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企画もの

この青く美しい碌でもない世界で【夏のホラー2017】

作者: 平泉彼方




 嗚呼、賑やかな歓声が聞こえる。


 フリップ、ターン、フリップ、ターン…


 一瞬こちらへ振り向くと素早く回転する機械仕掛けの人形たち。笑みを浮かべ楽しげな曲とともに我々を見送っていくそれらへ、目前の子供らはキャッキャと声をあげていた。


 それとは裏腹に、下から聞こえるのはカタカタと進む不穏な音。視野も徐々に上へ上へと上がっていく。


 次第に曲や人形も切れていき、体にも心にもGが掛かる…目の前に広がるのは見事な青。今日はそういえば予報で晴天だってキャスターが言っていたふと思い出す。そんな見事な真っ青。


 ついでに周囲も真っ青…いつのまにか全員沈黙していた。


 そして、カタリとひときわ大きな音がなったと思ったら静止する乗り物。周囲は遮るものがない。青、青、一面の青。ここまでくると清々しくなるほどのパーフェクトな青がそこには在った。


 その光景に心を奪われる…嗚呼美しいと。


 自分がどこにいるか失念し、完全に油断した。その一瞬を突くように今の今まで身体にかかっていたGが一瞬にして霧散した。


 圧倒的開放感の直後感じるのは身体にかかる強風と浮遊感。同時に自分が一気に落下する事への純粋な恐怖。


 現在体を繋ぎ止めるのは使い古されたベルトと頼りない安全バーのみ。なんとも心もとないが、言うまでもなくそこへ意識を向けていられるほど余裕はなかった。



ぎゃあああああぁぁぁぁぁあああああああああああああ



 叫び声を上げ、激しく打つ追い風を全身で受け止める。一瞬怖いが爽快感さえ覚えるこの感覚…私は結構好きだ。だってまるで空を駆けている気分になるじゃないか。


 けどそんな瞬間はすぐに終わりが来る。


 徐々に速度は緩み、そして入り口へ戻る。カタカタカタと、終焉の近付く音が聞こえた。


 そして…



カチン「お疲れ様でした〜本日はご乗車ありがとうございました。シートベルトを外し、忘れ物の無いようお願いいたします」



 『裏野ドリームランド』と描かれた案内図を片手に、友人と今日を楽しんで(…)









 リリリリリリリリリ、カチッ



 目覚ましの音を消し、今朝見た夢をいつものように日記へ記載する。昨日と同じシーンの同じ夢、と。


 そして部屋の隅を見ると、やっぱり盛り塩が黒ずんでいた。それを見て朝からげんなりとした気分になる…やっぱり友人の言っていたことは正しかったか。あの噂は本当だったのかと。



「…サイエンティストだからこんなこと、信じたくは無いけどね。」



 念のため黒くなった塩を一部採取しておく。後で本当に微生物とかが湧いていないかどうかチェックするためだ…あるいは埃でもいいが。



「無駄な努力?好きに言ってろ。」



 誰に向かっててわけでもないがコンチクショウと気合を入れいるように言う。だがなんとなく虚しくなる…支度するか。ため息をついて布団と枕と枕カバーを干す。


 だがまだだ、まだ認めないんだからな!呪いとか、非科学すぎる。




●○●○●○●○●○●○●○●○




 不機嫌な空を見上げ、同じ色の建物へと入って行く。改装工事は何度もしているというのに既に廃屋みたいな外装をしているのはきっと気のせいでは無いのだろう。


 仕方がないか…近年では科学技術より日本古来の神秘技術のほうが人にがあるのだから。その事実に再びため息をつきたくなったがなんとなくムカついたので、留める。そして少しだけ現代史を回想する。


 あれは私が生まれて間もない頃の話…第二次大戦以降は他国に舐められ国内でも撹乱されていた日本だったが、第三次大戦で戦勝国となってからは立場が変わった。どことは言わないが、代理戦争を他国間でさせていた某二大国家が地球自体(・・)から総スカン喰らってマグマの海になったことも大きいのかもしれない。


 事の発端となったのは第三次大戦になった時その二国は所構わず独善的な正義の元に色々とばら撒いた事。某プレジデントが世界的な賞を取ったというのに撲滅されず、それどころか様々な場所へ持ち込まれた。その結果、地球を維持する空間自体に影響が出て『異界』と繋がることとなった。


 『異界』とは、人の空想や信仰などの強い思念が元となって出来た異形の住まう空間のこと。日本では神社仏閣などがそこへつながっているが、西洋だと教会や教会裏にひっそり作られた精霊信仰の名残などが挙げられるだろう。一般的に巫女や神主などがそこを出入りできる存在である。現在も認識できる人とできない人がいるが、今はそれを一旦置いておく。


 本来、静観していた『異界』の住民。人の理は人にと個人差はあるがなるべく黙って様子を見ていたらしい。特に科学技術の発展に伴う豊かさを目にして自分たちの助けはもうそれほどなくても大丈夫かと判断して姿を消した。


 だが、皮肉にもその豊かさの根源によって人の信仰と信仰の元となる自然環境や景観、また人-人間の社会など諸々破壊された。


 彼らは黙っていられなくなる。このままでは現世も異界も共に消滅してしまうと…誰の思惑によるものかわからないが、こうしてはいられない。人に任せるのはもう危険だと。


 そうして彼らは地球自体のシステム権限を使用、元凶となった国を地上から跡形もなく消し去った。既にその地には彼らの信仰はなく、傲慢にも人の手を入れてはならぬ自然界にまで介入していた(実際にはそれほどうまくできず自分たちに被害が出ていた)ので、誰の反対を受けることもなかった。


 結果、人類はその日貴重な人類生存圏と巨大農耕地帯を失った。


 ある日突然の出来事だっただけに備蓄していた国でもいつ食糧が枯渇するか、死活問題となった。新たな戦争の火種である。


 それに焦った異界の住民。結局各自の活動拠点に戻って人々の信仰や感情を元に領地を見守ることにした。多少の助けはしよう、だから自分達の力でなんとか立ち上がれと言葉を残し(個人差はあったが)。


 某国がカルトの『予言』を守って落としたブツの影響で人の住めない不毛の地になりかけていた日本。ここもまた多くの神社によって守られたという。


 第二次大戦後の出来事であった『平将門の首塚』の話。それと似たようなことが戦時中起こり彼の地を守り抜いたのだった。


 そうして難を逃れた日本はしかし、復興に相当な苦労はした。ちょうど私の親世代がその苦労した人々に当たる。彼らのおかげで現代の日本は存在すると言っていい。彼らがサブカルチャーの文化に精通していたからおそらくこれほど異形が受け入れられたのだろう。


 現在、異界の住民と人は共存共栄している…一部の見える人々が、と注釈がつくが。


 そこからもわかるように、私達、所詮『科学』を中心に物事を考える派閥は共存関係にない。なんせ、我々は『見えない側』である。異形や異界が存在する信じるほどの根拠を『見える側』が用意できない以上は説得不可能だ。まして、物理を専攻している私などからしてみると怪異と呼ばれる現象など十分証明可能なこととしてしか捉えられないのだった。


 それと実は科学サイドから見た現代史はかなり異なる。


 まず日本を保護したのは皮肉にも日本列島の人々を長年苦しめてきた自然災害であったことをまず記す。不快で不本意ではあるが、実際にそういう結果となったのだから仕方がない。例えば大雨洪水、台風、地震、噴火…数えたらきりがないが、信じ難いことに起きたら必ず人死がでるこれらが日本を守った。


 具体例も色々ある。当時日本を爆撃する計画は台風により延期し、その間に記者団へに露見された結果やらないことになった。大雨洪水で工作員と協力者達が流され、地震で企業乗っ取りを計画していた某国の富豪は全財産マンションを失った。他にも数えたらきりがないが、次々妨害される結果となった。


 それらの攻防は某二国が消滅するまでつけられた。同時に当時の日本政府も苦難を乗り越えて相当努力した結果、某二国の隠していた技術や事実も色々と発見した。


 その一つが、『人類“−∞”計画』の露見であった。


 簡素なノートにまとめられた内容は、中学二年生特有の病気で発生する黒歴史以上に酷いものであった。だがしかし、それまでの地球の歴史がその通りに動いてきたこともまた事実であったため恐ろしいことを考えるものだと第一発見者は戦慄を憶えたとか。


 問題となったのはノートに描かれていた近未来などを描いたい映画などに出てきそうな技術の数々…酷い絵図と文であったが上手く読み取って組み立て取説(ノート)を読めば使えるようになった。つまり連中はこれを開発するだけの技術力があったということ。痕跡も何ももはやないのでなんとも言えないが。


 これを見たときたかだか大陸消滅くらいで滅亡したかどうか怪しいと数名違和感を憶えたらしい。だが、研究を進めていくうちに不自然なほど疑問を感じなくなったとか。現在ではそもそも疑問を持つ人はいない。


 そんなこんなで出所不明だし不気味であることこの上ない技術であったが、活用すればより暮らしやすくなるとのことで『神秘』と並んで研究分野として人気になった。そうして研究が進み、現在全世界、日本でも所々いいとこ取りをされた。


 ただ問題となったのは、基礎研究が追っついていないこと。


 技術として確立しており構造から作成方法までわかるのだが、なぜそうなるかという理論が中々解明されない。それでは技術そのものを転用するにとどまり日本人の十八番とも言える応用ができない。


 そこで私などの科学サイドは日々ブラックボックス解明へ奮闘しているわけだが…冒頭に戻るが、この分野は実際あまり人気がないのだった。特に、所々精霊信仰の名残がありそれでなくても神が多いとされているこの国は『神秘』に傾倒しすぎて少し、いや、かなり他国からも遅れをとっている。


 また最悪なことに、神秘サイドの人々の過激派(中二病患者)(通称妄想派とかイタイ派とかと揶揄されている…)がこの技術を使うことに反対して古代に帰れとかバカなことを申しながら連日デモをしていた。


 彼らは一体何をしたいんだか…詳しく知らないが、異界、ここでは『裏日本』だったか?に住んでいる日本に関係する妖怪やら神やら精霊は別に干渉は最低限するからあとは自分たちで治めろ的なこと言っていたのに。そう考えると科学を平和使用目的で取り入れることの何が一体悪いのか。


 そんな連中に大義名分を与えるような戦争に一刻明け暮れてくれやがった先祖を少しだけ恨む、今日この頃です。



 さて、本題だが最近さらに科学サイドが窮地に立たされる事件が起こった。それは…



「裏野ドリームランドにおける怪事件?」


「そうそうそれそれ、科学の特に物理分野から誰か捜査に加わって欲しいって要請きてたから君を指定しておいたから。よろしくね」


「………」



 ここで一応説明を加えておくが、『裏野ドリームランド』とは先ほど述べたノートからの技術が転用された娯楽施設の一つであった。主に映像技術や制御AI、他諸々様々なところに転用されており、ここから科学サイドへのイメージアップを図ろうなんて戦略もあったりした。


 けど、現在は廃園となっている…理由はさっき述べた『怪事件』の結果。


 色々あるが、現在はっきりとした事件?事故?原因が解明されていないのが『ジェットコースター失踪事件』。内容を簡単にまとめると以下の3点となる。



①証人が確かに死んだと確信できることが起こった人は、ジェットコースター終点の時点で姿を消していた。


②失踪した人物の死因?についての証言が全てバラバラである。


③失踪事件について証言した人がその3日後に死亡していること。



 なお、このジェットコースターに転用された技術は簡単に述べるならコースターの線路の構造、コースター途中園内のマスコット『裏野くん』人形を宙に浮かせ踊る制御をAIに行わせていることなどがあげられる。


 事件の後AIや線路の状況を調べたが、ソフトハード両方に異常は見られなかったという。


 またこの事件のせいで、科学研究へ回される国家予算は年々減少している。だからこそ、こうして捜査に次々と人を加えているのだろう、たとえ失踪者が後を絶たないとしても。



「君が抜擢された理由だけど、確か乗ったことあったよね?一緒に乗ったっていう人物が君をご指名だって、また一緒にバカやらないかと伝言付きだ。

 まあ断りたかったら断ってもいいけど予算は確実に減るだろうねぇ」



 …私もできれば関わりたくなかったが、どうやらそうはいってい慣れない状況らしい。グッと唇を引き締める。



「謹んでお受けしましょう。」


「そうこなくては」






●○●○●○●○●○●○●○●○




 バンとドアをしめ、車を文字通り巾着袋へと収納した。これは私が研究グループと共に一から基礎理論を解明した技術…まるでファンタジーだと思われるかもしれないが、れっきとした『科学技術』である。


 理論をざっくり説明すると、巾着袋の中を予め自宅の倉庫とつなげておいてそこへ目の前のものをワープさせるワームホールを作るというものである。現在はこの応用としてブラックホールとホワイトホールの発生原理や、無機物ではなく生物を移転させる方法の確立などに使われている。


 『十分に発達した科学技術は、魔法や魔術(ファンタジー)と見分けがつかない』とはよく言ったものだと思う。


 なお、私の現在の研究テーマは元の技術に見つけた違和感の解明である。基礎理論から考えて明らかに不要なものが一部見つかっており、それに対していささか不安を覚えたので解明を始めた。


 今わかっていることとしては、何らかの外部干渉がその一部を介して可能となること…それ以外は未知な領域で、現在解明中である。


 ついでに今回の事件もそれが関係している疑いがあったから私の論文に目が止まった上層部が目をつけたという背景もある。そう、それだけで私の捜査加入が決まったわけではなかった…



「…久しぶりって言えばいいかな?」


「まあそうだけど、そこは会いたかったと言った後に抱きついて欲しいところかな。」



 気色悪いことこの上ないセリフを吐くのは、私の幼馴染であり、『友人』である。



「………」


「今日はつっこまないのか?」



 昔はあんだけ可愛い子供だったのに何でこんな、こんな…うぅ(涙)刻の経過とは残酷なり。



「だけどこれからずっと一緒だね、よろしく。」


「…不本意だけど、まあしょうがない。よろしくお願いします。」



 けど容赦はしないぞ、非科学(オカルト)よ。



「それにしても君は相変わらずだね。」


「…君はまた随分変わったな。」



 身長は伸びす、出るとこ出てはいるがそれ以外の駄肉も見事に成長した私。ついでに丸メガネはいつも直しに行く暇が取れず歪んでおり、唯一梳かすのも面倒というだけの理由で高目のヘアサロンに月2で通っているため何とかなっている…と思う。


 すいません、何とかなってなかった…元々髪質が柔らかすぎてうまくまとまらない、よく言えば榛色の髪。


 対する彼は175を超える身長と軍人を思わせるほど鍛えられた体格。その上で顔も1.5枚目位程度に整っている…確かに切れ長な目は少し威圧感を与えるかもしれないが、中の目は相変わらず綺麗だった。


 髪の色は漆黒で艶があり、緩く結われて背中へ流れている。目の色は何故か紅。本人曰くコンプレックスらしいが、それは贅沢だと思う程には柘榴石を思わせる綺麗な色をしていた。


 そして肝心なことだが、彼は今や神秘面では追随を許さないほどの有名人。正に“時の人”であった。




 何はともあれこうして私が関わりたくないと心底思っていた案件へ加わることになったのだった。


 それから1ヶ月経過、未だ双方ともに進展なし。









 各部署であまりにも進展がなかったことから、検証実験を行うこととなった…すなわち、元経営者に連絡を取って『裏野ドリームランド』を一時的に再稼働させるということだ。なお、廃園してからまだ半年も経過していない上、こうした事態に備えて定期的に軽いメンテナンスを行っていたためさほど苦労なく再稼働自体は行われた。


 ただ、誰が何に乗るかでものすごく揉めた。


 館内には最終的に曰く付きとなった乗り物が幾つも存在している。それ自体に色々思うところはあるが、既に廃園済みなのでなるべくしてなったのだと一応納得しておく。


 ただ、そんな状態のアトラクション誰かやりたいと自ら言うような強者はいるかどうか…まあ普通は嫌がるだろう。


 だからジャンケンで決めることになった。すごく適当感がいなめないが、これが最良な手法と言える。他の方法、例えばくじ引きだと誰かが自分をはめたなどと疑心暗鬼になる可能性だってあるのだ。それなら大人しく自分の実力と運に自身の身を任せる他なかろう。



 結果、私と共同で調査している友人がジェットコースターに乗ることとなった。



「だけどジャンケン弱すぎ、本当に変わらないね」



 爆笑する友人へと肘鉄アタック。鳩尾に命中してグハッと倒れ込む友人の横をすり抜けて自分のデスクへと戻った。



「うるさい…」



 あぁ、本当にどうしよう。



 その日の夜、何となく眠れなくなり自分の研究所へと向かった…週3回は行けているが、中々研究が捗らない。何となくあと一歩まで来ていると思うのだがその一歩が中々踏み出せない状態か。


 そして、そこで予想外の人物と遭遇した。



「…なんで?」


「ああ、何となく来ると予想したからだよ…当たってほしくはなかったけど。」



 暗闇を移動中、友人が突然現れた。


 研究所周辺の電灯の無い暗がりに浮かぶ整いすぎた顔。ペンライトの灯に照らされて浮かび上がった紅く光る目。そして歪みきった不穏な表情。唯一顔色が赤銅色であることだけが彼を人間たらしめていると感じた。


 そんな、音も影も無く、突然背後から現れた友人…正直軽くホラーであった。


 当然回れ右で回避をしたんだが、回り込まれた。


 身長が高いが普段は人が良さげ(胡散臭いとも言うが)に目を細めているため威圧感はないが、今はそう言うの一切消して私をじっと見ていた。何故かすごく怒っていた。


 けど私の顔を見ると同時に表情が少しだけ和らぐ。



「眠れなかったの?」


「…そうだ。」



 でもだからってこんな時間にこんな暗い場所、危ないだろうがと怒られてしまった…いやでもセキュリィーの問題はないので特にそれほど危惧するほどでは。そもそも私を狙う人って…誘拐、あるいは財産目当ての養子縁組とかか?


 のんきに考え込んでいるのが伝わったのか、友人から怒気が漏れた。



「…ならここで分からせてやろうか?」



 意味深な言葉を吐いて脅して来くる。その顔にはひたすら私を心配する表情があった。何だか申し訳なく思い、誤った。同時に前からこの時間眠れなくなって研究していたこともあったことを一瞬思い出し、黙っておくことにした。沈黙は金。


 危機感が無いと愚痴りながら、ため息混じりにこう言われた。



「送っていくよ、もちろん断らないよね?」



 私の片手を掴みながら自分の車へと歩いていく…少し力が入っているせいか痛い。だが、彼の有無も言わさずといった態度に思わず黙って従った。もちろん車を収納するこは忘れず行う。



「明日、楽しみにしているから」



 車の中ではずっと沈黙していたが、降りるときにぼそりと言われた…恐らくこう言うところがこの友人の異性人気が高い理由なのだろうと思う。私にはこんなコミュスキルないから知らないけど言われて嬉しくないと思わない人はいないと思う。


 まあ、思い出してズドンてなったが…本当は近づきたくなかった、特に一度個人的に遊びに行って巻き込まれかけたことがある身としては。




●○●○●○●○●○●○●○●○




 再現した遊園地での出来事は割愛させてもらう…予想外なことに抽選を行って検証のためと言う言葉と共に一般人の参加を認めていたことを記しておく。


 また、検証中は何も起きなかったことも。




 ただ、一つだけ私にとって計算外なことは起こったが。



「………」


「今日も寝ていないのか?」



 寝ていないのではなく眠れないが正しいが、まあ大体その通りだった。コーヒーのカフェインで眠気に抗いながら辛うじてコクリと頷くと、友人はため息をひとつ、そして心配そうな眼差しをよこした。


 これでもうわかるように、最近私はまともな睡眠を取れていない…いや、取ろうとすると悪夢を見るので寝ること自体ができない状況にあった。


 廃園した遊園地のジェットコースターで検証実験を行って以来、私は毎日そこで死ぬ夢に悩まされていた…私が殺される、あるいは事故死する夢を。


 夢の中では件の遊園地のジェットコースターにあの日同様友人と乗車する。理由も現実と同様。そしてその度に私は殺された…バリエーションだけは何故か最初豊富で毎回死因は違ったが、最近ではループしている。


 1回目はベルトが外れ、2回目は曲がった支柱で胸を刺され、3回目は……人の手で惨殺されることだってあった。奇妙なのはその全てが被害者に対する目撃者のバラバラな『証言』と完全一致していたことだろう。


 人死にや行方不明が出るたびに毎回同じことを同じ席に座った人が証言している。そしてそう行った事が起こるのはいつもランダム…事件のあったその日に乗車した人たちは例外なく死亡した。


 失踪して発見された別のアトラクションでの事件とは違って必ず死亡するのだ。当然廃園前には一番の不人気アトラクションになっていたことはいうまでもなかった。


 そのことを思い出し、そんな非科学的なと思いながらも背筋がゾワリと泡立つ。故に、夢を見ないよう疲れるまで働いてもやっぱり夢を見る。そうして気づくと夜ほとんど眠れなくなっていた…またあのありえない夢を見るのだと。


 そんなことを職場の同僚になた友人、しかも『神秘側』の人間に言うつもりにはならなかった。だが彼は見かねてなのか、私へどうしたのかと尋ねてきた。追求が激しく、渋々私が折れる結果となった。


 相談するとなぜ今まで言わなかったと夜一人歩きした時以上に怒られた。理不尽。悪夢は私のせいじゃない。ついでに盛り塩くらいしろと言われてた。


 そしてやって見たのは昨日の夜の就寝前。ちゃんと部屋の外四隅に設置した。それらは今朝見たら、真っ黒に黒ずんでいた。


 疲れた表情でそれを報告すると、友人はしばらく思案した後結論が出たらしく口を開いた。



「しょうがない…しばらく俺と暮らせ。」


「え、やだ…」



 即答するとジト目で見られたが、私も多分同じような…いや、寝不足な分魚の死んだような目をしているかもしれない。



「「………」」



 しばらくにらめっこしていたが、埒があかないのでしょうがなくこちらが再び折れることとなった…それ以前に視線を保っていることも限界に感じたとも言うが。何と言っても目が疲れた。



「大丈夫、襲わないから。」


「…ウソツキ。変態。」



 前科者のくせに。


 裏野ドリームランドで行われた検証ならぬ模擬デート…研究員含めた全員が既に遊んでいた、多分息抜き目的で誰かが発案した?と思われるあのイベント。解散後送っていくと言われたので素直に頷いたのだが、連れて行かれた先はホテル。それも連れ込み可能なところ。


 抵抗虚しく連れ込まれたが、最後までは致さなかった。と言うのも、私がギャン泣きした結果どことは言わんが萎えたらしい。


 その時のことを思い出し、半目で見上げる…内心真っ青。



「…もう無理矢理襲ったりしないから少しは俺を信用してよ。というか、もう、だからそう警戒しないで…マジで傷つくから。」



 参ったと言わんばかりに両手を上げてそんなことを言うが、目のギラツキは変わらないと見た。だが同時にどこか寂しさと言うか悲しさみたいなものが写っていた。


 だから、もう一度チャンスを与えることにした。



「…ならお試しってことで。」



 そう言うなりぱあっと顔が明るくなる…幼少期の幼かった友人のあどけない顔を少しだけ思い出す。今はこんな狼青年になってしまったが、昔は子犬みたいで可愛かった。


 今宵、彼に連れられて彼の家に行く。






 幼少期。


 クルリと空を舞い、そして重力に従って滑走するように大空から地面へ…飛び込むのは左右前後全てが青な、空の世界。嗚呼美しいと、青一面を視界に収めながら段々離れて行く。


 所詮人間は鳥にはなれない、我々には翼がない。


 まるで雲になった気分で紐も付けずにビルの屋上から飛び降りた事件。あんな高さから落ちて死ななかったのは奇跡だ。多くの大人たちから当時そんな風に奇跡の子と叫ばれもした。


 でも実際は全て計算尽くであった。


 毎週の様にビルの下には業者がやてくる…トランポリンみたいに柔らかい荷台を連れて。大型のトラックは、当時子供だった私たちから見れば大人がいない間の遊び場だった。こっそり上に登ってポヨンポヨンと遊び、監視方は大人がきたぞニゲローとハンドサインをしてこっそり逃走。


 あの柔らかさだったら3階分のGくらい吸収できるはず。


 こと科学という分野では既に隠れ天才児だった私は調子乗って計算をして…そして世間が騒ぐことも全く考えずに検証するために実験を行なった。きっとあれが私にとっての最初の実験。


 結果、成功した。


 友人と私は青の世界と一時のスリルという名の刺激を得ることができた。そして、そのせいで我々はバラバラにされた。そのことを知った大人たちによって。


 まともな大人は怒って諌めにきたが、悪い大人たちは奇跡と崇めて度々私たちの知らない世界へと誘おうとする。カメラとフラッシュが周囲を離れず、その影響か知らないが攫われたこともある。


 無傷で救出されたが、さすがに耐えられなくなった両親が引越しをすることにした…誰も知らない、誰の監視もない場所へと。


 移り住んだところは青が広かった。


 ビルがなく、余計な電柱もなく、電線も、まして、屋根もない。何も私の視界を遮らなかった。そこにあるのは完全な青の世界。理想的な青が永遠とそこでは続いてた。


 けど、なぜか心は満たされなかった。


 その刻感じた虚無が何を意味するか知った時には既に、私も彼もあの頃と違って不純物に囲まれていた。良く言うなら、成長していたということだ。


 人間関係のしがらみや立場でもう普通には会えない。


 彼は実家の家業な神秘(オカルト)な世界へ。私は自分の信じる科学(リアル)な世界へ。道は完全に別れてしまったか……そう思って悲しくなった。気に入っていた友人だったから。


 けどきっと、あの日あの刻経験した青は永遠に2人のもの。だからいつかきっと…


 そう思って過ごしていると、突然オカルトと科学の交差する事案が発生した。突然の再開からの合流。互いに驚いた…こともなかったことが意外だったがそこで彼に非科学的な『予言』や『占い』なんて出されてはなんとなく否定するのは仕方がないことだと思う。


 だって私は科学の申し子だから。


 だから調査開始の開口一番そんなことを言った彼にはこう言ってやった……これは偶然ではなく必然だ、と。私たちは会うべくして再び会っただけだ。だからそんなことは信じられんと。


 普通に考えればそうなるのは当然だろう。


 科学、特に力学系の物理学分野における権威となった私へあの事件の捜査への参加がまわってくるのはある意味当たり前。そして今や非科学世界で名を知らない人がいないほどな彼は、当然の結果として事件の不気味とされる現象事への対応するため呼ばれた。




 そして何の因果か、今こうして隣で彼と眠っている。









「んぅ……」



 目を覚ますと、目の前に赤銅色がアップされていた…鞣し革みたいに滑らかな肌は硬質な筋肉を囲んでおり、そして私はそれに包まれていた。


 彼と同居し出して早3週間…ここまで肌色を近くで見るのは初めてだ、などとのんきにかが得ていたがはっきりと意識が覚醒する。


 もちろん慌てて腕から逃れようとした…幾らなんでも妙齢の男女がこうして近くでしかもベッドの上はまずい。けどなぜか離れたくないと言わんばかりに彼の拘束が強くなる。そして信じられないことに彼は寝たままだ。


 押してダメなら引いてみよを実行し、身体の力を弱める…すると彼の力も弱まり、静かな寝息を立てて再び夢の世界へと旅立った。安心して私の代わりに床へ落ちていた枕を挟んで抜け出す。


 その刻になってやっと私も彼も裸であったことに気づき、慌てて服を着た。大丈夫、一応手出しはされなかった…と思う。




 けど、不思議なことに悪夢は見なかったようだ…久々ちゃんと寝たな。




 さて、朝食の準備でもするか。


 場所はもう何度も来ているので把握済み。神秘派には珍しく彼は私の知り合いが開発したシステムキッチンを採用しているので使いやすい。あの、既にブラックボックスごと解明されたものだ。


 そのせいであの“知り合い”も…今はいいか。


 今日の朝は玄米おにぎりと味噌汁、棒棒鶏サラダとオムレツでいいか。見事和洋折衷…あ、でもキウイと野菜ジュースもつけておくか。












[やっと付けたのか…世話がやける]






●○●○●○●○●○●○●○●○




 今日は検証現場へ再び赴くことになっていた…少し不安だが自分へと言い聞かせる。大丈夫、前も大丈夫だったし今日だってと。


 そんな過去の私をビンタしてやりたい。



「まさか道が塞がれるとはね…」



 しかも私と一緒に来るはずの調査隊がいない。完全にひとりぼっちか。


 まずいな…なんせ、ここからドリームランドはそれほど距離が離れていない。そして廃園前の噂によると、失踪者は失踪直前必ず突然世界から隔離されたかのようにこうして1人になるらしい。


 所詮噂だと舐めていたが、まさか自分がその立場になるとは…


 生還者だと自称していたネット上の人物の話を思い出し、咄嗟にカバンから塩瓶を取り出す…失踪していたのだがなぜか友人の家で見つかった私の愛用していた瓶。可愛い和風カフェデザインの団子やお茶の絵は健在で何より。


 けどあってよかった塩。


 だけどもうこうなってはこの事件が半分『怪異』によるものだと認めなければダメなのかもしれない…非常に不本意だが、私は調査を続ける予定だ。なに、危険が迫れば最悪塩まいて逃げれば何とかなる。それに別に私を惜しんでくれる人なんて今は…



「おいおい、俺を忘れてもらったら困るよ…死ぬ気だったの?って、痛いからつねるな!!」



 一瞬幻想かと思って相手の頰をつねってみるが、本人らしい。



「…なぜここに?」



 バツが悪そうに頭をかきながら彼が伝えた内容は、なんとも馬鹿らしい話であった。曰く、彼のファンらしき女性陣が私に嫉妬して仕事の邪魔をしようと予定にない内容を勝手に入れたとか。事務方にそんな人入れていたのかと呆れ返る。


 科学は今回神秘に雇われている形なのだからちゃんとしてくれないと困る。組織が腐って来ていると最近噂になっていたが本当なのかもしれない…さっさとトンズラしたいものだ。



「それにしてもファンがいるなんてすごいな。」



 嫌味ではなく。



「君にだっているだろう?」


「いや、あった試しがないが?」



 車へ鍵を差しながらそう言っていたが、鍵を回した段階でやっと可笑しなことに気づく。



「ねえ、そういえばどうやってここに…」



 彼の存在が歪み、空間がねじれたと思ったら私の意識は完全に落ちていった。





 ガタンゴトン、ガタンゴトン


 またこの場面…何度目になるかわからないため息を吐くと、心配そうに隣に座る一般客と思しき老婦人が私を覗き込む。慌てて無邪気に笑みを作るとコロリと騙された。


 カチカチカチカチ…


 何かが這い寄る音が聞こえ、なぜかわからないけど力が抜けていく…そこでああこのパターンなのか今回はと納得する自分がなんだか馬鹿らしく感じた。というか、そもそもこの状況自体が馬鹿らしいにもほどがある。


 そうして一番上まで乗り物が到着したと同時にベルトが切れていることに気づく…手は、体は何故か動かない。当然手すりや安全バーなんて触れることができもしなかった。


 だから、高速で機体が降りればその上に乗っている私は当然投げ出されて…




 解放されるまで後何回死ねばいいのか。憂鬱な気分で振り返れば裏野ドリームランドのマスコットが嗤っている。もう一度言うが、笑っているのではなく()っている。



【いい加減諦めないのかなぁ?他のコ達はさっさと諦めたのに】



 表情は変えていないはずなのにわかるほど明らかな侮蔑的な声と視線。最初の頃は年相応に怯えていたけどこれほど何度も経験すると、それほど怖くなくなってくる。


 うんざりした顔で何度目かわからないため息を吐きながら無駄にでかいブサイクウサギの方を困惑した表情で見る。


 諦めるも何も私の意思と関係なくただ繰り返されているだけだってのに。諦めるもなにも、一体どうしろと…なぜかすごい理不尽に感じてイラっとする。そもそもマスコットブサウサギの存在自体がうざい。


 睨み付けるとおお怖いと嘲笑うようにクルクル回る。何度もいうが、非常にうざい。


 もういい加減休憩でもなんでもいいから挟んでくれないかな責めて。そんな私の目線で送った訴えはだが、完全に無視された様子であった。むしろ指差して笑われて、いい加減顔の血管が浮かび上がりそうだ。



【さぁて、では次逝ってみよう!】



 うざったくて残酷な宣言。


 そういう言葉が聞こえたと同時に前回同様意識が真っ暗闇に閉ざされる。だが次第にザザザザザザザ…と音を立てる感じで黒い画面が割れていく。


 割れた先に見えたのはチャコールグレー色の異形っぽいスーツ男。それが私の目の前に座っている光景。手足が異常に長いくせに頭はピンボール程度しかなく、さらに1つに結っている髪と思しきものの先には細かいカミソリが付いている。


 なお、周囲は全く気づいていない。というより気づいていたら速攻でパニック起こすかその前に全力で逃げるだろう。奴は私の方へと振り返るなり三日月の様にその口を釣り上げて嗤った。目は洞となっており、覗き込むだけで魂まで引き摺り出されそうになる。鼻はそれらしき棒が突き出ており、全体的には粘土細工で幼稚園児が作った人の顔よりひどい出来だと思う。


 最初の頃はこの顔に酷く怯えて周囲の助けを求めたが、乗車した時点でどうも私と異形のこと自体を全員が認識していないことを理解してからは冷静でいることを選んだ。それに騒いだところでどうせ結末は同じ。なんとなく動揺見せるのは相手の思う壺な感じがして嫌だ。


 そうして再生されるのはあの日のあの惨劇…細かいナイフで皮膚を少しずつ削られながら最後は死んでいくというのに全然何も感じない状態になった。それこそああ、またかよ芸がないなどと思ってしまうくらいには。


 そう、痛いの通り越してもはや退屈なんで誰か本当にどうにかしてください。切実にお願いする。






「プログラムに引っかからない?おかしいね。」


【ええ、何度やっても我々のいいなりにはならない様子です】


「せっかくこちらが有効活用してやろうとしているというのに本当に使えないね。処分する?」


【いえ、まだ人質としての使い道が】


「けどバカだよね〜前々からアレを弄る人って必ず連れ去られているって事実があるのに護衛の1人もつけないでさ…まあ無意味なんだけどね。」


【そうですが、油断はしないようにお願いしますよ】


「もう分かっているよ!」




“すべては■■■の為に”









 必死に捜査をしているが、中々見つからない友人。彼女が悪夢を見なくなったあの日、失踪してからもう既に数日経っている。辛うじて残っている俺と繋がれた縁が彼女の生存を知らせてくれている。


 けど、その縁も今はだいぶ細くなって来ている…相当危険な状況に置かれているのだろう。



「いい加減諦めたら」



 などと口にしたやつは既にいない。


 力あるものが言霊で彼女が“いない”宣言すればどうなるか分かっているのに言葉にしたのだから。まして彼女と縁のあるものの前でそれを口にすれば、相応のことが起こっても仕方無い。もちろんほとんどの常識を持った人たちはそれが分かっているので例え彼らが神隠しにあっても誰もなにも言わなかった。


 今頃は、異界で取引のある怪異の相手でもしているだろう。そも、彼らとの約束まで破った罰なのだから俺は悪くない。たとえわざとストーカー(怪異)に居場所がわかるようにしたとしても。


 さて、残された唯一の手がかりは彼女の現研究テーマであった『ブラップボックス』…曰く、関われば誰であっても行方不明になるとこのことだ。同時にこれは『予言ノート』の誰も見たことのない巻末に書かれていたと。



 “壺、林檎、黒箱…関わるな、消えたくなくば”



 都市伝説として神秘からも研究している人はいなかったが、おそらくそれ以外にも理由はあったのだろう。言葉一つであっても力を持つこの界隈で、この言葉を口にすることは憚られる。


 なんせ、この言葉そのものが『怪異』を示しているから。


 どれもかつて猛威を振るっていた古代の国々に伝わる神話に伝わるものだ。特に中でも2つは明確にどこのなにを示しているのかがわかる。不明なのは黒箱だけ。


 ただ、神秘を研究する者からすればなんとなく分かってしまう。おそらく消えた大陸由来の何かだろうと言うことくらいは…少なくともそこを占拠していた連中が何かしたのだろうとは。


 だとすれば、彼女もその事件に巻き込まれたか…あるいは今回の件にも怪異が関わってるか。



 そうだ、そいえばあの遊園地はノートという『怪異』から生じた技術の終結だったでは無いか!



 念のための置き書き、それから自分の捜査班に怪異の関係者が混じっていることを想定して親族への連絡。さすがの怪異も自分のことを沈めた神社の関係者とは関わりたく無いはずと踏んでだ。不本意だが仕方がない…借りはあの件で返せばいいか。


 色々算段をしてから連絡手段と装備を持って研究所を出た。目的地は『裏野ドリームランド』。


 彼女はそこだ。












【システムの接続を確認】



 やっと繋がったか…特に感動することもなく人間亜種(虫けら)の記憶を含む生体データを弄ろうとした。しかし、やはりプロテクトがかかったままでは入力できないらしい。



【エラーが出ましたので、最初からやり直してください】




 ウィンドウに現れたそれを認知すると、先ほどと同様に電源を一旦切る。そしてプラグ片端をとあるプログラムの入ったコンピューターへつないだ。もう一つの端が繋がっているのは亜人種の頭につけたリング。


 亜人種は唸り声を上げるが見えていないかのように作業は続いていく…ただ言われた通りに亜人種へプログラムをダウンロードさせる仕事。終わったら亜人種を元の場所へ戻してここは自爆させる。


 そだけで本当に主人は戻ってくるのだろうか。



 それに、使っている亜人種は皆揃って壊れたがそれも正しいことなのだろうか…主人は亜人種が笑って楽しんでいる姿をとても嬉しそうにかつて見ていたのに、亜人種が苦しみ抜いて殺されるのは嬉しくないのではないだろうか。たとえ自分が復活できたとして。



 【ザザザ…エラー、エラー】



 最近よく起こるエラー。高性能なAIであるはずなのに、こればかり。おそらくここにメンテナンスする人がいないから。思い出す顔は、にこやかな老人。同時に老人が殺されている場面。


 老人はどうやら逆らったらしい。だから殺された、何度も何度も殴られて。赤い場面が映像として再生され、再び画面が黒くなる…その後“命令”で復活のために手段は問わないから亜人種を集めろと言われた。


 ここはすでに破棄された場所、けど離れるわけにはいかない。主人の思い入れのあるところ。この地で主人が大好きだった亜人種は楽しんでいた。主人はそれを楽しそうに見つめていた。


 なのに洗脳し、殺す。


 いや、殺すのがただしい私がただしい正しくないただしい正しくなただしいただしくないただしい……



【ガガガガガガガ…obey……】




【アジンハカチク】

【カチクノブンザイデワレラニサカラッタ】

【ダンザイセヨ】


【ダンザイセヨ】

【ダンザイセヨ】

【ダンザイセヨ】


【ダンザイセヨ】【ダンザイセヨ】【ダンザイセヨ】


【ダンザイセヨ】






 再び機械の制御を行う。


 亜人種一匹をつなぐ。くるしそうにするのは無視。さっきとお案じようにシステムへの介入を試みる…そして同じように疑問を持つが沈められる。


 この作業が続く…永遠と。




●○●○●○●○●○●○●○●○






【侵入者を確認】


【作業を一旦停止して、速やかに侵入者を殲滅してください】


【亜人種の群れを確認】


【反-∞の存在を確認】


【拠点の防衛に当たってください】











 廃園されたのがまるで嘘かのように綺麗な姿で佇む遊園地。地面のレンガはチリ一つ見当たらない。建造物の壁や看板、それら一つ見ても黒ずんでおらずまるで新品だ。


 違和感があるとすれば、シンと静まり返っていることだけ。


 立ち入り禁止で自分以外人が来ていないのだから当たり前なのだが、それでもこれだけ広い空間自分しかいないことになんとなく違和感を感じる。特に、まるで誰かに見られているかのような感覚があるならなおのこと。



「そこか…」



 見上げると、目に入ってくるのは一体のドローン。


 消音技術はノート由来のもので、確か人類にとって触れるだけでも危険な薬物を敵国上空に撒くために開発されたようだった。それを現在は郵便や郵送サービスに使っているとか。一応人の手で運ばないといけないものもあるので人の職が取られることはなかったらしい。


 それが人のいないこの場所で一体…



 パサリ、紙の落ちる音が聞こえると同時にドローンは去っていった。慌てて飛ばされそうになっている小さな紙を拾い上げて中を見た。


 果たしてそこには警告が書かれていた。


 今すぐ立ち去れば何もしないが立ち去らねば侵入者排除の方向に働くと、そしてこれは警告でもなんでもないと。だけど一つだけ見逃せない言葉があった。



「彼女が帰ってこなくていいのか、ね」



 返す気がないの間違いではないのか?


 だけどわかったことがある…どうやら彼女もここにいるようだ。そして彼女を捕まえた連中もここか。



「敵地か…好都合。」



 突如としてパンと空から音が鳴った。


 見上げると、そこには無数のドローンが飛んでいた…監視カメラだらけであり、見ていて気分のいいものではない。まるでハエや蚊の様だ。


 そして一台他とは別格な大きさのドローンが近づいて来た。



【ガガガ…侵入者を発見、侵入者を発見】


侵入者には鉄槌を(コロセ)


【|侵入者の速やかな排除を《コロセ》】



 口角が上がるのがわかった。



「ああそうかい、それなら遠慮なく壊させてもらうよ。」



 護符を取り出しひときわ大きいドローンの下についていた小さなドローンへ投げ、さっさと建物の影へと逃げる。その数秒後、爆風とともに爆発音が響き渡る。


 あたりは焦げ臭くなった…さっきまで漂っていたわざとらしい甘い遊園地の菓子の香りよりは全然マシ。


 暫く空中から気配が消えたので現場を見ると、いろいろぶっ壊れていた…一瞬調査のため現場保存をすることを求められており器物を破損した場合はそれ相応の罰が与えられることが脳裏をかすめ、罰金の額を考えて頭が痛い気がした。たが、今はそれどころではない。


 なんせ、彼女との縁が切れる方が俺にとっては苦痛だから。


 ブーンと今度は露骨な音が聞こえ、見上げるとヘリが大量に空中を占拠していた。だが、それくらいのことは俺にも対応できる。



「八咫烏、来い。」



 札一枚に描かれた紋章が光り、そこからスルスルと青の混じる紅色の炎が飛び出す。出て来たのは漆黒の巨大な烏。理性の光る鋭い目がこちら捉えた。なお、足は三叉に分かれている。



[小僧、何用だ?我を呼び出すほどの事態と…ああ把握、番いの為なら仕方なかろう。]


「…前から思っていたけど察しが良すぎ」



 本当、俺の心のプライバシーどこいった。呆れを含んだ表情でフンと鼻を鳴らしてまた心を読む。



[そんなものその辺に捨ててしまえ、それに我は人の則なぞに從うつもりなぞない。

 我の存在自体、そなたらの言葉ならば『怪異』そのものなのだから…だからこそナワバリに土足で踏み込む不埒者には鉄槌を下さねばな。]



 話しながらも大分ヘリは減っていき(シャレにはあらず)、少し園内を見渡す余裕が出て来た。だからこそ探す、召喚陣を。


 さっきから襲ってくる兵器だが、明らかにこの園に保有できる量を超えている。それ以前に保有できるほど監視が緩いということはないと思うが…まああれほど簡単に侵入できたのでもしかしたら読み通り捜査班に裏切り者でもいるのだろう。


 八咫烏はヘリが視界からなくなると同時にガアと一泣きした。すると、周囲に烏が集まり出した。



[さて、これで“視界”は十分確保できたな。]



 八咫烏はあることかきっかけとなって目という表現は避けるようになった…どうやら異国の怪奇に関わる者たちと同一視されるのが不快だったようだ。どことは言わないが、随分国民やそれ以外の人間を監視に勤しんでいる怪異がいるようだ。


 古代では神として祀られていたが、人心が離れて現在では邪神として扱われているとか。今ではそういった進行をする一部の人間にいいように旗印として利用されおり、本鳥も満更ではないとか。


 …こちらと関わってこなければどうでもいい話ではあるが。それより現在烏経由で面白いものを発見した。



「上空からアトラクションの配置がヘキサグラムを描いている、ね」



 それで呼び出していた…ということはないな。むしろもっと大規模な儀式のためか?宗教戦争に負けて悪魔なんて呼ばれている古代神話の神でも呼び出すつもりだろうか。あいつらは人から離れすぎたせいで病んでいるから呼び出されるとろくなことが起こらないんだがな…


 とりあえず壊してみるか、ホトトギス。




「じゃあこれ、烏に渡してくれ。で、配置したら戦線離脱。」


[…本気でやるのか?]


「やる、その間に彼女探して真剣に今度こそキッチリとじゃないと」



 嫁さんにあんたの㊙︎コレクションの存在バラすよ?ついでに日本酒コレクションもおまけで。



[お、おう…わかったからそう睨むでない人の子よ。]



 それから数分しないうちに裏野ドリームランドは爆炎と木々やプラスチックの焼ける匂いに包まれた。跡形もなく爆破されたのだった。



「それで見つかった?」


[あ、ああ…あそこだ。唯一爆発から逃れたところだ。]



 他は全て爆破させてもらったが、彼女といったことのある場所はなぜか爆発させてはいけない気がしてやめておいた。この勘は結構当たるのでそれに従った。


 そしてやはり、彼女はそこにいるようだ。



 彼女を迎えに俺は走ってそこへと向かった。




●○●○●○●○●○●○●○●○




 怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い…助けて助けて助けて助けて助け助けたすけたすタスタスタタタタタタタタタタタ…



 侵入してきた絶叫と痛い怖い助けてとの感情が全力で私の心を揺さぶってくるが、私は屈しない。屈するわけにはいかない。


 まだだ、まだなんだ。


 助けが来る保証もなければ私を心配してくれうるような奇特な人間はいない…それどころかおそらく失踪したことに気づいているのはほんの一部もいないかもしれない。それくらいちっぽけな存在だ。


 科学の権威だろうと、そのことには変わりなかった。


 けど私が私で在れる理由なんて、好奇心しかないと思われる…この現象を科学的に証明するにはとか。あるいはこんな現象を起こしている元となった技術は何かとか。


 怖いとか痛いとか苦しいといった当たり前の人間の感情はちゃんとあるが、それよりもまず科学に目がいってしまう。その辺りはきっと祖父母や父母と同じなのだろう。彼らもそういうところは全員一緒だったから。


 一つだけ違う点としては、彼らは全面的に『神秘』を否定しているのに対して完全否定が私にはできないことか…科学的に解明したいなんて願望を持っていることか。


 今回のことだって怪異と呼ばれる存在の仕業だろうことはわかっている。私は彼らに拉致監禁からの多分洗脳されているのだろう。現在も苦痛は続いているのだ。


 どのタイミングかは不明だが、あの悪夢もきっと彼らが仕組んだことだろう…どうやってやったかは不明としても。


 さて、どうやらこうして考えることは別に許されているらしいので解放された時に行う予定の実験を次々考えてみることとするか。そうすれば自分をある程度保つことができる。







【ザザッ…テステス、侵入者からの防衛は失敗したみたいだね☆本当使えないなぁ…いっそこと一度死んでみるかい?】


【まあいや、それよりそっちの進行も悪いんだって?どうする?体強制的に則って彼を殺す?その方がだって効率いいでしょう?】


【そう…僕たちに逆らうつもりなんだたかがArtificial Intelligenceの分際で】


【主人、主人って煩い……君はもう、用済みだね】



【だからさ…













 彼らもろとも死んでくれない?】







 唐突に悪夢が終わり、青空が広がる。


 目の前に広がる雲ひとつない真っ青な世界…上も下も左右も何もかもが青く、清々しいほど他の色がない。まさに青の中の青。


 彼と見た青とはだけど、違う。


 これらはどっちかっていうと、彼と見た青と私が引っ越し先で見た青を足して割る二したような感じか…ある種の懐かしさと虚無感が同居しているみたいで奇妙な気分になった。



「誰?」



 私以外の存在に気づくと思わずそう尋ねていた。よく見ると白いウサギの耳をつけており、どこかで見たことのある風貌。だけど私の記憶が正しければあのうざったい遊園地のマスコットキャラは確か丸っこい体型に道化の格好をしていた。


 決してシックな葡萄茶色一色の燕尾服ではなかったし、長身で痩型でもなかった。



【僕かい?僕はURANOくん…壊される運命にあるAIさ】



 振り向いた男性はやっぱりマスコットだったようだ。けどそれにしてもピエロ要素は顔のメイク以外は全くないとは…モデルが獣人らしく顔はフルフェイスの兎人だが、唯一その目の周りには青色の星が描かれてた。


 それにしても“壊される運命”とか、なんて不穏な…



「一体誰に?」



 私の質問へは苦笑して答えられないと言わんばかりにくびを振った。そうして切なそうな声で続けた。



【最期の刻、君と会って見たくてね。】



 私を呼んだ理由らしい。



【初めまして、僕は君を誘拐してここでずっと悪夢を見させていた自立型AIの裏野くんです。】


「…君が元凶だということか?」



 それに対してちょっと困った笑みを浮かべたが、おそらく答えられないことなのだろう。



「もしや答えられない?」


【そのことに関してだけど…正体ははっきり言えない制約が僕にはかかっているんだ。だけど、何事にも抜け道は存在するものだね。】



 イタズラする前の少年のように笑い何かを私へ送った。



【この写真がヒントになるはず…首謀者はこの中にいるよ。】



 画像が送られてくる…そこにはこの遊園地のマスコットキャラであるブサウサギの裏野くんと責任者の老人、それ以外にも関係者が数名写っていた。この中に首謀者がいる、ね。


 画像に付随したファイルが色々あったがとりあえず確認するのは後だ。



【データも一緒につけたからあとは頼んでいいかな?】


「…それが、私の探求の妨げにならなければ」


【探求?】



 その問いに私の唯一つの望みを答える。すると、彼は君らしいと声を上げて笑いながら言った。それは別に私をばかにしているような感じは受けず、寧ろ納得して笑っているような感じだった。


 2人目だな、私の夢を笑わなかったのは。



【さてもうそろそろ時間かな…君にはいっぱいひどいことをしてしまった。本当にごめん。】



 足元から段々崩れていく裏野くん…慌てて手を伸ばそうとしたが、押し返された。



【もうすぐ僕は僕の主人のところへ帰るんだ…だけど君は巻き込まれちゃダメだよ?君は君を心配する恋人の元へ帰るんだ】


「恋…人?」



 誰やねん。


 唖然と生首状態になっている裏野くんを見ると、悪戯が成功したみたいな表情をしながら答える。



【だって凄い形相で君のこと探していたし、何より君は既にマーキングされているわけだし】



 いやいやいや、犬じゃあるまいし…と言うか本気で誰が私のこ…こ、ゲフン探しに来たんだか。


 そして最後に綺麗な笑顔で一言。



【じゃあ頑張ってね!】



 最後盛大な爆弾を投下した状態で消えたAI。


 すごくシリアスな状況であったにも関わらず、釈然としない気持ちになった。なんというか、毒気を抜かれた感じと言えばいいのか。


 さっきまでは謝罪は受け取ったとしても拉致監禁されてからの仕打ちとかに怒り心頭からの悪態といった心境だった。なのに消える寸前の意味深な発言が気になってそれどころではなくなってしまった…


 これが戦略だったとしたらある種恐ろしいものがあるが、とりあえずそれは置いておく。どうやら迎えが来たみたいだ。


 ゆっくりと自分の体へ自分の意識が戻されていく感覚がした…今まではどちらかと言えばAIのいた空間に意識ごと繋がれて持って行かれた感覚であった。まるで、完全別世界に意識だけ連れて行かれような…


 実際そうであった可能性はなくもない事実に思い至ると血が引いていくような感覚がした。例のノートの技術を集結させれば可能だろう、まして、あれほど優秀…それも人とそれほど変わらない感情まで持つAIがいたのだ。できない道理がない。


 だとしたら、本当に危機的状況だったのだろう…下手したら本気で廃人からの相手の望む別人格になっていた可能性だってある。そうなってたらどれほどの不利益を…それ以前に自分の人生が壊されるところだったことに愕然とした。


 自分が自分で無くなったらそれはもう死んでいるも同然…本当に恐ろしい。考えるだけで、冷え切った肉体がさらに冷えていく感覚がした。


 ふと、暖かい何かに抱きつかれた。



「やっと見つけた…待たせてごめん」



 声が聞こえ、相手の体温を感じる。だが、目が開かない。体も動かない。そして声も出せない。


 まるで全身血が通っていないかのような感覚だ。



「なあ、遅くなってごめん。ちゃんと遅いって前デートした時みたいに罵ってくれよ、悪態だってついてくれていい。黙ってないでなんか言ってくれ…頼むから…俺が遅くなったのが悪かったか……頼むよ…」



 弱々しく、悲しそうに声がそう言う。



「…なあ、お願いだからもう一度眼を開いてくれ、俺をちゃんと見てくれ…お願いだから…」



 泣きそうな声だ。灰色の今にも泣きそうな寂しい曇り空の色が浮かぶ。居られなくなって遠くへ引っ越す日に見たあの灰色の空、幼き日の友人の後ろ姿が浮かんだ。


 嗚呼早く、早くと焦る。だが、全く体に力が入らない。体の奥底から冷え切ったままで、動力が凍りついてしまったかのようだ。


 せめて手に力を入れられれば…


 唇にふと、温かい何かを感じた。同時に温かい汁がポタリポタリと私の顔へと垂れる。



「…もう一度、俺を呼んでくれよ……」



 そしてその声に私は内心穏やかではいられなかった…私の状態はそれほどまでに悪いのかと。相手が悲しむほどにひどい状態になっているのか…スプラッタとかグロ系は苦手なんだが……



 されど、力は入らず…本当どうしたものか。



[おい坊主の番い、栄養失調に加えて脱水で身体動かせない状態だぞ…さっさと病院連れてけそんなことしてないで!]


[それとこの空間の崩壊に彼女もろとも巻き込まれたくなかったら我に掴まれ!]



 この場に似つかわしくない程はっちゃけた声が聞こえた…何やら不穏な用語があったのだが。だけどとりあえずやっぱりこの身体、ガス欠か…兎と別れた刻以上に凄く釈然としない気分になった。


 次の瞬間温かい腕に抱えられ、体全体が浮上した。どうやら空を飛んでいるらしい。風の唸り声が聞こえ、身体は動かないままだが恐怖を感じた。


 だけどドクン、ドクンと彼の心音が聞こえるので少しだけ安心した…生きている、そう実感できたから。だからなのか、その後力が抜けて意識がなくなった。




●○●○●○●○●○●○●○●○




 フリップ、ターン、フリップ、ターン…


 空間が歪み、ねじれてねじれてねじれてそして穴が開く。人生の出口はこちらからってことか。最後の最後まで首謀者はその根性はねじれているらしい。


 生きては返さないからな。語外にそんな言葉が聞こえた。


 だけど残念なことにもうすでに本当の出口は見つかっている。そしてそこまでいく手段も渡りきる術も持っている。札を多めに持って来て置いて正解だった。


 腕の中で眠る友人は、顔色こそ悪いがちゃんと胸が上下しており心音も感じる。生きているんだ。彼女がちゃんと生きている限り、俺が諦めることはまずない。そらそうだ。まだ告げていないことだってあるのにこんなところで人生ゲームオーバーはありえない。



[こっちだ坊主、余計なことは考えるなとりあえず脱出だ。]


「了解、ここだね。」



 札をまず左右前後上下に貼り付ける。天地東西南北に位置する門はこれで抑えた。彼女を抱え直してゆっくりと進む、前へ、前へ…背後左右上下から歪みが飛び交うが、気にせず進む。


 所詮はその程度の悪意。構うものか。


 着実にゆっくり油断せず、一歩一歩進んでいくと段々と空間の色が変わっていった。最初は黒に近い濃紺だったのが徐々に夜明けの色になっていく。暁を目指すかのように空が白くなって来た。


 そして最後の一歩…



「来た。」



 グロテスクな執着が具現化した姿か…醜いものだ。


 不定形だが悪意や敵意が完全にむき出しになっており、こちらを害する意思を全く隠すつもりがない様子。姿形はおそらく人によっては千差万別に写ることだろう…ただ、共通しているのは相手の一番恐れる(・・・)ものの姿になろうとしているところか。



「無駄、{消えろ}。」



 言葉に力を乗せ、消滅へと誘う。こちらの文化でなくても言霊は通用するらしく、悔しげな雰囲気を漏らしつつも消えていく。消滅をさらに願うため、その存在自体を自分の中から削除する。そのものを認識しないというのは存在しないのと同義。


 パヒュンと音を立てて消えた。


 気がつくと、結界がなくなり夜の明けた遊園地に立って居た。いるのは俺自身と腕の中の彼女。そして頭に足をかけた八咫烏…重い。



[フン、我をもっと敬いたまへ。誰のお陰でここにいると思っている。]



 ゲシゲシとつむじ辺りを狙って踏む烏。アホーと間抜けな鳴き声でドヤ顔するのがなんとなくうざったい。というか、いい加減一点を踏んだり蹴ったりするのはご遠慮願いたい。そこから禿げたらどうしてくれよう。


 けどなるほどと辺りを見ながら納得する…遊園地は一切攻撃の痕跡が残って居ないかった。これが意味するところはつまり…



「なんの解決もしていないってことか…」



 今回は彼女を助けることができたが、この友人が連中に目をつけられたことは確実だろう。いや、もしかすると前から目をつけられて居たのかもしれない。


 わからないことが多いが、とりあえずこの不気味な場所からは退散しよう…できればもう、二度と、関わりたく無い。



「…捜査、2人揃って降ろしてもらおう。」



 捜査依頼を出した連中については密偵にこの前探らせた。そうしたら全員驚くほど表向きは真っ白であった。完全に隠蔽していており、尻尾を出すことはおそらくないだろうと思わせられた。


 だが、神秘方面で探れば出るは出るは…怪しい連中だとすぐにわかった。


 けど捜査を続けた理由はひとえに彼女が来ることがわかっていたから。彼女と再び一緒にいられるようになるなら危険な目にあってもいいと判断したから。


 くだらないが、結局科学と神秘の間で彼女と俺は一度引き裂かれた…彼女は両親から断片的に記憶を消され、俺は物理的に彼女と距離を取らされた。学生時代再開して一時付き合っていた記憶が彼女から未だに抜けているのもそれが原因だろう…あの記憶が戻っていないことに安堵するが。


 学生時代彼女と一緒に行った『裏野ドリームランド』。乗ったのは現在調査しているジェットコースター。そこで、現在調査中の様な死亡事故が起こった。被害者は俺。


 そう、あの刻一度俺はほぼ死んでいる。


 俺が復活したのは彼女のおかげであり実家のおかげでもある。彼女は彼女の伝手で俺の肉体を保護し再生した。地上から5階分の高さから落ちて損傷した肉体だ、よく戻ったと思う。そして途切れかけていた俺の魂を呼び戻したのは実家。正確には実家で祀っている八咫烏。実や凄い…



[アホー]



 凄いなんだっけ?まあいいや…どうやら頭を結局定位置として止まることにしたらしい。今でこそこんなふざけた感じのやつだが、やるときはやるんだ…多分。


 実際、生死の境で俺と契約して俺を復活させたことは紛れもない事実である。なんでも、俺の存在が面白いので死なすのに惜しいと感じたとか。それと当時の彼女が科学側にいたのにも関わらず頼み込んだそうだ。


 彼女は記憶を、俺は自分の夢を代償に。


 俺と彼女は結局互いを『友人』としか呼べなくなり、名前は苗字でさえも呼べなくなった。彼女はその上で俺との記憶が失われ、袖を一度分かつことになった。


 当時の俺は耐えきることができず、堕ちかけた。危うく実家に駆除されるところだったと思われる。だが、刻八咫烏にこう言われた。



[縁は繋がっておる。また道が交わる刻が来よう、それまでしばし待たればよかろう。]



 細長く心もとない線が指と指の間に見えた…それがある限り、俺は真っ当でいよう。そう思い、ここ数年を過ごした。


 だから捜査で会えることを知った刻は嬉しかった。


 確かに俺たちを引き裂いた場所と理由が原因で皮肉にも復縁できたわけだが、それでも彼女に会える日々は特別だった。だから多分怪しくても続けた。


 数ヶ月のことだったけど、もう十分だ。彼女が苦しむ姿、彼女が死にかける姿もうこりごり…本気で好きな相手は幸せを願うんだなと実感した。


 だから依頼主を物的証拠で脅して捜査を降りる。それでいい。




 さようならになるかもしれないから、だから、せめて今だけは…











 青だ、青が広がっている。


 雲に寝そべり見上げると、そこにはどこまでも続く濃青…少し、いやかなり感動する。美しいという陳腐な言葉では言い表せない程心がときめく。


 あの大空へ羽ばたいて、どこまでも…



「然れど、我に翼なし…神には神の、鳥には鳥の、そして私には私の領分」



 私は科学者。科学者とは根拠に基づく理論を探求するものたちのことであり、奇跡を信じず人自らの力でもって世の理を証明する者。


 それが私の解釈。


 皮肉なことに、神に一番近いのはいつの時代も科学者であった。錬金術然り、時空移動然り…空を飛ぶ技術だって人は無謀にも手にした。


 神秘を信じ、神秘を扱う者たちは神々が姿を現さざるを得なくなったらしい今だから力を持っている。だが、結局はそれも仮初めの力。私たちは人間である以上神の力を持って生まれることはない。


 後天的にそうした架空の世界にある力を使うなら、それはもう借りるか自分で作り出すかしかない。


 借り物で満足することに満足できずに袖を分かち冒涜しながら研究を繰り返したのがおそらくは私の祖先たち。そして友人…彼の祖先は借り物で満足し、甘んじた一族。


 別にどちらが正しいとかそんなことは言わない。その刻生きるために必要だったのなら生存した以上は生存者にとっては正しかった、それだけの話だ。



「ああだけど、私は領域をすでにおかしているか…」



 開発した空間を繋げるワープ技術は神の技術。本当はわかっていた…あのノートの元の持ち主はおそらく神秘側に属する何かだろうと。なんせ、人の感情を読むのも空間を弄るのも、まして■■■の技術はどこかしらの神話や伝説を元にしているとしか思えなかったのだ。


 だから少なくとも技術をもたらしたのは神かそれに準ずる化け物…仮にその存在を『怪異』にちなんでχと呼ぶとする。


 理由と目的ともに不明だが、事実としてχはノートを置いて全てを消した。それを見つけ出した人間はその存在に恐れを抱きつつも使い、やがで技術競争が始まった。そうして技術の活用を競っている間に理論への関心が薄れ、己の持つ科学者の勘を無視して多用した。


 そうして試験的に『裏野ドリームランド』を使って確かめた…我々へ影響を与えられるかと。


 それに気づかず野放しにした挙句まんまと引っかかったため、失踪者と死者が出た。死ななくても発見された時点で廃人状態なっていた人もいたらしい…ひどい拷問を受けらたしく、1年経たずお亡くなりになった。


 何が目的かはイマイチ不明。ただ、私の事例を考える限りは相手の定めた『見猿聞か猿言わ猿』を守らなかった人へ何かしら行ったのだと推測できる。それが私ならば自分の研究、ほかの人は…もしかすると、アトラクションで何かしら異常に気づいたのかもしれない。


 例えば、“-∞”の目的とか…


 χの目的そのものは到底理解できない。何故あれほど高度な技術を人へと無償で渡したのか、そして構造上黒箱をからなず最低一個は入れているのか。


 だが今回のことを省みると、最終的には我々の滅亡が目的なのだろう。そうする理由はやはり考えてもわからない。だが、こう姿を全く見せずにじわじわと一網打尽にする準備を進めているところを見る限りだと、我々を恐れているのだとも思える。


 ただ目障りってだけかもしれないし、それともこの地を強奪したいだけかもしれない…きりがないので思考をここで一旦切る。


 さて、真っ先に私がしないといけないのは私の()に埋め込まれたデータの修復と分析だ。せっかくあのAIが私に託してくれたんだ…酷い目にあったし今生の別れもなんだか締まらないものだっったが、それでももらったものは活用すべし。


 なんとなくやられっぱなしは面白くない、敵に一泡吹かせてから逃走したいという思考は多分あのAIに毒された結果か。まともの接したのがあの最期の瞬間だったというのに恐ろしい奴だ。


 それにχから被害を受けたのは今回だけではなかった気がするのだ…何故かもやっとした何かしか残っていないが。それでも何故か、あのジェットコースターでの出来事は初めてではなかったように見えたのだった。


 それは今にも消えてしまいそうな違和感でしかない。だが、どうやら私は何か重大なことを忘れてしまっているらしい。そして今になってそれを思い出すべきなのだろう。何故か体は拒否しているが。


 一体なんだろうか…




●○●○●○●○●○●○●○●○




 自宅に帰ると荒らされた痕跡が残っていた。他人に自分の住処へ侵入された気持ちの悪さから逃げ出したくなったが、幸い友人が同行してくれていたのでなんとか立ち会えている。



「ひどい…」



 特にパソコン周辺の惨状には言葉を失うどころか思わず乾いた笑いが漏れていた…辛い時とか悲しい時、人は涙も叫び声もださず力が抜けて気がおかしくなりかけるのだと再度(・・)実感する。


 ああやっぱりだ……これはつまり、ショックをこれ以上受ける経験がそれはあったことを意味する。だが記憶にない。空白が脳内でできているかのように抜けている。


 思考を切り惨状を改めて見渡す…あはは、思考があっちこっちさまよってしまう、もう頭の中はめちゃくちゃであった。多分パニックを起こしているのだろう。これからどうしようかと。


 唖然とただ、立ち尽くすしかなかった。


 そんな私を見かねたのか友人が背中側から抱きしめる。倒れかけていたので、全体重が彼に委ねなれるが黙ってただそのままでいてくれた。



 敵の狙いは十中八九私の持つデータだ。


 このままでは彼も巻き込んでしまう…あの刻の記憶が少し蘇り、ハッとした。



ザザッ「なぜ無関係な〇〇を巻き込んだ。」


ガザザザザザ「お前のせいで〇〇は…んだよ!」



 …私の、せい。



「ああそうだお前だよこの疫病神。」


「あんな研究をしなければ、いや、お前が〇〇に近づかなかったら今だって…」



 私のせい。


 私のせい。


 私のせい。


 私のせい。」









 彼女がボソリと不穏な言葉を言ったと同時に意識が途絶えた…無理もない、この部屋の惨状を見た瞬間から真っ青だった。今までむしろよく耐えたと思う。


 けど最後の言葉『私のせい。』か…まさか思い出したのか?


 彼女になにがあったか思い出されるのは、今はまだ困る。まだ時期ではないんだ。それに契約が終わっていない以上、下手を打てばまた死者に逆戻りとなる。それだけは避けねば。



「さて…ん?」



 キラリと光る何かを蹂躙されきった床から見つけ出す。それは鱗のようなつるりとした物体だった…手に取って見ると、急に畝りだす。そしてそのまま俺の手へと着こうとする。


 慌てて振り下ろし、上から封印の札を当てる。そうしてやっと大人しくなった。だが残念ながらよく見ようと近寄る前に灰と化した、シンボルを残して。



「目玉、ね」



 消えた大陸ではそういえばこんな印があったと記録に記されていたこと少し思い出す。確か意味合いとして“我々は見ているぞ”だったか?



「…写真、撮っていくか念のため。」



 数枚納めてからさっさと立ち去ることにした。


 これ以上彼女を辛い場所へなにより置きたくない。帰ろと、俺のところへ。あそこなら侵入はおろか扉に触れることさえ許可なくできないようになっている。



「明日…いや明後日は買い出しするか。」



 不謹慎だが、少しだけデートだと浮かれた自分がいるがしょうがないと思って欲しい。あれだけうざったかったデパートでのデートでさえ彼女が消失した後では恋しかった。だから嬉しい、彼女と再び出歩くことができて。


 まだ、友人(・・)の枠を超えられないのが残念ではあるが。











 ピチャン、ピチャン、ピチャン…


 雫の垂れる音が聞こえ、時折風が突き抜けていく唸り声が響く…ここは暗い洞窟。外と違って灯りとなる星や月がなく、またヒカリゴケなどは生息して居ないようだ。


 ここはどこだろうか。夢とは深層に普段眠っている思考を見せていると聞いたことがあるが、この光景を見たことは一度もなければ想像もしたことはない。


 洞窟で覚えているのは研究目的で祖父と行った富士の麓くらいだったと思う…あそこはライトアップされており、また道も環境を壊さない程度に整地されて居たのでそれほど苦労はなかった。なにより、洞窟の奥で見つかったといわれていた鉱物の印象が強すぎて他のことは印象に残っていない。だからそれを復元したということはない。


 ならなんだろうか…そこでふと、頭を掻こうと体を動かそうとして初めて自分の体が人ではないことに気づいた。


 なんと、ネズミになっていたのだ。


 わかった理由だが、尻尾があり、四足歩行でなにより視界が人のそれとは全く異なっていたからである。


 音がやけに大きく感じた理由はそれか…


 納得し、そして少し慌てる…なぜにこんなことになったと。というか、自分の夢なのになぜネズミなのだろうか。げっ歯類なら別にこうネズミ以外にもいたと思うのだが…それ以前になぜ洞窟でげっ歯類でしかも夜目が効かないのか謎だ。


 …悩んでいても仕方がないので動くか。


 そう思い、端っこと思われる壁伝いにともかく前へ前へと進んだ…そうしなければいけないとなぜか思ったのでとにかくそれに従って進む。嫌な予感はするのだが、体は止まらなかった。


 そうして進んだ先に光が見えたので、ああ出口かと少し安心する。狭く真っ暗な環境はやはり気が滅入る。長く居たくないと感じるのだった。



 そうして出た先には、予想だにしなかった世界が広がって居た…



 巨大な体をしたゴツゴツとした爬虫類や両生類。中には大人しそうに草を食むものや、鋭い牙で狩りを行い捕食するするもの、空を鋭く飛び交うものたち。そして、今頭上で私を捕食するために近寄ってきている比較的小さな爬虫類が…慌てて穴の中に再び隠れた。


 こっそり覗くと、未だに穴の上からこちらを監視している…口からは鋭利で細かい歯が覗き、先の割れた舌がチロチロとこちらを伺っている。目は爬虫類らしく縦に割れており表情がない。捕食することしか相手は考えて居なかった。


 ハァハァと湿った息を漏らしながら小さな洞窟の入り口へと顔を近づける…恐怖で私の体は一切動かなくなった。



 次の瞬間相手は急に動かなくなり、そして消えた。



 見上げると、他の爬虫類に食われたらしい。上半身と下半身が泣き別れし、間から血が流れて居た。此方に目もくれず捕食する大型の恐竜は、そのまま食べ終えると通り過ぎて行った。次の獲物へと関心が移ったらしい。



 外が怖くなり、私はひたすら洞窟の奥へと逃げた。




 それから数日空腹を洞窟の壁に時折出ている植物の根っこで紛らわせながら震えながら過ごす映像が頭に流れる。暗い洞窟でカタカタと、自分がいつ食われのだろうかと怯える本能的な恐怖が此方まで伝わってきた。


 ネズミから離れ、今はネズミに写った世界が私に見えているかのように感じた。


 そしてある刻大地に衝撃が伝わった…グラグラグラとひどい横揺れが起こり、天井が崩壊する。だけどネズミは動かない。微動だにせずただじっと耐えた。


 いつもひんやりしていた洞窟内の温度が急激に上がっていくが、いつもより暖かい程度で済んでいる。外気がきになる。


 少し経ってネズミはやがて洞窟の出口へと目指すが今度は塞がれて居た。だから別の場所から外へ向かって掘る。掘って、掘り進め…そして外に出たら再び世界が変わって居た。


 そこは荒れ野が広がっており、生物と思しき存在はほとんどが死に絶えて胃た…外気が熱い。数日前だったら多分息をした瞬間死んでいただろう。横たわった爬虫類をじっと見ながらネズミは動く。


 肉がいい具合に焼けた匂いがする…ネズミはそれを口にした。ネズミから伝わってきた感覚としては、鶏肉を焼いて食べたような印象だった。ただ匂いは若干魚に似ていなくもない。そしてそのネズミにとって今まで食べた食品の中で一番絶品であった。


 ネズミはそのあと長生きし、子孫を大量に遺してから逝った。




 意識がネズミから離れると同時に浮遊する。そしてなぜか今亡くなったばかりのネズミが後からついてきて居た。


 ネズミの方に振り返るとネズミは私のことをじっと見る。何か言いたいことがあるような雰囲気をしているのはわかったが、何が言いたいのか私はネズミではないのでわからな。


 ただ、一緒に移動する。


 移動した土地はたくさんの哺乳類がいた。ネズミの子孫と思しきげっ歯類もその種類を増やし、繁栄していた。そして徐々に大型化していた哺乳類。


 最初は体を巨大化させたもの達が生存上優勢だったが、猿が武器を使うようになると彼らが被捕食側へと回る。彼らがだんだんと人間らしくなっていくところを黙ってネズミと一緒に見ていた。


 ただ、一つ面白いことがわかった…どうやら恐竜は絶滅した訳ではなく潜んでいたらしいということ。


 猿より先に進化した彼らは集落をひっそりと作った。だけどやはり爬虫類脳がより発達しているためなのか争いが絶えず、そのうち互いに殺し合いが始まる…最終的に残ったのは殆どいなかった。


 彼らは撤収し、残り少ない者達は他の生物の少ない大陸へと逃げる。その先は消えた2大陸のうちの一つであった。


 数年後、彼らの跡を猿が見つける。そして彼らは器具を器用に改良していきやがて独自で開発を始めた。そして体を隠すようになり、死ぬと葬儀をし、食物も手だけではなく器具を使って食べるようになった。


 ちょうどその頃だろうか、なぜか我々が祀られていた。


 彼らは私とネズミが見えるらしく、理由は知らないが神様扱いされた。私はただ見えるならと器具の間違った使い方や公衆衛生の基礎を実践するように身振り手振りで教えただけなんだが…とにかくそうして祠が作られる。


 やがて彼らの一部が移動する。私は心配になってそれについて行った。


 彼らはいろいろなところに行き、そのたびにその地にいつく者や現地で似たような種族の人を仲間にする者、そして新たしい部族からまた移動に参加する者が出てきた。中には興味深くも狼を仲間としている連中もいた…多分あれが犬の先祖か。


 そうして移動して最終的に到着したのが未来の日本列島だった。


 当時は活火山だらけで災害の温床だったらしく、渡った人たちの中で生存できたのはごく少数だった。けれど彼らは諦めずそこで暮らそうともがく。そうしてやがて集落をいくつも作った。


 列島は環境こそ人や動物にとって厳しいものだったが、植物にとってはそれこそ理想郷だったのだろう。森に入れば食べ物が豊富だった。歴史には出てこない、不思議な果実や私の時代まで続いている栗や桑、他にも見た覚えのある木々がそこにはあった。そして、今でこそ高級と言われるきのこ類もそこら中に生えていた。


 彼らはそれを食べ、生活し、そして文化を作って行った。


 段々と人らしくなっていく彼らに少し頰が緩む。ネズミはじっとただ見ているが、なんとなくドヤ顔しているような気がしてならない…どうだ、自分たちの進化した子孫達はすごいだろうと。


 彼らは大陸から来たものや様々なものを吸収して行きどんどん現代へと近づいていく。幼い卑弥呼様を可愛がったり聖徳太子の立てたお寺さんをそっと覗き込んで和尚さん達をうっかり物の怪が出たと怖がらせたりもした。


 義経や頼朝にも会ったし、未来の織田信長らしき少年に追っかけられたり剣豪将軍に切られそうになったり…若かりし腹黒狸が腰抜かして逃げてくところは面白かった。秀吉の最期立ち寄ったら自分も旅路に加えてくれと頼まれたが、死んだ後に猿の姿で合流して徳川の世の中を少し寂しげに見ていた。


 江戸が終りを告げると大陸の文化が一気に押し寄せてくる。同時に悪しきものが近づいてくる足音が聞こえた。



 黒の箱舟毒林檎、蓋を開くな(マガ)ノ壺。



 けれどその頃には人へ私の姿も声も届かず…結局開かれた壺から毒が漏れ、それに焼かれた人々は苦しむ。戦争が始まった。侵略者が火をあげて人ごと世界を轟々と焼き尽くした。


 それからさらに数年人々は必死に復興した、けど歪になった。


 多分あれは教育が悪かったのだろう…国を少しでも思ったりすることを“悪しき”と判断し、卑屈になり、そして自分の大事なものを異国へ流す。流れは止まらず動脈から血が流れるように次々流れ出して行った。


 戦国の世では止める人たちがいて力もあった。けど、ここにはそれがない…どうでも良いと人々は言い、それに同調する社会。扇動しているのはやはり、異国だった。中にはあの部族の子孫だろうと思えるものもいたが、今では多分忘れられているのだろう…彼らが同じルーツを持っているということさえも。


 様々な大陸を横断してそこで生活を営むべく努力したもの。列島を住居にすべく代々奮闘した人々。彼らの顔を思い出すとなんとも情けなくなった。




 そうして豊かだが敗退的で歪な世界が出来上がる…それをほくそ笑んで眺める人ならざる者。




 人はやはり簡単に騙されそして第三次大戦が起こる。再び消えない炎に人々が焼かれ、苦しみ、果てていく…嗚呼、こんなの見たくない。辛い。涙が流れた。


 そしたら隣にいたネズミがチッと鳴く。


 次の瞬間私の目の前にモニターが出ていた。ネズミが再びドヤ顔をする。最近寝てばかりいた猿が起きており、何やらパソコンと思しきものをカタカタと動かしていた。



『さて、儂等の仕事は終えた。後はお前さん次第だ。』


『チュッ』



 2匹?2人?に言われ、私は画面を見る。そしてハッと息を漏らした。



『地球のシステム[哺乳類]…環境設定?』



 大戦の原因となった大陸にはいくつか赤い点々がついていた。それをつつくとそこに映し出されるのは扇動している人々。普通の人間と変わらないように見えるが、よく目をこらすと違うことがわかる。


 サイコパス…そう確か呼ばれる人々だ。


 脳の構造が違うことがモニターの生態分析で映し出されている。私は専門が物理だったのでわからないことが多いが、脳の構造くらいなら必修で習った…確か爬虫類脳が異様に発達しているのだった。


 そうか…ならあの時の子孫なのか。


 それなら確かに面白くは思わないだろう。潰したい、なんで自分たちに変わって繁栄した…いや、そうではない。ただ目障りなハエだと見ているのかもしれない。自分たちの真似事をして不愉快だと。


 赤い点が特に多い場所へチェックを入れ、[適応]と書かれたボタンを押した。するとしばらくお待ちくださいのサインが出た。


 そうして待っていたら、モニター上から大陸がなくなた。



『削除、完了いたしました。』



 そのサインが出て、初めて私は2つ地上から大陸が消えたことを理解した。そしてその原因が私自身にあったのだと実感し、震えた。猿とネズミは特に気にした様子はなかった。むしろ猿に至っては…



『初めてではないからきにするな。』



 そんな呑気な…だが実際、アトランティスの消えた謎などもそのシステムが原因だったことを告げられる。だから思わずこれはなんなのか聞いて見た。



『お前さんならわかると思うたんだがな…』



 呆れたようにそう言われてしまった…だけど何かに納得したのか次第にいつもの悪戯小僧っぽい顔つきになった。その顔に、少し信長存命の時代を思い出した。



『自分を責めているうちは自然と目も曇ろう、じゃが実際これが起こらなければ再び鼠の時代に戻ることになる。それはあまりに勿体無い。そうじゃろ?』



 チュッとネズミが鳴く。



『そう、だね…そうか、』



 少し、いや、かなり心がこたえた気がした。


 2人に心配され、生存者をなんなら見てくればいいと言われて言われるがままそうした。そしたらなんとなく吹っ切れた。彼らが笑って戦前と同じように生活していたから。


 なにより、私を見えるようになっていた。


 面白い事実として、私以外にも私のような存在がたくさんいることがわかった。彼らは私同様祀られており、中にはその事実に困惑しているようなそぶりもあった。


 そして驚いたことに見たことのあるメンツまでいた…失踪した研究員だ。彼らも気づいたら知らないところへ連れて行かれて何か危険な目にあったらしい。そして死んだと。だけど気づいたらネズミや鳥に憑いており、旅していたと。中には恐竜時代弱小だった蛇や蛙に憑いていて超巨大隕石が投下された時には地下道に逃げていたと言っていた人もいた。


 また驚いたことに、あの隕石を落としたのが哺乳類側らしい。いややっちまったZE⭐︎HAHAHAと軽い感じで答える金髪碧目の若者は赤髪赤目の蛇に憑く女性に引きずられて退散した。


 彼らとは毎年10月落ち合うことになった。


 それからまた数年経って、大陸の元あった場所の特に赤が多かった地点からノートが見つかった。あのノート…まさか。


 ノートが見つかってからその技術の転用が始まる。よく検分して毒物が取り除かれた純粋な理論を実践するのはいい。むしろよくできた技術は人のいかつをさらに豊かなレベルへと引き上げていった。


 ノートに記されたまま使った技術はだが、ゆっくりと蓄積していく…それはあの列島にも。



 そして数年後、技術の終結と称された『ドリームランド』が各国で出来た。



 『ミュンヘンドリームランド』『ロレーヌドリームランド』『カプールドリームランド』…そして日本では『裏野ドリームランド』。


 そこは本当に夢みたいな世界だったが、夢は夢でも悪夢といったほうがいいかもしれない。そんな印象を受けた。アトラクションをコントロールするハードもソフトも爆弾を抱えており、遠隔操作されているとわかるような電波が発生していた。


 そうして、私が画面に映った…友人と一緒に笑っている私。


 恋人らしく手を繋ぎ、体を寄せ合っている。よほど仲がいいらしい。そしてなにより2人ともとても幸せそうな顔をしていた。


 ある時2人はデートで『裏野ドリームランド』へ向かう。


 そして、彼がそこで死んだ…ベルトが緩み安全バーが作動せず、落ちそうになった私を抱えた結果側頭部に損傷を負ったのだった…私は私の記憶を代償に、彼は彼の将来を代償に助かった。



「これって…」



 そうしてまたしばらく経過するとドリームランドの調査が決定したことで彼と再会、その後一緒に過ごし…そうして失踪しかけたあの日になった。


 私が襲われ攫われた瞬間赤い点が一瞬あちこちで見られた。それは、事故調査組織の建物に多量に見つかった。


 そこで、初めてなるほどと納得した。


 また、自宅を荒らした犯人もどうやら赤色が混じっていたようだ。ただ奴らは巧妙で、赤色以外も誘ってやったらしい。幸い何も取られていなかったが何か仕掛けをしていたのは見えたので、処分確定。



『ようやく繋がったようじゃな。』



 振り返ると歴代関わってきた人々。彼らが私のことを見ていた、それは歴史上有名な者も無名な者も含め。



「あなたたちは見守ってくれたていたの?ずっと?」



『ああそうさ…われらの子孫が心配だったんだ。』


『そらそうさ、おいらたちがせっかく住めるようにしたんだ。』


『この地は苦労したよな。』


『せっかく色々やろうとしてもすぐディスられるから困ったもんだったよ。』


『別に誇示する気は無い。』


『…』






 足元から段々と消えていく…ああもう目が覚めるのか。少し残念に思いながら周りを見渡す。皆、色々な表情をしているが一様に案ずるなと私へいってくれた。思うようにこれから生きていけと。


 そして、ちょこんと私の肩へ座っていたネズミはスルリと肩を伝って私の掌へ乗った。



『チュッ』


『そうかそうか…お嬢さん、こやつついて生きたいようじゃ。連れて生きなされ。』



 そうなの、そんな風に思いながら見るとうなづくのでそうなのだろう…



「ならよろしく頼むよ。」



 再び手から肩へと、そして頭の上へちょこんと座った。



 そのまま私は徐々に消えていく。皆、見送ってくれているようだ…けど楽しかった。怖かったけど、そうか、こうやって人は広がってそして日本が発展していったのか。




“皆、これからも子孫達を見守ってください”




 最後に見た光景は、大勢のご先祖様と青いな空。皆、雲も影もなく、とても楽しげに笑っている。


 ああ青い空は、どこまでも。




●○●○●○●○●○●○●○●○




 目を覚ますと、泣きはらした彼が眠っていた。私の手を掴んだ状態でげっそりとしていた…少し疲れた顔をしているのは気のせいか?だけど私の手を掴む彼の手は相変わらずゴツゴツしており暖かい。


 ゆっくりと頭を撫で、私と彼が彼の実家から押し付けられた言霊が解ける。



『もう、名前呼んでいいしどんな関係にもなれるよ。』



 けどもうしばらくは黙っておこう。ネズミを撫でながら少し仕返ししようと決めた。勝手に目の前で死にかけ、勝手に今回も死にかけたんだから。そのくらいはしないときっと反省してくれない。


 反省してもやるかも知れない…いや、多分これからも危機になればまた繰り返すだろう。


 そうしたらまた何かで怒ればいい。あるいは無茶しないように一緒に乗り越えていこう。そうだ。それがいい。


 ゆっくりと頭を撫でる。



「…んん……」



 少し膝を動かした瞬間彼が反応した。丁度コードに繋がれてベッドに眠る私の横で来客用らしきパイプ椅子に眠る彼。


 ここは病院…どうやら私が入院しているらしい。


 見舞いか何かで来て、そして泊まっていったのだろう。横を見ると、生命維持装置が未だに起動している。眠ってから何日目だったのだろうか…というか、それほどまでに私の状態は重篤だったのだろうか。


 少し自分の体がどうなっているか心配になったが、少し痩せたくらいでそれほど…いや、かなり筋肉が落ちている。これは結構寝ていた?


 もぞもぞしすぎたせいか、パチリと彼の目が覚めていた。



「…これはまた夢?」


「な訳あるかボゲホッ!?」



 抱きつかれる。



「よかった…よかった…」



 そう言って涙を流す彼。


 もう目覚めないかと縁起も無く思っていたらしい…いや、そう判断されてこうして生命維持装置をつけられたとか。だからどんな状況で?



「原因はあの日の交通事故…お前は気絶していたからわからないと思うが、いきなり逆行してきた車がぶつかったんだ。」



 その時皮肉のも彼を庇う形で今度は私が頭を打ったらしい。抉れたりすることはなかったものの、強打して意識不明の重体になっていたらしい。


 そんで、車をぶつけてきた相手は調査の結果無罪…むしろ車の会社が訴えられていた。


 理由を尋ねたところ、どうやら車に付いている自動運転制御機能が原因だとか…私をどうにか殺したかったらしく、轢き殺すために何度も狙ったとか。


 実際、意識不明になった原因は救急車が遅れたためだとか。


 私を乗せた救急車に対して逆走してきた車が次々と襲ってきて、さながらパニック映画のカーチェース様にそれから逃げながらなんとか処置したんだとか。よく死ななかったな私。というか、救急隊員に感謝だな。


 現在私のいる病院は、ノート出身の技術でも解明されて余計なものを削ぎ落としたものしか使っていない所…最新技術は大学と違って流石にないが、中堅どころの信頼の置けるところらしい。



「そういえばあの事件は?」


「あの事件はドリームランド自体の経営が立ち行かなくなった結果閉鎖することになった。」



 それを聞いて、私は無理矢理自分の鉛みたいな体を起こした。



「それじゃあダメだよ…原因せっかくわかったのに。」



 驚いた顔をされた直後、少し、いやかなり複雑な顔をしてこう尋ねられた。



「…魂が見えないと思ったが、もしかしたらそれと関係あるのか?」



 だから、話していいと思ったことをかいつまんで話す。さすがに人類ひいては哺乳類の歴史については時間がかるし語らなかったが、それでもドリームランドの技術提供先と操られた理由など。


 誰が我々を狙ったのか、今も狙われている理由などを詳しく。



「意外、というか完全に盲点だった…けど大体俺の予想は当たっていたってことか、それ以外は。」


「私もこっちに関しては正直予想外だったけどしょうがないとも思ったよ。」



 そうなんだ、すごく単純だったしわかりやすかったのに見つからない。そらそうだ…下手人が見つかるはずがなかった。それはここにはいない(・・・)存在でもあるのだから。


 だけどまさかこんな風に見られて(・・・・)いるとは思わなかった。



 キッと3人でモニターの裏側へ向かって睨みつける。そして、傍観者気取りの『諸悪の根源共』に向かってだからこう言ってやった。




『今度はお前の番だ』




 などと。















 ドリームランド封鎖の前に、捜査本部の幹部達と神秘側の関係者数名、さらに化学側の関係者数名が逮捕された。彼らは国家反逆罪と器物破損、誘拐及び監禁、さらに殺人の罪で逮捕された。器物破損は彼の撮った目玉マークの写真、殺人はAIの託してくれた写真と書類がそれぞれ根拠となった。


 それ以外にも次々重罪が見つかり、最終的には大量殺人と人身売買に関与していたことが明るみになった。そうして極刑が決まった。


 だけど、問題がここで起きる…警察も判事も、誰も裁くことのできない相手が何と事件に関与していたのだった。このことには多く人がショックを受け、社会的にも大きな影響が出た。



 結論としてだが、彼らには逃げられた。



 どこへ逃げたかわからないが必ず帰ってくることだけはわかる。きっとまた、目障りな哺乳類を地上から排除しようと奮闘するのだろう。それなら別の道を探せばいいものを…とは思うのだが、きっと彼らは変わらない。


 我々が昔から変わらず挑み続ける様にきっと…












 今日は『裏野ドリームワールド』の開園日。


 極力無駄を削ぎ落とした技術と最近大西洋アトランティス跡で見つかったトランクから出てきた書物出身の最新鋭の技術を搭載している。それが謳い文句である。


 友人が誘ってくれたのだが、その日親父とお袋から頼まれごとがあったので断った。そしたら急遽友人も手伝ってくれると言ってくれた。


 手伝いが終わったら、ご褒美だと言って『ドリームランド』の方へ連れて言ってもらえた。


 こっちは数年前親達が俺たちと同じ小学生の頃開園した遊園地。その後何度か事件に巻き込まれたことがあったらしいが、今は事件の原因がすべて取り除かれて世界一安全な遊園地となっている。


 そして驚いたことに、俺の母親と父親は園の創設者と潰れそうな刻奮闘したと言われる忠義のAIと知り合いらしい…この前写真を見せてもらったので確実だろう。


 ただ、その写真だが面白いことに重罪人が数名写っている。教科書にも載っている技術を悪用して人をたくさん殺した極悪人である。


 親達は当事者なので知っているだろうと思って昔尋ねたところ時期尚早と言われてしまった…もう少し大人になったら話してくれると。早く大人になりたいと思った。


 だけど今日は楽しかった。


 いつもみたいに混んでいなかったし、それに俺は母親と同じくジェットコースターの頂上から眺める光景が一番好きだ。あの青はいい。真っ青で青だけでできた世界がパノラマみたいに目前に広がるあれは本当に好き。


 また行きたいな…




『…次のニュースです、ええと、どやら開園したばかりの裏野ドリームワールドで……』











「ところで、いつまで俺たちのことを監視しているのかな裁かれなかった下手人さん?」



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