と手を動かしていて、周りのおじさんたちやサランに目を向けると、どこか真剣な顔で私を見ています。
何で…と思いつつの視線の集中具合に私は逃げられないと察し、
「その魔法使いとやらはどんなことができるんですか?」
とマーシャに聞くと、
「魔法使いの攻撃方法がわからないとは…」
と、私をやたらと疑っている黒髪の男の人が小馬鹿にする笑いを浮かべて私を見てきます。
なんかクセになりますね、この人。ここまでハッキリされると逆に小気味良くて好感が持てます。
「昨日俺が見せた魔法の百倍の威力が出せると考えてもいい。主戦力は飛行魔法使いと魔法騎士だ」
マーシャの言葉に私はふぅん、と頷き、
「やっぱりどこの国でも空からの攻撃は有効なんですね」
微妙に私の発言に場がざわつきましたが、私はそのよく分からない地図を見ながら考えました。
「やはり、相手の拠点を叩くのが手っ取り早いでしょう。空を飛ぶという魔法使いを使って」
隣国の城をトントンと叩きながら地図を見て、
「しかし向こうも同じ事を考えるでしょうから自国にも空を飛ぶ魔法使いを半数残します。歩兵魔法使いは…三分の一は森でゲリラ戦に従事させ敵を混乱させ、もう三分の一は隣国、残りは城に配備。
兵士は半分以上城に配備、やはり城だけでなく支城も守らないといけないので魔法騎士を分散させて…。…いえ、魔法騎士も主戦力と言うなら守りではなく攻めに転じた方がいいのかも…。あとは相手の出方や戦況次第で変わるでしょうが。
あとはこの山に見張りの高台を作りましょう。そしてこの山か丘なのか分かりませんが、この道はこの地図を信用する限り細い道です。ここを通る敵は道の両方から石でも弓でも打てば重傷者が大量に出るでしょうね」
私は顔を上げてマーシャを見ながら、
「まあ適当ですけど」
と終わらせると、マーシャはどこかにこやかな顔をしながら私を見ていて、少し私に身を寄せました。
「お前、サキ」
「はい」
マーシャはまつげが長い方ですね。
「戦争のない平和な時代で過ごしたというのは嘘だろ?」
「本当です、私は平和な時代を過ごしました」
マーシャは地図に目を移し、
「それにしては随分と戦争が起きる際に売れる物だの、地形だの、地図は重要な物だの兵の数の分配のやり方だのをサッと言えるな?」
マーシャは私に向き直り、
「お前は学生だと言ったが、本当は何を学んでいた?こういう戦うための知恵か?」
「…」
どうやら調子に乗って好き勝手に言い過ぎたようで再び怪しいやつと疑われているみたいです。
私もマーシャに向き直り、
「このようなこと、学校では習いません。ただ私は歴史…昔にあったことが好きなので個人的に色々な本を読んでそのような知識を蓄えたに過ぎません。
平和な時代で戦争の記憶が薄れていくと、そのような時代には隠していた戦法から裏話、当時は機密情報だったものも少しずつ公開され、専門家の先生なども調べて本にまとめるなりして皆に教えているんです。
私はそれの興味があるところを覚えていたので、それを組み合わせて考えついた事を言ったまで。すべて当てずっぽうで言ったものですよ」
私はマーシャの目をまっすぐに見て、
「意見を言うようにおっしゃったのにこれ以上疑われるのは割りに合いません。もう口をつぐませていただきます」
と話を終わらせ目を背けました。
これ以上疑われて外に放り出されても困りますし。
マーシャはふふ、と口端を上げて、私の背中に手を回してきました。
その様子を見た周りがギョッとした顔をしています。
マーシャは私の背中をポンポンと叩きながら、
「拗ねるな、拗ねるなサキ。疑っているわけじゃない、偶然とはいえ俺の国は大きな収穫物を得たようだ」
マーシャは私の肩に手を回して皆の方へ向き直りました。
皆、身を乗り出しているやらこの世のあり得ない映像を見ているかのような呆然とした顔でマーシャと私を見ています。
マーシャは身を乗り出し、
「サキを俺のメイド兼参謀にする」
とその場で高々と表明しました。
「不思議を売る男」という外国の児童書で、戦場で赤痢が広まった時の対処法として「同量の塩と砂糖を水に溶かして沸かし、それを毎日飲ませる」というのがありました。本当に効果のある対処法なのかは調べてないので分かりませんが、児童書の中では適切な処置、と叔父さんが言ってました。
それと同時に言っていたのが「野戦病院を建てる」「感染してる人としてない人のトイレをわける」でした。
追記
上記の赤痢の砂糖と塩ですが、もしかして下痢による脱水症状をどうにかするためのポカリスエットみたいなものなのかもしれないと思いました、知らんけど。