交差する気持ち(後半マーシャ目線)
しかし…。
私は男らしい顔と見とれたと言ったら大いに赤くなったマーシャを見て呆れました。
「そんなに褒め言葉に慣れていないとは思いませんでした」
国王なんだからこういう媚びへつらう言葉はよくかけられているでしょうに。いえ、私は別に媚びたわけでもなく本心から思ったんですけど。
「うるさい!馬鹿!黙れ!」
マーシャはしゃがみこんで顔を覆いながら怒ってきましたが、どう考えてもこれは照れ隠しでしょう。
そこで私はハタと思いました。それなら今までマーシャが怒って怒鳴ってると思ったのはもしかして照れ隠しだったんでしょうか?
そこでさらに私はハタと思いつきました。そう言えばマーシャって好きな貴族の女の子にも怒鳴ったり怒ったりしてたって…。
あれ…もしかして…。
するとバッとマーシャは立ち上がってまだ赤い顔のまま、
「…最近よく怒鳴ってしまうが…俺は怒ってない、怒ってなどいないし疎んじてもいない…」
と目を逸らしながら弁解してきます。
一瞬、まさか私はマーシャに狙われているのだろうかという考えがよぎりましたが、その弁解を聞いて、女性慣れしてないだけだなと思えました。
例えるなら女子に対してつっけんどんな態度を取る小学生男子のようなものだと。それと同時に知らぬ間に男扱いから女扱いに昇格してたんだなとも。
「ええ、今理解できました。マーシャ様は照れ隠しで怒ってらっしゃるんですよね」
うう、とまた顔を赤くしながら唸り、私の顔をチラと見てきて、
「その…なんだ、この戦争が終わったら…サキに伝えたいことがある…」
私はその言葉を聞いて、何のフラグ発言ですかと思いながら一歩間を詰めました。
「私の国では戦争が終わったら…、という発言は生きて戻って来れない可能性を大いに秘めた非常に不吉な言葉とされています」
なに、とマーシャが顔色を変えて私の顔を見てきました。
「私の国だと言葉は良くも悪くも呪文になって、一言でいい方向に向かう事もあれば悪い方向に向かう事もあるんです」
戦国時代に戦の前に食べるとされていた打鮑・勝栗・昆布…これも言葉遊びみたいなものですが、「敵に打ち勝ち喜ぶ」という験を担いだものです。神話の時代から日本では言葉というのは大事にされてきたんです。
「…まあ説明すると長いので省きますが、今マーシャ様が言った言葉は不吉なものです、今から打ち消しましょう」
「そんな事ができるのか…まさか、サキ、お前学生と言ったが呪い師の学生か!?」
「違います。民間信仰よりの単純なものですよ」
私はマーシャを見上げ、
「戦争が終わった後に伝えようとしていたことを、今言ってください」
「…え」
マーシャに動揺の顔が広がります。
「い、今?ここで?」
「はい、それで後に回した不吉な言葉は無かったことになりますので」
マーシャの顔がまた赤くなってきて、
「いや、でも…こ、心の準備が…」
そんな風に緊張されるとどんな爆弾発言を私に言うつもりかと、段々と不安になってくるんですが…。何を言うつもりですか、まさか…クビ…?
いやクビだとしたらマーシャがここまで赤くなる理由なんてない…。
まさか私のことが気に入らない誰かが、私が変態的行為をしていると吹き込んで、その事を考えて赤面して…?
いや、先ほど期待していると真っすぐに見てきたあの顔からはそんな嫌悪は微塵も感じられませんでした。
なら一体なにを…。
「さ、サキ!」
ガッと肩を掴まれて、真っ赤な顔のマーシャが真っすぐに私を見てきます。
いきなり掴まれたので驚きましたが、何かしらマーシャは言いにくい事を私に言おうとしているのだと感じ、それなら正面からその言葉を受け止めましょう、と真っすぐに見返して、
「はい」
と言いました。
マーシャは息をのんで、一瞬息も止めて、肩を掴む手にはギリギリと力を込めて、
「お、俺と…俺と、け、け、けけ、けっこ…」
「お取込み中失礼」
急に声が聞こえてきて、マーシャはバッと私から離れました。
そちらに顔を向けるとラッセルが本を肩にトントンと当てながら近づいてきて、
「未婚の男女…それも国王とそのメイドがこんな人気もない所で見つめ合っているのはいかがなものかと思えますが」
「見つめ合ってなどいない!馬鹿が!」
即座にマーシャはラッセルに怒鳴りつけます。
見つめ合ってるように見えましたか…まあ、そうですね、傍から見えたらそんな風に見えますよね…。
そう気づくと少し恥ずかしくなってきて頬が熱くなってきました。
するとラッセルは手に持っている本を私にスッと渡してきて、
「お前が読みたがっていた魔法の種類をまとめた本だ。これは大事な物だから絶対に汚すなよ」
「ありがとうござます」
まだ顔が熱いままに本を受け取りました。昨日の戦いで私は魔法の名前に全く詳しくなかったので改めて勉強しようと思ったんです。
「そういえば騎士団長がローカル国の衛兵騎士と戦って倒した状況をお前の口から聞きたいと言っていたぞ」
「承知しました」
けどまだマーシャから伝えたいという事を聞いていませんが…とチラとマーシャを見ると、顔が赤いままに、行け、とジェスチャーをされたので、私もペコ、と頭を下げてその場を立ち去りました。
* * *
サキが立ち去った後、せっかくサキに結婚してくれと面と向かって言うチャンスを潰されたといういら立ちと、サキの肩を掴んで見つめ合っていたのを見られたという恥ずかしさで顔を真っ赤にしながらラッセルを睨んだ。
そもそもこいつ、先日はサキの背中に手を回して楽しそうに笑い合いながら話していたし、今もまるで邪魔するように割り込んできた…。やはりこいつ、サキの事を気に入っていて狙っているな…?
睨まれているラッセルはふと俺の顔を見てきて、
「どうしました、そんなに顔を赤くして俺を睨んできて」
といけしゃあしゃあと薄ら笑いなど浮かべて俺の顔を見てくる。
わざとだ、こいつ絶対わざと邪魔してきたんだ。
そう思うと余計その余裕すらある態度が癪に障り、
「お前、わざとだろう」
と突っかかった。
王が臣下に当たり散らすなどみっともないが…それもこんな情勢の時に女一人のために…。それでも俺は本気だ、本気でサキを王妃に迎え入れたいと望んでいる。
あんな羽のついたペン一本であんなに感激して嬉しそうに頬を緩める純粋な心を持ったサキを他の男に取られたくない。
「わざと?何がですか」
そしてラッセルは白々しい顔をして俺の顔を見て、
「何か勘違いしておられますが、俺はサキに頼まれた本を渡すため、そして騎士団長がサキを探していたため居そうな所に来たんです。それだけですよ」
肩をすくめながらそんなに突っかかられても困るという言い方を聞いて、ムッとなった。
「未婚の男女がどうのこうの言っておいて、お前だってこの前、夜の庭でサキと二人きりだっただろうが」
「あれは偶然ですよ、偶然。本を渡そうと思ったら外で月を眺めていたので、月がどうかしたかと声をかけただけです」
と言いながら軽く眉をしかめ、あくまでも困ったという顔つきで、
「それより覗き見るまでならまだしもそれを当人に突きつけるのは…子供のすることです、マーシャ様も大人なのですから、そこはもう少し融通を…ねえ?」
そのいやらしい言い方にサキが汚されたような気がしてカッと頭に血が昇り、ラッセルの胸倉をガッと掴んだ。
「お前…サキのことはどう思ってるんだ」
その言葉にラッセルはわずかに面食らった顔をしたが、しらばっくれるかのようにスルスルと目線を上に動かし天井を眺めるかのように動かしたあと、俺の目を見て、
「気に入ってます。平民の女のくせに俺に喰らいつくか、それと同等か、わずかに上回っている知識量には感服するほどです。魔法に関する知識は全くですがね。出来るなら一日とは言わず、いつまでも隣に居させて話し合いたいほどです」
ラッセルは挑発的にわずかに口端を上げ、
「俺の屋敷にでも招いて、じっくりと、朝も昼も夜も無くね」
またサキが汚されるようないやらしい言い方に頭に血が昇って胸倉を掴む手にギリギリと力が入る。
ラッセルは俺の腕をポンポンと叩き、
「服が伸びるのでいい加減離してくれませんか。ともかく、このような人気のない所でメイドと見つめ合うのはお控えください。こんな情勢の時に国王がメイドに手を出し遊んでいるなどとあらぬ噂が立ったら足元をすくわれます」
確かにその通りだが、暗にサキに手を出すなと釘でも刺しているつもりかとラッセルを睨むと、ラッセルはふっと軽く口端を上げ、
「若いとはいいですなぁ、直情的で。俺にはとても真似できない」
とハッハッハッと笑い声を立て、俺の手を引き離してから悠々と立ち去っていった。
元々の話もあやふやですが、大昔、日本の下級役人がどこぞの山の上にいる(またぐ?)夢を見て、起きて妻にこんな夢を見たと伝えると、妻は「ふーん、くだらね」と終わらせました。
本職の夢占いの人にその夢の話をすると、
「何て勿体ない。それは役人として最高の職につけるという吉夢だったのに、妻がかけた最初のおとしめる言葉でないことになってしまった」
結局その下級役人はずっと下級役人で終わったという話と、言葉ってのは人のあれこれをストップさせる可能性もある恐ろしいものという話です。
もし誰かが山の夢を見たと報告してきたら、まず「いい夢みたね」と褒めてみてください、その人出世するかもしれません。
…そこでわざとおとしめたら人の出世を阻めるんだなと思った人いますか?そんなことしたら自分に返ってきて自分の出世が阻まれますよ。言葉ってのは良いのも悪いのも全部自分にカムバックするので気を付けましょうね!