第九十四話 かわるもの
「アリアちゃん、お願いできるかな?」
俺のお願いは、マユスに回復魔法を掛けて目を覚ましてもらう事。先ほど俺を回復させる魔声は届く位置にいる対象を見ることなく回復するという魔法だった。
すると、アリアちゃんの可愛らしい声が天から降り注ぐように聞こえてくる。
「オーチャコ神の子らに<いやしのかぜ>」
可愛らしい濃密な魔力を乗せた声が空から降り注ぐと、マユスの体にすぐに変化が……ホホに赤みが差し指がピクピクと動き出すと大きなあくびをしながら目を覚ましたのだった。
「マユス様、目が覚めましたか?いかがでしょうか晩餐会の為の特別なセットが出来上がっております」
「私はいつの間にか眠っていたのだな……なんだかサッパリした気分だ」
マユス・ガーランの姿はほんのすこし前とは様変わりしていた特にでっぷりと膨らんでいたお腹は見る影もなくスラっとした体形へと、そして頭はムラク・コトリ夫婦によってピシッとセットされていたのだった。
そして、巨大な姿見の前に立つとマユスはさらに頭をかしげる。
「この姿はどうしたことだ若いころの私がそのまま戻ってきたようだ……」
「マユス様、これはムラク・コトリ夫婦の髪切り師と髪結い師の巧みなお力でございます。貴族としてとても誇らしいお姿になられましたよ」
先ほどまでとは違って執事のアランが主人の姿見の疑問に補足すると、単純にそのまま信じ込んでしまう。
「ふむ、素晴らしいなこの流れるような髪は貴族着にとても合っている……それで、なぜここにアルスロット・カイラスがおるのだ?」
「マユス様……それは……」
「カーン、闇の名を与えるその名は<アモルゴス>」
黒い神像のコアが刀身へと吸い込まれると、細かい漆黒の針が数えることが不可能なほどびっしりと生えた長大な棒が生まれる。
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魔刃アモルゴス
見た目は長大な先端に向かうほど末広がりに組み合わさる六角形の棘の集合体で、殴りつけるほどに悪の心を粉砕し、アーマーブレイクを得意とする。
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「おっおいっ!!何だそれはっ!マユス様にその真っ黒な……それで何をするのだ……」
執事のアランは目をつぶり眠りこけるマユスに向けられる不気味な漆黒の棒に緊張を隠せないでいた。
「これは、俺の故郷に伝わる鬼の金棒と言われるものでこれで殴られた者は悪い心をすべて無くすそうです」俺は何故かニヤリと笑みをこぼしながら、適当な説明を執事のアランへと伝える。
「そっそれは……初耳だ、アルスロット殿はグリナダスの生まれだろう?そんな、言い伝えは聞いたこともないぞ?」
「ははっ、まあそこはあんまり詮索しないでください。こいつは魔剣ですので俺がそう思って魔刃としていますからこの真っ黒な棒には、今言った効果があるんですよ」
「だが、そんな物で殴ったら……マユス様は」
「ああ、もちろんそこはちゃんと手加減してコツンぐらいで済ませますから。その後は、すぐに俺の仲間が回復魔法でマユス様を目覚めさせます」
という具合で、俺は魔刃アモルゴスでずっと目を閉じて気絶しているマユス・ガーランの頭を小突きアリアちゃんに回復を頼んでいたのだった。
「マユス様……それは、大通りで困っていた執事のアラン様に俺が今王都の貴族たちの中で引く手あまたで忙しい髪切り師のムラク、髪結い師のコトリ夫婦を紹介しお連れしたからですよ。俺は以前、このご家族と縁がありまして知り合いだったんですよ」
「おお、そうだったのか。突然のアスハブ陛下の晩餐が開かれることになりアランはいつも気の休まらぬ仕事を良くこなしてくれているな。これほどの素晴らしい姿ならどこに出ても恥ずかしくない。そして今回はアルスロット・カイラスに大きな借りが出来てしまったな……」
「ん~出来たら借りはすぐに返してもらえませんか?」
「それは構わないが……なにか、欲しい物でもあるのか?」
「マユス様をセットしたこの素晴らしい髪切り・髪結い師の夫婦には多くの者が利用できる店舗が必要だと思いませんか?」
「ふむ……アルスロット・カイラスよ、確かにこの二人にこれからも私は貴族たるこの素晴らしい髪のセットを頼みたい……。なるほどな、そのためにはこの者達には……。いいだろう、私がその店舗の面倒を見よう」
「それでは、その店舗の名は貴族も利用するためヘアサロンと名付けましょう」
「ほう、ヘアサロン……なんとも馴染む呼び名だ。商業ギルドへと登録後にはすぐに……そうだな、ムラクとコトリよそなた達二人だけでは職人は足りぬ腕の良い者達を集めてグリナダスを代表する髪切り師と髪結い師の集団を作るのだ」
その後も、人が全く変わったように民の為の貴族然としたマユスは冒険者ギルドの横に併設する形でヘアサロンの店舗を提供する事を約束していたのだった。
「アルお兄ちゃんっ、ガーラン家の屋敷の前に到着したよっ!!」
「アリアちゃんご苦労様、丁度いいタイミングだよ。今から、ラヴィちゃんのご両親を連れて出ていくよ」
アリアちゃんから到着の連絡を受け、マユスを先頭に俺はラヴィちゃんのご両親と並んで屋敷の正面へと出る。
「ん?あの者達は冒険者達?」
「マユス様、急ぎませんと晩餐会の登城時間に間に合いません」
門の外にずらりと並ぶ冒険者たちに目を向けるが決められた登城時間が迫っており。晩餐会では中級、上級、大貴族と位の低い貴族から早く登城するのが習わしだった。
「マユス様、素晴らしい仕事をしたムラク・コトリ夫婦に今一度の賛辞を」
俺は門の前に集まるラヴィちゃんを連れた冒険者達が見える位置でそう促す。
「アルスロット・カイラスよ……その通りだ、髪切り師・髪結い師のそなたら夫婦の貴族髪のセット技術は素晴らしい物であった。今後も、この技術を我が王国民たちへと施し広めよ」
ムラク・コトリ夫婦が礼をしながらその言葉を受け取ると、それが見えていた門の前に集まった冒険者たちは左右へと門を塞がないように避けていたのだった。
「ではな、アルスロット・カイラスよ。今日は辺境都市オリアの解放の祝いと、そなたの新しく開発したしょう油の味とマヨネーズを楽しく頂くとしよう。こんな、すっきりとした日は生涯で初めてかも知れぬな……」
ここへと集まる冒険者達にも聞こえるようにアリアちゃんが<かぜのこえ>を調整したようで、変わり果てたマユス・ガーランの呟きは集まる冒険者達にも。そして向かい合うヘビの紋章が描かれた馬車に乗ると王城へと門を出ていったのだった。
「お父ちゃん、お母ちゃんっ!!よかったでちゅっ!!!ぶじでちゅっ!!」
「ラヴィごめんなさいね……」
ティタにずっと抱かれていたラヴィは、門から出てきたコトリに飛びつく様に抱き着くと両親の無事をそのぬくもりで確かめたのだった。
「本当にありがとうございました。冒険者の皆様がラヴィを保護してくれたとアルスロットさんから聞き及んでいます。何とお礼を言ってよいのか……」
「ラヴィ、良かったな」
「ガイルおじちゃん、ティタおねえちゃまっありがとでちゅっ!!」
「ラヴィちゃん良かったねっ!!」
コトリに抱かれたラヴィは、ホホを紅潮させ更にうれしさを顔ににじませていたのだった。
「アル、どうしてラヴィのご両親はここに居たんだい?先ほどのマユス・ガーランとの様子では軟禁されていたのかも疑問だね」
「お父ちゃん、お母ちゃんどうしてここにいたんでちゅか?」
「それは……マユス様の髪のセットをするために屋敷に呼ばれたんだよ」
俺の方をチラッと見ながら答えるムラクさんに。
「今回の騒動の原因は、急に開かれる事となったアスハブ陛下の晩さん会に髪切り師と髪結い師が多くの貴族から呼び出されたことだったんです。マユス・ガーランにはムラク・コトリ夫婦を軟禁する意図は全くなかったようで、今回の仕事ぶりで夫婦にはヘアサロンという店舗を与えられる事になりました」
「アルおにいちゃまっほんとでちゅか?お父ちゃんと、お母ちゃんのお店ができるんでちゅか?」
ピョンピョン飛ぶラヴィに、ヴァル様が飛びつきルーチェさんとアリアちゃんも手をつなぎながらぴょん飛の輪が出来上がる。
「アルスロット……先に向かいお前が交渉したのか?俺達は貴族でもないからぶつかり合えばただじゃすまなかったから助かったが」
「アル君ってすごいのね~失礼だけど下級貴族でしょ?良く交渉できたわね?」
「それは、ムラク・コトリ夫婦の髪切り・髪結い師の高度な技術のおかげですね。貴族が貴族然たるに相応しい姿だと絶賛しましたからね」
「へ~ラヴィちゃんの両親はすごいのね~」
「ラヴィのお父ちゃんとお母ちゃんはすごいんでちゅよっ!!」
「もうっラヴィちゃんとっても可愛いんだからっ!!」
最後にはティタも参加してラヴィちゃんを中心にぎゅっと抱きしめ、冒険者ギルドまで元気よくぴょん飛びをする集団が列をなす異様な光景が広がっていたのだった。
「は~久しぶりに、楽しい冒険だったわっ!!!これもラヴィちゃんのおかげねっ!!」
「一つ間違えれば、大貴族と冒険者の間で戦争になってただろうけどな……よくも、こんなに穏便にすんだもんだ」
「それは、あなた達がラヴィの保護をしたからよ。この子にもしもがあったならガーラン家は今日と言う日に無くなり。そして、アスハブ陛下にも王国を揺るがす影響は出ていたでしょうね」
俺達を出迎えてくれたアルカさんにそう解説されると、後ろからはイオスギルドマスターが皆に大事な発表があると出てきたのだった。
「諸君っ!!!冒険者カードの歴史は古い……だがその歴史の中でも最高ランクは今までSランクとされてきたが、今日そのSランクの最高ランクとされてきたランクを越えた者達がいる……」
イオスギルドマスターの声に合わせて、冒険者たちからはそれぞれの思いがあふれ出ると自然に俺と剣聖ラングと氷結の魔女へと視線が向く。
「あら~、皆の視線が痛いわね~」
ライラお母さまは相変わらず体全体顔までを覆い隠す銀色に輝くシルバーコートに覆われ氷結の魔女に相応しい姿を。
「Sランク以上のランクがあるとは誰も思ってもいなかったからな……それにしても自分の失態がランクアップには必要だったのは少し微妙だ」
ラングお父さまは、アーマーは破損してしまっているため剣聖らしからぬ王国民が普段から愛用する綿のような普段着に宝剣を腰につるしているだけの姿だ。
ある程度、羨望のまなざしとざわつきが収まったころに質問が投げかけられ始める。
「イオスギルドマスター、それで条件は?Sランク以上に至るための条件は分かっているのか?」
「正確な条件は分からないが……膨大な数のSランクとSSランクのモンスターを倒しているな」
SSランクの剣聖ラングの言葉に集まる冒険者達は完全に静まり返る。
「ああ、それとSSランクからは冒険者カードから二つ名が送られるからね」
二つ名にどの冒険者も体が熱くなるようでまたざわつき始め。
「そうだ、剣聖と氷結のお二人の二つ名は発表してもいいかな?」
イオスギルドマスターから、雷帝と氷帝の二つ名が発表されるとそのままお祭り騒ぎとなりラヴィちゃんの両親を取り戻す間に用意されたのか大量のアルタナシア魔国産のワインが大量に出されたのだった。




