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2、星と煙とヤンキーと

 深夜のインターチェンジでトラックにもたれつつ一服していると、ケータイの着信音が鳴った。

 鈴子は真っ赤なケータイを慣れた手つきで開ける。

 画面には「翔太」の文字。


『お誕生日おめでとう。あした帰ったらいっしょにケーキが食べたいな』


 その内容に彼女は思わず噴き出す。

 

「まったく。祝ってもらってるのやら、ケーキをせびられているのやら……」


 だが、嬉しいことには違いない。

 誕生日を覚えてはいたが、まさかちゃんと二十四時きっかりにメールが来るとは思っていなかった。

 こんなパツキンヘビースモーカー年増女へ、律儀に誕生日メールを送るのは翔太くらいだろう。

 鈴子は緩む頬を隠さず、画面を見つめる。

 

「あれ、鈴姉さん。何にやけてんすか。 なんか良いことでも?」


 画面の控えめな明かりに映される彼女の横顔に、顔なじみの若いドライバーから声をかけられる。

 いつも彼女はクールに淡々と運転をしているイメージしか無かったので、今の表情は彼にとって珍しく見えたようだ。


「ああ、まあね。今日誕生日でさ」

「そりゃおめでとうございます! じゃあ、そのケータイには、男からのハピバメールとか?」

「そうだよ。ぴっちぴちのわかーい男からね」

「へー、鈴姉さんもやりますねえ」


 笑いながら男もタバコをジーパンのポケットから取り出す。

 そして一本つまみ出すと、鈴子の目の前に差し出した。


「じゃあ俺からはこれを」

「一本なんてケチくさいねえ」

「いやー、最近タバコ高いんで勘弁っす」

「冗談だよ。ありがたくもらうよ」

 

 丁度吸っていたタバコがほぼ灰になりかけていたので、そのまま受け取ったほうを咥える。

 それに合わせ、男はライターに火をつけ、彼女のタバコに点してやった。

 遠慮なく火を貰う彼女の隣に立って、男も一本咥える。

 二人でふかしながら、黒い空に煙を吐く。

 暫く苦味を味わうだけの時間が流れる。

 だが沈黙は長くは無かった。

 男が彼女のほうに不意に向き、質問をする。


「で、どんな男なんすか? あの鈴姉さんを落とした男って」


 さっきからずっと気になってたらしい。

 案外真顔で聞かれるので、鈴子は笑う。


「そりゃあ良い男には違いないだろうねえ」

「そんな言い方されたら、ますます気になりますよ」


 あいまいな表現に、男は口を突き出す。


「ははは、まあいいじゃないか。それより、あんたのほうはどうなんだい。風のうわさで”スゴイ彼女”が出来たって聞いたよ」


 鈴子自身よく知らなかったが、同業の知り合いからこの男に最近スゴイ女が出来たと聞かされいた。

 どういう風にスゴイのかは、「本人に聞いたほうが面白い」と言われていたのだが。

 その本人は、反撃の質問に思わずむせる。


「もうそんな噂流れてるんすか。参ったな」

「ワケありかい?」

「まあ、あるっちゃーあるような、無い様なー……」


 言葉を濁すその態度に彼女は「そうかい」とだけ返す。

 追及する気は無いようだ。

 そのままこの話は無かったことにするような空気が流れたが、当の男が口を開いた。

 鈴子の気遣いで、逆に心境の変化が出たのか。


「こっちも、良い女っすよ。看護士だし、俺よりがんばってるし」

「へえ」


 その後も取り留めの無い会話を交わし、二人はあっさりした挨拶でそれぞれのトラックに乗り込んだ。

 別々の方向へ走り去っていく。

 車中、鈴子は助手席に置きっ放しだった替えのタバコを掴もうとする。

 しかし、箱の側に置いてあるケータイが目に入り、手を止めた。

 そして息を吐く。

 まだのどに残っていた煙を、全て出し切るような深い息だ。


「年もまた取ったことだし、ちょっと減らしとくか……」


 メールの送信者を思い出し、彼女は意を決したようにペダルをより強く踏み込む。

 息子の翔太が小学校に行く、その登校までに帰るために。

 もちろん、ケーキも買っておく時間も考えて。 



  


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