1、パーフェクトナース
都心部にそれなりの規模を持って建つ土戸茂病院に、最近新しい看護師がやって来た。
名前は佐伯チヒロ。二十八歳。外科所属。
とても明るく陽気な人なので、患者達の間で人気だった。
「はい、おじいちゃん、あーんして」
チヒロがご飯をスプーンで掬って口元へ寄らせてやると、初老の患者はニコニコしながらそれを食べる。
「すまないねえチヒロちゃん。忙しいだろうにこんなこと頼んでしまって」
「いいのよお。奥さんが風邪で来れないんだもの。仕方ないわ」
申し訳ないと言いつつも、男性はどこか上機嫌だ。
同室の患者達も羨ましそうに見つめている。
「両腕骨折で最悪だと思ったけど、チヒロちゃんにこんなことをしてもらえるなら、折った甲斐があったってものだよ」
「やだ、おじいちゃんったらあ!」
キャピキャピ笑いながら、チヒロはその背中を軽くパシッと叩く。
腰をくねらせても、健康的な肌をしているのでいやらしくは見えない。
そして、綺麗に磨かれた爪を持つ人差し指を目の前にかざし、悪戯っ子をたしなめるように「めっ」と睨んだ。
顔を近づけるので、スカートから垣間見える、弾力のありそうな太もものラインが余計に露わになる。
「もー、そんな他の女に色目使っちゃだめじゃなあい。奥さん今風邪なんでしょ?」
「ははは、すまんすまん」
「それ以上言ったら別のお注射しちゃうからねー?」
「おやおや、それは参ったね」
傍から見れば、ある意味微笑ましい光景。
だが、薄ピンクのルージュが引かれた唇から飛び出た「別のお注射」という言葉で、背筋が寒くなった同室の患者がいなかったわけでもない。
別段驚くことも無く返事をする初老の患者を目にして、賞賛の視線を送る患者もいる。
そう、なぜなら――
「そういえばチヒロちゃん。さっきから気付いてたんだが、今日ヒゲ剃り忘れてないかい」
「うっそ、マジで!?」
慌てて手鏡を取り出して確認するチヒロ。
”彼”の口元には、青い粒みたいなものが若干浮かび上がっている。
夜勤明けで剃るのを忘れていたようだ。
羞恥心を隠すように、思わず文句を言ってしまう。
「もー、早く言ってよっ」
「ごめんごめん、女性にそんなこと言うのは気が引けてね」
だが、初老の男性はさらりとフォローの言葉を口にする。
同室の誰かが「年の功だ」とボソリと呟いた。
「あら、嬉しいこと言ってくれるじゃない。っじゃなくて、早く剃りにいかなくちゃ」
「あ、髭剃り貸そうかい?」
心は女。外見も女。(それなりに)
でも性別的には男なチヒロ。
たくましい腕で患者を介護し、色っぽい笑顔で心を癒す彼は、ある意味完璧なナースである。
「いいのよー、ロッカーに予備が置いてあるからあ」
そんな彼は、ため息をつきつつ今日も元気にスカート姿で髭を剃っている。