必要なら悪役になりますとも
アバンダ国に攻めてきた衛兵騎士全員を捕え、怪我の処置などをしたのちに防具と武器を全て取り上げたうえで牢屋に入れました。
やはりアバンダ国の全員が、なぜ殺さないで怪我も治したうえで生かしておくの?と言いたげな顔をしていましたが、戦争の交渉を有利に持っていくためのカードのような物だからと言い含めておきました。
もちろん、
「そいつらのせいで多くの者が怪我をし死んだんだぞ!」
と怒鳴り、殺すようにマーシャに進言する人もいました。
マーシャが殺せと命じたら私ももう何もできない…と思いつつマーシャに生かせておいてほしい、という目で願うように見ていると、流石にいい顔はしませんでしたが、
「サキには俺たちにないやり方を知っているようだ。それで後々に有利と働くのならしばらくは様子を見てみるのもいいだろう。どうせ怪我もしてろくに動けない奴らだ、殺すのはいつでもできる」
となだめてくれました。
それに様子はどうだと見に行った牢屋…魔法が使えないように加工してある牢屋に行くと、全員が一つの部屋に入れられていて、その全員が若者と言える人たちでした。
私はこの四人は陽動で本隊は別の方向から攻めると思っていましたが、この四人のみがアバンダ国に攻めてきたのだそうです。全員がぐったりとしていてぱっと見では死にそうな感じです。
隣に控えている医者に、
「この四人の具合はどうなんですか?」
と聞くと医者はやる気が無さそうに、
「三人が火傷、全員があちこち骨折。まあ炎と電流による火傷や裂傷はよくあることだから対処もすぐ出来たけど骨折は無理、すぐ治せない」
骨折との言葉に四人を見ますが、見たところ一切骨折に最適な処置がされていません。
「骨折に対する処置がされていませんね?」
そう言うと医者は、こいつ医者でもないのに何で分かる、という顔をして面倒くさそうに頭をボリボリとかきます。
「放っときゃ勝手にくっつくでしょ、若いんだし」
「ダメです!」
私はガッと威嚇するように医者に向き直ると、医者も、お、おお…と言いながらわずかに引きました。
「ここにも骨折に対する処置もあるでしょう?なんでやらないんですか」
医者は眉間にしわを寄せ視線を逸らしながらボソリと、「敵だし」と言います。私はイラッとして医者の服を掴んで軽く揺らしました。
「医者は人を助けるための職業ではないんですか?この人たちは敵でも同じ人間です」
「そいつらのせいで数え切れないアバンダ国民が死んだんだぞ!」
「目の前の怪我人を治さずして何が医者ですか!そんな敵味方でやり方を変えるのなら医者の職業など辞めてしまばよろしいじゃないですか!」
私も頭に血が昇ってしまって激しく医者を揺らしていると、クッと笑う声が聞こえてきたのでそちらに顔を向けました。牢屋の中に居る…あの人の良さそうな青年が軽く笑い声をたて、イツツ、と体を押さえています。
「敵なのに生かしておくなんて、すごいな。それも怪我の処置もしてなおも処置をするように言ってる…」
力の入ってない声でそう言いながら、
「怪我が治ったらまたここを出て攻めるのに」
と言います。
医者も、ほらみろ生かしておいたってまた向かってくるだけだという顔で私を睨みつけてきます。
私は牢屋に近寄り、顔を動かしてこちらを見ている青年を見ます。
「私が住んでいた所には捕虜制度というものがありました」
「ほりょ…?」
「もはや戦えなくなった敵兵を拘束、保護する制度のことです」
何のために、と言いたげな顔に見えたので、私は続けました。
「言っておきますがこれはただ世話をして帰すなどという優しさではありませんよ。あなた方を使って我々はローカル国に交渉します。あなた方は私たちの国を有利に働かせるための有益なカードという事、だから死なれては困るんですよ」
言ってて悪役が言いそうなセリフだな、と我ながら思いましたが、まあ必要であれば悪役にもなりましょう。
「そういう事です、できればあなた方を万全な健康状態に戻して、ローカル国の騎士たちは無事だというのを見せもっと交渉を有利に働きかけたいのです、私たちは」
その言葉にサッと青年の顔つきが変わり、わずかに顔色が悪くなりました。
私は医者にも言い聞かせるように顔を向け、
「お分かりいただけたでしょうか、この者たちが健康になればなるほど我々の国は有利になるという事です、だから治してくださいと言っているんです私は」
わずかながらに納得した、と医者も頷き、
「それなら骨折の処置もしておくよ」
と言ってくれました。
それなら良かった。悪役っぽいセリフを言った甲斐があったというものです。
それに全員命に別状はないとも分かったので立ち去ろうとすると、
「待て!」
と声をかけられます。
少し戻って人の良さそうな顔の青年を見ると、鎖骨の辺りを押さえながら無理やり半身を起こし、
「僕も、この者たちもそんな交渉に使える奴らではないぞ、僕たちは衛兵騎士の甲冑を着ていたが金で雇われた傭兵だ、傭兵だからこそ捨て駒としてまずこの国に軽く喧嘩を仕掛けて来いと言われ…」
「傭兵にしては随分と口調が丁寧でいらっしゃいますね、アバンダ国の傭兵とは大違いです」
青年は軽く口を引き結び私を見ます。
傭兵とは戦争があれば駆けつけ、金で雇う臨時の戦闘集団です。元々自国の兵士というわけではなくあちこち戦いを求めて移動し、あらゆる戦いを生き抜いてきたため性格も口調も荒い人が多いです。
「あなた方の肌つや、その言葉遣いに気品のある物腰を見る限り、育ちの良さそうな方だとお見受けしました。いやはや、育ちの良さとは隠せないものですね」
青年は青い顔のまま無言で私を見ていて、私は牢屋から立ち去りました。
アバンダ国は今、国の中の被害状況確認、けが人たちの看病、隣の国への警戒、そして攻め込む準備を急ピッチで進めています。
まさか手紙を返さないままでいたら急にこのように攻め込んで来るだなんて思っていなかったからです。
そして少し落ち着いてから分かったのですが、あの隣国の衛兵騎士とは一人で数百の人を一瞬で殺せるという逸話のある戦闘に長けた騎士なのだそうです。それもなるのも難しく、今は全員で五人。
つまりほぼ全員が攻め込んできたのですが、その 全員を掴まえたと。
その点については怪我の功名とばかりに皆が喜んでいますが、私はまさか相手がそんな戦闘に特化した人たちだと思わず、もしかしてろくな装備もないまま高性能な戦闘機に突っ込んでいくようなものだったのかと後からゾッとしました。
「サキ」
マーシャがどこか怒った顔で近づいてきました。
そして腕を掴んで隣に立たせ、
「どこに行っていた」
と聞いて来ます。
「あの衛兵騎士のいる牢屋です。怪我の具合を確認しに…」
「…」
どこか面白く無さそうな顔で睨まれます。
「お前は俺付きのメイドだぞ、なんでそこまで敵に情けをかける」
その言葉に私はわずかに無言になり、
「…私は…平和な時代を過ごしてきたので…戦争なんて嫌なものだ、悪だ、悲惨なものだと習ってきたので…敵でも味方でも、これ以上人が死ぬのは嫌なんです。人が死んだ分だけ人が悲しんで、恨みが生まれます。戦争なんて悪循環しか生みません」
「だが…どちらにしろローカル国が仕掛けてきた戦争だ、向こうが吹っ掛けて来たんだ、俺たちは被害者だ」
「被害者であれ殴られたから殴り返したらもう止まりません」
マーシャは私の言葉に、それならこの戦争、黙っていろと?とでも言いそうな顔をして口をとがらせています。
私は首を横にふり、
「…殴られっぱなしになれとは言いません。だから殴られたら殴る以外の方法で、もう相手が殴ってこないような、殴りにくくなるような状況にしたいんです」
マーシャは軽く息をついて腕を組み、
「…それが、あいつらを気にする理由だと」
私はウンウンと頷きます。
「…別にあの者の顔を見たからとかじゃないんだな?」
ドキッとしました。
私は冑を引っぺがした下から出てきたのが人の良さそうな顔の青年だったことに驚き、こんな若い人を目の前で殺されるのはと思って生かすようにと言ったんです。別におじさんでもお爺さんでも、その冑の下にある生身の顔を見たら止めたと思いますが…。
無言になった私を見たマーシャはどこか疑いの目で私を上からのぞき込んできて、
「まさか顔を見て気に入ったなどという事は…」
違う、と首を横にふりながら、
「いいですか。私たちは今、殴ってきた人の身内を盾にして殴りにくくしようとしています」
マーシャはその言い分に軽く笑い、
「その言い方は性格悪いぞ」
と軽く腕で私を押しのけました。ちょっと恥ずかしくなって、すいません、と頭を押さえますが続けました。
「それでもその身内の盾に怯んだ隙に、相手が殴れなくなるよう相手の振り上げた腕を素早く降ろさせましょう。戦争を終わらせるんです。そうでなければ身内を奪い返そうと躍起になる可能性もあり得ます」
マーシャは軽くため息をつき、私の背中に手を回してポンポン、と叩きながら、
「お前には敵わんなぁ、平和な生まれだというのに次から次へと考えを巡らせる」
マーシャはそう言うと背中に当てている手にグッと力を込めます。
「一週間後、俺は正式に隣の国に戦争を申し込む。今回不法に我が国に侵入したこと、人民を不当に傷つけ人家も破壊したこと、戦争を起こす知らせも無く急激に攻め込んできた事、それら全てに対してローカル国に非があるとしてだ」
「…」
ついに、本格的な戦争が始まろうとしています。私は背中に当てられた手の力強さと熱を感じ、マーシャに向き直りました。
「私も、これ以上人があまり傷つかず戦いが終えられるように尽力します」
マーシャは私の言葉に対し、期待しているぞ、という顔つきで真っすぐに私を見てきました。
今まで随分と女の子っぽい顔の同年代の男子という感覚で過ごしてきて、昨日兵士たちを一言でまとめ率いる姿を見てやっぱり国王だったんだ…と改めて思いましたが。
今はマーシャのその顔を見て、案外と男らしい顔をしているんだなと思えました。
しげしげと顔を見ているとマーシャはふと男らしい顔つきを崩し、
「な、なんだ、見とれたか」
とふざけたように体を斜めに逸らします。
「そうですね、男らしい顔だと見とれました」
「!」
ボッとマーシャの顔が真っ赤になってあわあわと顔を逸らし、片手で顔を押さえて斜め後ろを見てますが…耳が真っ赤です。
西洋の人って肌の色素が薄いからすぐ顔が真っ赤になりますよね。見てて清々しいほど真っ赤です。
イタリアの捕虜になったイギリス兵(肩書のある人だったかも?)が食事にとても豪華な飯を出され、
「そうか…俺は殺されるんだ…これは最後の晩餐なんだ…」
と思って食べてたらイタリア兵が申し訳なさそうにやってきて、
「ごめんなさい、それ下っ端の食事でした」
と言ったというエピソードが好きです。本当なのかな。
そう言えば江戸時代に外国の情報をまとめた本に、イタリア女性の胸はとても長くて背中に背負った子供に乳を与えられるほどだというのがあったんですが。その当時本当にそういう女性がザラにいたんでしょうか。気になります。