なんたること…!
「具合はいかがですか」
私はあの人の良さそうな顔の金髪の衛兵騎士の人に声をかけると、軽く目を向けられました。未だにこの人たちは名前すら明かそうとしないのでローカル国のどなたか分かりません。
「…君、よく毎日のように来るなぁ。敵国の者たちだぞ僕らは」
「別にここだけでなく他の怪我をしてらっしゃる国民の皆様の所にも行っていますが」
行ったって何ができるわけでもありません、看護学校を目指してたわけでもなく、保健体育で習った応急処置すらまともに覚えていない女子高生です。
それでも衛生的な布を持って行く、新しい包帯を用意する、食べ物を持って行く、不衛生なシーツを綺麗に洗う、干すなどそのような雑用を時間のある限り行っています。
「あなた方が攻撃した方々ですよ。全く戦争とは関係のない一般の人たちです。大いに恨まれていますよあなた方は」
「嫌味か」
どこか反抗的な顔立ちの、マーシャに炎で撃ち落とされた赤い髪の人がポツリと言うので、
「嫌味以外の言葉に聞こえたとしたら凄いですけど」
と更に嫌味を込めて返します。
この人たちに襲撃された当初、怪我を負った人たちのためになにか出来ることはないかと医者に言ったら、それなら新しい包帯をあっちの建物に持って行って、と言われたのではいはい、と持って建物に入り…入口でその酷い臭いに思わず立ち止まってしまいました。
それも入ってすぐ隣にいた…瀕死の状態なのか血のにじんだ包帯でグルグル巻きの状態で地面に転がっている方を目の当たりにしたら…一歩も動けなくなり、ショックで頭が真っ白になり…。
「そんな所で突っ立ってないで早く包帯よこして!」
と忙しく立ち回る看護師に怒鳴られ、慌てて包帯を渡してその場から逃げるように立ち去りました。
そして普段ならテレビでも放送されないような大けがを負った人を目の前で見たショックは…。
私は鬱々とした気分になり、
「…なんで関係のない人たちを巻き込んだんですか」
鉄格子を掴んで四人を見ました。
「戦争するのは上の人たちだけで十分でしょう、なんで関係のない人たちをあんなに巻き込んだんですか、可哀想だと思いませんか、そんな勝手に始まった戦争に巻き込まれるなんて」
「甘っちょろい事を言う…」
目が眩んで落ちて行った茶髪の人が呆れたような顔で目を逸らしながら言います。
そしてハッ、と最後まで大いに暴れていた黒髪の人が鼻で笑い、
「国を混乱させたかったんだよ、戦争の常とう手段だろ?俺たちがここから出たらまたやってやるぜ、アバンダ国の国民を全員皆殺しにしてやる、男は首をはねる、気に入った女は色々楽しんだあとに殺す、子供には親の死体を見せながら殺してやる、楽しいだろ?なあ?」
どうにもこの黒髪の人は他の三人とは育ちが違うようで、どこか粗野な言動が目立ちます。
それでも…。
「そんな言い方をして怒らせて殺させてローカル国の交渉が不利にならないようにとでも考えていますか?いくら挑発されようが殺しませんよ。こんな交渉で有利に働くあなた達を殺してなるものですか」
「…」
黒髪の人はチッと舌打ちしてベッと唾を吐いてきました。
「こら、人に向かって唾を吐くのやめなさいって前も言っただろう」
人の良さそうな金髪の人は黒髪の人をたしなめるように言い、イツツ、と言いながら起き上がって私を見てきました。
「外はどうなっている?」
「いい天気で風も暖かい、絶好の行楽日和です」
「ふざけないでくれ。単純に聞きたいだけだ。『ほりょ』とは保護もされているんだろう、保護しているのならそのような事を聞く権利もあるはずだ」
私は黙って金髪の人を見ます。
「ここで嘘を言ってあなた方を騙すことも出来ますね、私は」
「しないよ」
金髪の人は私を真っすぐに見て、ふっと微笑みました。
「君はそんなことはしない。大変だね、そうやって悪人でもないのに悪人であるかのように振る舞うのは。そういうポーズを見せないと敵国の僕たちを生かしておくのも大変なんじゃないか?」
「…」
この金髪の方は、顔と同じく本当に人の良いお方のようです。
周りの人たちも、「おい」「何を考えている」とたしなめていますが、それでもあちこち骨折しているので皆動きがぎこちなく痛そうです。
そして私は金髪の人に呆れた顔を見せ、
「ストックホルム症候群というものが私の住んでいた所にありまして」
「スト…ック?」
茶髪の人がこちらを見て聞き返してきます。その言葉は知らないというその顔を見る限り、どうやらこの人は知的好奇心が旺盛な人と見ました。
「強盗などの犯人がいて人質と立てこもります。すると不思議な事に犯罪者である犯人と人質が次第に共感し合い、仲間だと錯覚していく心理状態になります。恐怖による洗脳に近いものですよ」
洗脳との言葉に牢屋の中にピリッとした空気が流れました。
「毎日顔を合わせているせいで何となく仲間と錯覚してしまっているだけです。どうぞ正気を保ってください」
金髪の人は、はは、と笑い、イタッと鎖骨部分を押さえ、
「分かった分かった。そういう事にしておく。ところで外はどうなっている?僕たちはこの怪我だ、どう頑張っても数ヶ月は動けないんだから、どうか情勢だけでも教えてくれないか」
その言葉にどうしようかとわずかに悩み…悩んだ時点で金髪の人の、人の良さそうな顔とどこかこちらを同情するような言葉でストックホルム症候群に侵されているのかもしれないと思いながら、
「…三日後、アバンダ国王がローカル国に正式に戦争を申し込みます。あなた方が不当に攻め込んできた事を非難する声明を発表してからです」
四人の表情がそれぞれ変わっていきました。
そんな時に捕まってしまった、自分たちのせいで、どうにか脱出できないか…。
金髪の人が少し何とも言えない笑みを浮かべ、私を見てきました。
その笑みは、「なにも分かってないね」とでも言いたげな顔で、私は黙ってその人を見ました。
私も何かしら、何が言いたいんですか?と言いたげな顔をしていたのでしょう。
「…一般の人を巻き込んだ理由を知りたい?」
と金髪の人が聞いて来ました。
「…はい」
ふふ、と金髪の人は少し意地悪そうに笑い、
「君はこの国が嫌いになってしまうかもしれないよ」
と言ってきます。
その物言いは…不安しか煽らない言い方です。
聞かない方がいいと思いつつ、ここで知らないふりをしたら後々後悔も起きるのではとも思い、
「どうぞ、おっしゃってください」
と向き直って聞きました。
金髪の人はわずかに眉をひそめ、唇をかんでから口を開きました。
「君たちの国の傭兵と兵士たちが、ローカル国の村々の男の首をはね、女を好きにした後に殺し、子供を死んだ親の前で殺して食べ物や金目のものを略奪したんだよ。その報復をしたんだ」
私は目を見開いて鉄格子にしがみつきました。
「まさか!この国は戦争の時に略奪も何もしないと国境付近の村や町と約定をして…!」
赤い髪の人はそれを聞いて頭を抱え、
「お前か…?ジワジワと俺たちの国の領土を争いも無く次々に奪い取っていたのは…妙なやり方で侵略をすると思っていた」
私と赤髪の人の会話を聞いた金髪の人は少し考え込んだ顔になり、
「…話合いでそちらの国領になる前に略奪をして、その後にアバンダ国としたんじゃないか?略奪をした物や人は自分たちの物になるから、略奪してはならないとなれば反発を起こす者も少なからず出るだろうさ」
その言葉で目の前が真っ暗になって、思わず足の力が抜けてその場にへたり込んでしまいました。
まさかそんな取り決めの網を潜り抜けるようにした者がいるかもしれないなんて…この国の傭兵と兵士が…。
「…クゥ」
私は鉄格子を掴んで、ガンガンと頭を打ち付けました。
「ちょ、おま」
黒髪の人が軽く驚いた声を出しますが、私は構わず頭をガンガンと鉄格子に打ち付け、あまりの悔しさと死んでいったローカル国の村人たちへの申し訳なさで泣けてきました。
「私の責任です」
私は汚い牢屋の床を見ながら呟きました。
「どんな状況下であれ、何があろうとも略奪は絶対にするなと言うべきでした、私の責任です、ごめんなさい、私が…私が余計な事を進言したせいで…村の人たちが…!」
いいえローカル国の村人たちだけではなく、そのせいでこの四人の衛兵騎士が動いてアバンダ国の人たちも大勢死ぬ結果になってしまった。
ボロボロと涙がこぼれ、私はまたガンガンと鉄格子に頭を打ち付けます。
「やめろよ、ここでお前が頭打ちすぎて死んだら俺たちのせいになる!」
黒髪の人が手を伸ばして私の顔を鉄格子から引き離しました。私は嗚咽をあげて泣き続け、ごめんなさい、ごめんなさいと謝り続けました。
黒髪の人はどうすればいいんだよこれ、と皆の方に顔を動かし、皆も慰めればいいのか、でも敵国同士だしとどこか身を固めていました。
私は鼻をすすり上げながら鉄格子を掴んで立ち上がり、
「本当に…ごめんなさい。この責任は全て意見を大雑把に進言した私にあります、その上で私はそのような悪事をした傭兵と兵士を探し、罰を与えるよう皆に訴え、その確認が取れ次第責任を持って今の役職を辞職し城から立ち去ることを約束します」
私がそういうと、赤い髪の人がふと思ったように私を見ました。
「そういえばお前の役職はなんだ」
「国王付きのメイド兼参謀です」
四人が少し目を見張って私を見てきました。なんで国王付きのメイドがこんな所に?メイド兼参謀って何?とでも言いたげな顔です。
「…無駄に血を流したくなかった、しかしそのうえでそのような悪事が進行していたのであれば、私の理想のものではなくなりました。その事に関しては本当にごめんなさい…今すぐにでも犯人を突き止めて…」
突き止めて…?
その後の言葉に続くのは罰を与える…ですが、ここは国です、罰としてトイレ掃除一週間などというものではなく、下手をしたら…処刑?
その考えに行きついて口ごもりました。
きっと私の言い分が聞き届けられたらそのような悪事を働いた傭兵と兵士たちは軽くてむち打ちなどの刑罰、悪ければ処刑されます。むち打ちなどもの刑罰でも下手をしたら死ぬでしょう。
もしかしたら私の言葉一つでこれ以上人の命が無くなるかも…。
「私以外の子と話しちゃイヤ!」
…なんでこんな時に首を吊ったあの子が出てきますか、…いえ、あの子もある意味私の言葉で死に向かったのは変わりありません。
いいえ、むしろ参謀とは、戦争の戦い方に口を出すもの。
それなら私の言葉一つで敵どころか味方の生死が左右されるというわけで…。
今更ながらに私があの時適当な気持ちであれこれ発言したのがどれほど重い物だったのかと思うと、その重圧で地面に沈んでしまいそうな感覚に襲われました。
「すみません…もう失礼します」
私は牢屋から立ち去り、鉄格子にぶつけすぎて痛い頭を抱えながらフラフラと歩き、時計を見てマーシャにお昼ご飯の時間だと告げなければとマーシャの部屋に赴きました。
マーシャは部屋に入ってきた私の方を見てきて、どこか顔つきを怪訝なものにして、
「…どうした、顔色が悪いぞ」
と近寄ってきました。
私は頭を垂れてしばらくマーシャの皮のブーツを眺めてから顔を上げました。
「マーシャ様にお伝えしたいことがあります」
私の顔を見たマーシャは何か深刻そうな話だと思ったらしく、私の顔を真っすぐに見てきます。
「いずれ私を辞めさせてください」
火垂るの墓の火傷を負ったお母さんのシーンがトラウマです。