最初から諦めたくありません
「なぎ…?」
「なた…?」
二人が初めて聞くような…ああいえ、初めて聞くんでしょうね、キョトンとした顔でこちらを見てくるので、私は近くにある石を拾って地面に薙刀の絵を描きました。
「このような武器です」
「槍…にしては刃の部分がカーブしてるね」
「むしろこれは片刃じゃないか?」
二人もしゃがんで私の描いた絵を見ていて、他の騎士たちも何?何なの?と近寄ってきます。
「これは元々仏門…神に仕える男性たちが使っていたのですが、その扱いやすさと防御力、そして非力な女性でも振り回せばかなりの威力が出るため、次第に女性が使う武器という扱いになりました」
へえ、とサランが興味深そうに薙刀の絵を見ています。
高校にはなぎなた部があったんですよね。
一週間ほど体験入部をして、中々筋がいいとも褒められ(新入生が欲しいがためのリップサービスだったのでしょうが)これはやりたい!と思ったのですが、結局親が…。
まあ一週間しか振り回していませんが、先輩方も体験入部だからと基本練習はまずすっ飛ばしてとにかく技の数々を教えて楽しんでもらおうと思っていたようなので、あれこれとゆるーく型を教えてもらったのでほんのりとでも動かし方は覚えています。
ああ、やっぱりあの時なぎなた部に入部すれば良かった…。今さら悔やんでもしょうがないことですけどね。
「じゃあこの武器だったら男相手でも対等にやれるかも知れないと」
サランの言葉に私は首を傾げ、
「対等は無理にしてもリーチの差で威嚇できますし、わりと当たると痛いです」
「当てられたことあるの」
「まあ…模造剣だって当たると痛いでしょう…」
「あら、ごきげんよう」
いきなり華やかな声が後ろから聞こえて来て、私はギョッとして後ろを見ました。
そこには、騎士の練習場にはあまりにも似つかわしくないほどドレスアップした、マリーとメリー様のお姿が…。
私は慌てて立ち上がって、
「おはようございます、本日もつつがなく」
と頭を下げ、心の中で三秒数えて頭をあげました。
とにかく私は嫌われているのは確実なのですから、ほんの少しでも好かれるよう挨拶と丁寧な口調は心がけねば。
マリーにメリーの姿を確認した周囲の騎士たち、それにダンケはザッと膝をついて頭を垂れていますが、サランは立ったまま深くお辞儀をしてそのままです。
あ、しまった。
サランがお辞儀しっぱなしなのを見て私も慌てて頭を下げると、マリーにメリーは鈴を転がすかのような声で笑いました。
「あなた、マーシャの婚約者なんじゃないの?頭を上げてよろしいというまでそのままでいるおつもり?」
「ずっと私たちに頭を下げっぱなしだなんて、臣下のすることですよ、顔をお上げなさいな」
うっ…。
私はゆるゆると頭を上げました。
まるで婚約者として認められているかのような口調でしたが、恐らく王族の身内として相応しいマナーがなってないと遠まわしに嫌味を言われているようなものでしょう…。
ああ、なんだか布団にくるまれてそこから針でゆっくりと先端だけをじっくりと刺されているような…そんな嫌味です。
ラッセルの嫌味は芸人の「なんでやねん!もうええわ」並にに小気味いいんですけどね…。
お二人は周囲の騎士たちに立つよう促し、そして私の元に歩いて来ます。
「マーシャから聞きましたけど。剣を習うんですって?」
「…はい、自分の身は自分である程度守れればと思いまして…」
お二人は軽く馬鹿にする顔になり、私を見下ろします。
「そう言えば魔法がお使いになれないのでしたね?」
「まぁお可哀想。今まで国王妃となった方々は庶民の出といえど魔法は使えたのに」
ああ、また布団の上から針でチクチク刺してくるような嫌味が…。
それでも私だって言われっぱなしはごめんです。
「魔法を使えないのですから、それなら剣をと思った次第です」
すると二人はちょっとした微笑みをスッと真顔にして私を見下ろしました。派手な顔立ちの女性二人の真顔というのは怖いもので、思わず私も口をつぐみます。
「あなた、ダンスは踊れて?」
「ダ、ダンス…?」
思わずどもります。
学校の体育ではダンスが必修だったので踊りの基本は…と言いそうになりましたが、この二人の言うダンスとはヒップホップ系ではなく、チークダンスや社交ダンスのような優雅な方ですよね…?あ、盆踊りなら完璧ですけど…違いますね。
そう言えば踊りというのは武術をその中に入れていることもあると言うので、高校の舞踊部にも入りたいと思っていたんですが…。
「なんであんたってそんな汗臭い剣道部だの暴力的ななぎなた部だの古臭い舞踊部だのにしか目が向かないの、そんな大人になった時役に立たないものより将来性のある部に入りなさいよ、家庭科部とか独り立ちしたら役に立つし、パソコン研究部だって仕事する時に役立つでしょ?」
…ああ、眉根を寄せながら冷めた目で言う母の言葉を思い出すとイライラする…。古くから伝わる伝統的な武術に舞踊を軽んじて…。
いや、ここに居ない母にイライラしている場合ではありませんね。私はダンスは踊れません、と首を振りました。
二人の真顔が崩れて、フッとお互いに目を合わせて軽く首を横に振り、私を見ました。
「あなたが今何より覚えないといけないのは剣の腕ではなくて、踊りの腕ではなくて?」
「そうよ。社交場に出たら様々な人と踊らなくてはならないのよ。…社交場に出るおつもりがあるのなら、ですけれど」
ホホホホ、と二人は笑い合います。
「…」
やはり私もそのような場に出ないといけないいんですか?それも女はそんな社交ダンス的な物を踊れないとダメなんですか?
…踊り…。…。ダンス苦手だったんですよねぇ…。
私は踊りも覚えなければならないという事実を突きつけられて軽くやる気が無くなりました。
ダンスは学校の体育の必修だったからとはいえ、ヒィヒィ言いながら覚えられない振りつけをワンテンポ遅れてついて行って…。
あまりにも無様すぎて人に見せられないレベルだというのにそれでも練習成果を人の前で踊らないといけないからと言われ…ああ、クラス全員の前で無様なヒップホップダンスを晒し、筋肉ゴリゴリの先生に前衛的だな!と評されたあの五分が恥ずかしい、消してしまいたい…。
私が自分の無様なダンスを思い出して赤面して顔を抑えているのを見て、サランはもしかして泣いたのかと勘違いしたらしく、私の前に立ちました。
「踊りはおいおい覚えていただきましょう。サキ様はこちらに来てから日も浅いのです、まずこちらの生活になれるのが先でしょう。一気に覚えることが多いと大変でしょうから」
「あら、それならこちらの生活に慣れるより前に剣を覚えようとサキさんはおっしゃっておられるの?そんなのおかしいじゃありませんこと?」
「淑女だったら剣より先にダンスを覚えるのが一般的ではなくて?」
「…」
それはその通りだとサランも思っているようで何も言い返せずにいますが、続けました。
「サキ様は魔法が使えない、それならある程度の護身に剣をと思うのは当然の考え…」
当然の考えと言っておいて、いやでもやっぱり将来の王妃が剣を振り回すのはどうなのかと思ったらしくサランはうやむやと口をつぐみました。
「剣など習わなくてもよろしい」
ピシャリとマリー?メリー?…どちらか分かりませんが、言ってきます。
「淑女であるのなら、剣より踊りですよ」
「そうね、女はそこまで強くなくてよろしい」
「大体にして運動が苦手なのでしょう?そんな者がいくら習おうが一人前になんてなれませんわよ」
「早々に諦めるのがよろしいわ」
「…」
もしかして護身を覚えられたら面倒だと思っている…?
そんな疑惑も湧きましたが、それよりも怒りが上回り私はムッとなりました。
何となく自分のやりたい部活をあれこれと言葉を並べて却下し続けた母の姿が二人とダブったんです。
私はキッと二人を睨みました。
「やらないうちから諦めるのは嫌です」
そう、今更あの時剣道をやりたかった、なぎなた部に入りたかった、舞踊部に入りたかったと悔やんでももうどうにもなりません。そして一度死んで生き返ったのですから、自分のやりたいと思う事は結果が芳しくなかろうが、自分がああ無理だと納得できるまでやってみたい。
そう思いながらも一度思い出した無様なダンスが脳裏から消えず、なんで体育でダンスなんて…!と思っていてふと思い出しました。
「あ…でも私、運動は苦手ですがその中で唯一得意なものがありました」
マリーメリーの二人は、はぁ?何言ってんのこいつ、とばかりの目で私を見てきて、私はダンケに目を移します。
「ダンケ様」
「ダンケでいいってば」
「ではダンケさん、ここに立ってください」
ダンケは私の言う通り私の目の前に立ち、そして私はダンケの袖口を掴み、そして胸のあたりの服を軽く掴み少し近寄ります。
ダンケは私が近寄ったのを見て、
「え、もしかしてダンスの指名された?」
とかすかに嬉しそうにしていますが…。
私はダンケの袖口を引っ張り、胸ぐらをつかんでいる手を奥にグンッと押し、そのままザッとダンケの重心の寄っている左足首に私の足を引っ掛けて手前に払いました。
ダンケは軽々と空中を舞って地面にダンッと背中から倒れ、私はダンケの胸倉を掴んでいる手を離さぬまま背後に回り込み、首周りの服を斜めにギリ…と締め上げ、ダンケは何が起きたのかさっぱり分からない顔つきのまま、服を使って首を締めあげている私の腕をギブギブ、とばかりにペンペン叩いて来ます。
私はダンケの首周りから手を離し、立ち上がってゆっくりとお姉さん二人を見返しました。
「今のは私の国固有の武術、柔道です」
そう、中学の体育の授業でしかやったことはありませんが…。
何故か柔道だけは異常に上手で、女の先生が皆に手本を見せるわね、と私を実験台にして大外刈りや内股刈りなどの説明をしている時…。
ここ掴めるなという所に手を差し入れ、あれ、これ投げ飛ばせそうと先生の懐に背を向けながら入り込み、軽く背に乗せるようにして前に体を動かすと…先生が軽く投げ飛ばされました。
遠くから見ていたもうひとりの筋肉ゴリゴリの先生が、
「背負い投げ!一本!」
と急にレフェリーになって皆の笑いをかっさらっていましたっけ。
お姉さん二人はキョトンとした顔で黙って私の顔を見ていましたが…。私はお姉さん二人を見据えます。
「苦手な運動でも得意なものもあります。この唯一得意な柔道のような動きで剣術を覚える事だって可能かもしれません。どうかやらせてはいただけませんか。やらぬうちからやめるよう促すなんて…人の望みを止めようとするなんて…」
やりたい部活をことごとく止めてきた母の視線が脳裏に浮かんできます。私はイラッとする心を無理やり抑えつけて顔を上げました。
「やりもしないうちから人に諦めろと促すのはその人の成長を止めるも同じです。あなた方ほど位の高い立場の方が軽い気持ちで諦めろと言ったら本当にやりたい事を諦めざるを得ない方々が多く現れるんですよ、これから先も諦めろと言い続けたらどうなりますか?
王家に近いあなた方が色々な方々に諦めろと促し全員がやりたいことをやれない世の中になったら…国の成長も止まります。そして衰退します」
お姉さん二人も私の睨みつけるような顔に言葉を聞いてカッと頭に血が昇ったような表情になって、手に持っている扇がワナワナと震えています。
しかし私を怒らせるような嫌味を吐き続けたのは誰ですか?あなた方ですよね?
私は毅然とした態度でお姉さん二人を見据え続けていると、お姉さん二人は同じように怒りで口端をピクピクと動かしていましたが、私を一瞥すると、
「野蛮な子」
「本当に王家に必要なのかしら」
と言いながらツン、と顔を逸らし、ヒールの音も高らかに消えていきました。
授業で習った柔道、私は非常に弱かったですが、寝技に持ち込まれそうになった時に相手の腕の隙間からグルンと回転して逃げるのだけは異常に上手かったです。
でも自分もどう回転して逃げていたのかさっぱり分からない。でもそれだけは異常に上手かった。