男子トーク(マーシャ目線)
うわあああ、なんであんな物言いしかできないんだ俺は!
妙な顔をして歯切れも悪く外に出ていったサキを思い返すと頭を抱えてどこかにぶつけたくなってくる。
「マーシャ」
ノックもせず入ってくるのは大体ダンケだ。後ろからはサランも入って来て、扉を閉める。
「なんだ」
イライラする気持ちを抱えながら二人を見ると、サランはずかずかと近づいてきて、
「お前、サキが好きなんじゃないか?」
といきなりとんでもない事を言ってくる。
ブッと吹き出して、
「ちちちちち違うわぁ!誰があんな表情も感情も乏しい女なんか!」
「そう言われればサキが感情っぽいの出した時って空とんで泣いた時ぐらいだよね」
ダンケの言葉にサランも、
「ラッセルにも色々言われても無表情だもんな、笑う時なんてないんじゃいか?」
いいや、サキだって笑う時はある。最初に見た時は茶を美味しく淹れられたかと聞いてきた時だった。
美味しかったというと良かった、とわずかに微笑みを浮かべて、あ、こいつもこんな顔で笑うんだと少し驚くと共に気恥ずかしくなって、手順通りにやれば美味しくなると素っ気ない事を言うと、
「愛情もこもってます、愛情」
とふふ、と笑い、
「美味しいなら良かったんです」
と満面の笑みで言ってきた。
本気で言ってるのか冗談で言ってるのかいまいち分からなかったが、ずっと無表情でろくに冗談も言わないサキにあの顔でそう言われると…。
今でもあの時のことを思い返すと顔がじわじわと熱くなるし、知らないうちに時間が過ぎている。
思わずため息をつき、
「サキは笑うと花がほころんだみたいで…無表情なのがもったいないくらい可愛い表情になる…もっと笑ってほしい…」
ふっと俺は口をつぐみ、何を口走っていると顔に血が昇る。サランは黙って俺を見ているので、
「何でもない、馬鹿!」
と怒鳴った。
サランは腰に手を当て、
「あーあ、あーあーあーあー」
と呆れてるような馬鹿にしているような物言いで近づいてきて俺の肩に手をのせ、
「分かりやすいなあーお前~」
とニヤニヤと笑ってくる。
「うん、分かりやすすぎ~あの貴族の女の子にもそんな態度だったじゃん。そんで嫌われた」
ダンケの容赦ない言葉が心臓に突き刺さる。
違う、俺だってもっと…少なからず甘い言葉の一つでも囁いて、肩を抱いてお互いに微笑み合うような関係を望んでいるんだ。
だが…どうにも本人を前にすると本心とは全く違う事を口走り、あまりの決まりの悪さと恥ずかしさであっちに行けだの、消えろだの、うるさいだのと相手を傷つけるような言葉ばかりを言ってしまう…。
「そんなこと続けてたら、サキにも嫌われるぞ」
サランの一言が胸に突き刺さる。
嫌われる…?サキに…?いやいや、と俺は首を横にふり、
「サキは…仕事にプライベートを持ち込まない主義だ!」
と背筋を伸ばし、だから大丈夫だ!と笑って言ってのける。
「それだと表面上は普通に喋ってても内心すごーく嫌われてるって可能性あるからな」
再びサランの言葉が刃となって胸を貫いていく。
思わずよろけてテーブルに手をつくとサランはハァ、とため息をついて、
「いやはや…サキも下手したら変態行為に走るかもしれないと思ってお前に惚れるなってとりあえず釘を刺しておいたのに、まさかお前が惚れるとは…」
「うるさい!惚れてない!嫌いだあんないつも無表情の女!」
「認めた方が楽になれるよ」
「罪人を諭すような言葉づかいやめろ!」
恥ずかしさと腹立ちでダンケの鎧を殴る。ダンケは軽く眉尻を垂れさせ、
「そういう態度だから、今サキはマーシャに疎まれてるって勘違いして悩んでるんだよ?」
「…は?」
拳を引っ込めダンケを見上げると、サランも、
「前の過ちをまた繰り返すつもりか、マーシャ」
と肩を掴んで軽く揺らし、
「サキはどこか騎士気質をもった女性だ。お前がそのままの態度だったら最悪の場合、どうなると思う」
どうなると思う、と言われても…騎士ではないからよく分からない。ダンケに顔を向けるとダンケはサランに目を向けていて、どうなるの…?と問いかけている。
…お前が騎士だろうが。
そう思いながらサランに目を戻すと、
「サキは自分が必要とされているから命尽き果てるまで尽くすと言っていただろう?今のままだったら次第に自分が必要とされていないと思い始めて…『私はもはやここには必要のない人間…それならば自ら身を引きましょう…』と去りかねないんじゃないか」
あまりに想像できる光景に思わず表情が固まる。
言いかねない、サキなら言いかねない。
サキが背を向けこの城の門から外に一人出て行く姿を想像すると目の前が真っ暗になってくる。
ポンと肩を叩かれ、顔を動かしサランを見る。サランはどこか同情するような、それでも真剣な顔で、
「お前が好きになったあの貴族の女の子の時、俺らはお前が初めて好きになった子だからってはやし立てる程度で放っておいた。お前のその顔と王族の地位さえあればどうとでもなるだろって。
でも…思った以上にお前の女の子に対する接し方がなってなくて…」
「喧嘩売ってんのかサラン」
「だから今回はあんなことにならないように協力したいんだよ」
ダンケが俺の肩に手を乗せて真剣な顔をして続ける。
「あんなに落ち込んだマーシャなんてもう見たくない」
それに続けてサランも、
「それにアバンダ国の歴史の中で元々は平民出身でもその性格と能力を認められてこの国に嫁いできた方もいる。
そういう前例はあるし、サキは国の中枢の大臣たちや騎士たちからの反応も上々だ。上手くいけばお前の王妃として迎え入れることだってできるんだぞ!」
「王妃…」
そんなんじゃない!と言い返したくなる気持ちもせりあがったが、それ以上にサキが自分の嫁として隣にいて微笑み、自分を見上げ互いに顔を寄せあっていく姿を想像すると…良い。
とても良い。心臓がせわしなく脈打ってくる。
「だから俺たちも存分に協力する。マーシャ、恥ずかしい気持ちを捨てろ、俺たちを頼れ!」
「そうだそうだ!俺もマーシャの幸せを願っているんだ!協力させてほしい!」
サランとダンケが真っすぐに俺の目を見て肩を叩いて来る。
「お前たち…」
ジーンと湧き上がる感動の気持ちを味わいながら二人をみる。幼いころから共に遊んできた友人…なんて心強いんだ。
俺は呼吸を整え、ゆっくりと口を開いた。
「…本当は俺だって初日のころみたいに、あれこれ言って軽く頭を締め付けるような関係に戻りたい」
「女の子の頭を締め付けるのはどうかと思うよ?」
ダンケにそう言われ、そうか…と返しながら、
「それに…その、もっと普通に話したいし、出来るなら…近くに座って…もっと…手に触れるとか、近くに引き寄せるとか…優しい言葉をかけてもっと笑わせたいし…なのに…なのに…」
「分かる分かる、いざ好きな子目の前にすると恥ずかしさが上回ってうまくいかないんだな」
サランの言葉に俺は、くっと声を詰まらせ下を向いた。
頭の中では完璧にエスコートして微笑みあって肩に手を回すプランができている。
でもあの貴族の子女の時も呼び出して会う度にそのプランはすぐ崩れていき、恥ずかしさと上手くいかないもどかしさで頭にカッと血が昇って怒鳴りつけてしまって…。
サキにはそうするまいと比較的押さえているが…それでも怒鳴りつけて、今は疎まれてると勘違いされてる…。
「もう嫌だ、こんな性格!」
好きな女に優しくできないなんて最悪だ。
俺は顔を覆ってベッドに座り込むとダンケは隣に座り肩を叩く。
「何言ってるの、マーシャはその性格だからいいんだよ、見た目は派手なのに本当はとっても純粋なところが可愛いんだよ。きっとサキだってすぐ分かってくれるよ」
「…本当か?」
「まあ、サキは花よ蝶よと育てられた貴族の女性とも違うからな。ラッセルの嫌味もどこか楽しそうに受け流してるし、もう少し慣れればそういう性格の奴ってことで対応するかも」
サランの言葉に俺は口をつぐんで軽く首を横に振る。
「そんないちいち怒鳴る俺で慣れてほしくない…」
「…お前そういう所可愛いよな」
俺はムッとなってサランとダンケを睨み、
「大体にしてさっきから可愛いってなんだ、馬鹿にしているのか!」
ダンケはニヤニヤと笑い、
「だって普段偉そうなマーシャがこうやってしおらしいこと言うの滅多に無いしさぁ」
「恋するとお前変わるよな」
サランはそう言いながらも、
「でもマーシャは国王なんだから、命令すれば何でも思い通りにできるだろ」
「…」
確かに、国王なのだから命令すれば大体のことは叶うし、人々も言うことを聞く。
それでも自分の欲望のままに権力を振りかざした国の先人の末路はというと…処刑台送り、牢屋に死ぬまで幽閉、暗殺…。
父からも三日に一度は権力者だからと自分の欲望のままに命令は出してはいけないと言われていたし、戦争が起きようとしている中そんな職権濫用などできるものか。
しかしサランとダンケは勝手に話を盛り上げていて、
「何だったら物語みたいにベッドの布団でもめくって『こっち来いよ』とでも言えばいいんじゃないか、マーシャの顔なら断る者もそうそういないだろ」
「あ、俺の場合それやったらすぐ来てくれたよ!その相手が今の婚約者なんだけど」
「本当にか」
俺は驚いてダンケを見た。急に婚約者が出来たと言っていたが、まさかそんな事で…。
ダンケは、えへ、とどこか照れくさそうで、
「少し遠くに演習で出かけて小さいお屋敷に厄介になった時にね。『こっち来いよ』じゃなくて、『入る?』だったけど俺は。
ふざけて言っただけだったんだけど関係持っちゃったからさあ、そうなれば責任とらないといけないよね、相手も立場あるところのお嬢さんなんだし」
「向こうも既成事実作って立場ある奴の嫁にって考えだったんじゃないか?」
「いいんだよぉ、こうなったらどうだってぇ」
ダンケはデレデレと顔を崩している。
女遊びは激しい方だったが、婚約者が出来たとたんにスッと遊びからは身を引いた。それでも未だにその片鱗は見え隠れしてサキにもベタベタと体によく触れて歯が浮くようなこともサラリと言うのが少し鼻についていたが…。
「まあ、来いよ、よりだったら入る?の方が女性も笑って断りやすいからいい言葉かもな」
とサランは言っている。
…そうか…一旦冗談交じりにそうやって誘ってみて、来るか来ないかは相手に委ねるという方法も…いやだが、いきなりそんな…。
それにもし断られたら俺はどうすれば…。
悩んでいるとサランは俺の方に顔を向けて、
「とりあえずな、今サキはお前に疎まれていると勘違いして悩んでいる。まずその誤解を解くのが先決だ。疎んでいない、むしろ好ましく思っているというのを知ってもらうんだ」
「…どうやって…」
「やっぱプレゼントじゃない?アクセサリーとか、可愛い化粧品とか、小物とか、可愛くてキラキラ光るやつ」
やはり婚約者がいる男の意見は違うと頷くが、今はもうとっくに夜になってもうしばらくしたら寝る時間だ。
「そうだ。マーシャ、明日の午後は予定入ってないだろ?だったら今までも何度もやってる通り視察で市場に出かけてさぁ」
ダンケのその言葉を聞いてハッと俺は顔を動かした。
そうか、明日…サキを視察と称して連れ出して、サキの気に入りそうな物を選んでプレゼントすればいいんだ!
ややうろ覚えで少し間違ってるかもしれませんが、中世ヨーロッパ時代、家に泊まりに来た騎士の身の回りの世話を貴族の娘たちがして、気に入られたら騎士がお嫁さんとして連れて帰るというのがあったそうですよ。
そして身の回りの世話をさせるのも両親ぐるみの策略だっていうね。 こういうしたたかさ、嫌いじゃありません。
正確な情報が欲しいかたは「やんごとなき姫君たちの寝室」(桐生操)をどうぞ。