もしかして私、疎ましがられてます?
私がここに来て二週間が経ちました。
「どうですか?」
私はサランとダンケにお茶を飲んでもらうと二人は、
「うん、美味しい」
「美味しい美味しい」
と飲んでいます。
「気を使ってるわけじゃありませんよね?」
「いや美味しいよ。手際もいいし」
「そうそう、淹れてる手つきもとっても綺麗だったよ」
ありがとうございます、とお礼を返し、私も自分で入れたお茶を飲みます。
しかし正直なところ紅茶の味の良し悪しなどろくに分からない貧乏舌なので褒めてもらってもティーパックと何が違うと聞かれても違いがよく分らないのが辛い所です。
ただお茶っ葉は高そうな缶に入っているため贔屓目で美味しいと思えますが…。
「もしかしてマーシャに美味しくないって言われてるの?」
ダンケが心配する顔で言ってきますが、私は顔を横にふり、
「美味しいと言っていただけているのですが…どうも無理をしているのではと思えて…」
まずこの二週間で人員を使い国の新しい地図を作りなおしました。二週間での出来なのですが、以前の地図よりはよくなったと思われます。(結局私も見ました)
アバンダ国でも必要な物を作り、そして集め、国境付近の曖昧な領地の村や町に声をかけて、
「我がアバンダ国は絶対に戦争中に村や町からは略奪しません!」
と伝えこちらの仲間になるように言い続けて約定も交わし、じわりと領土が広がりました。
それを足掛かりにしてもう少し離れたところのローカル国の村と町も口説き落としている最中だそうです。
その事についてローカル国が何か言ってこなければいいですけど。
それと今までは通行許可証を持っている旅商人を使って隣の国の情報も集めていましたが、どうやら向こうは完全体勢に入りつつあり、ローカル国からアバンダ国へ通り抜ける旅商人ですら行き来が断絶されてしまったようで情報は隣国に何人か入り込んでるスパイ頼りらしいです。
なので隣国の貴族以上の立場の人に声をかけ口説き落とし戦力を削ぎ落すのはまず無理、という結果になりました。
「やっぱり日本のやり方と同じようにはいきませんね」
「それでも領土も広がったし、協力してくれる村や町が多くなれば避難するところが多くなるし城に来る食料も多くなるよ」
ダンケはそう言いますが…。
「守る所が広くなれば守る人もその分多くなければならないという事です」
これが日本の戦国時代だったら、農民と武士の境目がほぼないので各村の男も武器を持ち攻めてくる敵に立ち向かう所でしょうが、ここでは違います。
村人はあくまでも村人、町人はあくまでも町人。そしてそんな人々を守るのは城に仕えている騎士や魔法使いたち。
やはり村人や町人に武器を与えてしまったら何かあった時反逆される可能性があるからだそうです。
農民たちも戦力になると考えている頭が私にはあったのでそこは予想外でした。
まあ秀吉も最終的に刀狩りをして農民から武器を没収しましたしね。それでも武器を隠し持ってた人はたくさんいたらしいですけど。
それについで、私はこの世界の色々な事を学びました。魔法の種類やその攻撃方法、魔法の届く距離に地球上には存在しない生き物…ペガサスなどの幻獣やモンスターなどですね。
空を飛んで見て回るのはアウトだったので、結局時間のある時にマーシャと共に馬車に乗り、あちこちを見て回り色々とメモをしました。大体ここはこんなところとか、道が悪いとか、ここにはこれほどの人家があるなど簡単な戸籍調査のようなものを…。
色々とこの国の事が分かりつつあり、メイド業と参謀業もわりと板についてきたと思います。
それでも…。
「最近…妙にマーシャ様から疎まれているような…」
「マーシャに?」
「どんな風にさ」
むしろ初日の方が仲良くさせて頂いていたと思えます。
たまに声をかけるとボンヤリこちらを見ているだけなのでもう一度声をかけると、
「うるさい!」
と怒られたり、
着替えを持っていって着替えた後、似合ってますねと言うと、
「うるさい!」
とまた怒られたり、
紙で指を切ったというのでどれと傷口の確認をしようと手を掴むと、
「触るな!」
と手を振り払われてまた怒られたり…。
「小さいことでカリカリするんです、マーシャ様はお茶が好きだからと料理人直々にやり方を今でも何度も教えていたただいているのですが、もしかして不味いせいで段々と小さい怒りが溜まってきてるのではと…」
二人にその事を言いながらも、ふと顔を上げて、
「立場的に対等を求めるのは間違ってるとわかっています。それでも初日には悪態をついて軽く頭を締め上げる程に親しくしていたただいたので、妙に引っかかると申しますか」
二人は顔を合わせ、何か言いたげな顔をして私を見てきますが何を言うわけでもありません。
と、私は時計を見て、
「そろそろ寝間着を持っていく時間ですので行きますね。お茶のカップは後で片付けるのでそのままにしておいてください」
私はそう言って頭を下げ、寝間着を用意してくれるメイドの元へと歩いて行きました。
最初はよく迷っていた城の中ですが、自分に必要な経路だけ絞って覚えたら後は楽勝で覚えられました。
「ごめんください」
ドアをトントンと叩いて、返事が来るので開けて中に入ります。
「寝間着を受け取りに参りました」
「はい、どうぞ」
メイドの方は私に寝間着を渡し、少しその服から立ち上る匂いに私は、
「これは…ジャスミンの香り…」
と呟きます。
「そう!今日はジャスミンの香水をかけてみたの」
「サキって鼻がいいわね」
「マーシャ様がお好きな匂いだったらいいのだけれど」
何となく先輩メイドの方々からは可愛がられています。年下の先輩もいますがね。
どうやらマーシャのメイドに対する対応が少しずつでも軟化しているようで、それは私がマーシャに面と向かって叱り飛ばし、諭したからだとメイドたちの中で話が広まったそうです。
ついでにマーシャ付きのメイドたちは今まで常に上から目線で、無理難題をあれこれ言いつけたり嫁をいびる姑ばりにあちこちをチェックして言いがかり的に叱る人が多く、仲間内からマーシャのメイドになった人も「私は選ばれたのよ、あなた達とは違うの」とばかりに性格が豹変する人が多かったらしいので、
「まともな人が来てくれてよかったぁ」
という感想を未だによく言われています。
それまで王家付きのメイド特権で不当に辞めさせられる人も多かったようで、辞めたくないからと媚びて人のあら探しの手伝いをする人もいて、そんな中、雇い主のマーシャにはメイドというだけで嫌われて…中々に悪い労働条件だったそうです。
「ではありがたく受け取りました」
私が頭を下げると、
「毎日のことなんだからそんな丁寧に言わなくていいのにぃ」
メイドの一人に言われます。ですが…。
「私は…こんなに丁寧に服を畳めないので…ここまで整えてもらえるのがありがたいんですよ。私は持って行くだけですから」
「…好き」
「うひゃ」
ギュッと抱きしめられ、思わず体が硬直します。女性相手とはいえ、日本ではこうやってハグされることなど全くないので…。
…。
…柔らかい…。恥ずかしいですがうっすらいい心地です。ですが、私も行かなければ。
「あの、では、そろそろ」
メイドは離れ、
「今度時間があったらここに来て。一緒にお茶しましょ」
と手を振ってくれて、後ろからも、いつでもおいで~とにこやかに手を振って見送ってくれます。
…これがホワイト企業というものですか…。
バイトもしたことないんでノーマルもブラックも分かりませんが…。
それでも成り行きとはいえ、いい所に拾ってもらったと改めて思いながら私はマーシャの部屋の前にたどり着き、扉をノックし、入れ、と返事があった後に中に入ります。
「寝間着を用意いたしました」
ベッドの上に寝間着を置くと、
「ああ」
とマーシャが簡単に返事をするので私は背を向け着替え終わるのを待ちます。
やはり着替えをじっと見られるのは嫌みたいですし、私も人の肌を見るのは少々気恥ずかしいので。
「今日の寝間着、どうですか?」
「…どうって、何が」
仏頂面のような声です。
「今日の寝間着の匂いはジャスミンの香りなんですよ」
「…ああ悪くない」
メイドたちは毎晩香水を寝間着につけて、マーシャがいい匂いに包まれながら眠ってくれれば…とやっていたそうですが、マーシャがそれに気づいたのは、
「マーシャ様の寝間着はいつもバラの香りですね」
と私が一言いった時だそうです。
そんなメイドの細やかな配慮にも気づけない人でした、マーシャは。
「…明日ですが」
私はメイドの方に貰ったノートを取りだし明日の予定を告げようとめくります。
「ああ」
「午前に話し合いが行われた後は予定は詰まっておりませんので休息を取りましょう」
「…」
着替えている音が聞こえてきますが、返答はありません。
「最近休息といえる休息も無かったので、たまにはゆっくりするのもいいかもしれませんよ」
結構あちこちに出かけたり、国内の貴族たちと対談し激しく討論したり(ついでに私の紹介も行われました)、地図のまとめに携わったり、あちこちから集まってくる情報を整理したり(私も手伝いました)と見ていて心配になるほど忙しかったので、少しくらい休んでも…と思ったんです。
「休むか休まないかは明日考える」
「承知しました」
メイドの方から貰ったペンで予定変更有るかも?と書いておきます。
私的には休めるうちに少し休んでもいいと思うんですけどね、やはりマーシャの立場や今の情勢的にパッと予定が変わることもありますから。
着替え終わった音がするので振り向き、マーシャが軽く畳んだ服を手に持ちます。
と、マーシャがこちらを見ている気がしたのでふと顔を上げると、目が合いました。マーシャは軽く驚いた顔をして目を背けます。
「…何か不手際でもありましたか、別に匂いは嗅いでませんけど」
「知ってる」
「…」
私はマーシャをじっと見ていると、マーシャはチラチラとこちらを見ますがすぐに別の方へ目をそらしてしまいます。
何かモヤモヤするものを抱えながらも、
「では失礼します」
と頭を下げて歩き出しました。
「あっ」
マーシャからそんな声が聞こえたので振り向き、
「はい、何か」
と見ると、マーシャはどこか言葉に詰まったような顔になり、
「何でもない!さっさと出ていけ!」
と手を大きく動かして出ていけとジェスチャーしてきます。
「…承知しました」
さすがにそんな言動をされると少し傷つきます。外に出ると丁度をサランとダンケと行き合いました。
「や、サキ」
ダンケは人懐っこく笑い、
「マーシャ、中にいるだろ?」
とサランに言われたので、
「ええ、いらっしゃますよ」
と言いながらどうにもモヤモヤするものを抱え、洗濯場に服を持って行きました。