第百八話 テネシア
私は原始の種族の末裔エルフィン、あらゆる生命と対話し育て育むことを目的として神に作られた存在だが今では大精霊を内包する大森林の暴走と無数に生まれるダンジョンの管理をするエルフィン族と呼ばれている。しかし創世の時代に多くの仲間を神の兵である魔族の暴走により失くしその総数は現在30万人ほどとなり原始の神命を頑なに守り続け小さな箱庭エルフィン王国を大森林に作り出して代々暮らしてきたが……私は最後になるかもしれない女王として目の前にいる人族の子供、モンスターパレードに飲み込まれる運命にあった辺境都市オリアを救った英雄アルスロットから昨晩見てしまった虚栄の都市へのエルフィン族の移住をどうしても了承してもらう必要があった。
「テネシア様、申し上げます。大森林の各所からモンスターパレードが発生、地響きの大きさからこの大森林内では対処不能な数と思われます」
冷静なイルルカのその言葉に胸の奥にくすぶっていた不安が脈打つようにあふれ出し、あまりにも早い時が来てしまったことにギューッと胸を締め付けられる。数か月前からダンジョン内のモンスターが凶暴化し中には戦闘中に分裂と増殖を繰り返し、今まで進むことが出来た階層が20層から10層以下にと報告を受けていたのだったが。
「イルルカすぐにエルフィン王国を捨て辺境都市オリアへと各自避難するよう誘導しなさい。私は大精霊の力を借りモンスターどもを抑え込み時間を稼ぎます」
エルフィン族の中から力ある者を辺境都市オリアへと冒険者として派遣し乱立するダンジョンのモンスター減らしを目的とした冒険誘致、またSランク冒険者を生み出すための高ランクダンジョンの情報提供をしこのような事態にならないよう努めてきたのですが……。
「いえ、それでは手遅れになるやもしれません私が風の大精霊を使い皆を誘導します。イルルカは先に辺境都市オリアへ、そしてアルタス殿へエルフィン族の保護を要請後に西城門を大きく開けてもらい逃げてくる皆の者たちを迅速に誘導しなさい」
私は、エルフィン族の英雄の血を引くイルルカへと指示を出すと風の大精霊に言葉を投げかけたのだった。
「シルフィ我が魔力を糧にその力を貸し与えなさい<アイシクルウィンド>」
テネシアの莫大な魔力を糧に普段は優しい風を運ぶ風の大精霊シルフィードは上空へと暖かい空気の塊を打ち出すと入れ替わるように何者も凍てつかせる空気の塊がゆっくりと地上へと降りてくる。
パチパチとはじけるような音をさせるのは一瞬で凍り付いた空気中の水分、そして伝染するように大森林の巨大な樹を伝い地上へとその凶悪な冷気の爪が忍び寄ると動きの速いものは伝わる冷気に触れたとたん足首から砕け、足の遅いものはそのまま時が止まったかのように動きを止めその場で静止、鼓動を止める。
「シルフィありがとう、これで皆をこの大森林から逃がすことが出来ます。後はイルルカがうまくやってくれるでしょう」
風の大精霊は、私の長い髪に潜り込むと無邪気に笑い少しすると満足したのか……いえ、私の魔力が底をついたようです……。
魔力枯渇からの気絶、戦闘中にあってはならない事態だが……皆を逃がすためには長時間の大精霊の行使が必要だったのだ。
赤く光るモンスター……膝をつき倒れる寸前に見たものは、足の速い四足型のモンスターの暫バラの赤い赤い牙と私の胸へと深く振り下ろされる爪それが最後の記憶だった。
「お母しゃま~起きてくだしゃいっ。う~」
「オフェリア様っ!!今はいけませんっ!!!さっお下がりください。なにを呆けているのですっ早く回復魔法士を連れてきなさいっ」
「オフェリア様、わたくしの力が足りないばかりに……」
「イルルカっお母しゃまは大丈夫でしゅよね?」
聞いた話では、この後のイルルカの真面目な返答にオフェリアは大泣きし始め心配したシルフィ……風の大精霊シルフィードが聖女様を私の元へと連れてきてくれたそうですが……。
聖女様の○魔法という見たことも聞いたことも無い完全回復魔法で死の淵をさまよっていた私は助けられた後にも、マヨネーズという白いソースにパリッ、シャキッとした新鮮なおいしい野菜スティクに一時でもモンスターパレードが辺境都市オリアを危うい状態にしている不安から吹き飛ばしてくれましたね。
そして、ピノを探しに聖女様のお力をお借りした時に、この私の目の前にいるアルスロット・カイラス……巨人族、魔人族、ヴァンプ族、人族、そしてエルフィン族の中心にいるのは信じられないことだがこの8歳ほどの子供だった。
ふふっオフェリアには良いお兄様になっているようですしね。
アーティファクトを飲み込み巨大化したピノの力を全てこの小さな体に受け止め、幻獣族にも認められていたのも忘れてはいけませんね、オフェリア以外の者がペロペロと嘗め回されていたのには本当に驚きでした。
私が、じっと見ていたのを気が付いたのかアルスロット殿は赤くなってもじもじし始めると横にいた聖女様のカトラに肘でつつかれているのは、すでに尻にひかれて……いえ、これは口には出さないでおきましょうか……今から私はエルフィン族の未来を決める話をこの英雄としなければなりません。
「それでは、カルマータさんとルーチェさんがアルタナシア魔国へと向かうと?ヴァル様に頼んで空から向かえば……」
「んん……・・・」
「そうしたいがね……やめたほうがいいだろうね。魔族化した者はヴァンプ族と同じように空を飛ぶこともできる、襲われたらと思うとね」
「南の街道は比較的安全で、私共なら7日~10日ほどの日程でアルタナシア魔国へと到着することが出来ます」
「アルスロット殿、すでにモークと言うものはアーティファクトダンジョンにかなり前から入っていて今はもう魔族化していると考えるのがいいでしょう」
「アル君っわたしもテネシア様の言うとおりだと思う。今日の朝、エルランダ教国で襲ってきた魔族は空をすごい速さで飛んでいたし……もし、見つかった場合は危険だと思う」
放置はできないが、辺境都市オリアの時のように急を要するような事態には、アーティファクトダンジョンに入るのを阻止できなかった時点で手遅れだという巨人族・カルマータのダメ出しに、荷馬車で向かうことに決定していた。
「アル、私たちはこのままアルタナシア魔国へと行く。休憩時と野営時には虚栄のドアをその都度開いておくから何かあればすぐに呼べるだろう」
「んっ、・・・・・・」
「荷馬車の用意はすぐにでもできます、ルーチェ様とカルマータ様はお屋敷の前でお待ちくださいませ」
ナーダはすっと立ち上がると、小ホールで待機している魔人族の荷運び人たちに出発を知らせに行く。
「お二人とも、気を付けてくださいね」
アルスロット殿の心配の声を聴く魔人族と巨人族の二人は、ぷっ笑ってはいけませんね……ルーチェ殿はおんぶをせがみカルマータ殿はそんなルーチェ殿に怒りながらも手をつないで屋敷の外へと出て行ったのだった。
魔族の復活ですか……しかし今は魔人剣が不足していますね現状何とか出来るのはアルスロット殿だけでしょう。エルフィン王国の一振りも持ち出すことが出来ていればよかったのですが、そんな余裕はありませんでしたし安置されている場所はモンスターパレードに飲み込まれ行くこともかないませんでしたね。
そんな、考えを巡らせていると見送り終わったのかアルスロット殿が談話室へと戻り私の対面へと座る。
「テネシア様、俺に話が……あったのではないですか?」
「もしかして、アルスロット殿は気が付いていたのですの?」
「ん~そうですね、テネシア様が俺たちの話に特に口をはさむことなくて何でだろうと?思った時になにか俺に話したい事があるんじゃないのかなって」
「ふふっ、アルスロット殿が気が付いてくれていて私も少し話しやすくなりました。それでは、遠慮なく話したい事を話すとしましょう」
「あっ、テネシア様お待ちください。ヤクウを増やしたのはこのためですよね?」
「気づいてしまいましたか、ヤクウは我がエルフィン王国からの貴重な友好の贈り物ですからね……今となってはエルフィン王国はモンスターどもの王国となってしまい更に貴重なミルクを出すGランクモンスターですが、ちょうどよいことに生命の樹が復活したのでその利用法の一つとしてヤクウを増やして見せました」
「やっぱりそうでしたか、ヤクウはとても貴重でミルクは様々な料理やお菓子には欠かせませんこれが大量に提供できるようになれば……」
「ふふっ、やはりアルスロット殿ならわかってくれると思っておりましたよ。中にはただの希少なミルクと言うだけの評価しかしない者たちもおります」
「そうですね、このヤクウのミルクを使ったお菓子は頬っぺたが落ちるほどのおいしいものになります。後は……・・・・があれば……」
エルフィン族の耳は長く人族とは比べ物にならないほどの聞き耳なのですが……これは教えないでおきましょうか、それにしてもやはりアルスロット殿は……。
「アルスロット殿、はちみつは存じませんがこがねの蜜ならば知っておりますよ。残念ながらエルフィン王国がモンスターの手に落ちてしまいましたのでAランクモンスターのフラビーという危険なモンスターをとらえなければなりませんが」
「あっ聞こえちゃいましたか?こがねの蜜ですか、グリナダスでも見たことありませんが……やはり貴重なものですか?」
「貴重なものですよ、エルフィン王国では様々な病気を治す薬ですからね」
「薬……なのか、それではエルフィン族には欠かせない物なのでは?エルフィン王国でしか採れないとなると」
「今すぐに、とまではいいませんが出来る限り早くエルフィン王国で採取していた時のようにしないといけませんね……それには我らエルフィン族が地に足をつけ住む場所が必要となります。現状、辺境都市オリアはアルタス様の王城をお借りして避難をさせていただいている状態です」
「そう……でしたね」
そう、今のエルフィン族の現状に辺境都市オリアの住民たちの我慢がいつまで続くかというと未知数。しかも、王城のほぼすべての部屋を我らのために明け渡しそれでも足りなくアルタス様付きの貴族の家でも同じような状態だった。
出来ればアルスロット殿から……あの昨日の夜に見た虚栄の都市を我がエルフィン族の第二の故郷として……。
ん~と考え込むようなしぐさをするアルスロット殿は意外と早く顔を上げると、私にニコッと微笑み……ふふっ可愛いですわね……そんな感想が漏れそうになる笑顔の後。
「それでは、虚栄の都市に住んでみませんか?」
意外と簡単に、エルフィン族への虚栄の都市の移住を進めてきたのだった。




