ええ…何言ってるんですかこの人…
ゴワン
「イッダー!」
私は頭を抱えながら地面に落ちてゴロゴロと転げまわりました。
しかし死んではいないようです。生きています、とても頭が痛いですが生きているようです。
私はジンジンする頭を抱え、ツンとする鼻の奥で涙を流しながら辺りを見渡しました。
が、周りは…暗くなっています。
あれおかしい、さっきまで朝だったのに、というのと自分がのたうち回っているのがコンクリートではなく短い毛足のカーペットの上だということ、そして目の前には見知らぬ人が倒れて…。
「…ん?」
見ると全身が闇に紛れ込めそうな色合いの服装です。むしろ肌が一切出ていない服…。
「貴様、仲間か!」
人の声が聞こえたので頭を押さえながら顔を上げると、暗闇に浮かび上がるような白い服に、これまた明るい色合いのオレンジ色の髪の毛の男の人が私に向けて指を差しています。
私はモゾモゾと起き上がって辺りを見渡してみると、天蓋付きの三人は余裕で眠れそうな大きいベッドに大きい暖炉、大きい机に大きい窓…。ずいぶんと立派な西洋風のお屋敷といったところで…。金持ちの家でしょうか。
私はキョロキョロと頭を動かしてその闇に目立つその人を見上げました。
「お聞きしますがここはどこですか」
そんな言葉を言った直後、もしかして私はここに不法侵入してしまったのではという考えが浮かびました。
なぜこうやって学校の屋上から飛び降りてこんな所に居るのか分かりません。しかし頭はまだジンジン痛むので死んではいないと思います。
だとしたら、自分は知らぬ間に勝手にここに不法侵入してしまったとしか考えられません。
私は慌てて立ち上がり、
「怪しいと思うのは重々承知の上です、しかし私はここに侵入しようとしてしたわけではありません、まずその事を承知していただきたいのです」
「…」
暗闇にも派手な…多分西洋人と思われる男の人は無言でこちらを見てきます。
「…」
私も下手に話して墓穴を掘らないよう、黙って相手の出方を伺うことにしました。
相手は何も言い出さない私に業を煮やしたか、
「お前…どこから現われた?上から落ちてきたように見えたが」
とこちらの出方を伺うように聞いて来ました。
私は上を見あげますが、天井も随分と高いようで、暗闇に飲み込まれて何も見えない空間が広がっています。
私は顔を西洋人男性に戻し、なおかつ混乱しているため早口でペラペラと、
「きっと本当の事を言っても信用なさらないかと思います。しかしながら私もなぜこのような立派な邸宅にいるのか分からない次第でございまして、怪しい身の上とお思いでしょうが人のいる部屋…いいえ、屋敷に入り込むつもりは一切なかったというのは信じていただきたいのです」
怪しい者ではない、知らぬ間にここにいた、信じてくれと私はとにかく必死に頼み込みました。
相手は無言でこちらをジッと見ています。
明かりがなく暗闇であるため西洋人男性の顔はよく見えませんが、何かしら警戒されてるというのは雰囲気で伝わってきます。
と、西洋人男性が軽く手をひねるように動かすと、その手の上に炎がボッと灯りました。
驚いてその手の上で燃えている炎を見て、相手の顔を見ます。
一瞬女の人かと思いましたが、それでもやはり男の人です。オレンジの目立つ髪の色合いに負けないほど派手な顔つきの…ハリウッドスターかモデルに居そうな顔です。
男性はどこか怪訝な顔つきで眉をしかめ、パッチリした目で私を見てきます。
いいえ、それより…。
私の目は相手の手の上でまだ燃え続けている炎に移り、無言でパチパチと拍手を送りました。
もしかしてこの男の人は急激に手品を見せびらかそうとしたのかと思って、とりあえずごまをすっておいて穏便にこの屋敷から外に出ようと思ったんです。
クラスメイトを死に追いやった挙げ句、こんなお金持ちっぽい屋敷に不法侵入したと騒がれたら洒落になりませんから。
「…」
男性は私を見て、ぐったりと横になっている人の頭巾を掴み上げて顔を出すと炎を近づけ、
「知ってる顔か?」
と私を見上げてきます。
私はその人の顔を見ますが、こんなこすっからい顔の西洋人のおじさんは知りません。
私は首を横に振りました。
「お前名前は?何者だ?」
「私は清水サキと申します。しがない女子高生です」
簡単に質問に答えると、相手は、
「じょし…?」
と訳が分からない顔で立ち上がってじろじろと見てきます。
ここで妙に視線を反らしたら怪しいと疑われそうなので私も真っ直ぐに見返していると、
「その、じょしこーせーとはなんだ?」
…そうだ。普通に言葉が通じてるので気づきませんでしたが、相手は西洋人です、なるほど英語で言わないと通じないかと、
「アイム、ハイスクールステューデンツ」
と答えると、相手はイラッとした顔で、
「ふざけてんのか、分かる言葉で言え」
と言って来ました。
「…学生です」
少し考えて無難な言葉を言うと、学生?と軽く顔を動かし、またじろじろと顔を見られます。
「学生…にしては言葉使いがいやに整ってるな、少し固いが。どこぞの爵位でも持っている貴族の娘か?それとも騎士の家の娘か?」
「貴族制度は廃止されてるじゃないですか」
「あ?」
相手は何を言ってるという顔をするので、
「ああ、日本では、ですけど。すいません日本中心に考えていました」
相手は何を言ってるという顔で、
「にほん…?ニホンという家の者か…?」
「国ですよ」
相手は何を言ってるという顔で、
「知らん国だな」
と言ってきたので、私もえっ、と相手を見返して、
「だって、ここは日本でしょう?だってさっき私、学校の屋上から…」
ふっと、あとわずかでコンクリートに頭がぶつかるというあの映像が頭に、目の前によぎってきて心臓がすくみあがって体がブルッと震えて体が冷えました。
命を持って世に訴えてやると思ってやった行為だったというのに、ぶつかる寸前、あ、馬鹿な事をしてると思いました。
それと同時にやっぱり死にたくないという思いと、どれだけの痛みが襲って来るんだろうという恐怖。
切腹をした武士の人たちは自分の腹に刃を突き立てた時、どんな事を考えていたんでしょう。後悔したのでしょうか、それとも後悔もなくただ痛みに耐えるばかりだったのか、それともそれを凌駕する精神力でこの潔い死に様を目に焼きつけよと誇らしく思っていたのか。
私は…侍が好きで、自分の信念を持って果てる侍に強い憧れを持っていたので、私も同じくと思っていましたが…やはり現代っ子の私は精神も、それに至る動機もひ弱だとコンクリートにぶつかる直前に思い知らされました。
沈痛な気持ちで黙り混んでいると西洋人男性は軽くため息をつき、
「まず…お前はニホンという国の学生なんだな?」
「そうです」
「なぜ天井からここに落ちてきたのかも分からんと」
「そうです」
西洋人男性は倒れている人を見下ろし、
「こいつは…恐らく隣国のスパイだろう。尋問しなければハッキリとしないだろうが」
と言いました。
顔をあげて西洋人男性を見ると、
「俺を殺しに来たんだろう、気配に気づいて起きたら…お前が上から落ちてきて、こいつの頭にぶつかった」
ああ…それでこの人は伸びていると…。…気絶しなかった私凄いですね、相手は気絶したのに。そんなに私の頭は硬かったですか。
それより。
「スパイとか、殺しに来たとか不穏ですね」
私はキョロキョロと顔を動かし、何かしら映画の撮影に紛れ混んでしまったかと辺りを見渡しますが、以前町中で見たような映画のクルー隊は周りに居ません。
西洋人男性は軽く呆れた顔をしましたが、それでも、
「そうだな…。お前はこの国の者ではないらしいから知らんのだろうな…。もっとも、お前の言い分はよく分からんが…」
と言いながら、
「ここはアバンダ国。俺はアバンダ国国王、マーシャ・ケール・アバンダだ。そして今は隣国のローカル国と戦争する間際の情勢となっている」
「…」
何と言えば良いのか分からず、私はつい黙って相手を見続けました。