ごめんなさい
この国の傭兵と兵士が約定を交わす前の村に略奪に入ったというのはすぐに国の上層部の中で話し合いが行われ、私はただ黙ってうつむいて話の流れを聞いていました。口を挟む権利など無いと思ったからです。
そして金回りの良くなった傭兵たちはすぐにわかったので、調べ上げたらすぐに自分たちがやったと誇らしげに語って来たそうです。
いつもなら別にそれで構わないでしょう。(平民の味方である私的には良くないですが)
戦国時代に軍神として名高く弱きを助ける上杉謙信も自国のため、ある時期になると関東方面へ略奪をしに出兵していたのでは、という説もあります。
それほどまでに略奪とは自分たちの懐が暖まる実入りの良い行為でもあるのは確かです。
しかし今回は事情が違います。
略奪しないとの約束でローカル国の町や村を自分たちの国の一部としたのにいきなり言葉をひっくり返す事をしたのですから、アバンダ国は信用ならないと反目する村や町も増えたはず。
それも国境付近でアバンダ国となった所もアバンダ国は本当に信用できるのかと疑心暗鬼になってローカル国に身を寄せた方がいいのではと考えている可能性も大いにあります。
事の重さを見たアバンダ国の上層部は傭兵たちと略奪に関わった兵士に沙汰を申し付け、処刑することに決まりました。
金髪の人から略奪を行った人がいると聞かされてから三日後の今朝、明朝。
傭兵たちと略奪に加わった兵士が処刑場へ連れていかれるのを私は苦い気持ちで見送りました。
本当は私の発言で死に向かって歩く人々を見ていたくありません。それでもこの光景を私はしっかりと見ないといけないという気持ちで黙って見送っていました。
一人の傭兵が私の前を通る時、ジロとこちらを見るので思わず息をのんで黙ってみていると、
「こちとら戦争での略奪で生活送ってるようなもんだぜ、国に雇われてる兵士と違って傭兵に払われる金なんてしけたもんだ、それで前線に送られるんだ、それぐらいの見返りすら奪われるんならもうここに来る傭兵なんて居ねえよ。こんなケチな国、負けるに決まってらぁ。ローカル国に勝利あれ!」
と腕を上に突き立てて笑い、連行している兵士に進めと小突かれながら歩いて行きました。
「…出て行くんだな?」
「はい」
隣に来たマーシャの言葉に私は頷きます。
略奪をしていたあの者たちをどうするかと話し合いをしている時、私は、
「その者たちに罰が与えられたら、私は責任を取って今現在の役職を全て辞め、城から出て行きます」
と告げました。
全員が、えっ、という顔をして、どうしてと聞いてくるので、自分が簡単に発言したことで無関係の村人たちは略奪を受けて殺され、その報復で自国の人々が大勢死に、怪我をしたからだと告げました。
「戦争をしていればこのような事よくある」
「そうだよ、サキが全部悪いんじゃない、悪いのは約束をしたのにその裏をかいて略奪をした人たちだ」
サランとダンケがそうやってフォローしてくれましたが、それでも私の心はもう決まっていました。
それに隣国の衛兵騎士にもしっかりと約束をしたのですから、その約束を破るわけにはいきません。
「私はその者たちに罰が与えられたら、城から立ち去ります」
「随分と虫のいい話だな」
私の言葉に噛みついて来るのは大体ラッセルです。私は顔を動かしてラッセルに目を移しました。
「お前がしようとすることは戦争が開戦される今、国王付きのメイドとしても、参謀としても責務を放っぽりだしてあとは知らんと危険な城から逃げることだろう」
私は軽く言い返しました。
「城の中の方が安全だと思いますけど」
この城は城下町まるごとが高い防御壁で囲まれ、更に城の周囲には堀、そして城壁が立ちはだかり兵士がいつも集っているのですから、この城の中が一番安全です。
それに最終的に城下町がダメになれば城下の人々もここに逃げ込む手はずになっているのですから。
「今は揚げ足を取らなくていい」
ラッセルも軽く突っ込んできながら、
「お前は隣国もこの国も引っかき回して騒ぎを起こした挙げ句、責任が取れきれないから責任を取ると言って中途半端な仕事を我々に押し付けていなくなるわけだろう?楽な仕事だったな、尻拭いは全て俺たちにやらせてお前は平民に戻っていく」
そう言われると何も言い返せず黙りこむと、他の方々からも、考え直せ、今のこの状況で一人でも居なくなるのは辛い、これから間違いを繰り返さないようにすればいい、隣国の衛兵騎士の扱いはサキにしかできない、と引き留められましたが…。
「ごめんなさい」
私は頭を下げました。
「私の言葉一つでこれ以上人が死んでいくのが…怖いんです。本の中で見た敵の攻め方をみて学んでいるようなものじゃなくて、目の前で大けがを負って、血まみれで包帯でグルグル巻きになって、目の前で苦しんでる人をみて…」
私はそこで口をつぐんでもっと頭を下げて、
「怖い、怖いんです。怖くなったんです、臆病者と罵ってもいいです、責任感もなく中途半端に仕事を放っぽり出すと言われても否定しません、本当にその通りです。それでも、もう、私の言葉で人を死なせたくない…!」
マーシャのためにこの命尽きるまで尽くしたいという気持ちももちろん残っています。
それでもこの命はマーシャだけでなくこの国の兵士たち、果ては国民の命も背負っているのだと、こんな事態になってからこの場にいる上層部の話合いにはそのような重い責任があるんだと気づかされました。
平和な時代をぬるく過ごしてきた女子高生の私には、あまりにも重すぎる重圧です。
「マーシャ様への騎士道の忠義はどこに行ったんだ!」
騎士の高年のおじさんがバン!とテーブルを叩き怒鳴りました。
「…あります、まだ消えていません、ですが…」
顔を上げてその騎士のおじさんの顔を見ると、同士だと思っていたのにと非難する顔と、それでもこの言葉で思い直してくれないかというわずかな願いが込められています。
「…」
その顔を見て私はそんなに必要されているのかと嬉しくもあり、余計に重圧を感じて思わず黙ってしまいました。
もしかしたら参謀の私の考えで、長年騎士としてこの国に尽くしてきたあなたを殺してしまうかもしれないんですよ、と言いそうになりましたが、それを言うとあまりに相手を侮辱するので口をつぐみ少しずつ視線を自分の手元に落としていきます。
すると隣に居たマーシャが私の肩に手を置きました。
「もういい」
私が顔を上げると、静かに、ただ静かにマーシャは私の顔を見つめながら、
「辛いなら、もういい。…本当は残ってもらいたいが、それが苦しいのであれば、もういい。サキの好きにしたらいい」
責めている声ではありません、本当にどうしようもないと分かったうえでの諦めに似た声でした。
失望された。
自分からそのようになる事を言っておいて、私はマーシャに失望されたと勝手に傷つきました。
そしてどこかマーシャも引き止めてくれるんじゃないかとわずかに期待していた自分に気づき、あまりに自分勝手で甘く馬鹿な考えを持っていると歯を口の中で食いしばり、マーシャに向かってただ深々と頭を下げ、
「…すみません」
と言いました。
* * *
「…という事で、あなたがたの村を略奪した傭兵と兵士は処刑されました。私も荷物をまとめたので今から出て行くところです」
城から立ち去る前に牢屋に居る衛兵騎士に最後の挨拶をしに立ち寄り、今までの事を伝えました。
皆、少し戸惑っているような様子を見せました。喜んでいる顔ではありません。
「なんで…なんで」
金髪の人が身を乗り出して鎖骨を押さえ、隣にいる人が支えます。
「何で敵国の僕たちの言う事を真に受けて、それで自国の者に罰を下すんだ…?敵対しているんだぞ、君もなんで自分のやっていない事で他人の責任を負って辞める?意味が分からない」
「調べたら本当のことでした。そしてそれは私の発言から出た錆のようなものです、私のせいで関係のない人々が大量に死んだというのに、のうのうと同じ地位にいるなんて…」
私は眉をしかめて口を引き結びました。そして静かになった四人を見て続けます。
「本日、あなた方を生きて引き渡す代わりに戦争をこれ以上振りかけて来ないようにと取引する手はずになっています。全てそちらに非があると声明を発表するつもりだったのですが、こちらにも非があったのが分かりましたので。
あなた方の国があなた方を見捨てない限り、生きて戻れることでしょう。では、失礼します」
私は頭を下げて立ち去ろうとすると、待って、と金髪の人に声をかけられ立ち止まりました。
「君は…この城から出てどうするんだ、あてはあるのか」
「ありません。ですが今までも何とかやって来れたのです、他の所で住み込みでもして働きますよ」
金髪の人は同情するような目を私に向け、
「もし僕がローカル国に戻ったとしたら、僕の所で働かないか」
「おい何言って…」
赤髪の人が声を荒げますが、金髪の人は手を軽く上げて赤髪の人の言葉を抑えました。
「君ほどの知略、責任感に正直な心を持った者をその辺に捨てておくのは勿体ない。君さえよければ…」
私は首を横に振りました。
「私はマーシャ様のために命尽き果てるまで尽くすと決めています。直接ではなくとも、今後もアバンダ国のどこかから少しでもマーシャ様を支えていく所存です」
それを聞いた金髪の人は軽く眉を垂れさせ、
「ふられちゃった」
と冗談交じりに心臓を押さえて言いながら、
「いいなぁ、そんな忠義の塊みたいな君に一途に思われるこの国の王様は。聞く話によると随分と顔のいい若い王様なんだろう?好きなの?」
「そうですね」
好きか嫌いかで聞かれると好きの方が大部分を占めているので否定せずさっくりと肯定すると、
「どういう所が?やっぱり顔?」
どういう…。
私はマーシャの事を思い浮かべ、
「…後ろ頭…」
後ろに控えていることが多かったのでマーシャの無防備な後ろ頭をよく見ていました。
ミカンみたいで美味しそう、と思うと同時に私は学校への通学路で出会う近所のネコや犬の無防備で丸い後ろ頭を見ると、わー、と後ろからゆるゆるとチョップをしてワシャワシャッと両手で撫でて構いたくなるので、マーシャにも同じことをしたくなる衝動に駆られてよくウズウズしていました。
流石に国王相手どころか人相手だと失礼すぎるのでやりませんでしたけど。
「…」
牢屋の中の男四人が目を点にして「後ろ頭…?」「後ろ頭…?」と言いながら私を見ているので、
「あと王様のくせに褒め言葉に慣れてない所も好感度高いです。怒りながら照れてる顔が可愛いんですよ」
「惚気てんじゃねえぞ」
と黒髪の人がペッと唾を吐いて来ます。
「こら、人に唾を吐いちゃダメだって言ってるだろ」
「腹立つんだよ!こんな男しか居やがらねえ所で堂々と惚気られるとよ!」
「落ち着け、お前まだ骨くっついてないんだぞ」
「はーあ、俺の彼女なんて他の男に乗り換えてるかも。三日会わないとすぐ浮気するから」
「…ふふっ」
私は仲の良さそうな四人のやり取りを見て、おかしくて思わず笑ってしまいました。四人は口をつぐんで私を見ます。
おっと…笑うのは失礼でしたか。
私は四人を見て、頭をスッと下げて牢屋から立ち去り、城からも立ち去りました。
傭兵はとても待遇が悪かったと何かで見ました。(あやふや)
文中で傭兵が言ってた通りの待遇の悪さだった気がしますが(あやふや)