強襲
「マーシャ!久しぶり」
「会いたかったわ」
二人の女のマーシャがマーシャに抱きついている…。
いえ、何を言ってるのか分かりませんね。
まず最初から説明しましょう。サランが大変な客人と言ったのはマーシャのお姉さん二人だったそうです。
…そう、嫌がる本人の意思を尻目に美少女とみまごう少年マーシャを着せ替え人形とばかりに女の子の服を着せ続け、幼いマーシャに女性への苦手意識を植え付けたお姉さん二人…。
実は私とマーシャのお姉様方とは初対面ではなく一度会っているんですよ、マーシャ付きのメイド兼参謀になって、貴族たちとの意見交換をした時ついでの紹介の時に。
マーシャのメイドだという紹介でどこか信用ならないとばかりの顔で上から威圧されたのを覚えています。
まあ、しょうがないでしょう。
なんせマーシャ付きのメイドになった人々はマーシャにセクハラしたり、使ったスプーンなどを舐め回したり、ドアの隙間から覗いているような変質的な人々だったのです。
この女は一体弟にどんなことをするつもりかと不信感を持つのは当たり前です、それよりこうやって離れていても心配してくれるお姉さんがいるなんて羨ましいと思いました。
私は一人っ子ですし日本では親戚とも疎遠で親しいいとこなどもいなかったので、兄弟とか姉妹とかが少し羨ましいんですよね。
…そんな風に私は羨ましいと思っているのですが、女性が苦手になるきっかけになった姉二人に抱きしめられているマーシャは硬直しています。
そのお姉さん二人はどうやら双子らしく、それもマーシャと非常に似た顔であるため、まるでマーシャが三人並んでいるようにも見えなくありません。
いやはや…ここまで派手な見た目の人が三人並んでいると圧巻ですね…ハリウッド女優がすぐそこに並んでるかのような光景です、おっと、マーシャは男ですね。
離れた所から可愛がられているマーシャを見ていると、一人が私にチラと視線を向けました。
そして表情を厳しいものにし、カツカツと靴の音を鳴らし私の前でピタリと立ち止まるので、私は自分よりわずかに身長の高いマーシャのお姉さんを見上げます。
…ええと、この方は姉の方なのか、妹の方なのか…。
マーシャのお姉さん二人は非常にそっくりで…それも口元にほくろがあるのですが、その位置も同じ、顔も同じ、身長も同じ性格も同じと、違う所を探す方が非常に難しいくらい似ているんです。
マーシャどころかご両親もほぼ見分けをつけることができないまま年頃になって嫁いで行き、その後は城に遊びに来た際に隣にいる配偶者で見分けてきたというほどのそっくり加減なんです。
目の前のマーシャのお姉さんは軽くあごを上げて私を見下ろし、
「名前は何だったかしら?」
と聞いてきます。
「清水サキと申し…」
「興味なーい!」
お姉さんはそう言いながら笑い、もう一人のお姉さんもこちらに近寄って、
「あんた、マーシャの何だって?」
「…一応、婚約…」
「あり得なーい!」
お姉さんはゲラゲラと笑いながら手に持っている扇を振り回しながら、
「ってかこんな地味な子がマーシャの婚約者?」
「マジであり得ねーし」
「つーか何よ?最初メイドだの参謀だの言ってなかった?」
「それが婚約者って」
「笑えねー」
「最初から狙ってたんじゃね?」
「あり得る」
「マーシャ、あんた騙されてる感じじゃね?」
「絶対騙されてるって」
「見てこいつのこの無表情、絶対こいつこんなジットリした目で王妃の座狙ってた計算高い女だって」
「今からでも遅くねーし。別れちゃいな?何なら姉ちゃん追い出してあげっから」
…おう…。
あまりの散々な言われように流石に私も大いに傷ついて言葉を失っていると、マーシャも同様に言葉を失っていたらしくポカンとしています。
が、一気に怒りの表情になってお姉さん方を睨みつけ、
「ふざけるな!」
と怒鳴りました。
マーシャが怒鳴ったことに関してお姉さん方は多少目を見開いて口をつぐんでマーシャを見ています。マーシャは顔を真っ赤にして怒りの形相のまま、
「俺が選んだ女だぞ、それをなんだ、口汚く好き勝手にけなして!それでも王族の礼節を学んだ女か!恥を知れ!」
庇っていただいたことに関して凄く嬉しく思いますが…マーシャも言い過ぎでは…。
それでも私がここで口を挟むと油を注ぐ結果になりそうと判断して成り行きを見守ることにすると、お姉さん方は目を見開いたままマーシャを見ていましたが、次の瞬間にはプッと吹き出しお互いに高い位置で手を繋いで頭をくっつけるように顔を寄せました。
「キレてる」
「ウケる」
…もはや言葉の後ろにスマホ内蔵の笑ってる顔文字が見え始めるほどの口調で二人は笑いを堪えています。
むしろこの二人がスマホを持っていたら怒っているマーシャをノリノリでインスタにアップして、「#弟キレた #マジおこ #ウケる」とかやってそうですね。
…私はSNS系統はやってませんでしたが、大体そんなものなんですよね?
そしてマーシャはそんな態度の二人に更に怒り心頭になって掴みかかる勢いで迫っていくので、これは流石にと私はマーシャの服の袖を掴んで止めました。
マーシャはそんな私を驚いた顔で一瞬振り向き、またすぐ怒りの顔になって、
「お前は悔しくないのか!?自分のことが散々馬鹿にされてるんだぞ!」
と怒鳴ってきます。
そりゃあ…まあ確かにショックも受けましたし、正直に言って何様ですかと思う気持ちもあります。それでも…。
「まあ…気に入らないんでしょう」
その言葉にマーシャは面食らった顔で私を見てきて、マーシャのお姉様二人もキョトンとした顔で私を見てきます。
「気に入らないんだろうって…だ、だってお前…自分のことだぞ…?何をそんな他人事みたいに…」
マーシャは呆れているようなわずかに私に対しても怒っているような声で手を震わせながら私に声をかけてきます。
「一方的に傷つけてこようとする相手と同じ目線に立ったら精神的に辛いので俯瞰する位置にいるのが楽なんです」
と言いつつマーシャのお姉さん方を見ると、「はあ?」と馬鹿にされたという表情で私を睨みつけています。
おっと、これは本人たちの前で言うべきではありませんでした。何だかんだで腹が立っていて自分がコントロールできていませんね。危ない危ない。
マーシャは呆れたような顔で、
「腹が立たないのか?」
と聞いて来ます。
「立ちましたよ」
「じゃあ何でそんなに落ち着いて…!少しは言い返せ!」
言い返せと申されても…。
どう考えてもマーシャのお姉さんたちは怒ったら馬鹿にして来て、こちらが淡々と言うと怒り出しそうな方々で…何を言っても無駄な気がしてきます。
私はなんと言えばいいのやらと言葉を選び、マーシャの顔を真っすぐに見ます。
「どうやら私は手ひどく嫌われているようですので何を言っても聞き届けてはいただけないものと思います。それに私を悪く言うのはお二人の問題で私の問題ではありませんので、そちら同士で満足するまで好きに話し合っていただければよろしいかと。そこに私が介入する義理もありません」
私はお姉さん二人に向き直り、
「それでも私の居た世界では悪いことを言うと全て自分に戻っくるものとされています。あまり悪いことは言わない方が賢明だと思われますよ」
私はお姉さん方に頭を深々と下げてから背を向けてドアの方向へ立ち去りました。
…やっぱり腹が立ったので言い方がかなり嫌味くさくなってしまいました…。
しまったな、これから長く付き合っていく方々なのにとかすかに後悔も湧きましたが、それでも先に人を怒らせ傷つける行為をしてきたのは向こうだと思い直し、あの二人の明らかに傷つけてやろうという言葉の数々に比べたら私の嫌味なんて霞むという結論に至りました。
そしてドアを出て行くと部屋の中から、
「何あいつ!」
「何様!?」
と喚くお姉さん方の金切り声が聞こえて来ました。
やっぱり怒りましたね。まあ私も怒りましたけど。
それと共にマーシャが部屋を飛びだし私の隣に並び、心の底から申し訳無さそうな顔をして、
「すまない…!すまない、本当に…!」
と手を取って自身の頭を下げて額に添えました。私が口を開きかけるとマーシャは私の背中に手を添えてさっさとあちらに行こうとばかりに押してきます。
「マーシャ!話は終わってねーし!」
「そんな女あたしら認めねーから!別れろ!」
と後ろから二人の声が聞こえて来ますが、それを振り切るようにマーシャは私の背中を押し続けて曲がり角を曲がりました。