国王付きのメイドとしての初仕事です
朝。
用意されたメイド服に着替えた私はサランと共にマーシャを起こしに部屋に向かっています。
当初、秋葉原のメイド喫茶で着ているような丈の短いのを渡されたらどうしようかと思っていましたが、くるぶしまでのスカート丈というクラシック式のメイド服だったので安心しました。
そうですね、昨日見たメイドたちもそういう服でしたねと一人笑いを噛みしめながら着替えました。
マーシャの部屋に向かいながら寝間着ではなく立派な服装に髪の毛も整えたサランは口を開き、
「いいか、マーシャは朝の寝起きが非常に悪い。それを起こすのがお前…いや、サキの初仕事だ。そのお手並み見せてもらうぞ」
「はい」
「ここしばらくはメイドを雇っていなかったから今まで俺がお付きのメイド代わりにマーシャの周りのあれこれをやってきたが、めんど…他の業務に支障が出ていてな」
今普通に面倒って言いそうになりましたね。
そう思いながらも私は質問しました。
「それならメイドではなく執事を雇っても良かったのでは」
「変質的な男だったらメイドの時よりおぞましい目に遭う可能性が高いからと、マーシャのお姉さま方からきつく止められている」
「…分かりました」
あまり分かりたくありませんが分かりました。
マーシャにトラウマを植え付けた姉二人ですが、一応姉として弟の心配はしてるみたいですね。
「あと一応言っておくがな」
マーシャの部屋に入る直前、サランが振り返ったので私も背を正して見返しました。
「相手は国王で、サキはメイドだ」
知っていますとばかりに頷き、もしや身分の差を考えて身の程をわきまえろという言葉がくるかとそのまま見返すと、
「絶対に惚れるなよ」
「…」
私は目をぱちくりと瞬かせ、こっくりと頷きました。
「大丈夫です、私はもっと眉毛は太くて口はおおきいけれど引き結んでいて、窓辺で物静かに本を読んでいそうでもどこか人を食ったような顔の黒髪の男性が好みなので」
私的に勝海舟がドストライクです。
西洋人の顔も見てて格好いいと思うんですけどねえ、やっぱり侍が好きなので腰に真剣を携えている緊張感を漂わせ、それでもそれはいつもの事とわずかに肩の力が抜けながらもキリ、と引き締まった顔つきの江戸時代末期の写真の男たちに惹かれます、私は。
私の言葉を聞いたサランは頷き、
「マーシャには一つもかすってないな、よし」
と言いながら部屋の扉を開けて中に入りました。
「朝は七時に朝食だ。それに間に合うようにマーシャを起こすこと。はい開始!」
サランは手をパンとならして私に起こせと言ってきます。
ええとまずは…朝に効果的な目の覚まし方は、朝の光を取り込むこと。
私はカーテンのそばに行き、その高い窓を覆い尽くしているカーテンを全開にします。重いかと思いきや、案外と簡単にカーテンはシャッと引けました。
朝の光がさんさんと部屋の中に入ってくるので、私の方がいい気分になってきます。
振り向くと仰向けで寝ていたマーシャは光から逃げるようにあっちを向いていました。
私は天蓋つきの大きいベッドに近寄り、
「朝です、朝です。起てください」
と声をかけますが、反応無し。
「朝です、起きてくださーい」
と布団をグイグイと引っ張ると、朝の光に髪の毛のオレンジがよく映えます。
なんだか髪の毛の色合い的にミカンが食べたくなる後ろ頭ですね。まあロン毛なんで剥いたミカンの皮って言った方が近いですけど。
布団を全て剥ぎましたが、反応無し。また夢の中にトリップしてる気配を感じます。
昨日侵入者が入って来たとき、よく起きれましたねこの人。
私は体をゆすろうと手を伸ばしますが、あまりにベッドが大きすぎて手が届かないので反対側に回ってベッドに片方の膝を乗せ、
「あ・さ・でーす!起きてくださーい!」
と肩を掴んで揺らし、それでも反応がないとみてベシベシと肩を叩きます。
「ちょ、曲がりなりにも国王だぞ」
「あ…すいません、ダメでしたか。ついお里が知れる行為を…」
サランは軽く笑いをこらえ、
「いや…まあいいか、続けて」
承諾を得たので声をかけ続けながら叩いていると、整った顔が不愉快そうに歪み、んん、といら立つ声で唸られました。
唸られてもこちらも厄介になっての初仕事なのでやめるわけにもいきません。
「はいはいはい、遅刻しますよ!遅刻遅刻!」
ペンペン叩いていると、ふわっと目が開いて目が合いました。
わあ、綺麗な青い目。それも瞳孔の周りは少しオレンジがかってて、どこか虹色に輝いてます。
マーシャはしばらくボンヤリした顔で私を見ていましたが、次第に瞬きが多くなって、「んん!?」と起き上がりました。
「お前、昨日の…!?なんでここにいる!?」
あれ、伝わってないのかと思いながらベッドから膝を降ろして背筋を伸ばし、
「行く先がないためここで厄介になることになり、あなた付きのメイドになりました。改めてお願い申し上げます」
と深々と頭を下げました。
「…!」
マーシャがサランを睨んで、どう言うことだという顔をしています。
サランはどこかなだめるような笑いを浮かべ、
「少しは女性に慣れておけよ」
と言うと、
「お前…!」
とマーシャが立ち上がりました。
改めて明るい日差しの中で見ると、やっぱり派手な顔だなぁと思います。
そして安心させようと、
「大丈夫です。私は寝てる人を襲う趣味もありませんし人の唾液のついたものを舐めるなんておぞましくて出来ませんし、人の体臭も好きこのんで嗅ぎたくありません」
それを聞いたマーシャは、バッとサランを見て、「言いやがったな…?」という顔で睨んでいます。
サランは苦笑しマーシャに落ち着け、と手を動かしながら、
「まあまあ、サキだって行くところがないからってのもあるんだ。人助けだと思って諦めろよ」
「そうです、私もこんなよく分からない所で外に放り出されると困ります、生活出来なくて野垂れ死んでしまうかもしれません、せめてお金がある程度貯まるまでお願いします」
マーシャは何か言いたげな顔をしましたが、ため息をついて寝間着を脱ぎだしました。
「まあわかった、だが気に入らなければすぐクビにするからな。そこは覚えておけよ」
「承知しました」
いきなり目の前で脱ぎ始めたのに驚いてかすかに目を反らしながら返事をかえすと、サランはプッと笑って、
「なあ、ダンケよりサキの方がよっぽど騎士みたいな口調だと思わないか」
と言っていて、マーシャは簡単に「まあな」と返事をしながら寝間着を軽く畳んでいます。
もしかして畳むのは私がやった方が良かったのかと顔を動かすと、すぐそこの手の届く棚に真新しく折り畳まれた服が置いてあります。
きっとこれに着替えるに違いありません、江戸時代には殿様に服を着せる専門の職業もありましたし、それなら着る手伝いでもした方が良いのでしょうか。
私は服を広げて後ろに回り、さあここに袖をお通しくださいという構えをみせると、マーシャは嫌そうな顔をして、
「自分で着替える、手を出すな」
と服を引ったくられて自分で着出しました。
「前にそうやって後ろから体触られ続けたからな」
「余計な事を言うな」
ついでに脱いだ服を自分で折り畳む癖がついたのも、その辺に脱ぎ散らかしていたら畳むと称して匂いを嗅がれたからだとサランに教えられ、マーシャはまた余計な事を言うなと怒りました。
そうして七時までの朝食には余裕で間に合いました。
私の初仕事はマーシャをいきなり叩き起こそうとした以外は満点、とサランに告げられ(それでもサラン自体が起きないとマーシャを叩き起こしていたので、あの程度なら別にいいだろうと言われました)
そしてマーシャが朝食を食べている間にこの国の現状をサランからお聞きしました。
まず戦争を仕掛けられたのはアバンダ国の前国王…マーシャのお父さんが亡くなった直後だそうです。お母さんはというと、もっと昔に亡くなってしまったそうで…。
急に隣国のローカル国からこちらに挨拶にこいと手紙が届きました。
それはどう考えてもマーシャに頭を下げさせ、このアバンダ国を属国扱いにしようとしているのは明らか。マーシャもなんの理由があって、若い新国王だからと馬鹿にしやがってと怒り拒否。
何度か向こうから同じような手紙が届けられていましたが、それを毎回丁重に断っていたら次第に向こうがイライラとしているような文面に変わっていき、
「そちらは我が国と対立でもするつもりか」
という脅し文句が届けられたと。
今はその部分でこちらからは手紙を送っていないそうですが、向こうでは着々と戦争の準備が整えられていると商人から話を聞いたそうです。
本格的な戦争は始まっていませんがもう戦争に突入している状態で、こちらからの返答次第ではすぐに開戦されるような状態だと。その前にこちらでも戦争の準備を整え、様々な作戦を練り上げておきたいと。
そして朝食も食べ終わった今、まさにその作戦を話すため国のお偉方が一部屋に集まって話を始めました。
本来メイドの私は席を外した方が良いんでしょうが、サランに、
「昨日お話した、侵入者を捕らえるのに多大な尽力をして、国王付きのメイドになったサキです」
と紹介され、ほほうと、興味深い、怪しいという視線に晒された直後、
「戦争が始まりそうな国の国王付きになるのだから、ある程度内部の状況を把握してもらわねば」
ということで話し合いの席から離れた壁際に立って話を聞くことになりました。
話し合いの中にはダンケの姿もあり、笑顔で軽く手を振られたので私は頭を下げます。
どうやらマーシャが国王になってからサランとダンケを引き立ててこのお偉方の中に入れたみたいですね。他の方々は年配の方が多いので前国王から引き継がれたメンバーなのでしょう。
「まず開戦にあたって、必要な物資ですが」
という話が年配のおじさんから始まって、眠くなるような物資の羅列が延々と続き、私はそれを右から聞いて一旦頭に留めてから左に流していきます。
立ってなかったら眠ってしまったかもしれません。
「以上」
その言葉に私は顔を上げ、日本の戦国時代には必須だったものがないと思い、つい口が勝手に開き、あ、しまったと思った時には言葉が出ていました。
「すみません、必要な物の中に腹痛の薬がないようですが」
江戸末期には殿さまに服を着せるだけの職業があったそうです。武士の数が多すぎて職業が細分化されていたんだと思います。酷いときには月の出勤日数が0日です。
その武士は殿様について紀州から江戸に赴いた際、奥さんと子供に仕送りをするため自炊をしていました。そして人参を安めに多く手に入れたので煮つけにして置いてたら食い意地の張った叔父がムシャムシャとつまみ食いし(それも上司でもあるので怒るに怒れない)、日記に、
「やれやれ、こりごり」
と書いていました。可哀想ww