好きです結婚してください
周囲を見渡すと大いに盛り上がり、その辺では食べ物やお酒を売っている店もあってやはりお祭り騒ぎのような賑わいです。
「来年もこれやるのか?」
「とりあえず毎年やるつもりらしいぜ、お偉いさん方は」
通り過ぎる大人たちがそう言い、その隣を通りすぎる子が、
「それなら俺、もっと大きくなったら綱を引いてローカル国の領土もっと増やしてみせるよ!」
と言うと、大人たちは一瞬口をつぐみ、一気に顔をほころばせて笑いながら、おお頑張れ、と頭をグリグリと撫で付けています。
こんなやり方、と不満の声も上がるかと思っていましたが、わりと好意的に受け取ってもらえたようで良かったです。
国同士の話し合いが終わってからこの一ヶ月、私はサランに紹介された食料の流通を担うところで働いていました。
アバンダ国のの皆はローカル国との話合いの場に私も居たのでそのままアバンダの城内に私が戻るのではと思っていたようですが、やはり私的にあんな去り方をして、のうのうと国同士の話し合いにも口を挟んだだけでも申し訳ないぐらいなのにまた城に戻るのは…と思っていたんです。
マーシャも私に何を言うわけでもなく途中の道でどこか寂しそうな顔で見送りました。
私もそんなマーシャの顔を見るとどうにも離れがたくしばらくその場に立っていましたが、このまま私が突っ立って居たら国の皆が戻れないと唇をかみしめて背を向け去りました。
そして今日、もしかしたらマーシャの姿が見れるかもとここに訪れました。
マーシャが弓を引くまでまだ時間もあります。少し人ごみに疲れたので人の少ない所に行こうと思い、人ごみをかき分けゆるゆると人のいない所に移動して、ふう、と一息つきました。
とても良い天気で、絶好の行楽日和です。
私はもう一度ふう、と息をついてゆるゆると地面に視線を落としました。
…完全に城に戻れない状態になってから何となく私は自分の気持ちに気づき始めました。
もしかして私は…マーシャの事が好…。
「サキ」
急に名前を呼ばれ振り向くといつの間にやら後ろに来ていたラッセルに話しかけられて、何で国の要人がこんな所にと思いつつ、反射ではい、と向き直りました。
「一ヶ月たっぷり考える余裕があっただろう、城に戻る気にはならないか」
いきなりの言葉に私は息をのんで少し視線を落とします。今日までの一ヶ月、確かに城のこと…というよりマーシャのことがずっと頭にあったのは事実です。ですが…。
「あんなに言っておいて、今更戻るのは…」
「別にいいだろう、俺もだが他の中枢の皆様方もメイドたちも、サキが居なくなってどこか寂しそうだ。城に活気がない」
「…寂しい…ですか」
ラッセルから出そうにない言葉が出たので思わず聞き返すと、隣からガッと肩を掴まれました。
驚いて顔を上げるとマーシャが私の肩に手を回してかすかに後ろに下がらせ、ラッセルを睨んでいます。
…というよりマーシャは弓を引く準備に取り掛からないといけないのでは、なぜここに。
「何を話している?ラッセル」
「城の皆が寂しそうだから城に戻るように促しておりました」
「…それをなぜお前が言う?」
イライラとした口調でマーシャはラッセルに突っかかるような口調で身を乗り出します。
「おや、マーシャ様が言いたかったですか?サキに城に戻ってこいと?そうですね、国の代表として弓を引くはずなのにわざわざ抜け出して探しに来たようですからご自分で言いたかったのでしょうね?それとも俺がサキが居ると言って動いたから慌ててついてきましたか」
どこかラッセルもマーシャを挑発するような口調で言っています。
マーシャはどこか腹を立てたような顔でラッセルを睨み、
「お前…!」
と言います。
すると遠くから「ラッセル様~」というほのぼのした女性の声が聞こえてきて、ラッセルは後ろを振り向き、
「ちょうどいいのでそろそろ勘違いを正しましょうか」
ラッセルは後ろを向いてちょいちょいと指を動かすと、ラッセルの隣に女性が駆け足でやって来て、ラッセルはそのニコニコと微笑んでいる女性の肩に手を回して引き寄せました。
「俺の婚約者のリナです」
「マーシャ様、サキ様、初めまして~。子爵家三女のリナ・ワーナー・サリナです~。サキ様のお話はかねがね伺ってます~。ラッセル様はお話が対等にできる方だととても喜んでたんですよ~」
リナという方がフワ~と手を差し出して来るので私も思わず手を差し出して握手します。
「サキ様が居なくなってから~ラッセル様は話し合える人がいなくなったって本当~に寂しそうなんですよ~。でも私ラッセル様のお話さっぱりなので~良ければお城に戻ってもらえると嬉しいです~」
フワフワとした話し方と間延びした声に私は、はぁ、と言っていると、マーシャはどこか混乱した顔でラッセルを見ていて、その顔を見たラッセルは、
「胸ぐらを掴まれた時何か勘違いしてたのは知ってましたが、ライバルがいた方がもっと本気になるのではと思いまして。マーシャ様は女性が苦手なので少し焚き付けた方がいいと判断しました」
「だ、だってお前、サキの背中に手を回して…」
「暗い場所をエスコートするときはそうするものと親から習っています。あと婚約者の前で誤解を与えるような言い回しはご遠慮願えますか。大人なんですからそういう所を融通を利かせた物言いをしてくださいと言っているんです俺は」
ツラツラと言うラッセルの言葉にマーシャはどこか、この野郎とでも言いそうな顔でラッセルを睨んでいました。
「まあ、俺はサキが戻ってきやすいように下地は作っておきましたので、あとはマーシャ様のお心のままにどうぞ。それでも弓を引くまでの時間も考えて手早くお願いしますよ」
「暗い場所でサキ様の背中に手を回したって~どういうことですか~?浮気ですか~?」
リナが笑顔ながらに非難がましく言うとラッセルはイラッとした顔になり、
「ふざけるな、お前を口説き落とすこの十二年で俺は十分に疲れたわ、お前以外にやらんわ」
「やだぁ~」
「腹が立つな、この女…」
ラッセルは幸せそうに身をくねらせるリナを連れ、ぼやきながら去っていきました。
嵐のように去っていったラッセルを見送るとマーシャは私を見て、
「まあ…ラッセルは城に戻ってこいと言っていたが気にするな。背負わなくてもいい重荷などわざわざ背負う必要はない」
その言葉に胸が痛み、マーシャをジッと見上げるとマーシャは落ち着かなそうに目を動かして、そらしました。
「…マーシャ様はその重荷から逃げたいと思ったことはありますか?」
「…」
マーシャは黙り混み、軽く口端を上げるだけで何も言いませんが、無言の肯定のように思えます。
私はそんなマーシャを見て、少し寄り添うように近づきます。
「今さらで虫がいいと思ったのなら断って結構なのですが」
ドキドキとした胸を抱えてマーシャを見上げます。断っても結構と言いつつ断って欲しくないと思いながら。
「ん?」
「私にもう一度重荷を背負うチャンスを与えてはくれませんか」
「…え」
マーシャは私の顔を覗きこむように見ます。私は真っ直ぐにマーシャを見ました。
「重荷を背負うチャンスを与えて欲しいです、私に」
サランに紹介されたところで働いている時も、マーシャに買ってもらった羽ペンを見る度にマーシャを思い出し、何かしら苦しい感情にさいなまれてやっぱり城に戻りたいとずっと思いつづけていました。
「…だが」
「牧野さんが暴れた時、マーシャ様はおっしゃってくださいました。私の言葉はプラスになったと、私の言葉は死に向かわせるばかりだと思うなと」
倒すしかない牧野さんを私は言葉で引き戻せました。
略奪が発覚した時、私の言葉で大勢が傷つき死んだとショックを受けましたが、それでもこのように…綱引きで血を流さず、スポーツのような感覚で楽しみながら領土の問題を解決する方法を提案することも出来ました。
ただ運が良かっただけかもしれません、でも言葉で悪くなることもあれば良くなることもある。
それなら私は…。
「マーシャ様が重いと思っているものを少しでも背負って軽くしたいです」
最初真顔だったマーシャの顔が少しずつ赤くなっていきます。
そしてどこか視線をあちこちに動かし、腰に手を当てたり斜め向こうを見たりと挙動不審な動きをした後、
「それは…臣下としてか?」
その言葉に「結婚して欲しいって、言おうと思った」と言ったマーシャの言葉が脳内に蘇ってきて、少しずつ私の頬から耳まで熱くなっていきます。
「あ、あの、私、今までそういう…男女の仲とかそういうの無縁で…いきなりけけ、け、結婚…と言われてもなんと言えばいいものやら…」
マーシャは傷ついた顔でわずかに視線を地面に向け、
「お前の好みから…遠いからな俺は…」
と言ってきます。
私は慌てながら手を縦に、首を横に振り、思わずマーシャの両腕を掴みながら、
「や、あの、あの、何と言いますか、その…」
さっきより顔が熱くなってきて、マーシャと目が合うと思わず視線を下に向け、
「なんかこう…恥ずかしくて口に出せないんですよ…!こういうのに慣れてないから…!」
と腕を揺らしました。
しばらくマーシャは何も言わず無言なので不安になって顔を恐る恐る上げると、マーシャはスッと膝をついて私の手を取り見上げました。
「俺と結婚してくれるか?サキ?」
「ファッ!?」
「こう言えば、はいかいいえで答えられるだろう?」
言ってる自分が恥ずかしいという顔でマーシャは何度かチラチラと視線を下に横にと逸らしますが、私もいきなりの王子的なプロポーズの姿勢と言葉にフリーズしてしまって、どんどんと顔が赤くなってくるのだけを感じていました。
マーシャはそんな私の顔を見て余計に恥ずかしくなってきたのかわずかにうつむき、
「お、俺だって恥ずかしいんだからなこれ!さっさと返事をよこせ!」
「は、はい!」
私のフリーズが解けて反射的に言うと、マーシャはムッとした顔になり、
「そんな返事いやだ!」
プイッとマーシャが視線を逸らします。
何ですかその急な駄々っ子。
思わず胸キュンポイントにはまってしまってキュンキュンしてしまい、
「好きです結婚してください」
とさらりと口からそんな言葉が流れ出ました。
マーシャはそれを聞いて驚いたように顔を上げ、ボッと顔を真っ赤にしながら、
「俺が言ってるのに!なんでお前が!重ねて言うんだよ!馬鹿!」
と顔を両手で覆って地面に横たわって丸くなってしまいました。
…可愛い。
私はマーシャの背中をよしよしと撫で、
「国王なんですから地面に横たわらないでください」
と言い含めるように言うと、マーシャは真っ赤な顔ながら半身を起こし、そのまま私の背中に手を回しました。
「…俺だって好きだ」
何の報告ですか。
また胸がキュンとしてしまって、私も思わずマーシャの背中に手を回し、
「不束者ですが、これからよろしくお願いします」
と言うと、
「…ん」
とかすかにマーシャは頷きました。
私たちは立ち上がり、マーシャは私の手を掴んでズンズンと歩いて行きます。
「どこへ」
「いい加減戻って弓を射る位置に行かないといけないんだ。お前も来い」
そのままズンズンと進んで行くとマーシャは急に立ち止まったので私も立ち止まり後ろからマーシャを見上げると、
「…本当に、王妃になってくれるのか?」
とこちらを見ないままに聞いて来ます。
私は掴まれている手をギュッと握り返し、
「マーシャ様から離れたこの一ヶ月、寂しかったです。もう離れくありません」
マーシャは耳を真っ赤にしながらうつむき、
「なんでお前はそう…恥ずかしい事をサラッと言える…」
「本心しか言ってません」
「…」
マーシャは余計耳を真っ赤にして片手で顔を押さえて更にうつむき、またズンズンと早足で歩きだします。
進んで行く先には先ほど立ち去ったラッセルとリナが、そしてサランとダンケが、アバンダ国の大臣や騎士団の方々がこちらを向き、マーシャが私の手を引っ張り連れてきたのを見て満面の笑みを浮かべて、
「おかえり、サキ!」
と迎え入れてくれました。
全員にそのように声をかけられ肩や背中を叩かれ、私はジンとして、わずかに泣きそうになりながらマーシャを見上げているとサランとダンケが弓と矢を私に手渡し、
「マーシャに渡してあげな?」
と言うので、私は頷き、マーシャに弓と矢を渡しました。
「ご武運を」
マーシャ男らしい、国王らしい威厳のある顔つきで弓と矢を受け取りうなずきます。
「見ていろ、三本とも真ん中を射抜いて領土を大いに増やしてやる」
一見頼りなさそうに見える細い、それでも見えない重圧を真向から背負っている立派な背中を私は見送りました。
清水サキ、十七歳。改めてアバンダ国王マーシャに全身全霊を持って、この命尽き果てるまで尽くすことを誓います。
後で活動報告に色々書くのでよかったらどうぞ