国王付きのメイドに任命されました
それからは騒ぎを聞き付けた人たちが訪れ、倒れているスパイとやらは西洋の甲冑をまとった兵士らしき人たちに回収され、国王の部屋にいる見知らぬ女の私はその場で何者だと問い詰められました。
見る限り若者と言える寝間着姿の男の人と騎士らしい甲冑を身にまとった男性二人です。
マーシャと名のる国王…とはいえ王子と言っても差し支えない若さの男性は、さりげなく侵入した不審者を私が倒したと周りの人に伝えてくれたので、私を問い詰めていた二人も私のことを怪しみながらも信じてくれたとホッとしました。
「それでもどうやってここに侵入した」
ホッとしたのもつかの間、マーシャにそう聞かれ、二人も返答次第では捕まえるという顔を私に向けます。
「…信用なさらないかと思われますが」
「いいから言え」
「…できれば私も今の状況が理解できないのでお教え頂けるとありがたいです」
まず私も頭を強打するまでの成り行きを伝えました。
自分の身に覚えのない仕打ちを受けたと同じ学生の子が首を吊り、その事で全国から非難の目を受けていたため身の潔白を証明するために学校の屋上から飛び降り、固い地面に打ち付けられる直前にあのスパイだという人にぶつかったという事を。
マーシャどころか、私を問い詰めた二人も私の言ってる事が理解できないという顔で聞いていて、私は話終えここの…アバンダ国という国はどこにある国かという質問をしました。
この顔立ちで王室だの王政だの貴族制度だのが残ってるとしたらロシアから東欧の間のどこかの国なのかなぁと思っていましたが(私は世界史と地理には詳しくありません)、よくよく話を聞くとそうでもなく、むしろ日本どころかEUの名だたる国名を挙げても知らないと言われる始末です。
それより…。
私はチラチラとマーシャの手の上で燃えている炎を見ます。
さっきから延々とマーシャの手の上で炎が燃えているので、熱くないのだろうかと次第に心配になってきました。いくら何でも長く燃えすぎです。
「あの…大丈夫ですか?手…熱くないですか」
私がそう気遣うように言うと、西洋人若者三人組はポカンとしたあと、おかしそうに笑い合いました。
「この程度、熱いわけないだろ?初級魔法だぜこれ」
と寝間着の男性は言っています。
魔法?
私は一瞬頭がフリーズしましたが、すぐに納得してフフ、と鼻で笑いました。
「それは手品でしょう?魔法だなんて…」
これだからまた西洋人はいちいちこ洒落た物言いをするとばかりの口調になるとマーシャはムッとした顔になり、手をひねって炎を消すとまた手をひねってバチバチと電気を辺りに散らし始めました。
これには私も驚き、「うわ」と叫んで尻もちをつくと、電気を消してビキビキと音を出しながら氷を作り、氷を落として丸い光を出して辺りを飛び回らせ…。
次々に繰り出される技の数々に、私も、「お…おお…」と語彙力がふっとんで見とれてしまいました。
「魔法だ」
マーシャが不愉快そうな顔で丸い光に照らされながら腕を組み睨み下ろしてくるのを、騎士姿の男性が助け起こしてくれました。
…やっぱり手品じゃないかと思えるんですが、なんか不愉快そうなのでここは素直に頷いて納得したふりをしておきましょう。
「つまり…お前はニホンという国出身の学生で、勉学の友がお前を陥れる遺書を書き残し死に至り、ニホン国から両親にいたるまでお前が非難されたので、世を儚んで…」
寝間着姿の男性がそう言ってくるので私は首をふり、
「違います。あまりの理不尽に私の命を持ってして世に訴えようとしたのです」
「いや、意味分かんない」
騎士姿の男性が首をふりながら言うので、私も軽く唇を噛んでうつむきました。
「分からなくて結構です。私も頭がぶつかるという瞬間…なんて馬鹿な事をしてるんだろうと思って後悔しました。結局私には後悔するほどの覚悟しかなかったんです」
あの瞬間のことを思い出すと鳥肌が立ってきて、思わず自分の腕を撫でました。
そしてふと顔をあげるとマーシャは私のその様子を見ていて、二人の男性に目を移します。
「理解しがたいがこいつの最初からブレない証言とこの恐怖の目を見る限り嘘は言ってない。本当に訳も分からずここに来てしまったんだろう、解放してやれ」
二人の男性は少し戸惑った様子を見せましたが、は、と短く返事をします。
すると周囲を整えていたクラシックスタイルのメイドの格好をした女性数人が、
「マーシャ様、お体は大丈夫ですか…」
「御髪が乱れてます…」
と話しかけ手を伸ばすと、マーシャは眉間にしわをよせ軽く身を後ろに引き、
「触るな」
と素っ気なく言って追い払っています。
心配して身を整えようとしてくれてるのに、なんてまあ偉そうな態度…。
いえ国王らしいので実際に偉い人なんでしょうけど、偉いからってあんな態度は無いと思いますよ、私は。
ともかく私は騎士姿の男性と寝間着姿の男性に連れられて外に出ました。廊下もこれはまた立派なご邸宅で…といえる西洋建築です。けど何で西洋建築ってこんなに無駄に天井が高いんでしょう。
「解放しろって言われたけどどうする?」
「外に放り出せばいいんじゃないか」
二人の間では私の処遇の話が行われていて、こんな訳も分からない状況で放り出さるても困ると私も振り向き、
「大使館はありますか、日本大使館」
と聞きますが薄々返答は分かっています。
「なにそれ」
やっぱりですか、と思い、
「私だって訳が分からない状況なんです、外に放り出されても行くところもありません。お願いします、まとまったお金がたまるまででもいいのでここに厄介になるわけにはいきませんか、雑用でも小間使いでもなんでもします」
と必死に頼み込みました。
騎士姿の男性はそんな私に同情的な顔をして、隣の寝間着姿の男性に目を移します。
寝間着姿の男性は少し考え込む顔になりしばらく悩んでいましたが、
「そうだな…」
と言いながら私の顔を見て、
「あのマーシャが女相手でもわりと普通に対応していたし、しかも見逃してやれだなんて優しい言葉もかけていたし…。怪しい初対面の者だが随分と信用されたみたいだしな。…よし」
寝間着姿の男性は私に指を差しました。
「お前を国王付きのメイドに任命しよう」
「…」
寝ぐせのついている金髪で寝間着姿の男性に国王付きのメイドと任命された瞬間、馬鹿じゃないかこの人はと思いました。
今戦争間際なんですよね?そんな時に部屋に侵入した見知らぬ女に国王付きのメイドになれ?それ、下手したら国王を殺してくださいって言ってるも同然ですからね?さっきもスパイが部屋に侵入してたんですよね?その事もう忘れたんですか?
…と思いましたが、しばらく厄介になれるとのことですし、別にマーシャを殺す気もないですし、こんなよく分らない所で外に追い出されず大層な役割をも貰えたのでホッとして、
「お役目、ありがたく頂戴いたします」
と軽く頭を下げておきました。
寝間着姿の男性は軽く笑い、騎士姿の男性を肘でつついて、
「お前より言葉使いが騎士っぽいぞ」
と言うと、騎士姿の男性は、
「うるさいなあ、騎士は言葉より行動だよ」
と拗ねました。
甲冑と見た目のゴツさとは対照的に中の人は子供っぽい感じの茶髪の人です。
すると二人は簡単に自己紹介をしました。
寝間着姿の男性はサラン、騎士姿の男性はダンケというそうです。なので私も改めて自分の自己紹介を簡単に済ませます。
「所で国王付きのメイドとは何をするんですか?部屋の簡単な片付け程度ならできるかもしれませんが、ベッドメイキングなどは全くできないです」
サランはこちらを見て、
「掃除などは他のメイドがやる。朝に起こす、予定が出来たらそれを伝え、予定を組んで時間通りに動くようにして出来る限りそばに控えてくれればいい」
「なるほど、秘書みたいなものですね。それなら掃除より得意です、承知しました」
私の言葉にサランは黙って私を見て、
「…本当にお前、平民出身か?本当はどこかの騎士の家の出ではないのか?」
と聞いて来ます。
「日本では貧富や肩書きの差こそあれ全員が平民です」
「ふぅん…」
まあまあ納得した顔で頷くので、
「ちなみにサラン…様は騎士なのですか?」
年齢は近そうに見えますが一応立場は上の人だろうと「様」付けで呼ぶことにしました。明らかにダンケは甲冑を着ているので騎士だろうと思いますが、サランは寝間着なので判別不能です。
「いや、俺は大臣見習い兼飛行魔法使いだ」
「飛行…魔法使い?」
大臣見習いは分かりますが、なんですかその飛行魔法使いというのは。
「戦闘時、空中を飛んで攻撃する魔法使いだ。俺は三師団を任されている。ダンケは魔法騎士、騎士団の副団長だ」
「…」
また魔法との言葉が出てきましたが、そこは軽く流しておくことにして、少し気になった事を聞くことにしました。
「しかし国王付きのメイドだというのなら、もっと他にそのような仕事に慣れている専門職のような方が居そうなものですが」
こんな素性もろくに分からない者ではなく、そのような王族付きの〇〇というものには専門的に学んだ方などがつくのが普通なのではないでしょうか。
まあ、厄介になれるに越したことはないのでそんな事を気にしなくても構わないんですが。
「あ、ああ…実はな…」
サランは頬を指でかきながら言葉を続けました。
マーシャには二人のお姉さんが居るそうです。
その二人はお嫁に行ったのでこの城には今居ないそうなのですが、マーシャは第二次成長期が訪れるまで美少女と見紛うほどの容姿であったらしく…まあ今もパッと見、女の人に見えましたが…少年マーシャは女の格好をするのが嫌だったのにお姉さんたちに着せ替え人形の如く扱われていつも女装させられていたそうです。
「まずそこで女性への苦手意識が芽生えたんだと思う」
「それも、ちゃんとした専門的な王家付きのメイドも居たんだけどさあ…」
とダンケが続けました。
どうにもマーシャ付きになったメイドの方々は変質者ぞろいだったようで…。
朝に目を覚ますと血走った目で唇を奪おうとしていたり(その場でクビ)、マーシャの使ったフォークやスプーンをベロベロと舐め回していたり(その場でクビ)、マーシャの脱いだ服を嗅ぎ回したり(その場でクビ)そのような方々に行きあたっていたと。
しょうがないので普通のメイドをマーシャ付きのメイドとして割り当てたら、着替えと称して指先でいちいち体をなぞる、マーシャの私物を盗っていく、気づけばドアからずっと覗いている、マーシャの目の前でいきなりスカートをめくり、パンツを見たとイチャモンをつけて結婚するように迫る人もいたようで…。
「…メイド運というか…女運が悪すぎませんか?」
メイドに変質的行動を取らせる物質がマーシャから出ているのではと思えるほどの運の悪さです。
メイドにそのような事をされ続けたのなら、さっきのメイドに対するあの塩対応も少しは納得できました…。
「本当にな、あまりにも運が悪すぎた」
とサランは頷き、ダンケも、
「そのせいでメイド雇う度に女の子が嫌いになっちゃったんだよなあ」
「しかも極めつけが…」
とサランが続けます。
そんな女性が嫌いになっていたマーシャですが、やはり年頃なので気にかかって好きになった女の子ができたそうなのです。
それでも女性が苦手なマーシャは女性への接し方がろくになってなく(サラン談)、相手に怒る・怒鳴るを繰り返して泣かせることが多かったようで、ある日ついに、
「そんなに怒鳴りつける程に私がお嫌いなら、お声をおかけにならなければいいでしょう!そのお顔、もう一生見たくありませんわ!」
と大泣きされ、立ち去られたと。
「しかもその子、一週間後に他の男と結婚しちゃったもんなぁ」
ダンケがそう言い、サランも、
「しかもそのきっかけがマーシャが泣かせたのを慰めて…っていうやつだもんなぁ。そのせいでもう女なんてこりごりだって思っているようなんだ」
サランはそう言いながら私に目を向け、
「だがあいつは国王だ、そのうち嫁をめとってもらわんといかんから、それまでに女性への嫌悪感を少しでも減らしたい」
そして私の手をガッと掴み、
「大体、マーシャの顔を見た女性はマーシャに見とれる。惚れはしなくとも見とれる。だがお前は全く見とれもせず普通に対応していたし、マーシャもお前に嫌悪を見せずに普通に対応していた。これはある種の奇跡だ!」
とズイズイと迫ってきます。
日本人にはない西洋人特有の圧の強さに私は気づかれない程度に下がりながら、
「侵入者がでるわ急に上から人が落ちてくるわでそれどころじゃなかったんだと思われますが」
「そう!そうそう!そういう妙に落ち着いて冷静に周りを見渡すところも、国王相手だろうと俺らみたいな城の関係者だろうと態度も変えず話せるところもお付きのメイドとして最適だ!」
まあ、これといって深くかかわる友人はいませんでしたが、まんべんなく人とは話せますからね、私は。先生相手でも物おじせず色々言う所は先生にも褒められたことがあります。
「それじゃあ、まず部屋を用意しよう、他の大臣や城の中の者には俺から伝えておく。業務の説明もまず明日だ!」
サランはそういいながらウキウキと歩きだし、ダンケは人懐っこい笑みを浮かべ、
「改めてよろしく、サキ」
と手を差しのべてきたので、私も本当にいいのかな、と思いつつ握り返しました。
清水サキ、十七歳。国王付きのメイドになりました。