敵が襲いかかってきました!
食糧庫は城外にある大きい倉庫…普段は大商人が使っている倉庫なのですが、非常時だというので好意で城の食糧庫として借り受けた所に入れています。
商人が使う倉庫なので城よりは城下に近いのですが…。
見上げると空中にはあのローカル国の衛兵騎士が一人、食糧庫を見据えつつ腕を上に振りあげ、手の平に見る見るうちに大きい火の玉を作り上げていきます。
倉庫は石を積み上げ、漆喰で塗り固めたもの。
ある程度の火には強いとはいえ、あんなものをぶつけられたら隙間から火の粉でも飛んで燃えてしまうかもしれませんし、燃えはしなくても中で食べ物が蒸し焼きになってお釈迦になってしまうかもしれません。
後ろからは、
「ローカル国の衛兵騎士だ…!」
「なんてことだ、こんな所に…」
と絶望に近い声が聞こえてきました。
一人だけですが、そんなに衛兵騎士とは強いのでしょうか。いいえまずそんな事より…。
私は勉強して少し覚えた魔法を思い出し、
「滝のような水をぶっかけてください!火を消してください!」
少し勉強したとはいえ魔法の名前はろくに憶えていないのでそんなあやふやな指示を出すと後ろからドンッと空気の震える音がして大量の水が塊となって一斉に衛兵騎士と向かっていきました。
それなりにニュアンスが通じたようで良かったです。
炎の消えるジュッという大きい音と煙が立ち上り、衛兵騎士を巻き込みます。
「やった!」
私は喜びますが、
「まだです!この程度で衛兵騎士は…!」
と私を負ぶっている人が叫び、衛兵騎士は水の塊を剣で切り裂いてこちらに全速力で向かってきました。
そして一直線に私の方向へ剣を向け、風鳴りのようなゴォオ…という音を響かせながら突っ込んできます。周囲から絶叫が響き渡りますが、私は向かってくる人を見て、馬鹿かな、あの人と思いました。
「あの人に向かって、電流をぶつけてください!」
あんな濡れた状態で、しかも先端の尖った金属をこちらに向けた状態で電流なんて流されたら…。
私は閃光に備えて目をつぶると、バチバチと大きい音が響き、
「ギャアアアア!」
と鎧でくぐもった叫び声が聞こえ、ドシャア、と地面に落下する音が聞こえました。
目を開けると、痙攣している衛兵騎士が倒れています。
「おお…!」
「衛兵騎士を…倒した!?俺たちが!?」
皆はワァッと喜びますが、私はグンッと振り向いて怒鳴りました。
「勝って兜の緒をしめよです!他に敵は!」
その言葉に皆が身を引き締め辺りを警戒していますが…。
「ここには見当たりません!」
確かにこの食糧庫に来たのはこの一人だけ…城下に居るマーシャたちは…と首を動かすと、ポチに乗ったマーシャとダンケ、そして城下で借りたのかホウキに乗って空を飛んでいるサランがこちらに向かってきて、こちらに気づいたのか降りてました。
「サキ!?お前どうして…」
という言葉と共に倒れている衛兵騎士を見て驚いた顔をし、
「衛兵騎士を…倒したのか?お前が!?」
そんなわけないと首を横にふり、
「皆さんが倒しました、私ではありません」
ダンケは私の後ろにいる人数を見て、
「この人数で…!?」
と驚いた顔をします。
「そちらは」
私は城下町の方から来た三人に声をかけると、
「こいつらは城下町を散々にしたあと、バラバラに散った。一人はお前たちが倒したみたいだな」
と言いながらマーシャはダンケに目を移し、ダンケは城下で借りたのか、安そうな剣を引き抜いて相手の甲冑の冑を引っぺがすと、その下から人の良さそうな顔の色つやのいい肌の青年が現れました。
電流で撃たれたので顔も所々火傷を負っています。
どんないかつい悪役面が出てくるかと思っていたので、城下で手あたり次第攻撃していた人には思えず、少し驚きました。
そしてダンケは青年の顔を地面に押さえつけ、首をよく見えるようにすると剣をふりあげ…。
「え、ちょ、まっ」
私は驚いて思わず口を挟むとダンケは、ん?と顔を上げます。
「な、何を…」
「殺すんだよ、敵だし衛兵騎士が一人死ねば戦力もその分削げる」
えー、と私は混乱し、
「ほ、捕虜制度というものは…」
「なにそれ美味しいの?」
えー…。まさかここには捕虜制度というものがないんですか…?
けど、確かに相手の戦力を削ぐのは大事ですけど…けど…。どうにも甲冑の中から出てきた人の良さそうな顔を見ると…まだ若い人ですし…。
私は口をつぐみ、マーシャに目を向けました。
「私はこの人を生かすことを提案します」
周りからザワッとどよめきが起こりました。マーシャも、何を考えてるんだこいつはという顔をしましたが、
「…敵を生かしていて何のメリットがある?」
と一旦こちらの話を聞く構えを見せてくれます。
やはりマーシャは良い人です、ふざけるなと全て片付けるでもなくまずこちらの言い分を聞いてくれます。
「生かしておけば取引の材料に使えます」
「例えば」
…ここでは有力な人を捕まえて、それで人と人とを交換する、というものが無いのでしょうか…そうですね、捕虜制度がないのですからそんな考えもなく、敵は捕まえ次第殺すという感じなのでしょう。
私はチラとまだ気絶している男の人を見て、
「見たところ肌つやもいいですし栄養のある食べ物を取っている人に見えます。もしかしたらローカル国で地位のある人かもしれません。だとしたら殺さず生かしておいたら、この方の身の無事と引き換えに…この方の家と取引をしてこちらに寝返るように言う事も可能です」
「…脅しではないか」
マーシャがそう言ってきますが、私は軽く何をおっしゃるやらとマーシャを見上げました。
「戦争なんてお互いが脅しあっているようなものではないですか。不必要な犠牲が減らせるのであれば私はいくらでも脅しますよ」
戦国時代にざらにあった人質を使って脅し、自分たちの有利に働かせるというものはこの世界にはない、つまり前例が無いのだから一たび上手くいけば確実に効果はあるということでもあります。
と、花火が打ちあがった時のようなドオォン…という低い音が聞こえてきたのでそちらに目を向けると、貴族が多く住む地区に火の手が上がっています。
「ともかくこの人は交渉の切り札として使えると思うんです、どうか生かしたまま城の牢屋にでも入れておくようにしてください」
マーシャも遠くの騒ぎを見て、
「分かった、好きにしろ」
と短く言うとダンケにポチに乗るようあごで指図し、火の手の上がった方向へと飛んで行きました。
私は近くにいた二人に声をかけ、
「あなた方はこの人の甲冑と武器を全て取り上げた状態で城の牢屋に留め置くこと。しかしその前に怪我の処置をしてからです。この方は雷に打たれた状態だと医者にお伝えください」
言いつけた二人はなんで敵なのに手当なんてさせるのかという不満げな顔をしましたが、こちらも軽く眉間にしわを寄せ、言う事を聞いてください、と無言で黙ってみていると渋々と倒れている人を担ぎあげて城の方向へと戻っていきました。
そして食糧庫の見回りをするようほとんどの歩兵魔法使いに申し付け、残りの数人で貴族の屋敷が多くある地区へと向かっていきます。
城に居る時に集まらなかった人数は三百中の二百ほど、それなら向こうに合流すればあっちの方が人数はとても多くなるからです。
貴族たちが多く暮らす地区は遠くから見る限りでも酷い状態だというのが分かります。
映画の中でしか見た事がないような大爆発による火の玉と黒煙に、鼓膜が破れそうなほどの大音量。それが空中、地上を問わず起こっているのですから…。
見るとその中にポチがヒラヒラと爆発を避けているのが見えます。あそこにはマーシャと…ダンケもいるのでしょうか。
と、風を切って飛んで行く影が見えました。あの衛兵騎士の三人です。
そのうちの一人がこちらをチラと見て、手を向けてきました。ヒョオオ…とわずかに風鳴りの音が聞こえ、空中を舞っている土埃がわずかに渦をまいています。
風…の魔法…?
「伏せて!伏せて地面に張り付いてください!」
その言葉を言い終える前にドッと風が吹いてきて私をおぶっている人や、周囲の人もろとも吹っ飛びました。
息がつまって呼吸が出来ません。薄目を開けると私たちを飛ばした人は悠々と引きあげようとしています。
と、向こうから…さっきまで集まり切れてなかったラッセルの歩兵魔法使いがこちらに向かって駆け足で来ています。
そこはちょうど木々が生い茂る林のような道で、木々で上空から下は見えないせいか三人の衛兵騎士団は素通りしています。
私は大声で叫びました。
「光の魔法を上にむけて放ってください!」
叫んでも遠いため聞き取れるかと心配しましたが、向こうに耳のいい人でもいたのか私の声を聞きつけてくれ、全員が上に手を向け、眩しい閃光を上に向かってドッと放ちました。
急に真っ白な光に包まれ上空を飛んでいた三人は目が眩んだらしくわずかにバランスを崩し、斜めに飛んで、平衡感覚も崩れたのか一人がクルクルと回転しながら落ちて行きます。
「捕まえてください!上に隣国の騎士がいます!」
そう言ってるうちにこちらは地面にしこたま強く着地してゴロゴロと地面を転がっていきましたが、私を負ぶっていた人は私をかばうように変な形で着地してしまい、痛そうに肩を押さえています。
「大丈夫ですか」
その人の肩を押さえながら助け起こすと大丈夫、と一言返しましたが明らかに痛そうです、もしかしたら肩が外れてしまったのかも…。
こっちも心配ですが衛兵騎士は…と顔を動かすと、頭を何度か振っていた騎士の一人がこちらに向かって手を向けて…。
するとその騎士に向かって炎がゴッと向かっていき、騎士はよけようとしますが避けきれず炎に巻き込まれて地面に落下していきました。
見るとマーシャが初日に見て手品だと思った以上の炎…天まで届くかの如くの炎を燃え上がらせ、
「大丈夫かサキ!」
と上から怒鳴ってきます。
良かったマーシャも無事だった、とホッとしながらも、
「けが人が多いです!私と食糧庫は無事です!」
と言うとマーシャは何でそこで食糧庫?という顔をしながら、残り一人になってヨロヨロと飛んでいる衛兵騎士を睨みます。
「逃がすな!捕えろ!」
その一言は周囲に良く響き、周りの動ける人たちもザッと顔つきを変えて構え、貴族の多く住んでいる地区からも無事だった兵士たちが続々と続いて来ます。
それを見ていると、本当にマーシャって国王なんだなと思えました。
まだ目が眩んでいるのかヨロヨロと飛んでいる騎士は周りから迫ってくる気配に気づいたらしく、四方八方にバリバリと激しい電流を走らせ近寄らせまいとしています。
そして手当たり次第に地面が揺れる程の電流を飛ばしてきて、辺りの木々が燃え始めています。
兵士たちも捕まえようと魔法を使いますが、その目茶苦茶な攻撃に押され、電流に当たり倒れ、電流に打たれて折れた木の下敷きになりと被害が出始めています。
どうやらもう逃げられないと思って死に物狂いで魔法を使っているみたいです。マーシャも炎を飛ばしますが電流と当たると爆発し、お互いが飛ばされています。
マーシャが危ない!
私は周りを見渡して、何か、何かできないかと顔を動かして、ふとダンケがポチから降りて側に居るのに気づきました。そう言えば魔法であれがあったはず…。
私はダンケに近寄り、
「あの!」
ダンケは剣を振りかぶり何か攻撃しようとしていましたがこちらを見て、どうかした、と目で聞いて来ます。
「たしか下から大きい剣を作る魔法がありますよね?」
「うん、作るって言うか地面から剣を出して刺すやつね」
少し訂正され、それがどうかした?と聞かれます。
「雷は金属に落ちやすいんです」
「え、そうなの」
…小学生でも知っていることと思うんですが…あまりそういう知識はこっちにないんでしょうか…。
思えばさっきの人も水にぬれた状態で普通に突っ込んできましたし…そこで電流を使われたら、という考えが無かったように思えます。もしかしたら理科の…科学に弱いのかもしれません、こちらの世界は…。
まずそれは置いておいて、
「少し離れたところに剣を出してくれませんか?そうすれば電流がそちらの方に少しでも寄って隙が出来ると思うんです」
「分かった!よく分らないけど!」
ダンケはそう言うと剣を振り上げ、ゴルフのスイングのような動きをすると、ドッと幅が十メートル以上あるような巨大な剣が地面から突き出ました。
その先端に電流がバンと流れ、男の人周辺から電流が一瞬消えます。
上からそれを見ていたマーシャはゴオオ、と炎を鳴らし、上からドンッと放つと、衛兵騎士はその炎に巻き込まれ、真下へと落下していきました。