急変です…!
ああ、また怒ってしまった…。
それでも、先ほど言っていたのはきっと本当のことでしょう、変質的な傾向がみられない私が来てくれて良かった、というのは。
私は買っていただいた羽ペンをクルクルと回し、ズンズン歩いて行くマーシャの後ろ姿を見て、微笑みました。
この人に尽くしたい。
私は侍ではありません。侍に憧れているだけの精神も思慮も足りないただの若輩者の女です。
それでも、捨てたと思った命はまだ残っています、初めて私を以前からの友人と同格に見てくれた人がいます、それもその人は大した働きもしていない新入りの私にこんな高価なものを買ってくださいました。
それに先ほど私が来てよかったと顔に血が昇らせながら言っているマーシャを見てなんだか可愛いと思えました。
どんな対応をされようが、私は私なりにマーシャに忠義を尽くし、影ながら支える臣になりたい。
そのためにはまず、今始まろうとしている戦争を勝ち抜かねば。
私は先を歩いて行くマーシャを追いかけようとすると、フッと大きい影が石畳の上を滑るようにいくつか通っていきました。
鳥?それとも鳥型の大きいモンスター?
顔をヒョイとあげると、そこにはホウキに乗った甲冑姿の人が四人、上空を移動して…。
「…ん?」
あれは…アバンダ国の兵士や騎士の甲冑ではありません。
うちの城に居る兵士の甲冑は薄い銀色なのに、上空を飛んでいる甲冑は濡れたアスファルトみたいな黒い色…。
それに私が気づいたころには市場のあちこちからどよめきの声が響き、上空の甲冑姿の人たちは腕を振り上げ、その手の上にバチバチと電気を放電して…。
ドッと目の前が真っ白になり、私は顔を覆ってその衝撃に飛ばされて石畳に転がりました。
あまりの閃光で目がチカチカします。
「サキ!」
逃げ惑う人々の隙間からマーシャが私を助け起こし、私は混乱する頭でマーシャに色々と伝えようとしますが、頭の中で言いたいことが行き交っていて口はパクパクと動くだけで言葉が出て来ません。要はパニック状態です。
それを脅えていると勘違いしたかマーシャは私を立ち上がらせ、路地裏の方へと走りました。
そして空を飛んでいる甲冑姿の四人を見上げてから私の肩をしっかりと掴み、
「いいか、サキ、お前はこのまま馬車に乗ってそのまま城に戻れ」
私はその言葉にマーシャを見上げ、
「マーシャ様は、サラン様にダンケ様も」
「俺たちは戦う」
「だって向こうは甲冑を着ているのに、皆さんは…私服じゃないですか!」
そう話している間にも地響きが起こり、あちこちから悲鳴と絶叫が飛び交い、この路地裏にも逃げ込んでくる人がなだれ込んできます。
「それでも俺は国王で、サランは飛行魔法使いでダンケは魔法騎士だ!民を守らねばいかん!鎧から見るにあれはローカル国の衛兵騎士だろう、国境を突破されここまで来られたからにはどうにかしなければならないし今俺たちが一番近くにいるんだ!
いいか、お前はこの事を城に戻って報告、直ちに状況確認と装備を整えるよう城の者たちに伝えろ!」
「…」
確かに、その通りです。
私は戦えませんし、城に戻り現状を見た者としていち早く情報を正確に伝えるのが合理的。
私はコク、と頷くとマーシャはバッと路地裏から外に出ようとします。
「あの!」
私が声をかけるとマーシャは振り向いたので、
「ご武運を!」
と続けると任せろ、というようにニッと笑い、背を向けて走って行きました。
私も馬車の置いてある方向に向かって走り出します。その間にもドンッと空気の震える音がして、昼間だというのに明るくなったので振り向くと、あちこちで火の手が上がっています。
その火が高く燃え上がる光景に思わず足が震えました。逃げ惑う人々と泣き叫ぶ声…。
目の当たりにする戦争の空気に今までの過去にはこんな戦が、こうやって戦って、と文字を目で追い、テレビで再現VTRを見て「へえ、ほお」と満足していた自分を「平和ボケしてこの馬鹿!」と引っぱたきたくなるほどの恐怖が押し寄せてきました。
それでも、私には今役割がある!
私は人に揉まれ、いつ自分の上にあの炎や電流が落ちてくるかと怯えながら走りに走り、馬車のある方向へとたどり着きました。
御者の人もどこか混乱している顔で、明らかに他の三人は、という顔をしましたが、
「マーシャ様に現状を城に伝えろと指示を受けました!三人は民を守るため残られています!」
と言うと即座に納得したらしくガバッと扉を開けたので私も転げるように中に入ると御者は慌てて扉を閉めて御者台に飛び乗り出発しました。
緊急事態だと御者の馬を走らせる運転も荒くガタガタと大きく揺れながら城へと全力疾していきます。
私は後ろを振り向き、窓から火の手の上がる市場を見ました。そして危険な区域から離れるにしたがって私の頭は次第に冷静になってきます。
なんであのローカル国の衛兵騎士はたった四人で、城に近い城下町まで攻めてきたのでしょう?
考えると不自然です。
仮に私が攻め込むとしたら、四人ではなくもっと多くの人数を割いて一気に城を叩きます。短いスパンで死傷者も少なく勝利で終わらせる、これが理想だと私は思っていました。
それでもここから見る限り城下町を大いに襲うだけでもっと城の方を襲うという事はしていません。
嫌がらせ?物流の流れを止めたい?人を多く傷つけて混乱させたい?…混乱…。
私はハッと顔を上げて揺れる馬車の中で倒れないように踏ん張って立ち、三百六十度をグルリと見渡しました。
もしかしてあの四人は陽動…おとりで他にもっと大勢が動いているのではと思ったからです。けどあれが陽動だとしてどこを叩く…?
今こちらの兵は国境付近を地上・上空でも見張りをしていますが、挙兵はしておらずあちこちに兵士を分散させていないので城の守りは完全。それなら城を攻め込むなどという効率の悪い事はしないはず。
考えろ、自分がこの国を守るうえでされて嫌な事、そして相手が戦うのが楽になりそうなこと…。
私は顔を上げ、バッと窓を開けて、
「もっと!もっとスピードを出してください!」
と御者に叫ぶと、
「これ以上は無理です!顔を引っ込めて、危ない!」
と怒鳴り返されます。
「貴族たちが多く住む地区が襲われるかもしれません!もしくは食料を一時搬入している倉庫が!」
高い地位を持ち戦の時に指揮官代わりとして戦いの上に立つこともあり、軍事費も多く提供してくれる貴族たちが叩かれたら、戦をするうえで大きな損失になります。
そして食糧庫を破壊され燃やされ戦争の最中の食べ物が不足に陥ることも。
なにより食べ物の確保は大事です、各地から集めた食料が無くなってしまえばまたあちこちから食料を集めなければならず、それで今年の農作物の取れ高が悪天候などで少なければ民にも餓死者が出る惨事になりかねません。
「早く行動して警戒しなければ…!」
「いいから!舌をかむから喋らないで、顔を引っ込めて!」
と怒鳴られ、顔を引っ込めて私も早く早くと思っていると、城の方からビュンと白い塊が城下町の方向へと飛んで行きました。
「…ポチ…?」
主の危機を察したのか、それともマーシャが呼び寄せたのか…。
ともかく馬車は城にたどり着き、中に入ると城の中もてんやわんやの大騒ぎでした。
私は馬車を降りて辺りを見渡し、城の中枢にいるような指揮官代わりの人は居ないかと見渡すと、
「おい!」
とラッセルが近づいて来たので、私は揺れる馬車の中で書いて来たメモをスッと差し出しました。
言葉で伝えると混乱して伝え漏らしがありそうと思ったので文書にまとめたんです。
それに目を通したラッセルは後ろから駆け寄ってきた騎士の男性たちに目を移し、
「城下では四人の衛兵騎士が襲ってきてマーシャ様にサラン、ダンケが交戦、貴族が住む地区と食糧庫のある地区に襲撃の恐れあり、城下は陽動、そちらが本命である可能性大、早急に兵の派遣を!」
それを聞いた騎士たちはバッと動き出し、ラッセルも後ろを向いて歩き出します。
「あの」
「何だ!今忙しい!」
ラッセルがイライラした顔で振り向いてきますが、私も食い込みます。
「私に何かできることはありませんか」
「ない!女は城に引っ込んでろ!」
ラッセルはそう言って歩き出しますが私も縋りつき、
「女であれ私は参謀でもあります、参謀として何か…何かできませんか」
参謀なら自分で考えろ、というセルフツッコミが脳内に流れますが、ここまでパニック状態に面すると何をすればいいのか分からなくなります。それでも女であれ私に何かできることがあるかもしれません。
ラッセルは軽く眉間にしわを寄せ少し悩む顔になりましたが、
「俺の抱えている歩兵魔法使いを貸してやる」
と言いました。
「それでお前の好きなように使え、いいか、俺の歩兵魔法使いを貸すんだから俺の名声を落とすような真似は絶対にするなよ、俺は城下に行って民の避難と誘導、マーシャ様たちの援護に行く!」
行け、とばかりに背中をバンと叩いてラッセルは手に持っていた本の上に飛び乗り飛んで行き、後から後からホウキ、剣、盾、はたまた細い木の枝など…各自色んな物に乗って上空へ飛んで行きました。
「…ホウキ以外の物でも飛べるんだ…」
こんな事態だというのにそんな所に目がいってポツリと言っていると、
「サキ様!」
と言われ、サキ「様」!?と驚いて後ろに目を向けると、今飛んで行ったような軽装備の人々…きっとラッセルお抱えの歩兵魔法使い…が私を見ています。
そうだ、今は素早い行動をしなければ。
「あなた方の人数は」
「全員で三百、ですが急な事でまだ全員集まっておりません」
ここにもちょっとした平和ボケの空気が流れていたみたいですね。ザッとみると…うちの学校の一学年ぐらい…百とちょっとくらいですか。
「それなら一人伝令としてここに残ってください、あなたにお願いします」
と近くにいた兵士の肩をポンと叩き、
「あなたは全員が集まったら貴族の住む地区へ直ちに向かってください、私たちは食糧庫の確認に行き、そこが何もないのであれば貴族の住む地区へと向かいます、行きましょう」
と走り出しますが、後ろから、
「サキ様、失礼します」
と言いながらガッと背中に負ぶわれ、ドッと凄いスピードで走り出しました。
「ううっ」
一瞬のけ反って落ちそうになりましたが、他の人に後ろから押さえられ背中にしがみつくようサポートされました。明らかに車に乗っている時と同じスピードです。
普通の人間がこんなに速く走れるわけがない…という事はこれも魔法でしょうか。
私は振り落とされないようにしっかりと負ぶってくれている人の背中にしがみついているとあっという間に食糧庫が見えてきました。
中世ヨーロッパ時代、ホウキだけではなく、ただの棒、壷など様々な物を使って魔女は空を飛んでいたといいます。
私は壷の中に入って首だけ出した状態で空を飛びたい。ホウキより断然安定感凄そう。